第107話 ハラウェイン伯爵令嬢、悪役令嬢たちとゴーテ辺境伯領へ赴く
(ハラウェイン伯爵令嬢視点)
ハラウェイン伯爵令嬢は、悪役令嬢や王女殿下たちとゴーテ辺境伯領に赴きます。
[『いいね』いただきました皆様方に深く感謝申し上げます]
殿下(猊下)方への襲撃が起きてしまってことで、ゴーテ辺境伯領へのご出立は一日延期されることとなりました。
何せ、襲撃に関与された修道騎士様方を王都へ移送する準備をいたしましたり、襲撃に関与されなかったサラマ聖女猊下側近の方々の扱いをどうするかといったことの調整にも時間を要したのですから仕方がありません。
また、猊下はご出立までにご体調をご回復いただくのが最優先ということで、わたしが付きっ切りでお世話をすることになったのです。
もちろん、殿下やミューラ様もお世話をされたのですが、殿下はカーレ第一王子殿下のお手伝いで何度も呼び出されてしまい、猊下とのお時間を削られたことでかなりご機嫌斜めでいらっしゃいました。
そうそう、ハスカルでは、避難していた領民も戻り始め、商人の荷馬車の出入りも徐々にですが、見られるようになってきました。
多くの領民がキャンベーク川の奇跡の現場を見に行ったようで、侍女に聞いた話では、神への感謝の祈りを皆捧げてから、ハスカルや元の集落に戻っているらしいとのこと。
あれほどはっきりと分かる奇跡ですから、祈りを捧げたくなるのは当然のことでしょう。
一番残念だったことは、猊下が本来のお姿で、賞賛を受けられなかったことでしょうか。
年上のお姿になられた猊下が奇跡をなされた聖女様であるという話が広まってしまったため、猊下は年上のお姿でハスカルをご出立されることになってしまったのですから。
偽りのお姿(将来的にはいずれそのお姿になられるのでしょうが)で、名乗られもせず、ご自身のご功績とされることもなく、タダ微笑んで領城の衛兵やハスカルの領民に手を振られた(年上のお姿の)猊下。
わたしがそもそもその原因となってしまっていることに、わたしは心苦しくて仕方がありませんでした。
そして、猊下、殿下と同乗させていただいた馬車からわたしは奇跡の現場を改めて見ることとなったのです。
『……まるで聖地のようでございますね』
バリアによって守られ、無傷で残った高台は、今や聖地のようになっていまして、(ようやく行き来が可能になった)キャンベーク街道を通る皆様が、そこから見下ろせる奇跡の光景に祈りを捧げられていたのです。
いえ、『聖地のよう』ではなく、本当に聖地と言って良いのでしょう。
猊下の聖なるお力によってなされた奇跡の地なのですから、聖地以外の何物でもないと思うのです。
そうして、猊下、殿下、カーレ第一王子殿下、サラマ聖女猊下を含めたわたしたちはゴーテ辺境伯領へと入ったのでした。
ゴーテ辺境伯領城のある領都イバンツは、ハスカルより高地にあるセラム聖国との交流が盛んな街です。
もちろん、ハスカルよりも人口や街の規模は大きく、セラム聖国から入ってくる物品もキャンベーク街道に面する多く商店でたくさん売られていて、異国の空気が少し混じっているように感じる街なんです。
ゴーテ辺境伯家とは、幼い頃から交流があって、(カーレ第一王子殿下と同い年の)第一子のソルタ様、(猊下、殿下、わたしと同い年の)第二子のマルカ様とは、兄弟のように仲良くさせていただいておりました。
ですので、わたしにとっては第二の故郷と言って良いほど、馴染み深い土地なんです。
「賑やかな街ですね」
「はい、キャンベーク街道が最近まで封鎖されていましたので、王都側からの物資が急に流入するようになったせいもあるかとは思いますが、普段でも聖国の品がたくさん売られていて、とっても賑やかなんです!」
馬車の窓から街道に面する商店や行き交う人々をご覧になられながら、猊下が微笑みを浮かべられます。
猊下にとっては、ご自身が救われた街の様子を確かめられているという側面もあるのでしょう。
いくら聖国側との繋がりは断たれていなかったとはいえ、王都側のキャンベーク街道が封鎖されていたことで、食糧事情はそれなりに悪化していたでしょうから、猊下はイバンツ、いえ、ゴーテ辺境伯領の領民の皆様にとっても救世主と言えるご存在でいらっしゃるのはずなのです。
猊下さえ望まれるのでしたら、猊下のなされた奇跡を吹聴してまわりたいくらいですが、猊下はタダこうしてご自身の目で救われた方々をご覧になられるだけでご満足されていらっしゃるようで……わたしはまた涙ぐんでしまいそうになってしまうのでした。
そして、わたしたちを乗せた馬車は、普段以上に警備が厳重な様子のゴーテ辺境伯領城へと入ったのです。
国賓であるサラマ聖女猊下、王族である第一王子殿下と殿下をお迎えするということもあるのでしょうが、先日マルカ様が暗殺されかかったということも関係あるのでしょうか?
少なくとも、猊下については、情報が流されていないようですので、現時点でご配慮いただけないことは仕方ないかと思いますが、本来は国賓や王族以上の待遇で遇されなければならないと思うのです。
はたして、ソルタ様、マルカ様は、今の(本来のお姿でいらっしゃる)猊下をご覧になられてどうご反応されることでしょう?
わたし自身がとんでもないことを仕出かしてしまっているだけに変に緊張してしまいます。
「殿下、メリユ様、ハードリー様、到着いたしました」
「ええ」
「「はい」」
セメラ様が馬車の扉を開けられ、先に下車されます。
馬車周囲には女騎士の方々の騎馬が囲い、セメラ様とメルカ様がわたしたちの下車の手伝いをしてくださいます。
待ち構えられていらっしゃるのは、レーマット・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯様、そして、ソルタ様、マルカ様。
アヤーナ・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯夫人様がいらっしゃらないのは、また聖国に赴かれていらっしゃったりするのでしょうか?
「サラマ聖女猊下、カーレ第一王子殿下、メグウィン第一王女殿下、ようこそゴーテ辺境伯領へいらっしゃいました!
サラマ聖女猊下、お帰りの際にも我が領にお立ち寄りいただき、光栄な限りでございます。
カーレ第一王子殿下、メグウィン第一王女殿下、王都からはるばる我が領までおみ足をお運びいただき深く感謝申し上げます」
別の馬車にご乗車されていたカーレ第一王子殿下とサラマ聖女猊下もお揃いになったところで、レーマット様が膝を突かれたままにおっしゃられるのです。
カーレ第一王子殿下がサラマ聖女猊下に視線で確認を取り、サラマ聖女猊下が頷かれると、
「面をあげよ。
ゴーテ卿、急な訪問にも関わらず、歓迎痛み入る」
と声をかけられます。
本来であれば、わたしもソルタ様やマルカ様と同じようにしていなければならないところなのでしょうが、殿下との取り決めで、猊下の左右から一緒に手を繋いでいる状況なので、身動きすることができません。
……本当に大丈夫なのでしょうか?
顔を上げられたソルタ様とマルカ様は、わたしたちに気付かれたご様子で、ソルタ様は、殿下とわたしで猊下を挟んでいる状況に驚かれているみたいです。
マルカ様は……まっすぐに猊下をご覧になられて、一瞬表情を輝かされた後、何か怪訝なご表情をされていらっしゃいます?
マルカ様にとって、猊下はお命の恩人でいらっしゃるはずですが、何かおかしなことでもあったのでしょうか?
「卿もご存じだとは思うが、同行者の二人も紹介しておく。
メリユ・マルグラフォ・ビアド辺境伯令嬢と、ハードリー・プレフェレ・ハラウェイン伯爵令嬢だ。
彼女たちにも近衛から警護を付けているので、そのつもりで頼む」
「ははっ。
ビアド辺境伯令嬢、以前ソルタとビアド辺境伯領にお邪魔した際には世話になった。
ぜひ我が領城では、寛いで過ごして欲しい」
殿下と視線を合わせて、タイミング合わせて猊下の手を一度離すと、猊下は優雅にカーテシーをされ、
「レーマット・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯様、ご歓待いただきまして心より感謝申し上げます。
付き添いの立場で大変恐縮ではございますが、滞在をお許しいただき、恐悦至極でございます」
とおっしゃるのです。
普段(よほどのことがない限り)動じられないレーマット様ですが、何度か瞬きをされて、猊下の今の優雅な所作に驚かれていらっしゃるよう。
やはり、レーマット様も、猊下の演技されていたお姿しかご存じでいらっしゃらなかったのでしょう。
「あ、ああ……ハードリー嬢も、よく来てくれた。
また、マルカとも仲良くしてやってくれ」
「ありがとう存じます」
その、マルカ様ですが、カーレ第一王子殿下から猊下のご紹介を受けて、お口を半開きにされて呆然とされていらっしゃいます。
……そういえば、猊下は年上のお姿にご変身されて、マルカ様をお救い出されたのでした。
同い年の今のお姿に混乱されるのも無理ないことなのかもしれません。
「どういうことなの? お姉様ではないというの?」
『お姉様』……まさか、マルカ様も、殿下と同じように猊下を『お姉様』と呼ばれていらっしゃったとは。
ですが、やはりマルカ様が(年上のお姿だった猊下しかご存じでなく)今の十一歳のお姿になられている猊下に混乱されているのは間違いないでしょう
普通に考えれば、(姉妹のようにそっくりなのですから)今の猊下は、マルカ様を救い出されたときの年上のお姿の猊下の『血縁者』のように見えるのは分かります。
そんな猊下が(姉のいないはずの)ビアド辺境伯令嬢と聞かされれば、年上のお姿の猊下は一体何者なのかということになるでしょうね?
「ゴーテ卿、卿とも後ほど会談させてもらえればと思うが、先に応接室を借りて、ソルタ、マルカ嬢と話をさせてもらってもいいだろうか?」
「はっ、ご随意に」
「すまない、ソルタ、マルカ嬢、ちょっと来てもらえるか?」
「はい、殿下」
「承知いたしました」
よかったです。
わたしがマルカ様に話しかけるタイミングを見計らっている間にも、カーレ第一王子殿下が応接室を借りて、幼馴染のお二人を連れ出せるようにしてくださったのです。
どうやら、カーレ第一王子殿下はご自身で、お二人が猊下のこと、オドウェイン帝国の工作活動のことをどの程度把握しているのか、確かめられようとされているようです。
「殿下」
「ええ」
当然、殿下とわたしも一緒にご同行させていただくに決まっています。
何せ、猊下がゴーテ辺境伯領でどう遇されるかにも関わることなのですから!
万が一にも、ソルタ様、マルカ様がわたしと同じような失敗をされることのないよう、わたしがちゃんと見守り、いざというときに幼馴染として介入するつもりなのです!
いつも『いいね』で応援いただいている皆様方、心より感謝申し上げます!
さて、あまりハラウェイン伯爵領で道草を食っていてもお話が進みませんので、ゴーテ辺境伯領までお話を進めました!
マルカちゃんやソルタ様も再登場です!




