表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
110/323

第109話 ゴーテ辺境伯令息、悪役令嬢に転移させられ、二人きりで話をする

(ゴーテ辺境伯令息視点)

ゴーテ辺境伯令息は、悪役令嬢によって領城のテラスに転移させられ、彼女と二人きりで話をします。


[『いいね』いただきました皆様方に大変感謝いたします]

「ありがとう存じます、カーレ様。

 ソルタ様、わたしの力をお認めいただけるのでしたら、短剣をお納めくださいませ」


 マルカに引っ叩かれて、呆然となる僕に、ビアド辺境伯令嬢が話しかけてくる。

 カーレ様が短剣を摘まんでいるビアド辺境伯令嬢の右手に重ねられていたその手を離されると、ビアド辺境伯令嬢の細い指が僕の短剣から離される。

 今まで寸分たりとも動かなかった短剣が動くようになり、僕は……ビアド辺境伯令嬢に突き刺そうとしていた短剣を顔の前まで持ってきて見詰めてしまうのだ。


 彼女の指紋が残る短剣の刃。


 本当に彼女はあんな細指でこの短剣を受け止めてみせたというのか?

 男を誘惑するしか能のないろくでもない令嬢だと思っていた彼女が、これほどまでの力を隠し持っていたというのか?


「ソルタ様、お怪我はございませんか?」


「ははっ、君が僕に訊くようなことではないだろう?」


 僕は自嘲気味に笑いながら、ついそんなことを言ってしまう。

 全く、後もう少しで大怪我をさせられそうとなっていたというのに、そのビアド辺境伯令嬢の言うことではないだろう。


「ですが、痛そうでございますね?」


「お姉様!?」


 マルカが引っ叩いて熱を帯び始めた右頬をビアド辺境伯令嬢が触れてくる。

 そして、うっかり僕は、彼女の瞳を凝視してしまうのだ。


「……」


 本気で僕を心配しているように見える瞳の輝き。

 うかつにも僕は……彼女の瞳を綺麗だと思ってしまっていた。

 こんな人間が、カーレ様たちを誑かしたというのだろうか?


「“Translate to registered point - 12”


 思わず見惚れてしまった彼女が小さく唇を動かし、聞いたこともないような呪文を呟く。


「メリユ嬢」


「「メリユ様っ!?」」


「ソルタ様、目を瞑ってくださいませ」


 ……え!?

 目の前で、(手本を見せるかのように)目を瞑ってみせるビアド辺境伯令嬢に、僕は何か異変が生じようとしているのを感じて、慌てて目を瞑る。


 シュパッ


 まるで僕の身体が空気の渦に包まれたかのような感覚が生じ、一瞬にして堅牢な石材の床の感触が足裏から消え去ると、微かな浮遊感に続き、別の床に着地するのを感じるのだ。

 そして、領城の応接室の匂いに変わり、まるで外の空気のような匂いが……いや、何で野鳥の囀りがこうもはっきりと聞こえているんだ!?


「っ!」


 僕は驚きのあまり、ビアド辺境伯令嬢の言葉を待たずに瞼を上げてしまっていた。


 そこは……領城のテラスで、僕の右頬に手を添えたままのビアド辺境伯令嬢が目の前で目を瞑っていた。


「……転移の術?」


 本物は見たことがないし、ある訳もないと思っていた魔術。

 それでも、お伽話に出てくる魔術というものに憧れを抱く年頃というのは、誰にしてもあるものだろう。

 学院に入学する頃には、現実が見えてきて、そんなものに憧れることもなくなるのだが……いや、なくなっていたのだが、まさかそんなものを使える人間が現実にいるとは。


 目を瞑っていたビアド辺境伯令嬢がゆっくりと瞼を上げていき、『分かっていただけましたか?』と問いかけるような微笑みを浮かべるんだ。


「ビ、ビアド辺境伯令嬢……君は魔術使いなのか?」


 そう考えれば、先ほどの異常なまでの動きも、短剣を受け止めた屈強さも納得できる。

 もし魔術で身体機能を強化できるのなら、十一歳の令嬢とは思えないあの力も出し得るものなのだろう。


 いや、待て、魔術使いで、転移の術が使えるだと?


 つい先ほどまではビアド辺境伯令嬢がマルカをゴーテ辺境伯領にまで助けに来ることなど不可能だと考えていたのだが、こうして転移ができてしまった今なら、不可能ではなかったということが分かってしまう。

 もしキャンベーク街道が封鎖されている間にも、ゴーテ辺境伯領の状況を確かめにビアド辺境伯令嬢が転移の術によって訪れていたのなら、マルカの窮地を見かけて助けに入り、領城にまで連れ帰ってくれたというのも『あり得る』と思えてしまうのだ。


 何より、突然僕の背後を取り、そして振り返ったときにはいなくなっていた謎の女性。


 謎の女性がビアド辺境伯令嬢ならば、転移の術によって、そうすることが可能だったのだと、今なら理解できる。


「……君が本当にマルカを救い、僕のところまで送り届けてくれたあの女性だと言うのか?」


 ビアド辺境伯令嬢はこくりと頷いて肯定の意を示す。

 ああ、本当にビアド辺境伯令嬢は……マルカを、殿下=カーレ様たちをお救いになった恩人だというのか?


 だとすれば、僕のしてしまったことは……。


「ソルタ様、まずは、軽く癒させていただきますね。

 “SwitchOn light-2 with intensity 0.02”

 “Execute batch for water-generation-on-hand with flow-speed 0.005”」


 『癒し』だと!?

 また、不可思議な呪文を呟き、魔術を使おうとする彼女に僕は身構えしてしまう。

 一体どんな魔術を使おうと言うのか?


「っ!?」


 緊張に顔を強張らせる僕の頬に添えられた彼女の手が突然輝き出すと、しっとりとした『水』が頬を濡らしていくのが分かるんだ。

 そして、その『水』に濡れた部分から、中に籠ったような熱が取れていくのが分かってしまうんだ。


 これが癒しの術だというのか?


「首筋も癒させていただきますね」


 彼女の右手が僕の頬から離れていくのに名残惜しさを覚えつつ、僕は、その手を目に入れてしまう。

 そう、彼女の右掌には、白く光り輝く球があり、そこから綺麗な水がじわじわと溢れ出ていたんだ。


 あまりにも神々しい光景に、彼女に短剣を向け、『化け物』を呼ばわりしてしまったことを今更ながらに後悔してしまう。


 彼女が(この世にいるとは思いもしなかった)本物の魔術使いであり、これほどの力の持ち主であれば、カーレ様やサラマ聖女猊下たちと御同道されるのも当然なのだろうと今なら思える。


「失礼いたします」


 今も食い込んだ彼女の左手の指の感触が残る首筋に宛がわれる彼女の右手。

 しかし、『水』が首筋を濡らしていくと、信じがたいほどあっという間にその感覚は消えていく。


 本当に何という力なのだろう。


 これほどの力なら、王家が取り込もうとされるのもよく分かる。

 王族に万が一のことがあったときに、彼女が傍にいれば、大抵のことは何とかなるように思えるからだ。


 とはいえ、僕がビアド辺境伯家で会ったビアド辺境伯令嬢は……あの我儘な素振りは何だったのかと思わずにはいられない自分もいるんだ。


「ビアド辺境伯令嬢、どうして僕が父上とビアド辺境伯領に赴いたとき、あのように振舞っていたんだ?」


「……そうでございますね。

 いざというときに皆様のお傍にいても、おかしくない存在となるためでしょうか?」


 は……?


 一瞬、僕は彼女の言った言葉の意味が分からなかった。

 いざというときに、僕……いや、カーレ様や僕らの傍にいてもおかしくない存在となるため?


 ……いや、ビアド辺境伯家と言えば、『王国の盾』と呼ばれる存在ではないか?


 もしかして、緊急時に纏わりつく振りをしても、無駄に警戒されない存在となっておくためということだろうか?

 もしそうであれば、確かにカーレ様らをこっそりと魔術でお守りすることだって可能なのかもしれない。


 そうか、彼女は……愚かな令嬢の振りをしつつ、『王国の盾』としてカーレ様らを守るために近付こうとしていたのか!?


 けれども、それだと今のこの状況は何なのか、よく分からなくなるぞ。


「そ、それなら、なぜ急に自分の正体を明かしたりしたんだ?

 君は学院卒業まで、魔術使いであることを隠し通すつもりだったんじゃないのか?」


「………」


 僕がそう問いかけると、ビアド辺境伯令嬢は、曖昧に微笑みながら、


「ソルタ様、少しお散歩いたしませんか?

 “SwitchOff light-2”

 “Quit batch for water-generation-on-hand”」


 また何かを呟いて、右手を首筋から離して、癒しの術を止めるんだ。

 彼女の右手から消えていく光の球と清らかな水。

 癒しの術は、あまりにも美しく、それが消えてしまうことが残念でならない。


 いや、その前に……どうして彼女は答えをはぐらかしたのだろう?


 そもそも散歩の提案自体がよく分からない。

 散歩して何かが分かると言うのか?


「ソルタ様、お散歩の前にお手を繋いでいただけますか?」


「何を……?」


 上目遣いながら大きな瞳を見開いて、僕を見詰めてくる彼女。

 その視線には『拒否権はない』という意思が込められているように感じて、僕は彼女の手を握るより他に選択肢はなかった。


 まだ、先ほどのことについて、謝罪すら済ませていない彼女に対して、断るなんてことできる訳がないんだ。


「“Inactivate collision detection for all objects”

 “Execute batch for update-avatar-of-meliyu with file-named Meliyu_ver2.vrmx”

 “Set transparency of avatar-of-meliyu to 0”

 “Activate flying mode of Meliyu”

 “VerticalMove 1.0”

 “Translate 5200.0 6200.0 400.0”

 はい、三、二、一」


 次々と呪文を唱えるビアド辺境伯令嬢。

 一体彼女は、どれほどの魔術を使えると言うのだろう?

 ……そう思いつつ、妹と変わらない幼い令嬢である彼女を見詰めていると、彼女の身体が輝き出し、白い光の粒を放ち始めるんだ。

 あまりの眩さに、目を細めて彼女の身体の異常な状態を必死に見詰め続ける。


 しかし、その光は次第に強烈さを増していき、ついには目を閉じてしまうんだ。


 瞼越しでさえ、これほどだなんて本当にどうかしている。

 僕の目には、太陽を直接見てしまった直後のように、彼女の姿が焼き付いていて、魔術が彼女を作り変えてしまうのではないかと思ってしまうほどなんだ。


「ビアド辺境伯令嬢……」


 ようやく光が落ち着いてきたところで、目の痛みを覚えつつも、僕は目を細めて彼女の様子を伺う。


 っ!!?


 そこには、白い翼を背中から広げられ、使徒様のような純白のワンピースドレスを身に纏ったビアド辺境伯令嬢がいた。

 美しい。

 人は魔術によってこれほど綺麗な翼を得ることができるというのか。

 いや、この胸を打つ感動は、それだけのものじゃない!


 まさか、彼女の正体は……。


 『化け物』でも、『魔術使い』でもなく……まさか『使徒様』であったというのか?

 そのときに覚えた直感は、直後に発動された転移の術によって、確固たるものになったのだった。

いつも『いいね』、ご投票で応援いただいている皆様方、深く感謝申し上げます!


悪役令嬢メリユ=ファウレーナさん、以前メグウィン殿下たちが勘違いしたのと同じ流れに誘導して誤魔化しているようでございますね、、、

天使と誤解されるのは、毎度のことになりつつあるようですが、ソルタ様は最終的にどこに落ち着くのでしょう?


さて、次回二人きりで一体どこへ行くのでございましょうね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ