第105話 ハラウェイン伯爵令嬢、王女殿下と話し合う
(ハラウェイン伯爵令嬢視点)
ハラウェイン伯爵令嬢は、悪役令嬢について王女殿下と話し合い、見解の一致を見ます。
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「メグウィン様」
「あ、ごめんなさい」
カーレ第一王子殿下と殿下(=メグウィン第一王女殿下)のお姿になられた猊下がわたしの部屋より出て行かれてから、殿下は落ち着かれないご様子で、椅子にお座りになられることもなく、うろうろされるばかりでした。
ですが、お気持ちはわたしもよく分かるのです。
もし猊下が動かれなければ、わたしの生まれ育ったハラウェイン伯爵領城は、カーレ第一王子殿下と殿下に対して襲撃が行われた惨劇の場となってしまっていたことでしょう。
そう……猊下が身代わりになられて、聖国の修道騎士様方を制圧されなければ、せっかく仲を深められた殿下ともう二度とお話することも叶わなかったことでしょうし、領城も『呪われた城』として廃城になっていたかもしれません。
まさか、お一人の死人を出すこともなく、事を収められるとは。
猊下のお力の凄さは、キャンベーク川で思い知ってはいたのですが、領城を損壊させることなく、死人の出ない加減で屈強な修道騎士様方を無力化されるというのは、大変なことだったのではないでしょうか?
いえ、カーレ第一王子殿下のお話では、近接戦闘をされたようでしたから、かなり際どいお力のお加減で戦われたのは間違いないでしょう。
下手をすれば、ご自身が傷付かれるかもしれなかったでしょうに、よく果敢に戦われたものだと思います。
「はあ」
それにしましても、本当に王子殿下すらお救いになられるようなご活躍までされるとは。
わたしと同じ十一歳のご令嬢のはずですのに、本当にお伽話の聖女様で、大魔法使いで、勇者様なのだわと思ってしまいます。
もし猊下のご活躍が広く吟遊詩人らによって広められれば、本当に王国の女性の在り方すら変わってしまうのではないでしょうか?
タダ、近隣の貴族との繋がりを保つための道具として、政略結婚の道具として、『見た目と振る舞い』だけを繕って嫁ぐだけの存在ではない女性の在り方。
ごく少数ながら、騎士になられたり、領政に深く関わられるような女性もいらっしゃることは存じていましたけれど、わたしは、自分自身の将来像をうまく描くことができていませんでした。
馬好きという時点で、じゃじゃ馬と言いましょうか、一般的な貴族令嬢の在り方から少し外れているのでは?……という自覚はあったのですが、だからと言って、普通ではない貴族女性としての生き方をしたいと思っていた訳ではないのです。
しかし、猊下の聖女様としての在り方をお傍で拝見してしまって、型破りな猊下をお支えし続けたいという思いが募ってきてしまったんです。
殿下は既に神よりの試練をこなされて、猊下に深く関わられることを許されていらっしゃるようですが、わたしはどうなのでしょうか?
「ふぅ」
本当であれば、神罰すら受けていてもおかしくなかったわたし。
猊下が慈悲深くいらっしゃったからこそ、こうしてお傍でお世話することを許されていますけれど、正直神より試練を受ける資格すらないのではと思ってしまいます。
そもそも、今のこの現状は、わたしが猊下をお支えするというよりも、一方的にわたしが猊下に救われ支えられ続けているという方が正しいのでしょう。
キャンベーク川の奇跡に起こされ、お母様のお心をお救いいただき、ついには領城での惨劇すら消し去っていただいたのです。
あまりの大恩に、わたしはどう猊下に尽くして良いのやら分からなくなりそうです。
猊下からはこれまで通り、領民に寄り添うわたしのままでいて欲しいとおっしゃっていただきましたけれど、(もちろん領民の皆様に対しての気持ちは変わりませんが)この世界を変えられようとされている猊下のお手伝いをお傍でしたいという気持ちは強まるばかりで……本当にどうすれば良いのかと途方に暮れそうです。
「ハードリー様も、その、メリユ様が気になって仕方がないのでしょう?」
いけません。
溜息ばかり吐いてしまっていたのでしょうか?
殿下に尋ねられてから気付くとは情けない限りです。
「はい。
げぃ、メリユ様がお父様たちとお話をされるということでしたら、わたしもお傍に付き添って、少しでもお手伝いできるようにすれば良かったと後悔していたところです」
これは本当の気持ちです。
殿下は、猊下が殿下のお姿をされていらっしゃる以上付き添うことはできないでしょうが、わたしはできたはずなのです。
今更ですけれど、本当に、どうしてそうしなかったのかと、自分の馬鹿さ加減にがっかりもしているのです。
「メリユ様は、今回はお力をお使いになられないということでしたけれど、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫かとは存じますが、かなりお疲れのご様子でしたので、お戻りになられましたら、すぐに休んでいただく必要がございましょうね」
バリアを使っての戦いということでしたけれど、神兵のごとき動きをされたというのは、どういうものだったのでしょうか?
お力の余力がどれほどなのか、先ほどはお話いただけなかったので、心配なところです。
そうですね。
猊下がお戻りになられましたら、わたしは精一杯のお世話にしなければと思います。
「はあ……本当に、わたしのお姿になられたメリユ様に、能天気に喜んでしまっていた自分の馬鹿さ加減に嫌になってしまいます。
あのとき、メリユ様は、聖国の修道騎士の皆様と戦闘になることをお覚悟の上で、わたしたちが戻ってくるのを待っていらっしゃったのでしょうに」
『馬鹿さ加減』……同じような思いを抱いていらっしゃったらしい殿下にドキリとさせられてしまいます。
「メグウィン様……」
ですが、本当に……修道騎士様方との戦闘を控えていると分かっていて、それを全く悟られないように微笑まれていらっしゃった猊下は、どれほど強靭なお心をお持ちなのでしょうか?
ええ、ビアド辺境伯領では、オドウェイン帝国とのいざこざで戦い慣れていらっしゃったのかもしれませんが……そもそも、わたしと同い年のご令嬢が戦闘をされるということ自体が異常なのです!
いえ……待ってください。
もしかしますと、その頃から徐々に猊下は、人あらざるご存在に変わり始められていらっしゃったのではないでしょうか?
神が使徒様のお姿を下賜されたことも、タダサラマ聖女猊下がいらっしゃったからというだけでなく、『そういう頃合いだったから』ということもあるのではないでしょうか?
そして、殿下とわたしに神が見せられたあの夢。
神からされますと、猊下が神直属の眷属になってしまわれるのも、人の身で聖女様のままでいらっしゃるのも、どちらでも良く……そのどちらになるかを、わたしたちの働きに委ねられたのかもしれません。
「殿下、少しよろしいでしょうか?」
「はい?」
殿下とは、おおよそのお考えは一致しているように思いますが、今こそしっかりと話し合っておく必要があるのではないかと思い、わたしはわたしのこの考えを殿下にお話することにしたのでした。
「……そうですね。
やはり、メリユ様を人の身で、人のお心の範疇に留められるようにするには、わたしたちが動くしかないということになるのでしょうね」
「はい!」
やはり、殿下とここでお話しておいて正解でした。
わたしたちのすべきことがはっきりと見えてきたこと。
こればかりは、包み隠さず話し合っておかなければ、お互いにその正解と思われるものを見定めることもできなかったと思うのです。
「それにしましても、メリユ様がメグウィン様のお姿で『やらなければならないこと』とか何だったのでしょうか?
サラマ聖女猊下と何かしらのお話をされるということなのではあるのでしょうけれど」
もしくは、お父様と……でしょうか?
猊下が制圧されたとはいえ、襲撃自体はもはや隠しようのないことで、確かに協議が必要なのでしょうが、猊下が殿下のお姿でされる必要はあったのでしょうか?
「その可能性が高いかとわたしも思います。
ですが、どのような内容をご協議されるかまでは……」
普通に考えれば、聖騎士団の方々が引き起こされた事態を問い質すというものになるでしょう。
ですが、猊下のことですから、わたしたちが思いも付かないことをなされるのではないでしょうか?
そんな気がしてしまうのです。
「「……」」
殿下とわたしが顔を見合わせた次の瞬間のことでした。
わたしの部屋の扉がノックされ、『メグウィン第一王女殿下、ハードリー様、失礼いたします』と聞き慣れたお声が聞こえたのです。
「ハナンっ!?
どうぞお入りなさい」
「はい、メリユ様をお連れしました」
先ほどは休まれてるということでいらっしゃらなかったハナン様。
近傍警護のお二人が扉を開けられ、部屋に入ってこられる人影が見えます。
「ハナン、無事で何よりだわ……」
殿下が扉の方に駆け寄られ、わたしもそれに続きます。
そして、入ってこられたハナン様は(黙って頷かれるも)、ぐったりとされている猊下を抱き上げられていらっしゃったのです!
「「メリユ様っ!?」」
殿下とわたしが思わず悲鳴をあげそうになるのを、お傍のアリッサ様が人差し指を立てられ、『静かに』と合図されます。
「前回のようなお力の使い過ぎによるものではなく、精神的なご疲労によるもののようです。
体温や呼吸は正常でいらっしゃるようですので」
「そ、そう……」
更に続いて、カーレ第一王子殿下の専属侍女の……アメラ様でしたでしょうか、近寄ってこられて、小さなお声が話しかけられ来られます。
「メグウィン第一王女殿下、ハードリー・プレフェレ・ハラウェイン伯爵令嬢に、会談の内容をお伝えするよう、カーレ第一王子殿下より言付かっております」
「お兄様から!?」
「はい」
「メリユ様は、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下、ケラフォ・プレフェレ・ハラウェイン伯爵様と会談に臨まれ、ハラウェイン伯爵家の不名誉とならないよう、ご交渉されたのです」
思いもよらないその内容に、わたしは思わず目を見開いて、アメラ様を見詰めてしまいました。
そうなのです。
アメラ様からお伝えいただいた会談の内容は、メグウィン様もわたしも驚きを隠せないものでした。
襲撃に関わったアディグラト枢機卿様と修道騎士様方の大捕り物は、セラム聖国中央教会側からの協力依頼により王国と共同で行われたということにし、襲撃自体はなかったことにされるということ。
また、ハラウェイン伯爵家の協力に対して、セラム聖国中央教会から恩賞が与えられることになり、教皇猊下の聖国への復路の途中に直接行われるということになったこと。
これよりにハラウェイン伯爵家の名誉は保たれるどころか、それ以上の栄誉すら与えれることになるのでしょう。
本当に信じられません。
「そ、そんなことまで、ご配慮いただいていたなんて……わたしは」
あまりにも過分なほどのご配慮に、わたしは、ぐったりされたままベッドに下され、ハナン様によって掛け布団をかけられる猊下を見詰めて、また涙が込み上げてくるのを感じてしまうのです。
「あと、広間での晩餐会は……状況が状況だけに当然のことではございますが、中止となりました。
後ほど、メリユ様の病人食と合わせて、お食事をこちらにお運びしようかと存じますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんだわ」
頷かれる殿下も目はもう真っ赤で、戦闘直後にも関わらず気に張られ、必要な交渉事まで済ませられて気を失われたという猊下に、感情がかなり揺れていらっしゃるのがはっきりと分かってしまいます。
本当に、想像も付かないようなことばかりを次々と成し遂げられていく猊下に、わたしは、うれしさと心配と不安で、今にも号泣してしまいそうでした。
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今回も倒れてしまった悪役令嬢メリユ=ファウレーナですが、その裏では、ファウレーナさん、お花を詰みに行っていただけのようでございます、、、
何て人騒がせな……まあ、いいように解釈されているようですので、一安心でございましょうか?




