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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第108話 ゴーテ辺境伯令息、悪役令嬢に短剣を向ける(!?)

(ゴーテ辺境伯令息視点)

ゴーテ辺境伯令息は、王子殿下らを惑わしているように見える悪役令嬢に短剣を向けてしまいます(!?)


[『いいね』いただきました皆様方に厚くお礼申し上げます]

 ミスラク王国の辺境伯領では、最も平和と言って良いはずの我がゴーテ辺境伯領で何かが起こっている。

 全ての始まりは、妹のマルカがセラム聖国中央教会の『聖女見習い』を名乗り、客人として迎えていたエレム・メティラーナントサンクタ・シェラーダ様の一味に殺されかけたと訴えてきたことだった。

 そう……そのマルカを領城にまで無事連れ帰り、僕の背後を突然取った謎の女性が王家の影で、『聖女見習い』一味を捕縛したと言うんだ。

 突然現れ、突然消えた謎の女性のあり得ないような活躍話に、僕は半信半疑で兵士を出したのだが、マルカの話通りに捕縛された彼らを見付けたときは度肝を抜かれた。


 何で作られたかも分からない白い手枷。


 金属でも陶器でも木材でもない、不思議な材料で作られた手枷は、領都の鍛冶師を呼んでも傷一つ付けることすらできず、今も彼らは手枷で拘束されたままだ。

 マルカは彼らがオドウェイン帝国の手先であるというのだが、まだはっきりとした証拠は見つかっていない。

 まあ、マルカの指摘する水袋がセラム聖国で流通しているものでないことだけは確かで、本当にカーレ様らが到着されるというのならば、直接お話を伺いたいと思っていたのだが……まさか、マルカの言う通り、(キャンベーク街道が仮復旧した途端)先触れが来るとは。


 本当にあの謎の女性は王家の影だったのだろうか?


 『聖女見習い』一味の扱いに頭を悩ませている間にも、殿下=カーレ様ら御一行はご到着されたのだった。

 先触れの時点でも伝えられていた通り、サラマ聖女猊下に、メグウィン第一王女殿下、ビアド辺境伯令嬢とハードリー嬢まで御同道されていて、(僕にとって大の苦手な)ビアド辺境伯令嬢がメグウィン第一王女殿下とハードリー嬢に挟まれ、手を繋がれていたときには目を疑った。

 ハードリー嬢には、ビアド辺境伯令嬢がどれほど貴族令嬢に相応しくない我儘な令嬢であるかを伝えてあったというのに、ビアド辺境伯令嬢と仲良くなっているだなんて信じられない思いだった。


 何より驚いたのは、紹介されたビアド辺境伯令嬢がカーテシーをしたときのことだろう。


 無駄な動き一つないと言えるほど洗練された身動き。

 まるでデビュタントを済ませたまともな令嬢が若返った、いや、年齢を巻き戻してしまったかのような光景に、僕は自分の目を疑ってしまったくらいだ。

 いや、そもそもあのビアド辺境伯令嬢がカーレ様の御一行に加わっていること自体がおかしいだろう。

 一体全体、何を企て何をしたら、こんなことができるというのか?

 ビアド辺境伯令嬢といえば、カーレ様も毛嫌いされていたはずなのだ。

 サラマ聖女猊下の復路に同道できるような令嬢では決してない、むしろ、猊下に失礼なことを仕出かしかねない危険な存在でしかないだろうに、誰が彼女の同道を認めたのだろう?


 そんなタイミングで、カーレ様に応接室でマルカ共々話をしたいと声をかけられ、僕はビアド辺境伯令嬢に警戒する素振りすら見せないカーレ様の様子に冷や汗が滲むのを感じてしまった。






 そして、応接室へとカーレ様らをお連れしている最中に、突然の動きを見せたマルカ。

 マルカの様子が少しおかしいことには気付いてはいたが……まさか、ビアド辺境伯令嬢に突進していくとは思わなかった。


 そう、両脇を固めるメグウィン第一王女殿下とハードリー嬢が少し困惑した様子を見せる中、マルカはビアド辺境伯令嬢に飛び付き、明らかにビアド辺境伯令嬢が転倒してもおかしくなかった状況であったにも関わらず、彼女はマルカを受け止めて見せたのだ。


「ぉ、お早いお戻りでうれしく存じます、お姉様」


「お元気なご様子で何よりですわ、マルカ様」


 辺境伯令嬢とはいえ、ろくに鍛錬などしていないであろうビアド辺境伯令嬢がマルカを平然と受け止めたことも驚いたが、よく分からないことを言い出すマルカの熱い視線を受け止め、(初対面のはずであるのに)最近会ったかのような会話を交わすビアド辺境伯令嬢に、僕は何が起きているのか理解できなかった。


「やはり、お姉様でいらっしゃったのですのね!

 縮んでしまわれたので、一瞬混乱させられてしまいましたの!」


 ……お姉様?


 そこでようやく僕はマルカが同い年であるはずのビアド辺境伯令嬢を『お姉様』と呼んでいるのに気付くんだ。

 全くもって意味が分からない。

 それなのに、マルカは感激した様子で、ビアド辺境伯令嬢に抱き付いてしまうんだ。


「ぃ、一体、ビアド辺境伯令嬢は、マルカに何をしたんだ?」


 カーレ様だけではない、サラマ聖女猊下も、メグウィン第一王女殿下とハードリー嬢も、まるでビアド辺境伯令嬢がそこにいるのを当然だと思っている様子に、僕はゾッとするものを感じたんだ。


 謎の女性、白い手枷、キャンベーク川の土砂崩れの現場で起きたという奇跡、それに続いて、誰もそこにいるのを普通に受け入れているビアド辺境伯令嬢。


 超常なことが起きているような気配は感じていたが、まさか目の前でこれほどの異常事態が起きようとは。

 僕は、ビアド辺境伯令嬢が良からぬことをしたに違いないと確信したんだ。


 あり得るとしたら、幻惑薬か何かか?

 それとも、人の心を惑わし、操るような術でも、習得したというのか?

 そういえば、目を合わせただけで相手を惑わす術も遠くの異国にはあるという話を聞いたことがある。


 まさか、マルカは……ビアド辺境伯令嬢と目を合わせてしまったことで、自分がビアド辺境伯令嬢を以前から見知っていたかのような気になっているのではないだろうか?


「っ!」


 いけない!

 もしそうだとすれば、カーレ様だけでなくサラマ聖女猊下までも既にビアド辺境伯令嬢の術中にあるのかもしれない。

 もしここで僕まで術に囚われてしまったなら、本当に全てはビアド辺境伯令嬢の思いのままになってしまいのではないか?


 正直、そんな術があるなど半信半疑ではある。


 しかし、今僕以外の人間は明らかにおかしくなってしまっているんだ!

 何としても僕だけは正気を保ち、ビアド辺境伯令嬢の企みを問い質さなくてならないだろう。

 マルカはもちろん、カーレ様、メグウィン第一王女殿下やハードリー嬢も今すぐ助け出したくはある。

 だが、今は応接室で、ビアド辺境伯令嬢の術に囚われないように気を付けながら、彼女の意思を確かめなければならないんだ。


 僕はビアド辺境伯令嬢と視線を交わさないように気を付けながら、応接室へとカーレ様らをお連れしたのだった。






「殿下、すぐにお茶を用意させますので、暫しお待ちを」


「いや、よい。

 それよりも逆に人払いを頼む」


「殿下!?」


 まさか、カーレ様まで完全にビアド辺境伯令嬢に操られていて、僕をも術にかけようとされているのか?

 僕は、慌ててカーレ様から距離を取ると、応接室に隠されている(緊急時用の)短剣を手にする。


 カーレ様の近傍警護のハームス殿、フィタル殿、シエファ殿と、メグウィン第一王女殿下の近傍警護のアリッサ殿、セメラ殿(だったか?)が警戒されるのが分かるが、今僕が向き合わなければ相手はビアド辺境伯令嬢なんだ。


「ビアド辺境伯令嬢、君に問い質したいことがある。

 君は妹のマルカとは初対面のはずだ。

 どうしてマルカは君を知っているかのように振舞っている?」


「ソルタ、その手にしている短剣を下ろせ。

 一体どういうつもりだ?」


「殿下、いえ、カーレ様もです。

 どうしてあれほど毛嫌いされていたビアド辺境伯令嬢をお連れになっておられるのです?

 僕もビアド辺境伯家で彼女にお会いして、彼女の人柄は嫌と言うほど知らしめられたのです。

 サラマ聖女猊下の御一行に彼女が加わること自体、明らかにおかしいでしょう?」


 僕はカーレ様が正気に戻ってくださればと思い、必死に短剣を構えたまま声をかける。

 それなのに、カーレ様は逆に僕に警戒されるような素振りを見せられるんだ。


「はあ、とにかく、僕はビアド辺境伯令嬢からお答えをいただかない限り、この短剣を下すつもりはありません。

 さあ、ビアド辺境伯令嬢、お答えください」


「お兄様っ、お姉様、ビアド辺境伯令嬢様こそが、わたしのお伝えした『影の女性』なのですの!

 わたしの命の恩人でいらっしゃるのですわ!」


 ……ぃ、一体いつの間にマルカを惑わしたというのだろう?

 キャンベーク街道がつい最近まで封鎖されていた以上、そんなこと、あり得る訳もないだろうに、マルカはまるで自分の命の恩人がビアド辺境伯令嬢であったかのように思い込まされているようだ。

 何という恐るべき術なのだろうか?


 僕はゾッとするものを覚えながら、ビアド辺境伯令嬢と目を合わせないようにして、警戒を厳とする。


「ソルタ様、数日ぶりでございますね。

 あのときは驚かせてしまい申し訳ございませんでした。

 マルカ様からお話は全てお聞きになってくださいましたでしょうか?」


 そして、軽くカーテシーをしたらしいビアド辺境伯令嬢は……僕の覚えているあの我儘令嬢な喋り方とは異なる『喋り方』で……まるで急に年を重ねたかのような落ち着きを払いながら、話しかけてくるのだ。


 マルカと同じ十一歳というには、あまりに大人びた口調で……それは確かに領城に突然現れて消えたあの謎の女性の声と重なるもので……僕は鳥肌が立つのを感じた。


 まさか、僕も既に彼女の術中にあるのではないか?

 そう思ったのだ。

 マルカが謎の女性に助け出されたことも、マルカを連れて謎の女性が領城の廊下に現れ、僕の背中を取ったことすらも全て偽物の記憶で、僕は彼女とあの日に出会っていたかのように思わされているのではないかと、そう思ったのだ。


「止めろ、何も話すな!

 僕は、僕の家族と、このゴーテ辺境伯領と、王国に仇なす者を許すつもりはない」


 僕の大声に、メグウィン第一王女殿下の近傍警護のお二人が、メグウィン第一王女殿下とハードリー嬢に挟まれているビアド辺境伯令嬢を守るように動かれるのが見える。

 本当に……何と異常な光景か。


 人を惑わす術を覚えたビアド辺境伯令嬢は、王国の全てを狂わせるつもりだというのか?


 僕を明らかに敵であるかのように、そう、ビアド辺境伯令嬢を傷付ける害悪であるかのように睨み付けてこられるメグウィン第一王女殿下とハードリー嬢に、僕は『このままでは、王国の重鎮全てがビアド辺境伯令嬢の思いのままになってしまうのではないか』と恐怖した。


「……君が、本当に妹のマルカを助けたあの女性本人だと言うのなら、僕の剣を受け止めることができるだろう?

 幻惑の類でなく、本物の力を持っていると言うのなら、それを示してみろ!」


「ソルタ、止めておけ!

 メリユ嬢は本物だぞ」


「メリユ様、いけません!

 それでなくとも、まだご療養が必要なところ、ご無理をされていらっしゃいますのに」


「そうです!

 こんなことでお力を使われるだなんていけません!」


 殿下=カーレ様、メグウィン第一王女殿下とハードリー嬢のビアド辺境伯令嬢を庇うお言葉に、僕はもう自分の味方が残っていないことを悟り、ビアド辺境伯令嬢を何としてもここで拘束しなければと決意を固めるのだ。


「「っ!」」


 突然、部屋の中に突風が吹き、ビアド辺境伯令嬢がメグウィン第一王女殿下とハードリー嬢の間から一瞬で移動したらしいのが分かる。


 応接室のテーブルの花瓶の花が揺れる様子からも何かが起きたことだけは確かだ。


 一体……今彼女は何をしたというのだ!?


「いいえ、カーレ様、メグウィン様、ハードリー様、ここはソルタ様にご理解いただく必要がございますでしょう?

 ちょっとした手合わせくらいでしたら、何も問題ございませんわ」


 まさか、彼女は素手で僕と相対するつもりなのか?

 目を合わせないようにしていても、彼女の身動きは……まるで熟練した騎士のそれのように感じてしまう。


 おかしい、僕は今、幻惑の術によってそのように思わされているとでもいうのだろうか?


「いけませんっ、メリユ様!」


「やあぁぁっ!」


 メグウィン第一王女殿下のお声に、僕は思わず短剣をビアド辺境伯令嬢に向けて突進してしまう。

 近傍警護のお二人も動かれるが、この距離では間に合わないだろう。


 ……もはや、ビアド辺境伯令嬢に致命傷を与えても構わない。


 そのつもりで僕は短剣を突き刺すつもりで突進していた。


「ぁぁぁっ、ぐほっ!」


 ……しかし、ビアド辺境伯令嬢のドレス姿が(一瞬にして)応接室内で一筋の一色の線を描き、僕の短剣は分厚い羽毛布団にでも突き刺さったかのように(一つ時を数える間もなく)空中に縫い付けられ、僕の首に軽く彼女の手刀が入れられると、僕は思わず咳込んでしまっていた。


 な、何が起きたというのだ!?


 ハッとしたときには、ビアド辺境伯令嬢の右手はその親指と人差し指で僕の短剣を摘まみ、左手は僕の首筋に宛がい、強引に僕の動きを止めにかかっているというのが分かってしまった。

 そして、(こんなこと何でもありませんとばかりに)軽く微笑みを浮かべながら、僕を見詰めているのが分かったんだ。


 そう、僕より頭一つ分も背の低い彼女は、僕の前に飛び出し、そこから逆に僕の減速に合わせて逆走までしながら、僕の短剣を止め、僕の首を押さえつけて、無理やり止めてみせたのだ。


「ぐぅっ、げほっ、げほっ」


 首に宛がわれている彼女の左手の指(こちらは直接見ることができないが)、短剣を食い止めている右手と同じくあれほど細い指なのであろうに、これほどの力を込められているとは。

 彼女が本気になれば、今すぐにでもその左手で僕の首を締め付け、窒息させることすら容易にできそうで、僕は本気で自分の命を危機を本能的に察知してしまったのだ。


「……ば、化け物」


 思わず声に出してしまったその言葉に、その向こうにいらっしゃるメグウィン第一王女殿下とハードリー嬢がお顔を真っ青にされ、マルカが激怒のあまり顔を真っ赤にしている様が目に入った。


 そして、意外なことに、ビアド辺境伯令嬢が少し寂しげな苦笑いを浮かべ、そっと僕の首筋から左手を離していったのだ。


 いや……しかし、(彼女の右手に摘ままれている)短剣の方はまるでビクともしない。

 ビアド辺境伯令嬢がもし人知れず、辺境伯令家の一人娘として鍛錬に励んでいたとしても、これほどの屈強さを得られるものだろうか?

 ……得られる訳がない。

 『化け物』がビアド辺境伯令嬢の振りをしている方が遥かに信じられるというものだ。


 そう、聖教の教えにも出てくる、神の天敵である『悪魔』=『化け物』ならば、あり得るのでは?


「メリユ嬢、もういい。

 ソルタ、彼女はマルカ嬢の恩人であり、メグウィンとわたしの恩人でもあるんだ。

 これ以上、彼女を傷付けるつもりがあるなら、今度はわたしが相手になろう」


「カ、カーレ様!?」


 いつの間にか近寄って来られていたカーレ様が、僕の短剣を受け止めているビアド辺境伯令嬢の右手にそのお手を重ねられているご様子に、僕は動揺してしまう。


 ビアド辺境伯令嬢が……マルカと、いや、カーレ様とメグウィン第一王女殿下の恩人?


 その言葉と、彼女の強さを実感し始めて、僕はようやく……彼女が本当に強く、マルカを『聖女見習い』一味から救い出す力を持っているかもれしないと、思い始める。

 あの動き、この力強さがあれば、もしかして……ビアド辺境伯令嬢はキャンベーク街道が封鎖されている中、ゴーテ辺境伯領に駆けつけることができていたのだろうかと、そう思えてしまったんだ。


「……マルカ」


 そして、カーレ様に続いて傍に現れたマルカが涙ぐみながら、僕を睨んでいるのに気付くんだ。


「お兄様なんか大っ嫌いですの!」


 それは、初めて妹のマルカに引っ叩かれた瞬間だった。

いつも『いいね』、ご投票で応援いただいている皆様方、誠にありがとうございます!


お待たせしてしまい申し訳ございません!

少しボリューミィなお話になったので、先週末中に完成しなかったのでございます、、、


ということでついにソルタ様視点来ました!

まあ、ソルタ様視点だと、悪役令嬢メリユが何かとんでもないことをやったとしか思えないような状況になっちゃっているのですよね、、、

ハードリーちゃん以来の悪役令嬢展開ですが、お楽しみいただけますと幸いでございます!

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