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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第四章 呪いの領海に流れるは死神の唄
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第十一話 答えは手の中に

 船が一際大きく揺れば、船体が砂浜へと乗り上げる。何だかんだあったものの、ほぼほぼ予定通り七日で本土に辿り着いた。


 船から砂地へ飛び降りるとその船体を引き上げて、ロープで固定する。もう使うかどうかも分からないが、万が一に備えて損はないだろう。


 間もなく船の固定を終えると、ルイドが踵を返した。


「それじゃ、俺はここで別れる。礼はまた会う時に……」


 それだけ言い残すと、彼は軽く手を振って四人の進む方とは逆の方向へと歩いて行く。そして残った四人もまたさして気にした様子もなく、先を急ぐ。


「取り敢えず、身体を休めた方がいいわね」


 見た目では分かりにくいが、サティナも相当に消耗していた。不死であるアイリアやレドゥズビアはまだしも、連戦続きとなればサティナは耐えられない。

 道半ばで倒れては本末転倒だとサティナもその案に頷き、レドゥズビアの先導で人里を目指して歩き出す。


「貴女の方は何か衣類が必要ね」


 水中での生活を快適化する為なのかただでさえ薄着だったグランナが身に纏っている薄布は、連日続いた戦いの影響でボロボロになっていた。


「言葉を選ばず言えば、流石に見苦しいわ」


 サラッと口にする言葉の残虐さにサティナが僅かに顔を顰めるも、グランナは生真面目な顔で頷く。流石に黙って聞いている訳にもいかず、サティナが宙に魔法陣を描くとその内側から何かを取り出した。

 

「これを……」

「有り難く」


 創造魔法によって簡潔に創り出した衣類を手渡し、加えて外套も付けておく。

 スッポリと身を覆うのはポンチョのような外套で、そのフードを深く被ればようやく準備は整った。


「よし、あとは……」


 アイリアの視線がサティナへと向く。その視線から逃れるようにグランナへ目を向ければ、彼女の意図を察してか手に持っているナイフを差し出している。


「結局こうなるんですね」


 彼女の手からナイフを受け取ると、それで魔人の特徴に酷似した色鮮やかかつ独特な紋様のある瞳を抉り取った。代わりに瞳に眼帯を巻き、グランナ同様にフードを深く被れば手頃な木の枝を拾い上げ、それを杖代わりとする。


「先んずは休める場所を、それから今後の方針について話し合いましょう」


 そう言う彼等が視線を向けるのは夜闇の中でほのかに浮かび上がる街の灯り。何の躊躇いもなくそちらへと向けて四人は歩き出した。










 道ゆく人を避けながらサティナはその眼帯の下、眼球のない瞳を細めた。彼等が身に纏うそれは彼女の師である黒髪の男と似ていて、特に身なりから貴族格にも見える女人が身に付けた着物と呼ばれる衣装……その振袖にも酷く身に覚えがある。

 それだけでない。時たまに男が腰に下げる反りのある剣……それは、アイリアやあの男が持つ刀そのものだ。


 誰もが特徴的な色素の濃い髪色をしていて、薄い髪色が多かった大陸とは違う。しかしそれでも『彼』ほど深い黒色の者は見かけなかった。

 辛うじて近い色の髪を長く伸ばした少女が通り過ぎたのが印象的であはあったが、ルルの髪色を思い出せばやはりあそこまで美しい黒色はお目にかかれない。


 そうさて道ゆく人々の観察に精を出していた時、ふと彼女の背後に人の気配を感じて振り返る。


「宿が取れた」


 その男、レドゥズビアはそれだけ言い放つと踵を返して歩き出す。四人で歩き回っても動きずらいだけだと判断した彼が代表で宿を取りに行っていたのだ。

 残された三人の少女は静かに頷くと、その背中を追う。


 ──間もなく宿の中に着けば、彼が一つの扉を指差す。


「そっちが貴様等の部屋だ」


 そう言い残して彼等は廊下の奥へと消えてしまった。いた仕方なしと、横移動スライド式の障子を開けて、部屋へと足を踏み入れる。

 畳みの敷き詰められた座敷を見渡し、質素な部屋の中で三人は何とも言えぬ表情で顔を合わせる。


「二人は休んでいていいわ。私は勇者と街に出て必需品の補充をしてくる」


 何もすることないと理解したのか、アイリアもまた部屋を後にした。彼女やレドゥズビアは不死者故に休息を必要とはしないが、生憎と残された二人はそうもいかない。


 サティナは連戦に続く連戦。その際に使用した翼の顕現、力の前借りによる反動が未だに残っている。本人も気付かないうちに限界の影は着実に近づいていて、いつ決壊するかも分からない。


 グランナもまた血族になって間もなく、一度瀕死にまでなった反動と血に馴染むために相当の力を使っている。今は休みつつ身体を慣らしていく必要もあるだろう。


「「…………」」


 どうしたものかと互いに顔を合わせて、どちらともなく腰を下ろす。さりげなくグランナが窓から、朝日の光から逃れるように移動しているのを尻目にサティナもまた壁にもたれかかる。


「身体の調子はどうですか?」


 何もすることなく、そんなことを尋ねればグランナがゆっくりと顔を持ち上げる。


「調子は、いい。五感が研ぎ澄まされていて、世界が澄み切って見える」


 そう言う彼女がゆるりと障子へ、いやその向こう側へと視線を向けた。


「人の気配にも敏感になった。呼吸の感覚や心臓の音はおろか、筋肉の流れから血の巡り……何よりも能源エネルギーの流れがよく見えるようになったのが大きい」


 透き通るような青い瞳が鮮血ような赤色に変わる。そんな彼女の瞳がゆるりとサティナを見やり、彼女の全てを見透かさんとその目を細めた。


「でも、よく見えるようになった影響か……今なら貴方達の強大もわかる。特にアイリア……血族の本能からか、自身よりも血の濃い彼女には強い畏敬の念を抱く」


 徐に赤いナイフを練り上げれば、それを指の間で回す。


「便利なものね。血を練ればだいたい何でも作れる……まぁ、創造魔法で事足りる言えばそれまでだけど」


 軽く中に魔法陣を描けばシンプルな作りのナイフを作り出した。そして二つの刃を押し当てれば、まるで抵抗感なく鋼のナイフが血の刃によって切り落とされる。


「こっちの方が少ない力でより性能がいい。それにいくら壊されても液状化すれば元に戻るし、何よりも形は固定されていない」


 ナイフがただの棒になったと思えば、銛や槍へとその姿を変える。そう思った次の瞬間には無数の触手として彼女の周囲で蠢く。


「不思議なにのは私が持っているであろう血液、それを遥かに越える体積の物体で普通に作れることぐらい」


 血を練り上げて作り出したのは等身大の人形。しかし当然ながら人の身体はその全てが血で出来ている訳ではなく、全ての体積を血で補おうとすれば不足するはず。

 しかしその概念を覆すように血の人形は等身大そのものまで、ついでに武器まで持たせられている。もし自身の血を媒介としているのなら、絶対にあり得ないことだ。


「それに……」


 次の瞬間には血の人形が崩れて、その全てが彼女の中へと戻っていった。しかし彼女の身体にはまるで変化がなく、人一人分の体積を持つ液体が入っていったは思えない。


「一体、この血はどこから来てどこへ行っているのか……」


 アイリアの戦いを見て何度となく疑問に思った。それでも今まではそう言うものだと片付けていて、何よりも自分には関係のないことだと興味も抱かなかった。

 それでもこうして改めて目にしてみれば、その不可思議さに幾分か興味が惹かれたのは事実だ。──しかしだからと言って何だと言うのか。解決出来ていない問題が山積みの中で、そんなことなどさしたる問題でもない。


「解決出来ていもの、理解出来ないものなどうんざりするほど見てきましたよ。今更そんなこと、どうでもいいとは思いませんか?」

「ふふっ、それも道理か」


 サティナの言葉にグランナが苦笑すると僅かに身じろぎをして座り直す。


「そう言う貴女はどう? 何か気になることの一つや二つあるだろう?」


 グランナの問いかけにサティナが眼帯の下で目を逸らす。しかし暫く待てば観念したように、顔を戻すと軽く手首を捻った。


「私は、私の師である男の真意を知りたいと思っているのです」

「何故、正体も知らない相手を師に?」


「それ以外の選択肢が無かった、からです。未だに他の選択肢もあったのかも知れないと考えますが、もし彼の後を追わなければ私は自ら命を断っていたでしょう」


 眼帯越しの節穴となった瞳が遠い目をしている。彼女が師と言い敬う男が、一体何者なのか彼女は興味を惹かれた。


「彼はどんな人?」

「第一印象は、ただ怖かったですね。今は……一言で表すなら物静かな人、でしょうか?」


 本人も首を傾げてそう言う。


「基本的には無口で、たまに口を開いたかと思えば思わせぶりなことばかりです」


 少し不貞腐れたようにそう言う割には、その表情は存外晴れやかだった。その意図が分からず訝しげに眉を顰める彼女の様子に気が付いていないのか、サティナは言葉を続ける。


「何故、彼の真意を知りたいかと言われれば言葉に詰まりますが……何故だか、その背中を見失ってはいけない気がするのです」


 長い髪に指を絡めて、ぼんやりとした視線のまま彼女は誰ともなく話し続けた。


「貴女は見聞きしたことがありますか? 身の毛もよだつような不協和音を奏でる雷鳴を、世界を白黒モノクロに書き換える力の具現を」


 直後、グランナがハッとしたように目を見開いた。それは彼女の脳裏に色濃く刻まれた記憶、忘れもしないの者の再臨だ。


「……『滅びの王』……?」

「知っているのですね」


 誰にともなく呟かれた言葉にサティナが聞き返す。そうすればグランナはそれこそ何かを怪しむような視線を白い少女へと向けた。


「貴女は、どうして彼に……?」

「…………ある、伝承の呪術だ…………」


 詳しくは言わないが、それだけで十分だった。何故なら、彼女もまた全く同じ境遇だったのだから。


「そう、でしたか……」


 彼を呼び出す時は決まっている。──そう、決まって全てを失った時だ。血眼になって守りたかったそれが指の間からこぼれ落ちた時……まるで失ったそれが対価だと、彼を呼び出す代償だと言わんばかりに神は姿を現す。

 そして、彼は尚も代償を求める。失ったもの以上の何かを彼女達が失うように……きっと彼女もまた降り積もった業に対価を重ねたのだろう。


「貴女は凄いな。よくアレに付き従うと想ったものだ……私は、彼を憎む気にもなれなかった」


 自嘲じみた笑みを浮かべて、そう言う少女の顔には痛々しい皺が刻まれている。何も守れず、何も為さず……復讐の果てに縋った悪魔を前に、彼女は身の内で燃え沸る炎すらも凍り付くのを感じたのだろう。


「一つだけ知りたい。彼の真意を知って、何をするつもり?」

「…………私は今まで彼の手となり足となってきました。時には何かも分からないモノを辺境の地から取ってきたり、時には命じられるままに他者の命を奪うこともあった、──だから、私はその行いの先に何があるのか知りたいのです」


 今まで訳も分からず彼に付き従ってきた。村を焼かれ、家族を奪われて……そうして守ると決めた子供達の亡骸を見たその時から、心も無く彼に付き従ってきた。

 しかし、最近になって彼女の心を覆っていた厚いメッキが剥がれ始めている。自らの行いを鑑みるようになって、そんな中で疑問を抱いたのだ。


 ──今の今まで自身の行動は正しかったのか……

 ──違うと言うなら果たして何が正しいのか……

 ──いや、それ以前に正しさが存在するのか……


 彼女は知らなければならない。自分の行いを、果たして自身がどれだけの影響を与えてきたのか……それすらも知らないことは、無知とは罪なのだ。


 罪の自覚もない……そんなことはあってはならないのだ。だからせめて自分がこれまで、そしてこれから重ねるモノの重さを知るべきではないのか。


「…………」


 彼女の話しを聞き終えたグランナが俯いたまま動かない。彼女も同じようにして、かつてその姿を垣間見たもので……故にだからこそ、その道の険しさをよく知っているのだろう。


 きっといつか答えが分かると信じて──

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