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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第五章 死なぬ者達へ安息を
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第九話 瞳に十字架を

 鬼火の揺蕩う薄暗い空間。その向こう側に座するのは暗い色の装束を身に纏った骸骨の姿で、フレスタと違うのはその眼窩に生身の眼球が埋め込まれていることだろうか。


「まずは、挨拶が遅れたことを謝罪しよう」


 ゆるりと動く瞳。瞼のないソレは本来であれば見ることの出来ない球体をしていて、何の変哲のない目を見た時どれとも言えぬ恐怖を抱いた。


「…………」


 しかしサティナは何を言うことなく、ただ膝をつく。それが王を冠する者へ対する最もたる行動で、故にこそ彼女は何の疑念も抱かない。


 ──彼が、彼こそが『冥王』だ……


 魂すらもすり潰すような圧力も、有象無象の悉くを薙ぎ倒すような覇気も感じられない。気配もなく文字通り死人のような男から感じられるのは、ただひたすらに冷たい恐怖のみ。


「何……かつて『主神』とすら謳われた其方が、儂如きにこうべを垂れる道理などない」


 ゆっくりと伸ばした白い指が彼女に立つよう示す。その意思に従い顔を上げた少女、その瞳に浮かぶ天眼が油断なく冥王を見上げる。


「そんな彼女も、今や『亡神』。かつての栄光は失われたわけだ」


 皮肉を込めてそう言えば、冥王は面白がるのうに上下の歯の間に隙間を作る。顔の肉があれば笑みを浮かべているのだろうが、こうして頭蓋だけで表情を作ろうとするのはある種の狂気だ。


「なかなか……確かに其方の言葉通り、今やは儂は過去の遺物。全てが終われば、全ては冷たい土の下に──」


 骨身を震わせて笑う冥王。その言動にサティナが僅かに表情を険しくしたものの、コツコツと腰に下げている剣の柄を指先で叩くと本題を切り出す。


「先の聖女は、貴方の差金?」

「もっとも、儂が招いた客人だ」


 そうか、と一人納得した少女の視線が僅かに下がる。しかし次の瞬間、骨身である筈の男二人がその身体を強張せた。


「なら、貴方は聖女が一人じゃないと知っていた訳だ」


 鬼火に混ざって飛び交うのは純白の羽毛で、その正体こそが彼女の真髄。暗闇を払うのに煌々と輝くのは純白の巨翼で、一対二枚のそれはあまりにも規格外な力を放つ。


「ほう? この儂を脅すか?」

「それは好きに解釈するといい」


 どこまでも面白がる冥王に相対するのは、不敵な笑みを浮かべた小さな少女。骨身の化け物を前に引くことないその姿は側から見れば異様にも映ることだろう。──しかしその実、ただ化け物どもが笑みに似せて牙を剥いているだけではないか。


「くっ、ふふふ……して、其方は儂を敵と見るか?」

「今はどちらでもない」


 たださじ加減一つ敵にも味方にもなる少女。奇蹟の象徴とも謳われた彼女を敵に回す危険性リスクを十分に理解していながら、何よりも冥王にはその術が無い。

 彼女を味方として繋ぎ止める方法が無ければただ運に祈るしかなく……あいるは、信仰の対象にソレにどれだけの意味があると言うのだろうか。


「嗚呼、実に素晴らしい。──そう、それでこそよ!」


 嬉々として彼女の裏切りさえも受けれんばかりの勢いで……その男、冥王はただひたすらに愉しんでいた。


「其方であれば、我等にかけられた呪いを終わらせてくれるのだろう」


 墓暴きの先に彼等の安念を約束した。もし敵となるのならば彼女の奇蹟に触れ、文字通り墓に戻るだけだ。──そう、どちらに転ぼうともそれは彼が求めた結果になる。


「最期まで、愉しませてくれまいか?」

「いいとも、今ここに約束しよう。死してなお決して満たされることのない快楽の器……僕がそれを満足させてあげる」


「くっ、くく……」

「ふっ、ふふ……」


 小さな少女の言葉に、恐ろしい魔女の断言に……両者が小刻み肩を震わせる。ただそれだけで薄暗い空間には凍てつくような空気が漂い──次の瞬間、声もなく俯き震えていた両者が徐に顔を上げた。


「「ふはははははは!!」」


 狂気が溢れ出すような不協和音が木霊する。

 何が彼等をそこまで駆り立てるのだろうか。

 ただただひたすら込み上げるのは暗い感情。

 腹の底から湧き上がる深みが人間性を奪う。


「まともな末路はないと、そう思ったいた方がいい」

「ああ、期待しているとも」


 サティナの言葉に、それでも流石は冥王。望む未来はないと断言されようとも、彼の瞳には一片の陰りもない。──故にこそ彼は王の座に在り続けたのだろう。


「……期待、している……」


 力無く溢れた言葉の、その意味も分からぬまま彼等の立つ空間が崩れ始める。ゆるりと動く瞳が見やるのは石造りの長机の残骸が残る一室で、それを確認すればゆっくりと瞳を閉じた。


「さて、それじゃ……聖女を追うよ」

「準備は出来ています」


 ドレスを翻し歩き出したサティナのあとに続くように男が付き、無造作に部屋を出た少女の目の前に広がるのは魔法陣。淡い光を纏うそれに迷いなく足を踏み入れれば、景色が一変する。










 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇












 馬車の中、先刻見えた少女を思い出す。

 黒いドレスに身を包んだ白い少女。


 身体の至る所、恐らくは全身に走る黒い亀裂が目に焼きついて離れない。ソレがもし彼女の予想通りであるのなら、あるいはもっと恐ろしい可能性も否定できない。


「──っ!?」


 直後、前につんのめるような感覚と共に馬車が大きく揺れる。何事かと馬車を飛び出し、そして視界に飛び込む人影を目にし時思わず顔を顰めた。


「……貴方、達……」


 これは何のつもり……とまでは言葉は続かず、気が付けば閃光と共に全身を貫く衝撃に襲われる。

 辺り一帯は消し飛び明滅する視界と鈍く痛む頭。軋む体に鞭打ち起き上がれば、その姿に絶句した。


 黒いドレスを翻し、無数の羽毛が少女の周囲を飛び交う。そんな彼女の背後に浮かび上がるのは一対二枚の巨翼で、どこまでも無垢な輝きとは裏腹に白い少女が見せるのは底冷えするような無表情。


「さて……」


 衝撃の大きさ故に未だ立ち直れずにいる聖女の二の腕を掴み、白い少女が顔の高さが合うまで持ち上げる。


「まずは一人、と言っところかな」

「──っ!? 貴女……っ!」


 血を吐き罵ろうと、しかしまるで言葉が出てこない。──いや、元々敵の陣営に乗り込むのなら覚悟しておくべきことだったのだ。


「それと、何を隠しているか分からないから」

「うっ、ぐぅっ……!!」


 そう言う少女の抜き手が聖女の胸を貫き、より激しく血を吐き出しながらもギリッと白い瞳を睨み返す。──その瞳が一瞬光ったかと思えば、白い少女に光が落ちる。


「残念だけど、僕に光の属性は通用しない」


 死者へ対しては高い特攻性があっただろう。しかし目の前の少女は光こそが本質であり、同質の攻撃は意味を為す筈もないのだ。


「な、ら──っ!」


 闇の影が彼女の足に絡み付き、そうしてその体を深淵へ誘わんと小さな身体を覆い始める。直後、僅かに足が沈み込んだかと思えばそれ以上の変化はなく、何故だか彼女の覆う闇も胸よりも上には触れられない様子だった。


「光が本質だからって、闇が弱点だと思ったか?」


 バキッと自身の胸の中で嫌な音が響いたかと思えば手足に強烈な痺れが走る。自身の身体が痙攣していると自覚する間もなく、サティナが動き出した。


「話しは後で聞こう」


 彼女が何をしたのか分からないまま、聖女の意識は闇の中へと落ちていく。間もなく身体に絡み付く影の触手が引き、自由になった足元を確かめるように軽く動かすと手の中に力無く垂れ下がる聖女を見下ろす。


「如何なさいますか?」

「今のところ殺す理由はない。このまま連れ帰って、処分を決めるのはそのあと」


 そう言う少女の答えが的を得ていないのか、男はゆっくりと首を振った。


「いいえ、そうではありません」

「ふむ……つまり、貴方は僕が彼女の帰り道を襲ったことを懸念していると?」


 彼は答えない。しかしその無言が何よりも強く彼女の行動を追及していた。


「一応、貴方から聞かされていた通りこちらの国土を出るまで手は出さなかった。更に念を入れて彼女が自らの土地に足を付くまで待ったんだよ?」


 相応の危険性リスクを覚悟してでも、サティナは聖女と冥王の間に交わされた契約を守った。聖女が無事、自らの地に足を踏み入れるその瞬間まで安全を約束すると──


「まだ聞きたいことがあるかも知れないけど、後にしよう。まずは彼女を運ばないといけない」


 不敵に笑う少女がそう言えば、彼は何も言うことなく力無く項垂れる聖女を担ぎ上げた。ソレを確認すると彼等に周囲に羽毛が揺蕩い、それが相手の索敵を撹乱させる。













 どれほどそうしていただろうか。薄暗い牢獄に囚われて、手足に枷られたのは錆びた鉄の錠。

 ジャラジャラと足に繋がれた鎖を引き摺り、鉄格子の前に立つ。そうしてゆるりと顔を上げれば、奥から響く足音を近づく。


「気分はいかがですか?」

「いい、とは言えないわね」


 顰めっ面で言う聖女に、男はゆっくりと近づく。今や手も伸ばせそうな距離で、修道服を身に付けた少女が瞳のない眼窩を覗き込む。


「あの娘は?」

「暫くの間は謹慎状態かと」


 隠すことでもないと、端的に応える彼の言葉に少女が頷く。


「妥当ね。突発的な行為だったし、軽率に契約を反故しかねない行為に走ったのでしょう? なかなか擁護し切れなかったんじゃない?」


 男は無言だ。しかしそれだけで聖女に取っては十分で、何よりもひどく興味をそそられた。


「何故、わたくしを生かしたのかしら?」

「曰く、今はまだ殺すほどの理由がないと」


「ふふっ。今はまだ……」

「…………」


 彼女が何を言わんとしているのか、それを理解した上で不敵に笑う聖女に男が険しい表情を浮かべた……ような、そんな気がした。


「仕方ないわ。今暫くは、大人しく待った方がいいみたいね」

「そうしていただけるとありがたい。お互い、余計な殺傷は望まぬところ」


 それだけ言い残すと彼は踵を返して部屋を出て行ってしまう。残れた聖女と言えば軽く鎖を引っ張り、当然のように外れる気配のないことを確認すると再び簡易寝具の上に腰掛ける。


 ──想像以上に恐ろしい魔女ね……


 考え込む少女の脳裏に過ぎるのはあの白い魔女。

 光の権化とすらも言える神々しい姿とは裏腹に、底知れぬ闇を感じた。


「……何よりも、私が本気を出させなかった……」


 スッと動いた瞳が床のヒビを追う。手の内を探る素振りすらなく──否、逆だった。彼女は手の内を見せる前に決着を付けに来たのだ。

 聖女が全力を出す前に魔女は不意打ちから畳み掛けてきた。結果それは相手にとって良い結果に出て、こうして彼女は囚われている。


「後は、まだ上がありそうなことね」


 翼を顕現してみせた彼女の力は計り知れず、それでもなお彼女もまた全力には見えなかった。──あるいは、魔女の瞳がかつて垣間見たソレとは僅かに違うことが挙げられるか。


 ──確かに四芒星だったわね……

 ──昔は、重なるように闇色のバツ印があった……


 闇一色の八芒星にも似た瞳を思い出し身震いする。もう二度と見ることはないと思っていた光景に、知らず知らずのうちに恐怖が駆り立てられていた。


「今は大人しくしておくに限るわね」


 もしまたあの神を垣間見ることになるとすれば、それは瞳に十字架を刻まれて以来待ち望んでいた復讐の刻。──まさしく天に弓引く行為で、故にこそ彼女は戒めに修道服を身に纏った。


「ふふっ、楽しみね」

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