第101話 王女殿下(悪役令嬢)、聖国聖女猊下と向き合う
(王女殿下(悪役令嬢)・プレイヤー視点)
第一王女に変身した悪役令嬢は、襲撃を行った修道騎士たちに関して責任を感じてしまう聖国聖女猊下と向き合います。
「これは………アディグラト枢機卿猊下、何ということを」
部屋の中の様子から何が起きていたかを把握されたらしい銀髪聖女サラマちゃんが、目尻から涙を零しながら、アディグラト枢機卿を信じられないという表情で見詰めていらっしゃる。
うん、マジ、シリアスな空気が部屋に広がるのを感じて、わたしは逃げ出すことができなくなったことを悟った。
これは、サラマちゃんを何とかしなければ、いけないってことね?
そういうことなんでしょう、シナリオライターさん?
「廊下で結界に守られた王国側の騎士の皆様を発見し、その結界に攻撃を加えていた修道騎士をアルーニーたちに拘束させました。
こちらでも、いえ、こちらでは、カーレ第一王子殿下、メグウィン第一王女殿下に何をなさろうとされていたのでしょう?」
「いや、これは……」
アディグラト枢機卿も、そんなサラマちゃんの様子に冷静さを取り戻したのか、涙と鼻水で酷いことになっている自分の顔を左手で拭いながら、困ったような表情を浮かべている。
「カーレ第一王子殿下、メグウィン第一王女殿下、王国の皆様方、誠に申し訳ございません!
お怪我はございませんでしょうか?
わたくしが編成、指揮しております聖騎士団がこのような襲撃を行いましたこと、セラム聖国中央教会を代表してお詫び申し上げますっ」
サラマちゃんがカーレ殿下とわたしに対して頭を下げて謝罪される。
いや、遅れて入ってきた(護衛のため?)お付きの修道士さんだっけ、そのお二人も膝を付いて謝罪の意を示されているみたい。
「この襲撃に関する全ての責任はわたくしにございます。
王国の法に則って、どうぞわたくしを拘束し、処罰してくださいますようお願いいたします」
「聖女猊下っ」
はあ、もう見た目で言えば、おじいちゃんの不始末を孫娘が代わりに謝罪しているような光景ね。
アディグラト枢機卿もサラマちゃんの言い出したことに動揺しているみたい。
「なりませぬぞ、そんなことっ」
「では、アディグラト枢機卿猊下、これは一体どういうことなのか、ご説明くださいますでしょうか?
わたくしは、教皇派で、信頼できるお人のみを選抜して、この聖騎士団を編成したつもりでした。
ですが、猊下は、初めから教皇猊下を、いえ、神を裏切っておられたのですね?」
「ち、違うっ、儂は、そんなつもりでは……」
サラマちゃんに睨み付けられちゃって、アディグラト枢機卿もすっかり弱々しくなっちゃったなあ。
まあこういうとき、孫ぐらい年の離れた子から指摘されたら、ぐうの音も出なくなっちゃうものよねぇ。
「はあ、拝見いたしましたところ、殿下方は結界に守られていらっしゃるご様子。
既に使徒様に察知されたのでございましょう?
わたくしは、バリアへの攻撃でさえ神への反逆とみなされるとご報告申し上げたはずです」
きょろきょろしているサラマちゃん。
ああ、もしかしてメリユ使徒形態バージョンを探していたりするのかな?
さっきも使徒様が何とかって話出ていたしね。
「それが、そちらの神兵様が直々にお動きになられたもので……」
「神兵様!?」
「聖女猊下は出迎えを受けられた際、使徒様に寄り添われるお二人の娘を、直接ご覧になられたのであろう?
そのお二人こそ、神兵様が受肉されたお方だったのですじゃ」
おい、またその話かよ!?
サラマちゃんがすごい目でわたし=メグウィン殿下の方を見てくるんだが!?
「まさか、そんな………ぃ、いえ、確かに使徒様の守護として神兵様もご一緒にご降臨されたという伝承もあったはず。
で、では、メグウィン第一王女殿下に、神兵様がっ!?」
ハッと、驚かれたご様子で、わたしを見詰めてくるサラマちゃん。
ああ、もうっ、やめてよ!
これじゃ、乙女ゲーから何か別種の宗教ゲーになりかけてるみたいじゃん!?
シナリオライターさん、こんなお試し、マジで要らないから!
わたしは、別に、変に捻くれたシナリオを書くようなシナリオライターになりたいとか思ったことなんてないんだからね!
「まさしく、メグウィン第一王女殿下に受肉された神兵様は、たったのお一人でここにいる修道騎士全員を一瞬で制圧なされたのじゃ。
くくくく、見た目はデビュタント前の小娘だというに、まさか大の男の騎士たちがここまで簡単にやられてしまうとはの」
「そ、そんな……」
あああ、更なる勘違い招くような発言やめてぇ!
単なる管理者権限無双だから、ホントに手で払い除けるくらいのことしかやってないのよ、わたし?
これ、一体どうやって事態を収拾しろっての!?
ほらー、やっぱり、サラマちゃん、膝を突いてお祈り始めちゃったじゃん!!
「神兵様の御前で、大変失礼いたしました!
此度の神への反逆、どうぞわたくしめに最も重い神罰をお与えくださいませ」
重い、重いってば!
わたしなんて頭に血が上っちゃって、聖女聖女って持ち上げられてんのに、修道騎士さんたちをあまり手加減できないままぶっ飛ばしちゃったくらいなのに、気にしないで欲しいな。
「サラマ聖女様、どうぞお顔をお上げくださいませ」
「神兵様……」
「わたしがサラマ聖女様に神罰をくだすようなことはあり得ません」
「ですが、わたくしがこの大失態を犯した聖騎士団の責任者でございますのに!」
もう、そんなに自分から責任をしょい込もうなんてしないでよね?
言っていることは分からなくはないんだけれどさ、だからと言って、わたしがシナリオを選べるとしたら、絶対にサラマちゃんに神罰くだすような展開は選びたくないし。
……はあ、だから、ここでサラマちゃんを納得させてみろってことなのね?
「では、もしサラマ聖女様に、その重い神罰がくだされたとしましたなら、これから何が起こると思われますでしょうか?」
「わたくしに、神罰がくだされた、その後ということでございましょうか?」
「はい」
わたしが優しく微笑みかけながらそう告げると、サラマちゃんは目を閉じて必死に何かを考え込む。
「此度のことが表沙汰となりましたなら、サラマ聖女様は当然ご解任されることとなりますでしょう?
そして、実際に襲撃を行われた皆様は、オドウェイン帝国との関係性も明らかにされないままに処罰され、場合によってはトカゲの尻尾切りで、一部は消される可能性も高いことでしょう。
結果、聖国内で起きつつあることは何も解決されないまま、事態は悪化の一途を辿ることとなるのではないでしょうか?」
まあ、所詮わたしが適当に考えたことでしかないんだけれどね?
合っているかなんて分からないのよ?
でも、まあそんな感じになっちゃうんじゃないのって伝えたら、考え直してくれるんじゃないかなって、そう思ったの。
「……神兵様」
わたしの言葉にサラマちゃんは瞼を上げると、また涙をその目に滲ませながら、唇を震わせる。
「わたくしめの浅慮、本当に恥じ入るばかりでございます。
ご指摘いただきました通り、聖国内に蔓延る腐敗は、わたくしが解任されたところで何も解決しないであろうこと、考慮にも入れておりませんでした」
「サラマ聖女様」
「ですが、それでは、わたくし自身、納得いかないのでございますっ。
これほどの事態を引き起こしてしまった責任を何かしらの形でお示しいたしませんと、次に進めないと申しましょうか……その、わたくしは」
本当にいい子なんだ。
本編に出てこないサラマちゃん、ここまでキャラとして肉付けされていることに驚いてしまう。
もしかして、製作サイドとしては、シナリオに余裕があれば、出してみたいと考えていたキャラだったりするのかもしれないわね?
「では、聖騎士団の一部にその腐敗に関わっている者たちが含まれていることに気付かれたサラマ聖女様がハラウェイン伯爵家、王国と協力してその者らの捕縛を行い、責任を取って聖騎士団を解散、サラマ聖女様とその側近の方々だけ王国の部隊と合流することで、神罰は免除とするのはいかがでしょうか?」
「聖騎士団を解散……するだけで、よろしいのでございましょうか?」
「はい」
正直、わたしとしても落としどころがよく分かっていなくて、これだって適当なことを喋っている自覚はあるんだけれど、サラマちゃんにとっちゃ、軽過ぎたのかなー?
驚き戸惑っているって感じで……あれ、でも、何か気になることがあるような様子で。
「それは、神兵様のご判断でございますか?
それとも、ファウレーナ様のご判断でございましょうか?」
サラマちゃんはそう問うてくるの。
「そうでございますね、どちらでも……えっ!?」
……今、サラマちゃん、『ファウレーナ』って言ったよね?
まずっ、絶対今わたし、呆けちゃったっていうか、『ファウレーナ』に余計な反応しちゃった!?
いやいや、これシナリオライターさんの『仕込み』ってことじゃん!
クソォ、マジやりおる!
プレイヤーがわたし一人しかいないって分かっているからこその『仕込み』よね?
「やはり、ファウレーナ様のご判断もございましたか」
え、何、なんでサラマちゃん、うれしそうなの!?
ここって、『してやったり』ってほくそ笑むようなとこだと思ったのに?
んんん、『サラマちゃんの今の心情を答えよ?』とか今やられたら、絶対回答できる自信ないよ、わたし!
「わたくしがこれ以上神兵様に質問を奏上仕るのは不敬なことかと存じますが、もし可能でございましたら、最後にもう一つだけ……いつから神兵様は、メグウィン第一王女殿下にお宿りになられたのでしょうか?」
あー、宿ってるんじゃないんだけどなー、まあそこそこ正解な範囲で答えるしかないよね?
「ほんのつい先ほどございます」
「お答え賜りまして大変恐縮でございます。
やはり、そうでございましたか……メグウィン第一王女殿下の危機にその身にお宿りになられたと」
「そ、そうだったのか、メグウィンに……」
おお、今までずっと黙って見守られてこられたカーレ殿下が反応された!?
って、サラマちゃんが滅茶苦茶(泣き)怒っておられる!?
「アディグラト枢機卿猊下、メグウィン第一王女殿下を暗殺なさるおつもりだったのでございますね?」
「う」
「そして、カーレ第一王子殿下を人質となさるおつもりだったのでございましょう?」
「そ、その通りでございます、な」
アディグラト枢機卿、すっかり弱々しくなっちゃって……まあ、わたしを神兵と信じてるなら、まあウソはつけないよね?
「アディグラト枢機卿、最初からそのつもりでメグウィンとわたしを呼んだのか!?」
「はっ、その通りでございます」
カーレ殿下もかなりお怒りのご様子。
そりゃ当然か、聖国を味方に付けたと思っていたのに、この有様じゃね?
「それで、神兵様がお動きになられたと。
ですが、一騎当千の神兵様が、襲撃に加担した修道騎士の意識を刈り取るだけで済まされるなんて……きっとそれもファウレーナ様のご意向なのでございましょう」
ヤバイ、マジサラマちゃんが何言ってるのか、よく分からない。
しかも、なんか感激したご様子でまた熱心にお祈りされているんだが。
はあ、シナリオライターさん、これはやり過ぎってものよ。
「神兵様、お示しいただましたご意思に従い、わたくしの専属修道士の手で、襲撃に加担した枢機卿、修道騎士を捕縛、聖国中央教会の威信にかけて適切に処罰を行うようにいたします」
「……せ、聖女猊下」
まるで、宣言というか、宣誓といった感じで、わたしにそう告げるサラマちゃんに、アディグラト枢機卿はかなりの衝撃を受けた様子みたい。
ま、アディグラト枢機卿が悪役なのは間違いないのだけれどさ、それでも、ヤツにだってオドウェイン帝国の被害者としての一面もあるはずなのよねー、多分。
お付きのお二人が立ち上がったところで、わたしは口を開く。
「アディグラト枢機卿のなさったことは、枢機卿という責任ある立場の者として到底許されることではないでしょう。
しかし、アディグラト枢機卿も追い詰められて、事を起こしたのだという側面も忘れはなりません」
「神兵様、それは……一体?」
わたしの言葉に、サラマちゃんは戸惑い、今度はアディグラト枢機卿が驚いた様子を見せる。
「アディグラト枢機卿、セラム聖国側で何か起きているからこそ、彼らの言いなりになるより他になかったのでしょう?
詳らかに全てお話いただけますか?」
「し、神兵様は、す、全てをご存じであられると、そういうことでございますか!?」
いや、これもわたしの適当予想でしかないんだが、取り合えず微笑んで頷いておく。
「決して口外しないよう口止めされているかと思いますが、もはやその必要はないとお考えくださいませ
むしろ、最初から救済をお願い出ていれば、このようなことを起こさずに済んだことでしょうが」
「おおっ、おおおおっ」
アディグラト枢機卿は、涙を頬に幾筋も流しながら、秘められた真実を語り始めたのだった。
うん、結局のところ、アディグラト枢機卿が追い詰められた理由はほぼわたしの予想通りだった。
(まあ、シナリオライターさんもそこまで捻くれてもいなかったって感じなのかな?)
要は、『聖国にいる孫娘の命が惜しければ、こちらの指示に従え』と、そういうことね。
つまり聖国内にもオドウェイン帝国の工作員とか暗殺者がいて、いつでも殺れるぞと連中は脅してきた訳よ。
だから、アディグラト枢機卿は、自分の破滅が分かっていてもここでやらかすしかなかったのね。
「……まさか、アディグラト枢機卿猊下にそのようなご事情がおありだったとは思いも寄りませんでした」
「そうだな、加害者でありながら、被害者でもあったと」
「いえ、神兵様、殿下、聖女猊下。
この愚かな老いぼれのことなどどうでも良いのですじゃ、タダ、どうか孫娘のことだけは何卒何卒」
はあー、完全によぼよぼのお爺ちゃん化しちゃったな、アディグラト枢機卿。
部屋に入ったときの、悪役面した中高年親父から一気に老け込んで言葉遣いまで変わっちゃった感じ?
「ご安心くださいませ。
その願い事に関しましては、ファウレーナが動きますので」
まあわたし、なんでね?
言い方からすると、ファウレーナが上司であるかのように聞こえなくもないのがポイント?
何せよ、アディグラト枢機卿の孫娘ちゃんに何かあったら、わたしも目覚めが悪いから、そりゃ動くわよ。
どうせ、また直前多嶋さんも何か言ってきそうだし、そもそもそういうベースシナリオもあるんでしょ?
「おおおっ、神兵様、拝謝申し上げまする、ぉぉぉ」
ついに、アディグラト枢機卿、泣き崩れちゃったし。
号泣かよ……。
「先ほど制圧させていただきました皆様にも、癒しの水を授けますので、どうかお手当にお使いくださいませ」
「癒しの水とは……まさか、あの聖水の」
「何と」
あーっ、サラマちゃん、また泣き出しちゃうし。
そんな感激するようなところでもないっしょ?
単に、今になってぶっ飛ばしちゃった罪悪感に、助けておかないとなーって思っちゃっただけの、単なる小心者ですから!
「本当にファウレーナ様と神兵様は、善人、悪人に関わらず、人に寄り添われる尊いご存在であられるのでございますね」
「サラマ聖女殿、一つ伺いたい、そのファウレーナ様とは一体?」
うぐっ、カーレ殿下も、一々そこに反応しなくていいのに!
「カーレ殿下に、先ほどキャンベーク川の現場でお話させていただいた、セレンジェイ伯爵領の伝承に出てこられる使徒様の御名でございます」
んんん……えっ、はい?
何のお話!? わたしの名が付いた天使になんか設定付けちゃったの!?
「ああ、泉の……いや、待って欲しい。
つまり、それは……」
「はい、光と水の聖女様と呼ばれていらっしゃる、メリユ聖女猊下こそ使徒ファウレーナ様が受肉されたご存在であると、わたくしは認識しております」
ああああ、またとんでもないことになってきてるーっ!
悪役令嬢から、魔法使いどころか、聖女を更に踏み台にして、天使にまで格上げかよ!?
メリユスピンオフ、いくらテスト版って言っても、悪役令嬢メリユの立場のインフレーションおかし過ぎ!
っていうか、わたし=ファウレーナが天使扱いってことなら、実質憑依してんのバレてるじゃんか!?
「そ、そんな……まさか、彼女は生まれたときから……」
「ええ、もしくは、聖女としての才能を開花されたとき、のどちらかでございましょう」
カーレ殿下、すごい顔されちゃってんじゃん!
やめてぇ、これ以上『メリユとんでも説』とかマジ要らんからーっ!
「そうか、だから彼女は人としての自分の評判を全く気にしていなかったのか……」
「ええ、わたくしもお話を伺った際は驚きを隠せませんでしたが、今思えば、うら若い貴族令嬢が自身の悪評を気にも介さずにおられるとは思えませんので」
「なるほどな、確かに」
カーレ殿下は納得顔で頷きながら、わたしを見てくる。
うん、サラマちゃんも?
「神兵様、勝手なお話を交わしてしまいまして申し訳ございません。
わたくしは、ファウレーナ様と神兵様のご判断に全て従うつもりでございます。
何卒この身をお役立てくださいませ」
あああああ、その銀髪聖女サラマちゃんの崇拝顔、超尊い、尊いけど……マジ勘弁してぇ!
わたしは恥ずかしさのあまり、全身がむず痒くなってくるのを感じながらも、熱い眼差しを向けてくるサラマちゃんから視線を外すことができなくなってしまっていたのだった。
※休日ストック分の平日更新です。
いつも応援いただきました皆様方、深く感謝申し上げます!
さて、今回は後始末回でございますね。
銀髪聖女サラマちゃんが事態を把握され、それを重く受け止める彼女と、メグウィン殿下に変身中の悪役令嬢メリユ=ファウレーナが向き合いことになります。
まあ、更なる誤解を招く形になってしまっているようでございますが、大丈夫でしょうか?、、、
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