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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第四章 呪いの領海に流れるは死神の唄
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第十六話 果ての物語り

 最初に目に入ってきたのは巨大な鳥居。石造りのそれは無骨であり、それだけに圧巻だった。

 喪色の花びらが舞い散る中、向こう側に見えるのは石張りの広場。更に奥に佇む荘厳な雰囲気を醸し出す神社もまた相応の大きさを持っている。


 ──不思議な場所……

 ──でも、初めて来たような気がしない……


 息を呑むサティナの横、スッと顎を引くアイリアが視界の端に見えた。


「アレが……」


 そんな彼女の、彼等の視線が向けられているのはある一点。舞い散る花びらと同じ喪色の髪を靡かせ、能面を貼り付けた長身の人物。

 細い身体は肉付きが悪く、性別の判断も出来ない。しかし同時に感じるのは薄っらとした気配と重なる威圧感。


 覇気も闘気も感じられないと言うのに、全身血の気が引いていくような、手足の感覚すらも無くなるほどの圧力プレッシャーがのし掛かる。


 サティナもアイリアも、グランナですらも疑うことなく直感した。──アレが、アレこそが『龍王』である。


「…………」


 幾度となく面会をしていたと言うレドゥズビアですらも言葉を失い、ただでさえ青白い顔からは生気が失せている。


「我等が同胞、古の神が一柱」


 いつの間にか鳥居の隣に移動し、道を開ける様にしたエゾラ不適に笑う。そんな彼女の言葉に操られるようにして四人が鳥居を潜った瞬間、視界の端に人影が映った。


 遠く広場の端で暗紫色の髪を風に靡かせて、一人の男が佇んでいる。龍王に背を向ける形で横目でこちらの様子を見やると、紫電と共にその姿を消した。


 ──『撃墜王』……


 初めて王都で彼の姿を目にした時から少しだけその正体について調べたことがあった。そして"彼女"の持つ記憶の断片が言うのだ。──天空に浮かぶ荒城を根城とし、挑戦者を悉くを地上へはたき落として来たと言う。

 強大な龍を打ち、名誉と名声を手にしようとした愚者。目に余る彼の横暴さに感化された同胞もまた、一切の区別なく……しかし、それがなぜ今になって龍王に従っているのか。


「再び相見えたことを嬉しく思うぞ」


 喪色の髪の下、青白い瞳がゆるりとサティナを見据えている。遥か、今や見ることの叶わない景色を想ったかその瞳には深い哀愁が滲んでいて……同時に見えるのは冷たく凍てつくような意志。


「汝は、儂のことを覚えておるか?」


 花吹雪の向こう側、姿を現したのは小柄な龍。鱗を持たず、代わりに純白の羽毛が全身を覆うソレは何故だか酷く弱っているようにも見える。──しかし、それでも悠久にも似た歳月、彼女は龍王の座に居座り続けていたのだ。


「お初にお目にかかります」


 かつて『初代勇者』エル=フレイドが『滅びの王』に相対した時と同様、サティナは恭しく頭を下げた。──それが王の名を冠する者へ対する最低限の礼であり、何よりも彼女自身が既にそうでないことの顕れでもあるのだ。


「サティナと申します。以後、お見知り置きを……」


 跪くサティナの横で同じように、アイリアもレドゥズビアもグランナもまた頭を垂れる。彼等もまた最上位者を前に身の振り方を知らぬほどの愚者ではない。


「そうか……先の言葉は、忘れてくれ」


 一度俯いたかと思えば彼女の視線か次に向くのはサティナの左側、今まで無言を貫いてきたレドゥズビアだ。


「こうして儂が目醒め、相見えるのは久しいな二代目勇者。汝の君主は国を失ってなお、気丈に振る舞っておる」


 龍王の言葉にレドゥズビアがより深く頭を下げて、そんな彼の横にエゾラか歩み寄る。


「感謝する、誇り高き龍族の長よ。もしものことがあれば……」


 ゆるりと立ち上がった彼の瞳の奥に宿る冷たい光は強い意志の表れ。君主の為ならば、例え龍王とて彼は剣を向けているだろう。


「ああ、互いにの為にもそれは望まぬことだ」


 今一度頭を下げれば彼はエゾラに連れられて姿を消し、残された三人もまた微動だにせず次に続く言葉を待つ。

 ──しかし、いくら待てど次に続く言葉は出てこず……それでも彼女達は待ち続けた。例えそのまま石になるとしても彼等にはそれ以外の選択肢がないのだ。


 日が傾き地上の影が伸び始めた頃、空が明滅した気がした。跪いた姿勢のまま瞼を持ち上がれば、彼等の上に巨大な影が差している。

 龍王の後ろ、現れたのは暗紫の鱗を纏った巨龍。ゆるりと動いた滅紫の瞳が跪く三人を見下ろす。


「所詮人の如き矮小な存在か。数日前吾にあれだけの啖呵を切った貴様が、今や地に伏せているとはな」


 愚弄するような言葉遣いもは裏腹に、その実隠そうともしない怒気を孕んでいた。そんな彼の言葉に何の反応もないと知れば、ガチガチと牙を打ち鳴らして龍王を睨め付ける。


 天は轟き、大地が震撼する。明滅する空の下、小さな島国などすぐに沈んでしまいそうなほどに──


「目障りだ」


 細められた瞼の下、冷たい光を宿した龍眼が龍王含めた三人を睨め付ける。


「血の女王よ、三界の支配者よ。我等が龍族の頂点に座する者よ」


 青白い瞳と滅紫の瞳が至近距離が交差し、冷ややかな眼差しは互いを蔑んですらいるようだ。──きっと、彼は許せいのだ。あっさりと全てを投げ捨てられる彼女達を……


「纏めて伏してくれようか」


 かつて、ただ一人のために全てを投げ捨て、今やかつて見せた栄光の影すらもない冒涜者。

 永い眠りにつき、外界との繋がりを断ち自らの殻に閉じ籠り、何を成そうともしなかった。

 守ると決めていた筈のモノを失い、その果てに大切な者を残して自らに私刑を行った弱者。


「滅神の眷属よ、汝の怒りは尤もだ」


 強大な力を持つ龍族、その双璧の一角『撃墜王』。契約を交わした主の元を離れ、血を求めた狂龍の成れの果て──今や渇き切った心はかつて"彼"のように、だからこそ龍王は彼へ共にいるよう誘ったのだろう。


「しかし、共犯者ともよ」


 慈愛に満ち満ちた表情は悟りすらも開いているようで、蔑みにも似た冷ややかな視線を前に穏やか面持ちを崩さない。


「怒りは身を滅ぼす。かつて、汝の主がそうであったように……」


 スゥッとより細く変化する瞳孔の奥に対象を定め、撃墜王が牙を剥く。


「かつてあれほど沈黙を貫いたくせ、よく口の回るものよな」


 だがしかし、と彼が次に視線を向けたのは跪いた視線のままここまで無言を通していた少女だ。


「血の女王、その後継者。貴様は何を求む?」


 彼の言葉に初めてアイリアが顔を上げた。その瞳に映るのは冷たい光と共に在るのは澱んだ闇。


「私刑を──」


 短い言葉だった。しかしそれだけに、彼女の想いを雄弁に語っている。


 ──きっと先代はそれを望まぬのだろう……

 ──しかし悲しきかな。彼女の最期が一体、後継に何を決意させたのか語るまでもない……


「よもや変わらぬな」


 踵を返した撃墜王が龍王に耳打ちする。


「我が共犯者と言うのなら覚えておくがよい。想いとは受け継がれるモノ……例えそれがどれだけ歪であろうとも、だ」


 誰もが呑まれるだろう。──そう言い残し、最凶の龍が立ち去った。











 日も暮れ、積もる話もあるだろう。それでも先んずは彼女サティナと話しがしたいと、そう言う龍王の言葉に従ってアイリアとグランナの二人は巫女の案内である部屋へ通された。


「やあ、思ったよりも早かったじゃないか」


 そう言うのは忘れもしない魔女の姿で、しかし彼女を知る二人はその姿を見て顔を顰めた。見るからに大きさの合わない白い装束を身に纏っていて、何よりも目を引くのは彼女の身体を覆う包帯だ。


 血の滲む包帯、大き過ぎる装束は普通の衣類を身に纏えないからだろう。片目を覆う包帯に手を触れながら、彼女は薄ら笑いを浮かべている。


「いやぁ、これは誤算だったね~」


 相も変わらず飄々とした様子であっけらからんと言う彼女の姿を目にして、アイリアとグランナは図らずとも顔を見合わせてた。


「この姿が気になるのかい? 残念ながら完敗したんだ。その上、情けまでかけられ──ッ」


 思わず咳き込み、口を覆った彼女の手の指の間から血が伝う。


「……まぁ、収穫はあったけどね」


 手に付いた血を拭き取り、そうして魔女が嗤う。


「とても、まともじゃないわね」

「まともなんて、つまらないだろう」


 包帯の上に魔女装束を纏い、白いドクターコートを靡かせ立ち上がる。開眼された右目、その黒い瞳の奥にはいつかと似た闇が巣食っていた。


「さて、それよりも"彼女"はどうなかるか」


 喉をくつくつと鳴らして、ルルが目を細めた。









 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー











 異様なほど天井の高い一室で、サティナが顔を上げる。視界に映るのは目鼻立ちの整った中性的かつ端正な顔立ちで、そんな彼女の背後に映るのは巨龍の幻影。


 覇気もなく存在感すらも希薄。それは超越者特有の気配で、ゆるりと動く青白い瞳に射抜かれれば身体の芯から凍えるような悪寒と共に、全身の血液が沸騰しているかのような熱が身を焦がす。


 ──嗚呼、あの時と同じだ……


 初めて『神』を目の当たりにした時と同じ。

 初めて『魔王』をその目にした時に感じた。


 そしてそれは、彼女が神と称される所以でもあるのだろう。


「気を楽にしていい。ここにはうぬと、我々の三人しかおらん」


 ──三人……?


 内心首を傾げたサティナの疑問に答えるように、背後からあけすけた声が響く。


「大して時間も経っていないはずなのに、あれから随分と久しぶりに感じるものだね」


 聞き覚えのある声だ。忘れもしない……彼女こそが魔女の原点であり、何よりも姉の仇であるのだから。

 ゆるりと振り返れば、白光色の瞳が魔女を捉える。全身に包帯の巻かれた姿で、しかし相も変わらず華奢な身に纏うのは魔女装束。


「ふふっ、久しぶりだね。僕が誰か分かるかい?」


 冗談めかして放たれたサティナへと向けられた言葉でありながら、同時にサティナではない"誰か"へと向けられていた。そう感じたのはきっと気のせいなどではなく……否、誰でもない魔女がそうなるように──


「…………」


 彼女の質問に返す答えは無言。それでも魔女は満足げに微笑み、スッと擡げた指が彼女の目を指し示す。


「白光色の瞳と、その奥に浮かぶ闇十字を模した四芒星の紋様」


 訝しげに目を細めるサティナを前に、魔女はなおも言葉を紡ぐ。


「君のそれは全てを見通す力。時間も場所も、関係ない」


 そう、白光色の瞳とその奥に浮かぶ四芒星こそが彼女が持つ未来眼と千里眼の本質。実態の無いそれが目に見える形で現れたのがその姿だ。


「生憎と今の私には、何も視えていませんよ」

「本当にそうかい? では何故、君は僕が姉の仇と知りながら怒りを抱かない?」


「…………」

「答えなくてもいいとも。罪の意識はある、ただ罰を受けるのが今じゃないだけさ」


 貼り付けたような笑み、今になって漸く分かった。──彼女はきっと、最期になって罪の全てを負う。

 それを知っているからこそ道化を装い魔女であり続けた。それこそが、そう在るべきであると他でも無い彼女自身が自らに課した戒めなのだろう。


 故に、サティナは何も言うことが出来なかった。


「君もそうは思わないかい?」


 ゆるりと動いた目が上の段に立つ龍王へと向けられ、彼女もまた一つ瞳を閉じて口を開いた。


「儂が何を言っても仕方あるまい。ただ、汝はそれを受け入れるのか?」


 身体を向きを変え、龍王へと向き直ったサティナが真っ直ぐにその瞳を見上げる。ただそれだけで、彼女の答えが分かった……分かって、しまった。


「例えそうであれど、私が失われる訳ではありません。結局のところ、人は変われないのですから──

 同じ人など存在しない。記憶は失われ、あるいは記憶とその者が歩んできた軌跡を奪ったとて、引き継いだとしても同じことで……他人に成り変わることなど、到底不可能なのです」


 それは肯定でありながら、同時に彼等の言葉を否定するモノでもあった。彼等の知る"彼女"は既に消え失せて、今あるのは新たな生を受けた一個人であると──しかし、全てがそうでは無い。

 例え死んでも人は変わらない。故に彼女もまた同時に失われた少女であり、そしてどちらでも無いのだ。


「今の私は昔とは違う。──そう、全く違う……新たな道を歩む者です」


 堂々たる態度でそう言い切るサティナの言葉を受けて龍王は厳しい面立ちで目を閉じていて、対する魔女はどこか安堵したような表情を見せた。


「なるほど、ね。いやはや、実に君らしい答えだ」


 昔と何も変わっていない。そう言うルルはまるで憑き物が落ちようで、しかしそれでいながら何故だかその瞳には嫌な陰りが見えた。

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