第9話 王子殿下、悪役令嬢に魔法について問い質す
(第一王子視点)
朝食を終えた、第一王子、第一王女、悪役令嬢は応接室に移動し、魔法について話をします。
結局、朝食の席では、メリユ嬢の真の姿を見極められないまま、昨日陛下、辺境伯との会談でも使った応接室に場を移すこととなった。
これから話をする内容が内容だけに、室内には(他に)アメラとハナンしか入れていない。
壁裏には影を五人配置し、いざというときには動かせるようにしておく。
メグウィンは、メリユ嬢がイスクダー様の血を引く魔法使いと信じ切っているようで、もはや役に立つまい。
ここはわたしがしっかりとメリユ嬢の真の姿を見抜くしかないだろう。
わたしは、久々の重圧を覚えながら、席についた。
「メリユ嬢、王族との朝食に続いて、急にこのような場を設けることになってしまい申し訳ない。
非公式の場であるので、あまり気負わず、楽にして欲しい」
本当はわたしがこのようなことを言うのもあまりよくはないのだが、ここにいるのがメグウィン、アメラ、ハナンと影だけである以上、まあいいだろう。
「お気遣い賜りまして大変恐縮に存じます」
「さて、朝食の席でも少し匂わしてくれていたが、メリユ嬢は、メグウィンが壁裏に潜んでいたのに気付いていたのだろう?
あれはわたしの指示でメグウィンを潜ませていたのだ。
貴族令嬢を疑うような真似、もし不快に思われたのなら謝罪しよう」
「ぉ、お兄様!
う、そうでございますよね……メリユ様、ご不快に思われましたら、本当に申し訳ございません」
「……いえ、非公式の場とはいえ、王族の方に頭を下げられるような身ではございません。
どうぞ頭をお上げくださいませ」
軽く突いてみたつもりだったのだが……この落ち着きっぷりは何だ?
まず、メリユ嬢はメグウィンを潜らせていたことを伝えて特段の反応を見せなかったことから、本当にメグウィンに気付いていた……ということになるのか?
そして、自身が監視されていたことを知っても、怒りや不満といった感情が全く見受けられなかったことも普通ではない。
これが公爵家や侯爵家なら、非公式の場であっても、かなりの騒ぎになっておかしくない話だ。
「ありがとう、プライド高い令嬢ならば怒り狂ってもおかしくないところだろうに、メリユ嬢は自制心が強いようだ」
「いえ、そんなことはございません。
そもそも王家の方がなさったことに怒りを覚えようもございませんし、そもそもが疑われるような振る舞いをしたわたしの方の責と存じます」
「ほう、本当にメリユ嬢は別人のようになられたのだな」
本当に受け答えは完璧だな。
十一歳のように見えて、実は十七歳だったと言われても信じてしまいそうだぞ。
本当に彼女の中身は十一歳の令嬢なのだろうか?
「なら、聞かせて欲しい。
メグウィンは、メリユ嬢の魔法を見たと言い張るのだが、メリユ嬢は、そのように見える奇術を習得されているのだろうか?」
さて、メリユ嬢どう出る?
「奇術……でございますか?」
「お兄様っ! 奇術と決め付けるなど、メリユ様に失礼です!
申し訳ございません、メリユ様。
兄はこの通り疑ってかかっていて、何も信じていただけないのです。
メリユ様にとってあの奇跡の御業は秘匿すべきものかと存じますが、この場には、その秘密をバラそうとする者もおりません。
どうかもう一度、あの御業をお見せ願えませんでしょうか?」
はあ……まあよいか。
一瞬、メグウィンが邪魔になるかと思ったが、メリユ嬢がその奇術を見せる気になってくれるのならば、メグウィンを放置しよう。
「…………」
さあ、メリユ嬢、その奇術見抜かせてもらうぞ!
「承知いたしました。
ティーカップはこちらものを使わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだとも」
そうだ。
そのためにアメラとハナンには茶を注がずに、空のティーカップを置かせておいたのだから。
「念のためだが、奇術に失敗して割ってしまってもとやかく言うつもりはない。
メグウィンから見事な奇術だったと聞いているから、いつも通りにやって欲しい」
「お兄様っ! 奇術などではございません!」
ああ、メグウィンが五月蠅い。
未だに落ち着いているメリユ嬢を見習ってはどうかとすら思ってしまう。
「承知いたしました。
重ね重ねご配慮賜りまして感謝いたします」
メリユ嬢は仰々しく礼を告げると、『失礼いたします』と言って彼女は立ち上がる。
そして、視線を正面に向けると、
「"Show console"」
奇術らしく呪文を唱えた。
ふむ、なかなか様になっている。
初めて聞く呪文だが、これも彼女が考えたのか、それとも彼女が師事した者が教えたものなのか?
何が起こるのかと、彼女周囲を眺めていると、
っ!!!?
青く半透明なガラス板が宙に現れた。
いや、今本当に何が起きた。
宙だぞ、テーブル上の空中だ。
ハンカチで隠したり、何かの入れ物を使うといったこともなく、ガラス板を出現させることなど、一体どうやったらできるのだ!?
一瞬にして冷や汗が噴き出てくる。
部屋全体の空気が変わったのは間違いなく、アメラやハナン、影たちも緊張感を高めたのが分かった。
「メ、メリユ嬢、そ、それは何だ?」
まずい、思わずどもってしまった。
第一王子であるこのわたしが、動揺を見せてしまうなど失態だ。
「コンソールでございます」
「コンソールとは?」
初めて聞く言葉だ。
「………そうでございますね、この世の理に、干渉するためのものでございます」
「この世の理だと!?
タダのガラス板ではないか?」
正直に言おう、意味が分からない。
これすらも奇術の一部、奇術を奇跡の御業に見せるための虚言なのではないかと思ってしまう。
「ガラスではございません」
頬が軽く引き攣くのを感じながら、メリユ嬢を見ていると、彼女は少し微笑み、指先で宙に浮かぶガラス板を推すとそれが回った。
……厚みがなかった。
いや、厚みがないとしか思えないほどのこんな薄いガラス板、どうやって作れるというのだ?
北の辺境伯領では、こんなものを作れると言うのか?
わたしは、自分の頭の中に疑問が増え続けていくのを感じながら、必死に彼女の奇術を見抜こうとあがき続ける。
「"Pick"」
メリユ嬢は己の右腕に顔を近付け、右手の指先を自分の前にあるティーカップに突き付ける。
まるで弓を射る際に狙いを定めるような仕草にゾクリとしたものを覚える。
っ!!!
今度は、ガラス板に何かの文字が現れた。
いや、本当に何が起きたのか分からない。
目がいいからこそ分かる。
ガラス板に現れた不思議な文字は、わたしの知るどの言語の文字とも異なっている。
メグウィンならば、魔術文字と決めてかかりそうなものようにすら思えた。
「"Translate picked object 0 0 1.0"」
「っ」
すぐ傍でメグウィンが息を呑む気配を感じる。
今度は一体何が起きるというのだ!?
奇術とは思えない奇術に、わたしは身体が火照って来るのを感じながら、ティーカップを見守る。
一、二、三……
思わず時間を測ってしまったその直後、
ヒュン!
空気を乱す音と共に、ティーカップはソーサーの上から掻き消えた!!!
「馬鹿な……」
王族であれば、何が起きようと動揺すべきではないのは分かっている。
しかし、これはメグウィンの言う奇跡の御業としか思えなかった。
一瞬で姿を消したティーカップ、それは、一体どこに行ったというのか!?
「う、浮いてる!?」
ハナンの彼女らしくもない声にわたしはハッと視線を上げる。
テーブルの上、なんと一ヤードほどの宙にティーカップが浮いていた。
わたしは思わず上半身を動かして、(おそるおそる)下からティーカップを覗き込んでしまう。
糸もなければ、透明なガラス板もない空中に、王家のティーカップが静止しているのだ。
「な、何が起きている」
「移動の魔法ですわ」
すぐ傍からやけに落ち着いて聞こえるメグウィンの声にハッとしてその方を見る。
『自分は全てを理解している』とばかりの勝ち誇った笑み。
メグウィンは、先ほどの呪文で何をするのかすぐ分かったらしい。
そうか、メグウィンが昨夜この呪文で奇術が行われる様を見たという訳か?
しかし、奇術のタネがまるで分からない。
一体何をどうすれば、こんなことができるというのか?
「メグウィン第一王女殿下のおっしゃられた通り、移動の命令でございます」
「そ、そうか……。
いや、しかし、なぜ移動後浮いていられる?」
わたしは(子供のように)ティーカップを色々な角度から覗き込むも、まるで浮いていられる原理を突き止めることができなかった。
「移動後のティーカップは、今も、この世の理から隔絶されてございます。
それを解きません限り、ティーカップを動かすことも壊すことも叶いません」
「まっ、まあ、そうなのですか!?」
またもわたしをたぶらかそうとするか!
それらしい奇術を奇跡のように見せようとするがうまいが、その手には乗らんぞ。
「面白い!
では、アメラ、その手にしている盆でよいからやれ!」
アメラはすぐさまわたしの意図を把握したのか、軽く頷くと、手にしていた配膳用の盆を構える。
「皆様、テーブルからお離れくださいませ」
わたし、メグウィン、メリユ嬢が立ち上がってテーブルから離れ、逆にテーブルに近付いていくアメラは盆を叩き付けるための体勢を整えていく。
訓練されているアメラのことだ、確実にティーカップを叩き壊してくれるだろう。
わたしはそう確信しながらも、手に汗を握りながら、不気味に空中に静止し続けるティーカップを睨み続けた。
「まいります」
腰を捻りながら勢いを付け、配膳用の盆を空中のティーカップにぶつけに行くアメラ。
落としただけで簡単に割れる、薄く繊細なティーカップだ。
これで割れない訳がない。
当たる! さあ、割れよ!
ビュンという風切り音に続いて、パリンと割れる音が響くのを期待した次の瞬間だった。
バンッ!
アメラが両サイドの取っ手を強く握って、思い切り振り抜いた盆は割れ砕け、内部の木片が辺りに散らばる。
そして……恐るべきことに、当たられたティーカップは割れるどころか、微動だにしなかったのだ。
「ば、馬鹿な!
こんなことがあってたまるか!」
「お兄様!?」
王族が直接こんなことをするのは不適切だというのは分かっている。
しかし、こんな奇術ごときに愚弄されるのだけは我慢ならない。
わたしはいざというときのために持っていた隠し武器の短剣を抜くと、前方に掲げ、憎きティーカップに近付けていく。
そうだ、王族たる者が奇術などに騙されてはならない。
メグウィンのように愚かにも惑わされ、警戒心を解くようなことがあってはならない。
本当にわたしは第一王子としての信念のもとに、ティーカップを叩き割るつもりだった。
「はぁっ!」
カキンッ! キーン………。
ぐぅっ!
軽く突いただけで割れるはずのティーカップは、なんと、短剣を弾き返し、その反動に手首に痛みが走る。
そして、宙に浮かび続けるティーカップは、割れないどころか、衝撃に震える様子すら見せなかった。
「な、何だ、これは……」
急に襲いくる手の痺れは、わたしは短剣をその場で取り落としてしまい、茫然となる。
メリユ嬢の業は奇術、メリユ嬢の言葉は人を惑わす虚言。
そう決め付け、ティーカップを叩き割ることでそれを証明するはずが、叶わなかった。
これが敗北というものなのだろうか?
わたしの目論みは……メリユ嬢の真の姿を暴くという目論みは、見事なまでに敗れ去ったというのか!?
「お兄様っ、お怪我はございませんか!?」
少し血の気の引いた様子のメグウィンが駆け寄ってきて、わたしの手を握る。
「ああ、少し手首を痛めたかもしれないが、まあ大したことはなかろう」
「そうでございますか。
はあ……何と申しましょう、お兄様は、本当に負けず嫌いでいらっしゃいますね?」
血すら滲んでいないわたしの手と手首を確かめたメグウィンは、呆れたようにそう告げる。
「お前は何を言っている?」
「はあ、今の出来事で見事証明されてしまったでございましょう?
メリユ様は、奇跡の御業、イスクダー様より受け継ぎし魔法をお使いになるのです。
いい加減、お兄様もそれをお認めくださいまし」
「はあ、どうしてお前はそうも奇跡を信じられる?」
「そうでございますね。
そもそも、昨夜、メリユ様の奇跡の御業を魔法と判断いたしましたのは、わたしですもの。
こうしてわたしの目が正しいことが証明されました以上、自信を持ってもよろしいのではないでしょうか?」
はあ、まさかわたしが人を見る目でメグウィンに負けてしまうとは。
しかし……実際、メリユ嬢の業は、もはや奇術と言えまいな。
簡単に割れるはずのティーカップが、アメラの盆でも、わたしの短剣でも割ることができないとは。
これは国王陛下にお伝えする他にあるまい。
「メリユ嬢」
そこで振り返って、わたしとメグウィンがメリユ嬢が平伏しているのに気が付いた。
「メリユ様!?」
「この度は、第一王子殿下にお怪我をさせかねないような真似をしてしまい、誠に申し訳ございません。
この責はいかよう……」
「なりません!
メリユ様は、イスクダー様の魔法をお使いになられる我が国唯一の魔法師です。
そのお立場は、王族としても必ずや守り通さなければならないもの。
お顔を上げてくださいませ」
はあ、まさかこうもメグウィンに、王族としてすべきことを先に持っていかれてしまうとは。
一時は、メリユ嬢の奇術に騙され、盲信し始めた愚か者だと思い込んだものだが、結果的には、メグウィンが正しかったということになるのか。
わたしはメグウィンの評価を改め直さなくてはならないと思いながら、苦々しい現実=今も静止し続けるティーカップを見詰めるのだった。
ティーカップの破壊に失敗して転倒したアメラですが、ちゃんとハナンが介抱に回っていますのでご安心を!
大した怪我もなく、(メンタルを除いて)元気です。
何にせよ、王族の方が最優先されますので、、、って、第一王子が怪我していてもおかしくない状況にもなりましたが、メグウィンが駆け寄ったことで、アメラらはすぐ傍から様子を見守っています。




