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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第五章 死なぬ者達へ安息を
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第六話 最後の勇者

 重い身体を横たえるのは冷たい石の台座で、鈍く痛む頭を動かして横に立つ人骨を見上げる。さすればその頭蓋骨がゆるりと動き、眼球のない眼窩が白い少女を見下ろした。


「具合の方は如何なもので?」

「だいぶ、いいかな。でも──」


 重々しく頷くサティナがこれ見よがしみ持ち上げた腕にはやはりとも言うべきか、黒い亀裂が無数に走っていた。それは彼女が共謀者と言う男から受けた呪詛で、どうにも治すことは叶わない。


「でも、いいよ? これは、また彼に会うまで取っておこうと思ってるから」


 痛々しい傷跡すらも愛おしむように、不気味なほど柔らかい笑みを浮かべてその呪詛を見やる白い少女。そんな彼女の言動を不気味に思いながらも、正装タキシードに骨身を包んだ男が手を差し出す。


 人としての温もりがない手を、サティナは躊躇うことなく取ると彼の助けを借りてゆっくりと身体を起こした。


「立てますか?」

「ああ、問題ない」


 素足の裏に伝わる冷たい石の感触を感じ取り、細い身体が台座から離れる。彼女の手を取る細い骨指が僅かに緩み、それを逃すまいと彼を掴む手に力を入れた。


「これから行うのは、天に弓引く行為だ。神を冒涜した貴方に安息は訪れない」

「構いません。──私はただ、目にモノ見せたいのです。この腐った世界に、我等から安息を奪った冒涜者へ……」


 いつかどこで聞いた台詞セリフ。せめて、他の者達の眠りが妨げられることがないように──彼が望むものはそんなにも難しいことなのか。


「そう。なら、神の墓を暴こうか。──そうすればきっと、本当の意味で貴方は呪われる」


 満足げにサティナは頷けば、前を歩く男に連れられて一つの扉の前にまで来ていた。風化した扉は重々しい雰囲気を醸し出していて、淡い青色に照らされたそれは酷く冷たい。


「さぁ、中へ……」


 両開きの扉がゆっくりと内側へ開けば、蝋燭の装飾灯シャンデリアが薄暗く中を照らしている。その中央、巨大な円い机を囲むようにしていくつもの人影が見えた。

 ゆっくりと油断のない足取りで回り込むサティナ、その中で連れの男が一つの席を引く。瞳を閉じて促されるがままに席に座れば、それを合図に複数の視線がサティナへと向けられる。


「噂はかねがねより聞いているよ、『奇蹟の魔女』」

「僕が、何て?」


 席に腰を下ろした一人、男か女か……声帯が腐っているからか声がしゃがれていて、顔の皮が剥がれ落ちているせいで性別もわからない。

 骨の男がそうするように魔法で声に似せた音を出すことが出来ないのか、それともただやらないだけか。──しかしサティナはそのどれにも触れない。


「クックッ、それはもう……魔界に於いてかの四天王を解散させ、下界では最も栄えた国を滅ぼしたとな」


 どこか面白がるように痩せ細った身体を震わせている。それを訝しげに見やり、呆れたように首を振ると訂正を入れることにした。


「まず、四天王を解散させたのは魔王の意思だ。それとあの帝国が滅びたのは、『龍王』と『撃墜王』が契約に従って行ったもの……僕はただ、その場に居合わせたに過ぎない」


 他にも値踏みするような視線を浴びて、サティナが一つずつ指を立ててそう指摘する。──かと言っところで、それを信じる筈もないだろう。


「いやはや、我々は歓迎しているのですよ」


 より肉が剥がれた男が、恐らくは笑っているのだろうが殆どその表情は分からないまま……代わりに白い魔女は、彼が浮かべているであろう笑みを見せる。


「僕は魔女だ。それでも歓迎すると言うのか?」

「ハハっ! 魔女と言うには、些か悪意が足りないのではないか?」


 笑みを消し、それでも僅かに口角が上がったまま顎を上げ見下すようにサティナが死者を一瞥する。


「早速、本題に入ろうか。其方は、『神秘の聖女』……あるいは『渾沌の法王』を知っているか?」


 直後、サティナの顔を険しくなる。聖女、その異名が何を意味するのか……苦い記憶を思い出して殺気立つ。

 聖人君主を名乗り、聖女の名の下に罪なき者の尊厳を辱め、その死すらも冒涜する狂人。


「どちらともに聞き覚えはない。

「ならば、この返事は保留としよう。それよりも契約の内容だ」


 彼女が動けない間、後ろに立つ骨の男に事情は聞かされていた。彼女が彼と契約を結んだのは地底世界に巣食う冒涜者を葬り、そして地下空間ここを巨大な墓場に戻すこと。

 地底世界の支配者が持つ力は規格外で、ここではサティナの権能すらも封じられている。故に骨男との戦闘で顕現した神鎌は封じられ、自身の力を大きく削る結果になった。


 ──超越者の権能すらも封じ込める……

 ──僕や彼等、理外の化け物の中でも頭ひとつ抜けている……


 もしかすれば彼女の師事をする黒髪の男もまた、思うように事が進まないでいるかも知れない。


 ──彼の敵なら排除にするには十分な理由だ……


 もし彼等が黒髪の男の敵だと言うのなら、サティナが容赦をする道理などなく、彼女の全霊を持って排除するまで。──それが例え、この場に居合わせた者達であっても例外ではない。


 ゆるりと円い机を囲むように座る面々へと視線を向ける。赤い瞳に射止められて、それでもなお怯まないのは彼等もまた並大抵ではない覚悟があるからだろう。


「ふ、ふふっ。ウル=フレスタがその席を譲ると言うものだから一体どんな傑物が現れるかと思えば、なかなかに賢しい」


 サティナとは対局に座る男だろうか。別の男は面白おかしそうに手を叩き、そうして禍々しい視線を彼女の斜め後ろに立つ男へと向ける。


「……ウル=フレスタ……」


 しかし面白がる男の何よりも、彼が口にした名前が、その響きがあまりにも身に覚えのあるモノで……思わず振り返ると、タキシードに身を包んだ男を見上げる。


「まさか、『勇者』……?」

「いかにも。私は『末代勇者』レノウ・ウル=フレスタ」


 脳裏に映るのは勇者の名を持つ男達。


 『初代勇者』エル=フレイド。かつて彼女に絶望を垣間見せ、そして今も尚忘れることのない怨敵。勇者の肩書きを持ちながら魔女に付き従うその姿は、きっと彼女の理解できる次元にはないのだろう。


 『次代勇者』、あるいは二代目とも呼ばれた化け物。代々移り変わるただ一人の主を守り続けた守護者であり、そして下界において彼等の国が最も栄えた理由でありその象徴。


 『末代勇者』あるいは三代目。かつて魔王をも凌いだ魔女ルルがその席だとも言われていたが、本人もまた他の超越者達も口を揃えて言う。──本物は、もっと恐ろしいと……


 目の前に立つのは、歴代最強の勇者。覇気もなく、闘気もまるで感じられない。文字通り死者のような男が──もしやすれば、の『滅びの王』すらも凌ぐのではないのか。


「これは、参ったね……」

「ご心配なく。契約が結ばれている間 私は貴女様の右腕」


 顔が引き攣るのも隠せない様子で男を見上げた少女の前、全盛期の魔王にも匹敵する化け物が恭しく跪いている。


「なるほど、貴方達はそれを知っているから……」


 サティナが初めて顔を見せた時、何故彼等はこんなどこぞの馬の骨とも知らぬ者が、こうして幹部の一人になることに誰も異を唱えなかったのか。

 ──その理由が今明確になり、そしてサティナもまた迂闊な言動が取れなくなった。


「ねぇ、どうして貴方達『勇者』は殺しても死なない?」


 初代も二代目も、そして目の前に立つ三代目も……勇者の異名を持つ者は揃いも揃って死んでも蘇ってきた。その執念に、そしてさも当たり前のように、何食わぬ顔で主の隣に立つ姿は一種の狂気だ。


「それが、勇者だからです」


 理解しようとすることすら馬鹿馬鹿しく思えるような答えに……しかしそれだけに、彼の言葉は本質を得ていた。だからこそ、サティナは否応なしにその言葉を飲み込むしかない。


「まぁ、いいか……。それよりも──」


 致し方なしとため息を吐くと、それ以上の追求は無意味と話題を変えようと再び巨大な円机へと向き直る。


「『法王』について聞こうか」


 両肘を付き、絡ませた指の上に顎を置いて身を乗り出す。そんな彼女の声に、今の今まで俯いたまま動かなかったもう一人の死者が口を開いた。


「実のところ、分かっていることは少ない。ただ恐ろしい聖女が味方についていることと、先日そなたが経験した通り、どう言うわけだか超越者の権能を封じ込める能力を持つ」


 超越者とは理外の存在であり、それ以外とは明らかに一線逸している。故に彼等を抑え込もうと思えば、同格の超越者であることが最低条件。

 ──とは言え秩序の枠に当てはまらない存在をこうして、一概に超越者と一括りにしていること自体が間違いなのだ。


 現にこうして超越者の中でもサティナと魔王のように、明確な力の差が出ている。今もまた彼女は『法王』が張った制約を破れずにいるのだから。


「我々が危惧していることは、この地底世界で超越者は著しく弱体化する。その権能を、特権を奪われた状態でそなたは聖女を抑え込めるのか?」

「さて……ただ、純粋な力量なら僕の方が上じゃないかな?」


 権能を封じ込まれたとして、サティナが聖女に遅れをとる道理はない。確かに彼等の精神性は理解出来る範疇を大きく逸脱している上、その権能は厄介極まりない。

 それでも前回の、『慰みの聖女』エシリア・トゥルエバンは不死身にも近いその権能を行使してなお、サティナやアイリアを刈り取ることは叶わなかった。


「彼女の力は私が保証します」


 と、その時、彼女の後ろに控えていた勇者が口を挟む。先刻殺し合った際、かつて神とさえ比喩されたその片鱗を垣間見た彼ならば疑う余地もないだろう。


「例え聖女相手でも遅れを取ることはないでしょう。ただし──」


 ゆるりと動いた視線が前に座る自身と向けられたとに敏感に気が付いたサティナが、それでも振り返ることなく次の言葉を待つ。


「決定打には欠けるでしょう」

「……事実、前に対峙した聖女は僕ともう一柱ひとりの力を合わせて、と言ったところだから」


 かつてアイリアが見せた無限の権能。その果てに誘われた聖女は確かに斃したが、二柱の超越者が共に最大の切り札を切ったのだ。


「そう言う貴方はどうなんだ?」


 ふと、後ろに立つ男へと振り返らず問い掛ければ彼は否定も肯定もしない。──否、出来ないのだ。


「心配いらない。何せ、彼等『勇者』は権能を持たないから」


 幾度潰されようとも何度でも立ち上がる化け物。それは存外目立った力を持たず、しかしそれだけに恐ろしかった。


「いや、むしろ好都合かな。僕と貴方で聖女を相手して見てはどうか?」

「…………」


 その答えにその場に居合わせた者達の顔色は良くない。元々死者ゆえに顔色など存在しないが、場の空気から明らかに否定的な意見が多いだろう。


「貴方達勇者の恐ろしさは知っている。剣と魔法だけでどんな相手も討ち斃し、それが例え魔王であっても例外じゃない」


 何か優れた能力がある訳ではない。──しかしサティナを含めて、数多の化け物が恐れ慄く存在。

 弱小種の人間の身でありながら、かの『魔王』ですら彼等に進んで手を出そうとはしない危険因子。かつて倒し切れなかったとは言え、己が君主のために『龍王』の首を刎ねた前例もあり、『滅びの王』ですらも何度彼等に苦汁を飲まされたことか。


「僕の力と貴方の剣があれば、聖女の首に届くんじゃないか?」


 ゆっくりと指を立てて、サティナが言葉を紡ぐ。そう言う彼女の瞳には恍惚とした輝きが垣間見えて、魔女の異名に疑う余地などなかった。


「この世には絶対に手を出してはいけない存在が四柱いる。聖女や魔女、どんなにタカの外れた狂人であっても彼等を敵に回すことはしなかった」


 一つ、また一つと指折り彼女が言う。


「『魔王』、『龍王』……そして『滅びの王』と──」


 三つ目の異名に周囲の視線が険しくなる。それにも構わず、サティナが最後の一つを指差した。


「最後に、『亡神ナキカミ』。──君達勇者はその悉くに挑み、その度に彼等を追い詰めてきた。今更、聖女の一人に遅れをとるとは言えるのか?」


 それは挑戦状だった。彼等勇者が如何なる化け物であるのか、不可能に挑む彼等の存在はきっと人々に希望を与えてきたのだから。──例えそれが結果を伴わなくとも、理解されず異常者の酷評レッテルを張れることになろうとも……彼等は何度でも立ち上がり、そして誰かの為にその剣を振るってきたのだ。


「ただ誰かの為に……その在り方に、違いはないはずだ」

「先刻も申し上げた通り、今の私は貴女様の右腕。例え死地であろうと、御身の命ずるままに──」


 ひたすらに、ただひたすら純粋なままで──だからこそ、サティナは満足そうに頷いた。そんな彼等の会話を聞いていた者達もまた、首を縦に振る以外に選択肢はない。


「それじゃ、まずは聖女を──『法王』についてはその後に考えよう」


 ──もしかすれば、『彼』の方が何か手を打ってくるかもしれないしね……


 一つ頷き、その裏で黒髪の男の姿が脳裏を過ぎる。彼がこの地底世界に来て何もなく下界に戻るとは思えない。

 ともすれば、『法王』は既に彼の手中にあるやもしれない。──その考えも意図的に仕舞い込むと、サティナはウル=フレスタを連れて大部屋をあとにする。

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