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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第五章 死なぬ者達へ安息を
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第二話 暗闇に巣食うもの

 頬の撫でるのは冷たく乾いた風で、ふと見上げた空は雲行きが怪しく見える。徐に外套のフードを剥ぎ取れば長く白い髪が風に靡き、そうして振り返った先に映るのは下界に広がる俗世だ。


 辺りを見た渡せば木々はなく……それもそのはずで、今彼女が立っているのは遥か高く聳える巨山の頂上付近。


「…………」


 吐き出した息は白く曇り、反対に山の頂上へと視線をやらば彼女の数歩先を黒髪の男が歩いていた。


「地下へ行くと言うのに、どうして登山を?」


 一度止まった足を再び動かし、そう問い掛ければ彼は振り返ることなく──


「何事にも順序がある。そうとは、思わないか?」


 まるで分からないと首を振るサティナに彼はこれ以上答えてくれることもなく、ただ黙々と先を急ぐ。そんな男の後を追いかけて彼女もまたその横に並ぶ。


「では質問を変えましょう」


 一つ指を立ててそう言えば、男は眼帯越しに白い少女を睥睨する。凡人であればそれだけで震え動けなく眼差しを受けて、しかしサティナにはまるでそれが寵愛にも感じられた。


 彼はいつも何も言わない、答えてくれることなどないのだ。だからこそ、その瞳が全て語っていた。──そう、雷の如く苛烈な言葉と裏腹に……故にこそ、彼はその映し鏡である瞳に蓋をしているのだ。


「今度は誰の裁定を?」


 悪魔の如き振る舞いを繰り返してきた男。世界を呪い、自分自身を呪い、そうして破滅を求め……最期に救済を求めた時、彼は姿を現す。


 あまりにも不釣り合いな対価と共に与えるのは、生きる理由。──その理由もまた、決して前向きなモノではないだろう。故に、哀れな少女達は今一度生まれ変わる。


「ええ、そうですよね」


 やはり男は無言のまま、それだけサティナには十分だった。


 致し方なしにと顔を上げれば、視界に飛び込むのは今や使われなくなった坑道で、隣に立つ男は躊躇うことなく暗い洞窟へと足を踏み入れた。


「…………」


 そんな彼の後を追いかけてサティナもまた坑道へと足を踏み入れる。


 中へと入れば存外天井は高く、しかし当然ながら坑道内は暗く足元も悪い。魔法で光源を作り出し、そして近くの壁に指を触れる。


「コレは……」

「気が付いたか?」


 身に覚えなのある匂いが立ち込める洞窟内で、サティナが溢した言葉に男が反応する。そうして彼の方へと目を向ければ、黒髪の男は刀を振りかぶり……


「──っ!?」


 まるで素人が剣を振り下ろすように、手に持った方を壁に叩きつけた。──そう、ただそれだけで眩いばかりの火花は飛び散り、何かが破裂したような音が坑道に響き渡る。


「この辺の壁は発火性だ。光源に火を使わない脳はあったようだな」


 坑道に足を踏み入れた時点から、そこに立ち込める嫌な匂いでサティナもまた薄々気が付いていた。しかし実際にこうしてみれば、もし判断を間違えていればどうなかっていたか想像するだけでも身震いした。


「よもやすれば、崩れた岩の下敷きだろうな」


 常人であれば圧死しているであろう状況だが、サティナやその共謀者たる男であればさしたる問題でもないだろう。


「これは……」


 男の刀が付けた壁の傷に触れ、感嘆の声を漏らす。ここが坑道を機能していた当時、どれだけの命が失われたか想像にかたくない。


「所々有毒な空気ガスも漏れ出しているだろうが、貴様にはさしたる影響もないか」


 今も不思議そうに坑道の至る所を見渡すサティナへと男がそう言えば、振袖の付いた黒いロングコートを翻して歩き出す。


「ここが地下に繋がっているのですか?」


 だとすればどれだけ長いのか、もしかしなくとも数日地上に出られないのではないか。そう思うサティナの予想は的中していて、眼帯越しその目が自身を捉えた気がした。


「ああ、暫くは陽の光を拝めないと思っていい」

「それは、また……」


 呆れたように嘆息して、そんな彼等の前に現れたのは今や錆びた車線レール。それは暗い坑道の奥へと伸びていて、素早く周囲へ視線を走らせればすぐ近くに手押車トロッコが映る。


「これは、どうでしょうか?」

「ふむ」


 サティナの言葉に答えるように、彼は徐に鉄の塊に片手をかけ、そうしてゆっくりと力を加えていく。


 車輪が錆びて固まっているのか多少力を加えた程度ではピクリともせず、続くようにして更に力を込めて押し込めば、男の足が僅かに地面に抉り、鉄の塊には細い指が食い込む。──しかし、まるで車輪が回ることはなく、ガリガリと音を立てて手押車トロッコ車線レールの上を擦るようにして動くだけだ。


「流石に無理ダメそうですね」


 他の手押車トロッコも似たようなモノで、分かりきっていたと言わんばかりに黒髪の男は鉄塊に突き刺さった指を抜き取る。


「では、引き続き歩いていきましょうか」


 先へと目を凝らすように光源を高く掲げ道を照らす。先は暗く、人間よりも遥かに夜目の効くサティナでさえ何も映らない。


 錆びた車線レールを跨ぎ、枕木の一つを踏み抜くと道に沿って先を進む。そんな彼女の背後で男は暫く立ち止まったまま、どこか明後日の方へと顔を向けていた。


「如何なさいました?」


 不思議に思い振り返りそう尋ねるも、彼は何を言うでもなくサティナへと眼帯に冷めた視線を向け、そうして彼女の後を追うよに歩き出す。













 そうしてどれほど歩いたのか、周りの景色が変わることはなく……しかし肌に感じる空気が、匂いが確かに違うモノへと変化している。


「…………?」


 同時に違和感を感じた男女が足を止め、ゆるりと振り返るのは先来た道。──それとは違い、彼等が目を向けたのはその横にある分かれ道だった。

 暗い洞窟内で来た道の横に、それこそ振り返らなければ気付かないような洞窟があるとは思わないだろう。


「如何なさいましょうか?」


 奥に感じる違和感にサティナがそう問い掛ければ、男はもう一度本来進むべきだった先へと目を向けて、そうして軽く顎で後ろの道を指す。


「では、僕も一緒に」


 足の向きを変え、違和感を感じた道へと入っていた二人。誰もいない洞窟で彼等の足音すらも無く、果たして他に人がいたとして誰が二人に気が付けると言うのか。


「…………どなた、ですか…………?」


 それだと言うのに、気配の無い二人の存在を勘付く者がいた。もう誰もいない廃坑道の奥、そこに浮かぶのは本来あり得ない筈の人影だ。

 しかしそれは全く人の形をしていなくて、辛うじて見上げた先にある部位だけが人の上半身と同じ形をしていた。訝しげに下げた視線の先にあるのは、そんな彼女と思わしき怪物の下半身で……それは信じ難いことに蜘蛛の姿形をしている。


「これまた珍しい……アラクネ、か。──何故、貴様が下界にいる?」


 刺すような言葉とは裏腹に、サティナから見た彼はまるで敵意を持ってはいない。それどころか物珍しい人物に感嘆の念を抱いているようにさえ見え……しかし相対するアラクネの少女は怯えた様子で、後ずさろうにも後ろは壁だ。


 ──と言うよりは、動きに違和感がある……


 そんな彼女の動きに違和感を感じたサティナが視線を更に下げればその正体は一目瞭然で、彼女は脚は既に数本失われていた。一度気が付いてしまえば、他にも何ヶ所と傷を負っている様子で……当然ながらそんな状態では、彼女の体重を満足に支え切る事など出来ず、ましてや走って逃げるなど不可能に近い。


「私を殺すの? 魔族だから?」


 まるで怯えた少女のように、彼等よりも明らかに体重からだの大きいはずのアラクネの少女の声が震えている。


「ただの通りすがりです。貴女に危害を加えるつもりはありません」


 ──それよりも……


 ふと視線を下げた先、八つの蜘蛛の頭部に付く八つの瞳へと目を向けた。


 ──実に興味深い……


 人の身体と頭があると言うのであれば、こちらの頭部の役割は何なのか。果たして脳が二つのあるか、視点もまたその分多いのか……小首を傾げる彼女の横で、男が無造作に足を踏み出す。


 ビクッ、と身体を震わせる少女の反応で我に返れば、サティナは男を止めるようにその前に腕を出した。さすればジロリと眼帯の下で無機質な瞳が動いたような気配がして、それだけで身体の芯にまで響くような圧力がのし掛かる。


「彼女に何を?」


 見た目で判断する訳ではないが、人のいない廃坑道の奥にいる彼女に手を出す理由はない。無意味な殺傷は彼女の望むところでは無く、もし彼がそのつもりだと言うのならば、彼女にはそれを説得する義務がある。


「……分かりました……」


 尚も無言を貫く男に、サティナが諦めたようにため息をつく。だが、代わりに前に出たのは彼女自身で、力強く男の目を見つめ返す。


「ですが、貴方では怖がらせてしまいますから……」


 その言葉を受け、男は前に出た分だけ下がる。そんな彼の反応に胸を撫で下ろし、サティナ同様にアラクネの少女からもどこか安堵した様子が見えた。


「傷を治しますから、じっとしていてください」


 恐らくだが、魔界の匂いを強く残す彼女はあちらの争いで大きな負傷を負ったのだろう。じわじわと死が迫る中で彼女が縋ったのは転移魔法で、しかし何らかの要因でそれは座標と次元を狂わられてこんな地下深くと繋がったか。


 それでも彼女は運が良かったとも言える。最悪の場合、転移魔法をしくじれば地中に飛ばされてそのまま生き埋めにされることも考えられるのだから。


 ──まぁ、大抵の場合。転移魔法を失敗すれば、全身が散り散りになって飛ばされた挙句に即死だけど……


「大方、敵前から逃げるために焦って転移魔法を使い失敗した、と言ったところでしょうか」

「──っ!?」


 足を一つ治しそう言うサティナの言葉に、アラクネの少女が驚いたように体を震わせた。


「貴女は運が良かったですね。碌に目的地を定めず転移魔法を発動すれば最悪の場合、地下深くに生き埋めになってしましたよ」


 そんな彼女の言葉を受けてアラクネの顔から血の気が引いたような気がして……敢えてサティナが黙っていたことが、少し離れた位置で壁に背を預けていた男により更なる追い打ちと化す。


「何、生き埋になる心配などない。大抵の場合、転移魔法を失敗すれば全身が散り散りに飛ばされて即死だ」


 長く苦しむこともない。──と、そう言う男の言葉を受けて小さく悲鳴を漏らすアラクネの下。彼女の手当をしていたサティナが、黒髪の男へと抗議の視線を送った。


「四肢の一部を失っただけの貴様は、まだ幸運だった」


 とは言えど本来ならば行き場のない地下化の奥深く、自力では到底この入り組んだ坑道を出来ることなど出来ないだろう。そんな中、この二人出会えたのは実に運が良かった筈だ。


「さて、これで大丈夫ですね」

「……あ、ありがとう……」


 漸く少女の手当てを終えると、男が歩き出す。そんな彼の後を追って二人の少女が先程の分かれ道まで来ると彼は足を止める。


「この路線レールを辿って上に行けば出口に付く。先も言ったがここは下界だ、体力が回復したら魔界に戻るといい」


 人間達は排他的で、特に魔族には強い敵対心を持っている。もし見つかればそれこそ八つ裂きにされるだろう。

 可能であれば一刻も早く魔界に戻るべきだろうが、魔界と下界の行き来には多量の力を要するために彼女は暫くの療養が必要だ。


「はい……その──」


 構わず先を歩き出す男への背中に何か言いかけて、そうして困ったようにサティナへと目を向けた。


「ありがとう、ございました……」

「ええ。それではお元気で」


 軽く手を振り男の後を追うサティナが見えなくなると、アラクネの少女もまた彼等に言われ通りに地上を目指して歩き出す。


「……そう言えば名前、聞き忘れちゃったな……」


 しょんぼりと後ろを振り返れば暗闇が広がるばかりで、あとを追いかけたところで道に迷うのが関の山だ。それをこの数日体験して嫌と言うほど知っているからこそ、彼等の善意を無駄にしないため再び道に沿って歩き出した。

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