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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第五章 死なぬ者達へ安息を
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第十話 恐ろしいモノ

 手の中で三つの石が互いの後を追うようにして回っている。それを操作する少女の顔はやや険しく、直後手の中に浮いていた小石が砕けた。


「…………」


 砂のようになったそれを足元に溢し、そして次の石ころを手に取る。そしてまた同じように浮かび上がらせると、それを一定の速度で回し出した。


「宜しいでしょうか」


 そんなことを繰り返す少女の元に一人の男が尋ねる。ゆるりと白光色の瞳が動き、視線の先に見えるのは黒い骨の男。


「ん、どうだった?」


 ピシッと石に亀裂が走るが今度は砕けることなく同じ軌道を回り、そんな石ころなど気にも留めず男が淡々と言葉を返す。


「許可が降りました」

「それはよかった」


 足元に散らばる砂が手の中で浮く石に集まり、それが強い力によって圧縮され始める。強い圧力により熱を帯びたそれは赤熱し、そうして更にその大きさを縮めていく。

 間もなく人の頭ほどの大きさもあったそれがすっぽりと小さな手の内に収まり、間もなく見えなくなる。


「それじゃ、行こうか」


 無造作に立ち上がったサティナに背を向けて男が歩き出す。その後を追い向かったのは薄暗い地下空間で、鉄格子の奥に目的の人影が見える。


「数日振り、か……気分はどう?」

「なかなか、悪くないわ。ただもう少し食事の味付けを濃くしてもいいと思うの」


 ジャラジャラと鎖を引き摺って身体の向きを変え、鉄格子越しに魔女も聖女が笑い合う。

 白光色の瞳、その奥に浮かぶのは闇十字を模した四芒星。その何よりも聖女の目を引いたのは彼女の背後に携えられた無垢色の翼だ。


「噂に違わぬ恐ろしい魔女様ね」

「そうでもない」


 木作りの椅子に腰掛け、少女が足を組む。その様子を黙って見ていた聖女が、軽く姿勢を変えた。


「謹慎中だと聞いていたのだけど?」

「幸い貴方に会う許可は降りている」


 ゆるりと伸ばした手が鉄格子を掴むとサティナが妖しく光る目を細め、それだけで場の空気が凍り付くような錯覚を覚える。──しかし彼女もまた聖女なのだろう。まるで怯んだ様子もなく、それどころかどこか面白がるように顔を近づけた。


「それで? あまり無駄話しに時間を割いていたら、面会時間が過ぎてしまわないかしら?」

「ふふっ、面白いことを言う。まぁ、僕は尋問をしに来た訳じゃないし時間には拘らない」


 必要なら伸ばせばいいしね、と嗤うその言葉に確信じみた狂気を感じて思わず身震いした。あまり長く話していては拙いと、一度顔を離すと一つ息を吐き出すとつとめて冷静になる。


「それなら、何故ここに?」

「ただ、お話しをしたかった。不思議か?」


「ただお話しをする為に、貴女はわたくしを檻の中に?」

「貴方と僕の立場は、決して対等なんかじゃない」


 最後の言葉に、その声が酷く冷たく感じられたのは間違いなのどではなく……瞬きを一つ、魔女が見せたのはただそれだけで、だと言うのに何故光が消えていくのか。


「……何を……?」


 目の前で力無く崩れ落ちる聖女を見て、後ろに控えていた男が尋ねる。しかしそれを見下ろしたままの少女はすぐには答えず、冷たい石床の上に横たわる聖女の身体を浮かす。


「何も不思議なことじゃない。ただ、瞬きしただけだ」


 聖女を改めて寝具の上に寝かせると、サティナがゆるりと振り返る。


「暫く寝ていない様子だから、ね」


 そう言う彼女が浮かべるのは、慈悲に満ちた聖母のような穏やかな表情で……だからこそ、より恐ろしさが際立つのだろう。


「捕虜は、大切にしないと……」


 それに、と少女が振り返る。


「まだまだ先は長い」

「…………こちらへ」


 一つそう溢すと振り返ることもなく控えていた男が歩き出す。そんな彼の後を追い一歩足を踏み出したものの、ふと立ち止まると簡易寝具の上に横たわらせた聖女を振り返った。


「如何なさいましたか?」

「……ううん、なんでもない」


 一瞬足が止まったサティナを気にして振り返った男に何でもないと伝えると、再びその後を追いかける。そんな少女を見下ろし、次に彼女の姿勢を追って聖女を見やるもやはり何の変化も見られない。


「……では、行きましょう」


 何もないことを確認したというよりも、気にしても仕方ないと彼は意図的に意識を外す。きっと白い少女も気が付いていることで、だからこそ意味のないこと。


「さぁ、こちらへ」


 そうして暫く、連れられて来たのは先日にも見た両開きの巨大な扉。ゆるりと瞳を上げれば扉は一人でに内側へと開き、その動きが止まって漸く中へと足を踏み入れる。


「…………」


 意識を向けられている感覚はあるが、一切の視線は感じられない。ゆるりと身体の向きを変えれば前回サティナが腰掛けた席へと向けて歩き出し、その後をフレスタが追う。


 間もなくサティナが席に着けば、一斉に彼女へと視線が集まった。値踏みするな、あるいは面白がるような……それの中に混ざる様々な感情を読み取って少女が目を細めて顎を上げる。


「まずは聖女を捕えられたこと、お見事と言うべきか」

「ああ、危うく契約に触れるところだったがな」


 一人の言葉にまた一人と皮肉を込める。しかしそれはサティナの手柄と言うのにはあまりにも無謀で、それでいながらあまりにも──だからこそ、この場に居合わせた者達の表情は険しいのだ。


「まず一つ、我々が危険視しているのは『慈しみの聖女』。其方が手にかけたのは『赦罪の聖女』で、目的が違うぞ?」

「そうだね……ただ、それは貴方達の主観でしょう?」


 何が言いたい、と殺気にも似た鋭い感情を向けられる。それすらも白い少女にとってはどうでもよく、だからこそ彼女が態度を改めることはない。


「僕は魔女とも聖女とも馴れ合うつもりはない」


 もしかすればあの聖女は内通者だっのだろう。──しかし彼女はそれを無関係だと切り捨て、更には敵対するような素振りを見せればそれが例え茶葉でも容赦しないと言う。


「…………」


 言い淀む死者達を見渡して、広い部屋に羽毛が揺蕩う。白光色の瞳を写し鏡に見える彼等の姿は生前のそのまま──


「君達にとって僕は道具だ。死者の天敵、聖女に対抗する道具に過ぎない」


 彼女の背後に携えられた一対二枚の翼が揺れ、無垢色の羽毛が散らばる。触れれば一時生前の姿を取り戻す奇蹟の光を受けてなお、死者達の視線は少女を捉えて離さない。


「正しく使わないと、ね。──じゃないと、誤った使い方をした道具が跳ね返ってくる」


 不敵に嗤う少女を見上げて、一人の男が羽毛を片手に身を乗り出す。羽毛を掴む手には肉と肌が吐き、血が通っている通っているかのように色気もいい。


「これはこれは、大変失礼した。主が持つ奇蹟には半信半疑だったモノでね。──だが、これで本物だと証明されたわけだ」


 聖女を捕え、そして奇蹟の具現たる少女が目の前にいる。今も死者の苦しみを和らげ、それだけに彼等には許されざる存在なのだろう。


「飛べぬと思えば鳥も飛ばない。信仰が失われれば奇跡はあり得ない」


 諭すような口調でありながら、どこまでも苛烈な意思を宿した瞳。見ているだけで吸い込まれそうな眼を前に、彼女が瞬きをしたことで漸く視線を逸らした。


「それが貴方達と聖女の違いだよ」

「…………面白い。実に、本質をとらえている」


 しかし、と男は眼光鋭く少女を睨め付けた。


「墓を掘り返された時よりもずっと昔、今や生前の記憶もないのだ。我々の信仰は既に死んでいる」


 固い声色でそう言う彼の言葉を受けて、初めて少女の顔から仮面が剥がれたような気がした。尚も変わらぬ無表情でありながら……凍てつくような無情の仮面とは打って変わって、幼さの残る顔はまるでどんな表情をすればいいのか分からないだけに見える。


「……信仰とは、信念なんだ。──それは唯一、貴方達の心が死んでいないことの証明になる」


 悲痛と慈愛が垣間見えるその顔は少女を年相応に見せて、だからこそ彼女が課せられた残酷さを理解するのには十分過ぎた。


「だとして、既に無いものをどうしろと?」


 しかし同情が許させるほど彼等のいる世界は優しく無い。尚も言い募る男の言葉に、少女は一瞬見せたあどけなさを引っ込めた。


「我等は文字通りの死人、身も心も死んだのだ。今更人らしく振る舞う道理もあるまい」

「そうだね……本当に、そうだった」


 俯き声が小さくなった少女を見やり、死者達が目配りをする。──直後、微かに空気が変わった。


「でも、ね。貴方達は嘘をついた」


 反射的に少女へと視線を戻せば、先程までの弱々しい気配は消え失せて、代わりにあるのは狂気と確信の入り混じる深い瞳。


「だからこそ、貴方達は新たな信仰を求めた」


 ──ずっと不思議に思っていた……

 ──『彼』は何のために地底へ来たのか……


「貴方達は確実な死を求めた。呪いも祝福も消え失せて、再び冷たい土の下で眠ることを望んだ」


 その果てにあるのは彼女が良く知るものでは無いか。──死を求めた者に、破滅を願う者の元に現れるの者……『滅びの王』。


「貴方達は新たな信仰を……その果てにあるのは、絶望だけだ」


 彼は決して希望など見せてはくれない。ただあるのは必滅のみで、そこには善も悪もないのだ。


「崇めた訳では無いんでしょう。決して信仰心があったわけじゃない。──ただ幾度となく願っただけ」


 ──もう一度土に還してくれ、と……


「……いや、この話しは終わりにしよう。形のないものを論したところで詮無いこと」


 悲しげに視線を逸らして話しを切る少女。その様子を訝しげに見やり、しかしそれ以上の言及もなかった。


「して、話を戻すが……其方はあの聖女を捕らえて、この先をどう見る?」

「聖女は向こうにとって手足と同じ。それが削がれれば必ず動きを見せると思っている」


「……さて、それがうまくいくか?」


 ゆるりとサティナの視線が別の男へと向けられる。


「お主はもう一人の聖女を知らない、それに法王も」


 道理だ、とサティナも内心彼の言葉に同意していた。あくまで彼女は敵の正体が分からない状態で手探りを余儀なくされている。

 ──彼女の言動がまったくの的外れである可能性も否定しきれないのだ。


「つまり、彼等に仲間意識はないと」

「我々の知る限りでは、そう言うものはあまり感じられなかった」


 まったくの仲間意識がない訳ではないが、誰が捕えられたからと言って大して気にも止めないのだろう。──あるいは相手を信用しているとも言えるのだろうか。


 ──いや、いくら信用していても……


 彼等のそれは信頼関係ではなく、ただただ無関心なだけにも見える。関係が構築してるのであればこうも他人事になるのもおかしい。


「う~ん、少し的が外れたかな?」


 斜め下へと視線を落としポツリとそう溢す。──とは言えど、今更そんなこと気にしても仕方ないからと、再び持ち上がった目に焦りは見えない。


「何はともあれ、やることは変わらないよ」

「それが、うまくいくのか?」


 もししくじれば、被害はこの場に居合わせた者達の首を並べても足りないだろう。──故に恐れることなど何もないと言う。


「既に死んでいる身で、何を恐れると言うのか?」

「……面白い……」


 ニヤリと、表情は分からないがそう笑ったような気がした。そんな彼の代わりにとサティナが同じ表情を浮かべ……気が付けば腹の奥底から湧き出すような、それでいて堪えるように静かな笑い声がいくつも木霊する。


「実に愉快。君の今後が楽しみだ」


 一人、また一人と席からその姿が消えていく。最後に残されたのはサティナと、その背後に控える骨の男で……一つ瞳を閉じると何を考えているのか、白い少女は暫く動かない。

 ──しかしそれも長くは続かず、徐に瞼を持ち上げるとゆっくりと立ち上がった。


「…………貴方は先に戻っているといい。僕は、もう少し残っているから」


 振り返らず背後の男へとそう言い募れば彼は何も言うことなく、ただ一つ頭を下げるとサティナ一人を残して部屋を後にする。


 暗い空間に暫く、一人残されて……当然何もすることもなく繰り返す自問自答にも意味が見出せなくなった頃、ふと扉の向こう側に違和感を感じた。


「……誰……?」


 壁越しに問うても答えはなく、足音を立てぬよう扉に近づくと石造りのそれに手を触れた。──直後、夥しい閃光と共に粉々に吹き飛ぶ破片が小さな身体を引き裂く。

 衝撃で吹き飛ばされた勢いのまま巨大な石机を吹き飛ばし、遥か後方の壁を突き破る。痛む身体を無視して身体の上にのる瓦礫を弾き飛ばし、顔を上げた先……長剣を手に青いドレスエプロンを身に纏った少女の姿が見えた。


「いきなりなご挨拶だね」

「ふふっ。会いたかったわ、私の可愛いお人形さん」


 水色と桜色の濃淡彩色グラデーションの瞳とその色彩。一言で話しが通じない狂人だと理解できる化け物の目を覗き込め、その奥に刻まれているのは心の形。


「いい加減、こっちの言葉にも耳を貸して欲しいなぁ」

「沢山のお洋服を用意しているの、一杯可愛くしてあげる」


 サティナの言葉などまるで通じている様子はなく、薄紅色のリボンが巻かれた長剣を突きつける。


「すごく魅力的なお誘いだけど、生憎と僕は既に彼のものなんだ。残念だけど、君の着せ替え人形になるつもりはない」


 そう言う少女の背後、無垢色の翼がその輝きを増す。──刹那、光が消えるように何の予兆もなくサティナがその姿をかき消す。

 直後に響き渡るのはけたたましい衝撃音で、神速の抜きでが細剣によって防がれている。


 間髪入れずに足を引き反対の手が突き出され、それよりも早く抜き手の力をいなすと長剣がその首目掛けて振り抜かれた。──しかし白い少女の姿が陽炎にように揺らめいたかと思えば、銀閃は虚空を切り裂く。


「読みは良かった」


 背後から聞こえた声に、しかしまるで動揺した様子などなく身を低くすればその上を細い脚が通り過ぎた。遅れて反対側の壁が崩れるのを視界の端に捉えて、振り向きざまに長剣を振り抜く。


「……でも、単調だ」


 突き出された剣の側面に裏拳が刺さり、標的を失ったそれは虚空を突く。その隙を逃すほどサティナも甘くなく、伸びた手が少女の顔を鷲掴みにするとそのまま細い身体を地面に叩きつけた。


「さて、どうして聖女がまた一人ここにいるのか?」


 不可解だ、と詰めるサティナの言葉に答える様子もなく、地面に釘付けにされた聖女がググッと目を開ける。


「マズっ……!」


 反射的に跳び退けば、先まで立っていた地点の空間が歪む。その中に巻き込まれた瓦礫がなす術なくひしゃげたのを目の当たりにして、思わずサティナが身震いした。


「せっかく気に入ったのに」


 唐突として響くのは一段低くなった声を耳にしてサティナが目を細めた。傲慢なほどゆっくりと立ち上がった聖女が自身の服を見下ろして、土汚れとほつれが見えるそれを目にして露骨に不機嫌になる。


「乱暴なお人形さん! もういいわ。殺してお終いね」

「そう言って貰えると嬉しいよ」


 さっきまでとは打って変わって殺気立つ聖女に、サティナがその警戒心を一段と強めた。

 一歩サティナが前に出て、それ以上に聖女が距離を詰めた。瞬きの間もなく光十字剣を顕現し、次の瞬間には二振りの刃が交わり、閃光が迸る中で力の均衡は明らかに不釣り合いだ。


 呆気ないほどあっさりとサティナの光剣が聖女の長剣を切り裂き、その勢いのまま彼女の身体へと剣が食いつく。──しかし直前、何の前触れもなくサティナの身体が後方へと吹き飛ばされる。


「死んじゃえ!」


 聖女の周囲で浮かび上がるのは人の大きさなどゆうに超える大理石の瓦礫で、それが白い少女が消えた方向目掛けて殺到した。

 夥しい量の岩が少女を圧死せんと殺到し……十数秒経ってようやくその猛攻が止む。ボロボロと積み上げられた瓦礫が崩れて、暫くそうしていると瓦礫の山も落ち着く。


「…………まったく…………」


 漸く静かになった空間で呆れたような声が小さく響き、重々しい地鳴りと共に積み上げられた瓦礫の山が浮かび上がる。夥しい量の瓦礫の向こう側、一対二枚の翼を持つ少女が姿を見せる。


「せっかく準備して貰った衣装が台無しだ」


 いち早く反応したのは聖女の方で、無手の両腕を突き出す。──同じくしてサティナもまた片手を聖女へと向ければ、両者の周囲に浮かぶ瓦礫が双方の後ろへと吹き飛ばされた。


「ぐ、うぅ……」


 更に力を込めて、見えない力が互いを塵芥の如く吹き飛ばされんと均衡する。両者の背後、石造りの壁が力の余波にあてられひしゃげ……対して二人の間にある空間は歪み、地面は沈み込み、天井は押し上げられた。


「…………」


 強大な重力の魔法が渦を巻き、光すらも呑まれ始める。超重力と反重量が入り混じり、二人の長い髪を怪しく広げていく。


「──っ!」


 両者の足が沈み込み、膝が折れる。

 強大な重力の渦に飲まれて突き出した手が指先から肉を剥がされ、遅れて骨が砕け始める。


「く……っ!」


 突き出した片手をそのままに、サティナは空いている方の手を振りかぶると力を込めて押し出す。より激しく歪む空間の向こう側、聖女の小柄な身体が弾け飛ぶのが見えた。

 遅れて砕けた天井が聖女の上へと折り重なるようにして崩れ、最後の一押しに呑まれた無数の瓦礫もまた聖女と同じ方へと殺到していく。


「はぁ……はぁ……」


 数度息を吐き出し、ゆっくりと背筋を伸ばす。

 酷く気怠いがそれでも警戒を解かないのは、あの聖女がこれで終わるとも思えないからだ。


 足を踏み出し、しかし思うように力が入らず身体がふらつく。無理に近づくよりも回復を優先するべきと足を止めた直後、轟音と共に立ち上がる土煙。

 驚愕の表情に映るのは瓦礫の山、その頂に立つ小柄な影。多少の流血はあるものの大した深手を負った様子もなく、削れた四肢もまた回復している様子だった。


「もう許さないわ」


 静かな声だった。しかしそれだけに底知れぬ怒気が感じられて、だからこそサティナは不敵に笑い挑発する。

 それが気に食わなかったのか、聖女がその顔を一瞬歪めたかと思えば……何があったのか、次の瞬間には無表情に戻る。


「ふ、ふふ。嗚呼、やっぱり……」


 穏やかな声で、しかしその何よりもサティナを驚かせたのは彼女の背後に映し出された光景。純白の羽毛を纏うのは一対二枚の翼だ。

 ゆっくりと広げられた翼の所々から吊るされているのは、彼女の瞳と同様に透き通るような水色と淡い桜色の濃淡彩色グラデーションが幻想的に煌めく結晶クリスタル


「楽しみね、翼のあるお人形さん……心配しなくていいわ。一杯、可愛がってあげるから!」


 恍惚とした表情でサティナを見下ろす聖女。その狂気に触れ、さしものサティナとて久方ぶりに身が竦むを感じた。

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