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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第四章 呪いの領海に流れるは死神の唄
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第四章終話 虚月が生まれた日

 グッタリと力無く項垂れる姉を抱き抱えて白い世界を駆け抜ける。自身の体を濡らす血が熱く、反対に姉の身体から温度が消え失せていく。


「これは、参ったね……」


 穴の空いた自身の胸を見やるように首を動かして……それでもせいぜい苦しげに息をするだけで、殆ど顔は動いていない。

 姉の意識が戻ったことに僅かながら安堵し、そうして彼女の傷へと治癒魔法を流し込む。しかし霊剣によって刻まれた呪痕が邪魔をして彼女の傷は癒えることはなく。


「もう十分だよ。僕を下ろして、君だけでも先に逃げ──」


 途中血を吐き言葉を詰まらせる。そんな姉の言葉を否定するように、無言で彼女を抱く腕に力を込めた。


「君も分かっているはず。彼も長くは時間を稼げない……僕は、大丈夫だから……」


 それでも無言で走り続ける。顔を上げれば白く冷たい世界がどこまでも続いていて、その先に逃げ場などないと知っているから。


「…………どうしてそこまで固執するんだい?」


 ふと、背後から投げかけれた問いかけ。その言葉を聞いて僅かに視線を下げる。


「君は、僕が嫌いだろう?」


 ──そうだ……


 この天界に於いても今代『天主』すらも凌ぐ実力。頭のネジが緩いように見えて思考の次元も高い。

 悠久にも近い年月を生きる彼等天族、その中で彼女は齢十代にして天界を統べた。


 そんな姉は妹である自身にとっては憧れであり、そして永遠に届かない目標でもあった。それなのに彼女は自ら天界を去り、時々帰ってきたかと思えば自分の知らない世界の話ばかり。


 嬉しそうに旅路を語る姉の話しを聞いてた時、ずっと違和感に思っていた事があった。──彼女は何か探し物をしているように見えたのだ。それが何か気が付いた時、少女は姉が嫌いになった。


 しかし──否、だからこそこのまま姉を死なせたく無かったのだ。


「まだ、お姉ちゃんもやり残したことがあるでしょう!」

「何、言ってるの? 僕はもう、やりたいことなんてないよ。ううん、ずっとなかったんだ……」


 それはきっと彼女の本音であって、同時に悲痛にも似た哀愁を秘めていた。ずっと探してきたモノは見当たらず、今や最期が近づいている。

 故に彼女はソレを受け入れようとしているのだ。何の意味もなかった人生、ただ自由気ままなソレは同時に拭いきれない憂いを孕んでいたのだろう。


 だからこそ、その旅路はいつ終わってもおかしくない。

 故に、彼女は自らの死すらもこんなあっさりと受けていてしまうのだろう。


「だからだよ。こんな終わり方なんて許さない!」


 かつて確かに憧れた姿があった。全てを超越し、不可能などないと言わしめるほどの彼女がまるで、自らその可能性を放棄するような言動。

 先程の攻撃だって避けようと思えば避けられたものを、きっと彼女はわざとその身に受けたのだ。──その方がきっと、妹を見逃して貰えるとでも思ったのだろう。


「いつまでも、貴女の思い通りになんて──」


 しかし少女の言葉は途中で遮られていて、羽吹雪が視界を覆い尽くしかと思えば、背中から確かに感じられた重さが消え失せてる。


「え……?」


 驚いて振り返り、そして目の前に映る光景に絶句する。


 確かに二の足で立つのはことごとく白い少女で、穴の空いた胸からは未だ熱を垂れ流して、ゆるりと動いた白光色の瞳がその背後へと向けれた。


「……お姉ちゃん……」


 彼女の視線の先、武装した天族がじわじわとその距離を縮めていて……彼等の持つ槍には、人間の屍が掲げられていた。

 天界に足を踏み入れるその愚かさをその身に刻むように、侵入者たる人間達が文字通り血祭りに上げられいる。


「さぁ、行って」


 手の中に光剣を顕現し、彼女は振り返ることなく妹へと告げる。


「そして、もし"彼"に逢えたら伝えて欲しい」


 そう言いふんわりと姉が笑いかける。


「妹をよろしく、ってね。代償は、僕の命で構わない」


 三対六枚の巨翼が顕現した。天界を震わせるほどの力が溢れ出して、神の降臨に世界が戦慄く。

 白い光が視界を焼き、羽吹雪が姉の姿を覆い尽くし、今や見えなく景色の向こうから確かに聞こえる衝突の轟音。


 羽吹雪が晴れた時には既に姉の姿は遠く、今更戻ったところで追いつく筈もなく……何よりも、彼女はそれを望んでいない。


「ぐ、ぅ……」


 心の中で何かが崩れていく音を聞いた。


 今もこうして逃げるしかない無力な自分が呪わしい。

 唐突として現れ、理不尽に奪う冒涜者が恨めしい。


 ──そして、彼女の心中の全てを理解した上で自分のエゴを通す姉が憎い。


「消えてしまえ! 全て消えてしまえ! 何もかも無くなればいい!」


 姉が最期に残した言葉に従い足を動かし、そんな彼女の行動とは裏腹に口から出るのは自他共に向けられた呪言。


「うっ……!!」


 足がもつれ前のめりに地面に打ち付けられ、その拍子に懐から何かが飛び出す。黒い手帳にも似たそれは、いつか姉が下界からの土産だと彼女に渡したモノだ。

 聖典だと言うそれを今更目にしたところで心に湧き上がるのは憤りで、手を伸ばして聖典を手に持てばそれを力任せに地面に叩きつけた。


「何で……! 何で……!」


 中身が弾け出し、白い世界に広がるのは聖典と言うのにはあまりに不釣り合いな黒い頁の数々。今まで目を向けることすらなかった信仰が眼前に広げられる。


「アイツらも、お姉ちゃんも……皆んな、皆んな消えて無くなればいいんだ!」


 顔を覆い泣き崩れ、力無く地面に爪を立てる。


「…………もう、消えてしまいたい……………」


 こんな辛い思いをして生きている意味が分からなかった。──否、生きる意味がたった今潰えたのだ。


「なんで……どうして……」


 そう問いかけるのは今や砕け散った聖典で、その一枚を血に濡れた手で握り潰す。黒い頁に刻まれた教え、神の存在……本当にそんなモノがいるのならただ一つだけ願いを──


「本当に神様がいるのなら……私の、私の望みを叶えてよ!」


 読めもしない文字が刻まれた黒紙に吐き捨てるよう叫ぶ。──もう、救ってくれなどとは言わない。だからせめて、終わらせて欲しい……


「救ってくれなんて、今更そんなこと!!」


 グッと握った手に力を込め、反対の手で散らばった聖典を薙ぎ払う。


「全てを、滅ぼして……この腐った世界を!!」


 背後から足音が聞こえる。近づく足音が奏でるのは死への旋律で、しかしもう走る気力もない。


「でも、せめて最期に……」


 いつも姉が語る世界があった。彼女自身知りもしない運命を語る時の姉の表情はいつも輝いていて、いつしか少女もそんな世界を見てみたいと思っていた。


「お姉ちゃんの、夢を見たかった……」


 それが、本心だった。


 いつも知らない誰かを語る姉の姿が脳裏から離れない。

 遠い世界を話す彼女はいつも輝いていて、それが羨ましかった。


「……もう、終わりなんだね……」


 血と油で刃が潰れた剣が振り翳される。彼女の死すらも辱める凶刃を前に、もう立ち上がることもなく瞳を閉じ──しかし、いつまで待とうともその時が来ることはなく、震える瞼を持ち上げれば思わず息を呑んだ。


 眼前に亀裂が走っていて、空間に突如として現れたのは蜘蛛の巣状に広がる亀裂。ガラスが砕けるような音に天族の精鋭ともあろう歴戦の騎士達がたじろぐ。


「何が……?」


 少女が声を震わせる前で、騎士は言葉を失う。それでも、鈍く痛い頭の中で警報を鳴り響く。その奥から現れるであろう存在が放つ圧力は、死すらも受け入れたはずの少女を魂から震え上がらせたい。


 懸命に自身の体を抱きしめ、それでも隠しきれない怯えが瞳を揺らす。


 パキパキと音を立ててまた亀裂が広がる。

 その欠片が一つずつ落ちて砕ける。


 歴戦の猛者すら後ずさる前で一つ、また一つ、空間が砕ければその欠片が落ち、光と化して消えてゆく。その奥から覗く亜空間は闇に覆われて目視することすら叶わない。

 当然と言えば当然であり、亜空間とはほぼ無の空間だ。空気などの物質も無ければ光もない。

 故に生き物が生きられるような場所ではないのだ。


 しかしどうだろうか、その奥から伸びた手が空間の亀裂に手をかけたのだ。完全な真空の空間、光も無いその場所から青白い人の手が内側から更に空間を破壊して見せる。

 空間の亀裂にかけた手を一思いに振り抜ければ、その後から砕けた破片を撒き散らして横一文字に穴が広がった。


 空間を引き裂いて振り抜かれた腕が再び闇の中に戻って見えなくなり、暫く待ってもそれっきりで何の反応を示すこともなくなってしまう。

 だと言うのに、背筋を突き抜ける悪寒は強くなる一方で、


「迎撃準備っ!」


 天界に響き渡る野太い声を合図に無数の光弓が空間の割れ目へ向かれた。その穂先が向けられた先へ、光が吸われる。


 直後に訪れるのは身の毛も弥立つ程の不協和音に澱んだ雷鳴。黒きいかづちは光を吸収してその輪郭を白い光が縁取った。

 吹き飛ばされた時空間の破片が飛び散り、幻想的に煌めく中で、ソレが姿を現す。


 闇の中から伸びた長い足が天界の地を踏む。ゆっくりと体重をその足へ移動させ、おもむろに上体を前進する。

 バチバチと小さく爆ぜる黒電を纏い、夕闇色の外套を靡かせ、空間さえも引き裂く超常の化け物がその姿を顕現した。


「撃てぇえええ!!」


 間髪入れずに放たれた光矢が、痩せ細った華奢な身体を撃ち抜く。

 辺り一帯が白く染め上げられる程の極光が冒涜的『神』を闇の彼方へ吹き飛ばし、光も音も届かない深淵の底へと叩き落とす。


 極光が収まりつつある視界の中央、ポッカリと口を開けた亜空間から覗く闇がナニかが、こちらをぼんやりと見つめているような違和感を感じ取った。

 心が吸い込まれるような薄ら寒い恐怖の中、緊張の糸が張り詰めていく。四方八方に立つ同胞の顔が前例ない異常な光景を前に引き攣っている。


 例外なく全員が薄々感じ取っているのだろう。


 ──審判の時は近い、と……


「「……っ!」」


 直後、全身を悪寒が突き抜ける。身体の芯が冷え込むような嫌な寒気と同時に、冷や汗が吹き出す。


 ──感じる……


 他者を無遠慮に押し潰すような圧力プレッシャー

 仇なす全てを等しく捻じ伏せ、己が我を押し通す……絶対の我欲。


 の者の名は──


「……『滅びの王』……」


 かつて、姉から語って聞かされた見ず知らずの人物。彼女自身未だ出会ったこともないと言うのに何故だか彼を語る時、白い少女は本当に幸せそうだった。


 この化け物が姉の語るソレであると言う保証などないのに、何故だか疑いようのない確証があった。


 彼の者こそが──そんな物思いを遮るように、不協和音の雷鳴が轟く。伝承にしか存在し得ない幻が現実となる。


 世界が白黒モノクロに染まる。

 背筋を悪寒が突き抜けた。


 誰もが動けなくなった世界で、の化け物は悠然と歩を刻む。ゆるりと伸ばした足に体重を預け、更に反対へとその足を移動させた。


「まだ、だ……撃ち続けろ!」


 誰かがそう叫ぶと同時に無数の光矢がその細身を打ち抜き、同時にその悉くは男の身体に触れると共にして消えた。


 尚も身体を射抜かれながらも、無造作に男が足を持ち上げる。ゆるりと持ち上げた足にて地を踏み抜けば、放射状に黒電が走り、その上に立っていた者を灰塵と化した。

 運良く生き残った者もまた想像を絶する絶望的な光景を目にして、怯え、震えて、ただただ力の入らない足を引き摺りながら後ずさるしかなく──しかし肝心の男は彼等に一切の興味を示した様子もなく背後にへたり込む少女を見下ろした。


「……俺を呼び出しのは貴様か……?」


 まるで深淵の底から響くように重く、深い無機質な聲が木霊する。


 ──どこかで、聞いたことのある問いだ……


 何故だか、少女はそう思った。いつどこでそう問われたのか覚えてないし、本当にそんなことがあった記憶もないが、不思議と初めてのことには感じられなかった。


 ゆっくりを顔を上げれば全てを見透かすような瞳に少女は捉えられ、そして息をすることすらも忘れて彼の瞳に魅入った。


 黒光りする無機質な瞳。その中央に座する黒星を具現したかのような瞳孔は、白い光を薄く細く伸ばしたような輪郭を幾重にも帯びている。


「もう一度、問うぞ?

 俺を呼んだのは、貴様か?」


 全てを見透かしたのように落ち着き払った声は、対峙する者の警戒心を奪う。


 驚くほど穏やかな心境の中、少女は『神』の言葉に応えようと口を開いた。


「……はい……」


 男はその返事を聞き終えると、ゆっくり小さく頷く。


「賽は投げられた。しかし、未だ贄は投じられず……──

 だが例え、それが悪魔の誘いざないとて代償は支払われる……」


 ──そうだ……

 ──彼の言う通りだった……


 彼はきっと神などではなく、悪魔に近いのだろう。しかしそんなこと小さな少女にとって些細な問題にも過ぎず、傍観を決め込む神などよりも遥かにマシだった。──その選択が例え悪魔に魂を売ることになろうとも、きっと少女は後悔しない。


「故に、今一度問おう……。

 貴様は何を、対価とする?」


 再び男が問いかける。

 少女が払う対価を、代償を言葉にする。


「私の全てを代償に捧げる。だから、お姉ちゃんが見た夢の続きを──どうか、お姉ちゃんが変わらず夢を見れるように……それを、叶えてあげて」


 こんなことを悪魔に頼むのはお門違いだろう。──しかし彼が、彼こそが姉の夢だったのだ。

 故に彼でなくては姉の夢は叶えられず、だから彼女は自身の全てを投げ打ってでもそれを望んだ。


 姉がまた能天気に笑っていられる世界を、その夢の果てにきっと──それが少女自身にとって復讐の始まりとも知らずに、悪魔に縋ってしまったのだ。


「契約成立だ」


 視界が歪むほどの重圧が周囲を取り囲む天族を押し潰し、その尽くを赤い肉の塊へと塗り替える。


「対価は……」


 細く長い指を鉤爪のように曲げ、それを少女の眼前へと伸ばせば彼女の瞳を指差す。


「……貴様のすべてとす……」


 重圧に耐えられた天族の残りが身の内側から破裂し、血の雨が見つめ合う二人に降り注ぐ。呆然と呆ける少女の耳に対価が告げられる。


「……それって──」


 彼が何を言わんとしているのか何となく分かった、分かってしまった。だから、彼女の揺れる瞳からは拒絶の色が濃く滲み出す。


 刹那、世界が暗転する。


 白い世界は黒く明滅し、不協和音の混ざる雷鳴が遥か彼方まで響き渡った。──何が起きたのか、少女の理解も及ばないまま気が付けば彼女は殺戮の跡にへたり込んでいた。


「……お姉、ちゃん……?」


 少し離れた位置、血にまみれた姉がいる。しかし彼女からは生気は感じられず、ただ力無く黒髪の男に抱き上げられていた。


「あ、ああ……」


 彼が何をしたのかは分からない。ただ分かるのは、この男は契約を果たしたと言うことだけで……同時に今度は少女が代償を支払う番だと言うことだ。


「…………無法者の再来か。ニンゲン、貴様等は何故他者を食い物にする?」


 そんな彼等へと不意に声が投げかけられる。背後から響く声を聞いてゆるりと男が振り返れば、そこに見えるのは三対六枚の翼で……彼が、彼こそが天界の支配者『天主』だ。


「強いて言うのならば、『業』か」


 しかし、問われた男はさしたる興味を抱いた様子もなく、抑揚のない声は無機質で心底つまらなそうだった。


 そんな彼へと向けた視線に疑念の色が見えたかと思えば、天主が眉を顰める。手の内に光剣を顕現し、それだけで世界が震えるほどの膨大な力が溢れ出した。


 対して男の周囲で揺蕩う闇色の粒子は尾を引き、細い黒線は白い光を帯びて……スッと細められた瞳の周囲に黒電が迸る。


「……そうか……」


 彼の言葉に天主の後ろに控えていた天ノ騎士が前に出た。そんな彼等へと無機質な目が向けれれば、騎士の殆どは震え出し動けなくなる。


「貴様、本当にニンゲンか?」


 ゆるりと、魂の底から震え上がるほど冷たい視線が天主を捉えた。──どうしてそんな目ができるのか、何故彼はこれほどまでに……


「……刻限だ……」


 天主の問いかけに答えるでもなく、ただ後ろでへたり込む少女へと無機質に言い放つ。無造作に持ち上げた足が一歩地面を踏み抜けば雷霆が爆ぜ、白い世界に亀裂が広がる。


「契約は果たされ、対価は支払われた」


 見渡す限り闇が広がる世界で耐性のない天族が次々と呑まれ、そして消えていく。かの天主すらもその顔色は悪く、金縛りあったように動けなくなった彼に、男は一瞥もくれることなく少女へと振り返った。


「虚月の魔女、復讐の黒き炎に灼かれる者よ。貴様の行く末に在るのは破滅か、それとも断罪か……」


 黒い男と姉の姿が割れたかと思えば再び白い世界が戻り、未だ立っていたのは天主だけで……周囲を見渡せば死体はおろか、血の跡すらも消えていた。


「…………」


 まるで先程まで出来事が嘘のようで、夢から覚めたように現実味のないまま……それでも顔を上げた先、目を閉じて思案する天主の存在が先程の出来事が現実であったことの証明だ。


「え……?」


 徐に目を開けた天主が踵を返せば、取り残された少女を置いて歩き出す。何事もなく立ち去ろうとする天主の様子に、虚を衝かれ呆ける少女へと彼は振り返ることなく口を開く。


「審判の日は近い、よもや人の信仰も腐り落ちている」


 見逃されたと、そう感じると共にもう天界ここに自分の居場所はないと理解した。目の前に散らばる黒紙を見下ろし、そしての中に握っていたその片割れへと視線を集める。


 彼は、少女の全てを対価に姉を──きっと、彼女もまた文字通り夢に抱かれて死んだのだろう。

 確かに少女はその全てを男へと捧げた。──羨み、妬み、そして忌避した姉の存在。少女の人生には常に姉の存在があって、それ故に彼女を失った今、少女の心に空いた穴が闇へと変わるのにそう時間はかからない。


「さようなら、お姉ちゃん。どうか、良い夢を……」


 白い空を見上げて、少女は祈りを捧げるようにただそう溢すしか無かった。


「ありがとう、神様。──私は、私自身を……」


 そして──


「……決して、貴方を赦さない……」

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