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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第五章 死なぬ者達へ安息を
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第四話 何度裏切られても

「参りましたね」


 一糸纏わぬ姿のまま濡れた髪を掻き上げ、白い少女がポツリと言葉を溢す。眼前に浮かべた水面鏡が映し出すのは身の毛も弥立つほどに整った顔立ちで、今や見慣れたはずのそれは何故だか幾分か幼くなっている。


「若返りの魔法と言うのは、存在しているのでしょうか?」


 そう問いかけるのは水辺の岩に腰掛けた男で、彼は眼帯越しにまるでつまらなそうな眼差しをサティナへと向ける。


「貴様の天眼と関係しているのだろう」


 異様に整った顔立ちとそこに残るあどけなさがまた少女を神秘的に見せて、それ以上に現実離れしたのは白光色の瞳。その奥に浮かぶのは闇十字を模したような四芒星で、ただ悪目立ちするだけのソレは未だ何の機能も持たない。


「……そう、でしょうか……」


 手を下ろし、改めて自身の身体を見下ろし……そしてまた大きなため息を吐き出す。


 かつて二十手前だった肉体年齢は今や十代半ばまで落ち込み、些か低くなった視線が黒髪の男を見上げた。


「老化を遅らせる方法はあるが、歳を取らぬ方法はない。ましてや、若返る方法など皆無だ」


 それこそ奇跡でも起きぬ限りな、と付けた男の言葉が全てを物語っていた。種族柄、一定の年齢から歳を取らなくなるサティナなどとは違い、普通の人間は魔法の力を借りても千年が限界だと言われている。


「僕も眼帯を巻いた方がいいでしょうか?」

「…………」


 無言のまま立ち上がり、服が濡れることも意に介さず男がサティナの側へと歩み寄り……そんな彼の行動に首を傾げ、無防備な彼女へと無造作に彼はその身体を重ねる。


「……何事にも順序がある……」


 徐に放たれたのは先にも聞いた言葉で、それが何を意味するのか。──その意図に気がついた時、少女の全身に割れるような痛みが走る。


「……貴様も、そうは思わないか……?」


 意図せず一段と低くなった視界で見上げれば、眼帯の下から覗く冷たい瞳が少女を見下ろす。力の入らない身体で、割れた視界の中に映る自身の手足は崩れ始めていた。


「……ぁ……」


 間もなく水中へと身体は沈み込んで、視界も奪われた中で感じるのは男が離れていく気配。今や失われた手を伸ばして必死にその背中を追いかけようと、しかし四肢の奪われた彼女にはそんな手段すべは持ち合わせていなかった。


「……待って……」


 息も出来ず、声にならない声が漏れる。薄れゆく意識の中で彼の気配が消え失せて、ただただ必死に背中に縋りつこうと、


 ──置いて、行かないで……


 裏切れた可能性すらもどうでもよくて、また置いていかれるかも知れないと言う恐怖が未成熟な心を覆い尽くす。


 ──もう、いなくならないで……









 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー











 あれからどれほどの時間が過ぎたのか、強く心臓が脈打つような感覚と共に膨大な力が全身を巡る。


「ぅぅ……」


 全身を蝕む熱を持ったように痛みで呻き顔を上げ、そうして霞む視界に痛みの正体が映し出せれた。


「……コレは……?」


 軋む体を見下ろせば、血の通った陶器のような白い肌はひび割れて……黒い亀裂を癒さんと、一対二枚の巨翼が無垢色に輝く。


「おや? やっと目を覚ましたね!」


 明るく無邪気な声。しかしその実、強い悪意を感じるそれは確かに聞き覚えるのあるものだった。


「……魔女、ノートル……」


 木陰に腰をかけて何がを口にしている魔女が悪魔的な笑みを浮かべる。


「嬉しいよ、覚えていてくれたんだね」

「……何故、僕を……?」


 サティナの姿を興味深げに眺め、そうして一つを立てると彼女が口を開く。


「私は何も。強いて言うなら身体を蝕む呪詛を緩和したけど……まぁ、殆どは君の回復力が高かっただけだからね」


 それにしても、と彼女の視線はその背後に浮かぶ翼へと向けられた。


「これはまた、少しばかり私と手を組むつもりはないかな?」

「何を、企んでるのですか?」


「簡単なこと。私はこの地にいる聖女と因縁があってね……ただ、少しばかり力不足なんだよ」

「だから、僕に協力しろと?」


 確かにこの魔女に貸しがあるが、それだけでそんな得体の知れない女にサティナが力を貸すことはない。


「う~ん。では、何か報酬があればいいのかな?」

「報酬なんて必要ない。僕は彼の後を追うだけ……」


「その彼がどこにいるのかわかるの?」

「…………」


 混沌が充満する世界だからなのだろうか。サティナの千里眼を持ってしても彼を見つけ出すことはできず、今の彼女には右も左も分からないのが事実だ。


「君はここがどこか分かって来たんでしょう?」

「地底世界……?」


「そんなありきたりな場所なんかじゃない。ここは墓場なんだよ?」

「墓場? 一体、誰の?」


 訝しげに目を細めるサティナをよそに、魔女が指を舐めとる。


「誰って……神のだよ!」


 両の手を広げそう宣言する魔女の姿。そんな彼女が放った言葉がいかほどが、それを理解できるだけの頭がある白い少女が絶句する。


「そんな場所で、右も左も分からず彷徨う気かな?」


 それに、と彼女はまるで悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべる。それは無邪気な子供にしてはあまりに悪意に満ちていて、サティナが身構えるのには十分な理由だった。


「相手は聖女だよ? 君は彼女達の恐ろしさを、その身に持って知っていると思っていたけど?」


 ジロリと白い少女が魔女を睨め付ける。──彼女が言うことは正しいが、それだけの理由で未知の危険因子と手を組むのが得策とは思えないのだ。


 ──何よりも……


 他に彼女と手を組む理由があるとすれば、と自身の手を見下ろす。全身に走る黒い亀裂は今もなお彼女の身体を蝕み、その力の殆どを回復に注いでいる状態だ。


「もし、君と手を組んだとしても僕はこんな状態です。とても戦力なるとは思えない」

「そうかい。私は思わないけど?」


 訝しげな視線を向られても魔女は眉一つ動かすことなく、ただただ真っ直ぐと彼女の白い瞳を見つめていた。


「いいえ、僕が君と手を組むことはありません。君といなければその聖女も僕を狙う理由がありませんからね」


「…………へぇ…………」


 徐に立ち上がった少女を見上げて魔女は禍々しい笑みを浮かべる。敵意と悪意に満ち満ちたその表情を見ても、サティナはただつまらなそうに踵を返す。


「あはっ! それだけの呪詛に蝕まれて平然としているとはね。──いいよ、返事は保留にしてあげる」


 ヒラヒラと手を振る魔女に背を向け、白い少女の姿が遺跡の奥に消える。











 魔女の気配を感じれられなくなるほど歩いたころ、外套を広げ服の胸元を広げる。見慣れた大きさの失われた胸の中心、最も亀裂が集中するそこにあるのは暗い風穴だった。


「心臓は潰されている」


 種族柄いくら強靭な肉体を持つ者であれど、心臓を失った状態では満足に動くことなどできない筈だ。──にも関わらず身体は存外軽く、痛みも少ない。


「…………」


 徐に剣を引き抜くとそれを自身の左腕目掛けて振り下ろす。錆びついたなまくらが肉を食い破り骨を断ち切る感触が伝わり、そうしてとても綺麗とは言えない断面を残して肘から先が地面に落ちた。


「……血は、出ない……?」


 赤い筈の肉は焼け焦げたようにドス黒く、その断面からは本来ある筈の血が出てこない。即座に治癒魔法にして腕を再生しようとも、新しく生え変わった腕には変わらず黒い亀裂が刻み込まれていた。


 これでは蘇生魔法も無意味だろう。──あいるは、この呪詛すらも癒す何らかの奇跡があるのだろうか。


「……感覚も鈍いかな……」


 風穴の空いた胸に手を触れ考える。相応の実力者であれど容易く命を奪えるほどの一撃……では、彼はサティナを殺そうとしたのか。


 ──否、それはない……


 反対の手を瞳に翳してその下で目を細めた。彼が何を考えているのか、サティナとて全てを把握している訳ではないが一つだけ言えるのとがある。


 ──彼の計画に僕は必要不可欠……


 断片的ながらも蘇った過去世の記憶。不完全ながらも時々垣間見える未来眼の権能を照らし合わせれば、彼がサティナの命を奪うことなど考えられない。


 ──少なくとも、今は……


 何よりも引っかかることはそのどれでもない。ゆるりと動いた瞳がひび割れた手を見下ろし、そうして気が付けば行くあてもない足が止まる。


 何故、彼はサティナに攻撃したのか。そばにいられては困る理由があるのなら何かしらの使いを言い渡せばいい訳で、地底ここまで連れてくる理由はない。


 ──まして、ここまで連れてきて……


 事が終わるまでサティナを機能不全にしておくつもりなから、存外早く回復したことは想定外なのだろう。──しかし、もしそこまで想定しているのなら。


「僕が次に何をするのか、彼には筒抜けか」


 今の彼女は何をするべきなのか。何も思い浮かばないまま、手を下ろす。


「呪詛は今もなお蝕んでいる。恐らく今、僕がこうして動いていられるのは想定外のはず……」


 強力な呪詛だった。今もなお彼女の肉体を蝕むそれを受け続け何故動けているのか、彼女自身分かっていない。──であるのならば、きっと彼もまたサティナがこうも早く行動を起こすとは思わないだろう。


「……でも、何をするべきか分からないのでは同じか?」


 確かに動けるようになったものの、如何なる行動を起こすべきか。それを知らなければ同じことで、結局のところサティナは男が描いた筋書きから抜け出せていない。


「でも、まぁ……」


 ──考えても仕方ない……


「何度、裏切られても構わない。僕はその為にいるのだから……」


 徐にひび割れた自身の手を見下ろした。呪いに蝕まれている筈なのに、何故だか以前よりも力が増しているように感じる。ーーあいるは、呪詛に対抗するようにして力が増幅したのか。


「それに……」


 ゆるりと顔を持ち上げ、そうしてある方向へと視線を向けた。何気なしに、しかしそれでいながら得体の知れない確信が彼女の心を惹きつける。


「……他に行くあても、ないから……」


 少し迷った末、他に何か当てがある訳でもなく、今は好奇心に導かれるままに進んでみるのもいいだろう。

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