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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第五章 死なぬ者達へ安息を
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第十一話 もう一度

 破壊跡が広がる石造りの広間にて、白い少女が苦しげに息をしている。身体の至る所で血を流し、その様子から軽い怪我にまで気を配る余裕も消えているようにも見えた。


 対するのは美しい金色の髪を靡かせた少女で、彼女の背後に在るのはいくつもの装飾品が目を引く翼で、サティナのそれとは違い半透明な感じもなく明らかな実態を持っている。


 ──拙いね……


 まさか相手の聖女が天族だとは露とも思っていなかった。彼女が持つ翼はサティナのソレとは本質が異なるのか劇的な力の上昇は見受けられないが、その分継戦能力は圧倒的に上だ。


 ──それに地力が違いすぎる……


 いくら上昇率が高いとは言えどサティナと聖女との間には埋めれない地力の差がある。それが翼の顕現によって強化されていれば、彼女に勝る道理はない。


「…………」


 しかし思っていたよりもサティナが粘るからか明らかに聖女の機嫌は悪く、四六時中顔を歪めて怒りを露わにしている。そんな彼女を更に挑発するように、嘲りを込めた笑みを浮かべてやれば案の定聖女が動きを見せる。


 ──来た……!


 既にサティナの翼は光を失い、ただ朧げに存在しているだけ。その力も急激に衰え始めていて、だからと言って勝負が決まったわけではないだろう。


「やはり、単調だ」


 突き出した長剣を躱し伸び切った腕を捉えれば関節を決めてへし折る。目の前に迫る顔が悔しげに歪むのを小気味よく思いながら、それでも油断なく次の動きを読む。

 折れた腕が更に損傷することも構わず、サティナの拘束を解こうと力ずくに身体を捩る。その勢いに巻き込まれれば大勢を立て直す暇などなく、故に白い少女はあっさりと拘束を解いた。


 ──冷静に……

 ──一手誤れば終わり……


 折れた腕をそのままに蹴りを出し、またしても伸び切った関節を折ると流れるような動きで片方だけになった軸足を狙う。──しかし低く地面に這うように払われた剣は虚空を切り裂くだけで、まるで手応えはない。


「あぅ……!」


 しくじったと知るよりも早く背中からの衝撃で小さな身体が地面に打ち付けられる。胸から固い地面に沈み込み全身が軋む音を聞いた。


 ──大丈夫、背骨は繋がっている……


 振り下ろされた踵がサティナの背を捉え、そしてその細い身体を地面に打ち込んだ。無防備な体制でモロに入った筈だが、幸いにもサティナの耐久力は彼女の想定を超えていた。


 背中から肋を砕かれたまま、力ずくで身を捩ると聖女の足の下から抜け出す。

 間髪入れずに降り恐れた剣を躱し、跳ねるように立ち上がり……しかし顔を上げれば既に鮮やかな瞳が目の前に迫る。


「あはっ……!」


 直後、閃光が弾けたかと思えば両者の身体が木端の如く弾き出される。


「はぁ……」


 片腕を失い、右足もまた力が入らないのか真っ直ぐ立てない。それでも左手に光十字剣を顕わすし、油断なく向こう側を見据える。

 間もなく現れたのは片方の翼を吹き飛ばされた聖女の姿で、腕は繋がっているもののダラリと力無く肩からぶら下がっていた。


「僕達には、お似合いの格好だね」


 その様子を目の当たりにして不敵に笑うサティナとは裏腹に、聖女の顔には怒りが見える。ただ苛立ちに任せて地面を踏み抜き、そしてゆっくりとだが翼が回復始めた。


 余力がないサティナでは回復を阻害することはできず、それを知っているからこそ聖女は翼と力の回復を優先している。──だが、それは悪手だ。


「──っ!?」


 聖女の背後、一つの影が飛び出す。反応に遅れた彼女の背後から心臓部を一突き……更に暴れようとする彼女を取り囲むように淡い光を放つ煙が立ち込める。


 その煙に触れれれば、聖女の力が急激に失われ始めた。それでなお少女は抵抗するが、サティナが投げつけた聖剣が彼女の膝を破壊すると途端に抵抗力も失われていく。


「お待たせいたしました」


 間もなく聖女を無力化すると、彼女の周囲に漂っていた煙が亡霊を形造り……そして聖女を背後から釘付けにしていた男、フレスタがサティナへと近づく。


「もう少し早くても、良かったんじゃない?」


 力尽き、その場に腰を下ろすサティナ。やや恨めしそうに男を見上げ、そして安堵のため息をつく。


「まったく、まんまと餌にされるとはね」


 そう言い彼女が視線を向けるのは、彼等を取り囲むように立ち並ぶ亡霊達。屍の彼等の顔からは表情が分からないが、恐らくサティナの怒りにも興味を抱いていないのだろう。


「それにしても、こう何度も内側で敵に会うなんてね」


 言わずもだがここは彼等の拠点であるはずのに、サティナが聖女と相対しているのは本来あり得ない筈のは陣営内。

 二度とも意図して誘い込んでいる様子だが、果たしてそれがこう何度も上手くいくとは思えない。


「……レノウ……」


 弱々しく伸ばした手を、名前を呼ばれた男が力強く取る。そんな彼の手を引っ張るようにするサティナの意図を汲み取り顔を近づけ──


「……彼女から、離れ──」


 サティナが言葉を言い終えるよりも早く、男は小さな身体を抱き上げると迷いなく駆け出す。

 担がれた姿勢のまま聖女へと視線を戻せば、彼女を取り囲むように立っていた死者達の身体が崩れていくのが見えた。


「まさか、君が来るとはね……」


 安全圏へと逃れたのち、サティナを床に置き彼女を背後に庇うようにして男が剣を抜く。そんな彼越しにサティナが声をかけるのは、忘れもしない少女の姿。


「魔女、ノートル……」

「やぁ、数日ぶりだね」


 力尽きた聖女を背後に前に出るのは美しい魔女の姿で、それを迎撃せんと勇者が前に出る。そんな彼の裾を掴んでサティナが止めると、代わりに話しを続けた。


「それで、どうするつもり? 君では彼には勝てないよ」

「まぁ、そうなんだけどね。私も今の現状は不本意で……」


 ばつが悪そうにそう言う魔女。しかし彼女達の言葉はあまりに軽く、故にこそサティナが彼女の言葉を鵜呑みにすることはない。


「でも、ね。そっちこそ、このまま続けて何かメリットがあるの?」

「……お好きにどうぞ……」


 魔女の言葉を受けて最初に矛を納めたのは勇者。そんな彼は一度サティナを振り返ると、身の毛もよだつような圧力が放たれる。


「私の使命は彼女を守ることのみ。それを害されぬ限り、貴女方と執拗に争う理由もない」


 魔女と聖女、その二人を相手取ってサティナを守りきれぬと判断したのだろう。確かな警告と共に放たれつ苛烈な言葉を受けて、二人の少女が踵を返す。


「どうか、ゆめゆめ忘れることなく」


 今や見えなくなった背中へと声を投げかけ、そして振り返ると男はサティナの前に屈み込む。


「動けますか?」

「暫く、休ませて。それと……」


 ゆっくりと顔を上げた先、無言のまま立ち尽く屍人の姿が見に映る。そんな彼女の視線に気付いたのかフレスタが振り返り、次の瞬間には屍の男と目が合った。


「……振り出しに戻った……」


 きっと彼等は既に捉えていたもう一人の聖女を連れ出していることだろう。言われずとも薄々気が付いていたサティナが顔を伏せ、何も返す言葉もなく。


「我々の責任です」


 毅然とした声を耳に、思わず変えを上げればいつの間にか立ち上がっていた勇者が抗議する。そんな彼の言葉を受けて屍の男は、意外なことに首を縦に振った。


「そうだ。我々は、ここ一番でしくじった」


 男もまた真っ直ぐと、まるで失敗を恐れた様子もなく言い切って見せたのだ。そうしてゆるりと動いた顔が、瞳のない眼窩がサティナを捉える。


「彼女は充分な働きをしてくれた。それを責めるなど、あまりにも無恥だとは思わんか? 責任を取るのは、我々年長者の役目」


 既に死んだ身とは言えど誇りまでは死んでいない。何よりも百年以上生きてきたサティナとて、彼等にとっては未だ赤子同然なのだから。


「冥王には私から報告しておこう」


 徐に踵を返し立ち去る男。彼の姿が見えなくなれば、一人また一人と破壊された広間を立ち去る亡霊の姿が見える。


「…………」


 無言のまま俯く少女。──何を考えているのかピクリと動かないそんな彼女の背後。無垢の輝きを放つのは二対四枚の巨翼で、静かに……それでいながら底知れぬ、ただひたすらに深い力が蠢いていた。











 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆











 暗い森の中を三人の少女が歩いている。先頭を歩くのは魔女で、そんな彼女のあとを追うようにして修道服を身に纏う聖女が続く。


「いや〜、完敗だったね」


 愉快そうに振り返る魔女に、もっと後ろを歩く聖女がうっとりと恍惚とした表情を浮かべた。痛々しい傷を多く追っていながら、そんな彼女が見せる表情は狂人のそれだ。


「心配せずとも、すぐに会えます」


 甘い声が木霊し、それを聞いた魔女がくつくつと喉を鳴らして嗤う。


「もうすぐです。あと少し進めば転移魔法が使え──」


 森の結界を抜ければあとは転移魔法を行使すればいい。そう言おうと開いた口をそのままに固まる聖女と、何を感じたのか仕切りに天族の少女が辺りを気にする。


「……言ったはずだ……」


 闇の中、声がする。


 ひたすらに深い声だった。まるで深淵の底から響くような、深く重い聲。

 周囲の木々の間を走るのは白い光を纏う黒電で、それが収束する先に見えるのは彼等が上位次点に恐れる存在。


 傲慢なほど緩慢な動きで、漆黒のロングコートを靡かせて歩む。その歩き方一つとっても洗練されていて、指先に至るまで完成された動きは見る者の目を釘付けにする。


「魔女は人でなし、聖女に偽善あり」


 ジジッと足元を、周囲の木々の間を黒電が通り過ぎる。所々で浮かび上がるのは黒い炎の玉で、それが鬼火のように揺蕩い白く淡い光を放っていた。


 薄明かりの中に顕れたのは中背痩躯の男。

 白いワイシャツ、黒いネクタイと同色のスーツベスト。上に羽織るのはくるぶしまである漆黒のロングコートで、振袖のついたそれは肩口の前半分以上が切り開かれている。

 何よりも目を引くのは額に巻かれた紐から垂れた黒布だろう。それは顔の上半分を隠すように覆っていて……ただ一目で、理解した。


「……故に、慈悲はより深く……」


 歩みを止め無駄な力無く自然体のまま立つ。

 それを合図に周囲の影がゆっくりと形を変えて、彼の手元へと伸びていく。影は形を成し、それは見せたのは深い闇色の刀の姿。


「おっと……これは、ヤイバいね……」


 気が付けば三人の少女は走っていた。──転移魔法が使用可能になる場所まで辿り着ければこの化け物から逃れられる。


 そう思い、また天族の少女も痛む身体に鞭打ち必死に走る。そんな彼等の背後では男を中心に空間が強く内側へと歪曲し……次の瞬間、世界は光を失う。

 膨大な重力が光を吸い込み、僅かな光すも逃さず……完全な暗闇の中、解放された光が世界を白く染め上げる。


 触れれば彼等もまた光と化し消えてしまうような極光を浴びて──その直前、視界が暗転した。


「はぁ……はぁ……」


 息遣いが聞こえる。

 まだ、生きている。


 自身の身体に触れ、そして周囲を見渡せばよく知る空間が広がっていた。


「逃げ、られたの……?」


 その声に答えられる者は誰もおらず、敵がどこにいるのかも分からずそのまま何時間も息を潜めて待つ。


 どれだけ時間が経っただろうか。ゆっくりと身じろぎした魔女がクックッと笑い出す。


「いや~、前に会った時とは比較にならないほどの威圧感だったね」

「……ええ、以前とはまるで別格……」


 彼等とてあの男に出会ったのはこれが初めてと言うわけではない。しかしどう言う訳か、あの化け物が放つ異質な圧力はかつてのそれは桁違いだ。


「彼もまた、仕上がってきてるのかな?」


 ──審判は近い……


 誰とも無く自ずと察したことを、しかし誰もが意識的に目を逸らす。──そうでなければあまりも、つまらないではないか。

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