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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第四章 呪いの領海に流れるは死神の唄
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第五話 渦中はいつも近くに

 軋み揺れて船の浮力がのし掛かる重圧に耐え切れず沈み始めている。いくら触手を払おうともキリが無く、サティナが苦しげに息を吐き出した。


「もしや、一体ではない?」

「その可能性も拭いきれない。それに……」


 三度みたび雷鳴が轟けば地鳴りのような悲鳴が響いて、しかし関心の触手は多少嫌がっているような素振りを見せてはいるものの対して効いている様子はない。

 果たしてそれは図体が大きからなどと言う単純な理由なのか、はたまたまた違う原因があるのかも彼女達には分からない。


「不味いわね」


 足元に流れ込んできた海水を見てサティナの顔に焦りの影が差す。間もなく水は膝を超えて、船の姿は水に覆われ始めた。


 雪崩れ込む水流に押し出されて、しかし船から離れては不味いと懸命に船体の一部を掴んで耐える。間もなく流れは落ち着き、ようやく周囲を見渡せるようになれば──


「──っ!!」


 その光景にさしものサティナとて思わず目を見張る。


 目を開けて真っ先に飛び込んできたのは夜の闇にと覆われた海中の景色。何もない暗い海の中だと、そう思っていた。──しかし暗い海中だと思っていたのは闇色の瞳で、そのギョロ目が海の藻屑であるサティナを見下ろしている。


「ゴボッ……!」


 思わず肺の空気が漏れ出して、すぐさま周囲へと視線を走らせても暗い海中ではアイリア達を見つけることはかなわない。──その時だ。すぐ近くで雷光が明滅した。

 凄じいまでの電撃が海中にいる全てのモノへ無差別に牙を剥き、そしてその光を持ってしても目の前に居座る化け物の全貌は見えない。


 脳裏によぎるのは、こんな状況でも半魚人達が攻撃してこないことだ。もしかすればこの化け物は敵や味方の区別なく攻撃するのかも知れない。──だが同時に、先程は半魚人の娘が奴等を呼び出しているようにも思えた。


 ──いや、何かしらの仕掛けで呼び出しただけで、上手く操れているとは限らないか……


 そもそも、そんなことを考えるのは後でいい。そう頭を切り替えると、彼女の目の前に魔法陣が浮かび上がる。

 ゆるりと伸ばした手を差し込めば、中でグッと握り込んで魔法陣からその腕を引き抜く。


 現れのは目を見張るほど美しい赤い剣……まるで揺らめく炎のようにその刀身は陽炎が揺らめいていた。


「……!?」


 と、同時に違和感を感じて、剣を見下ろす。彼女の力に応呼するように光が揺らめく剣は、その真価である炎を封じ込まれている。──いや、それだけじゃない。水中であることを考慮しても異様に身体が重く、恐らくは人魚達の術式によって、半魚人意外がこの区域の海中で本来の能力を発揮することが出来ないようになっているのだろう。


 ──これは、少しばかし厄介か……


 船は沈む一方で、幸い魔法の力によって呼吸は出来ているがどこまで水圧に耐えられるかも分からない。──そして何よりも、彼等は水中で生活出来る訳ではないのだ。


 致し方なしと反対の手を再び顕現した魔法陣に突っ込むと取り出したのは、水晶のような刀身を持った美しい剣。冷気を帯びた氷の剣へその莫大な力を流し込み、そうして彼女を中心として無数の氷柱が伸びる。

 それに応呼するように再び稲光が現れて、氷の柱が船を押さえつけると同時にして電撃がデカブツを射抜く。ガタガタと海の中でも感じられるほど強い揺れが襲い、遠くで二つの火柱が立ち上がるのが見えた。


 絶え間なく続く耳を劈くよう叫び声が海底に木霊して船がその浮力を取り戻す。間髪入れずに剣を滑らせると、巨大な氷槍が彼女の眼前に浮かぶ目玉を射抜く。さすればより一層大きな悲鳴が木霊して、それに応えるように強い光と共に別の方向からも悲鳴が聞こえてくる。


「ゴボッ……ゴボッ……」


 再び船が水面へと姿を現せば、サティナが肺に入った水を吐き出す。魔法による水中呼吸はあくまで血液中に酸素を取り込むだけで、息を止めていられ無くなれば肺には水がはいってくる。

 当然、血液中の酸素濃度は維持しているのだからいくらでも息を止めて水が入らないようにすることも出来るが、電撃などの衝撃ショックで水を飲んでいたのだ。


「はぁ……はぁ……」


 未だふらつく身体なら鞭打ち、帆柱を支えに立ち上がった。そんな彼女の近くでは、何故か電撃を放った元凶であるアイリアも肺に溜まった水を吐き出している。


「身構えて、すぐに次が来るわ」


 水の滴る口元を手の甲で拭い取り、それぞれ手に持った獲物を支えに立ち上がる。


「……来た……」


 間もなく一層大きな揺れが船を襲い、より太く長い触手が現れる。小刻みに震えるそれはまるで怒りを体現するようで、反応が早かったのはレドゥズビア。


 両の足を踏ん張り、魔剣を振り払う。炎の力を宿した凶刃がその真価を発揮すると同時に、炎の刀身が伸びる。

 触れる雨粒が瞬く間に蒸発して、夥しい量の蒸気がその姿を隠したかと思えば、霧の向こう……強い光と共に怪物の触手を焼き切った。


 そんな彼に続くように他の三人もまたそれぞれ手に持った剣を、槍を薙ぐ。炎の槍が、雷の剣が、氷の刃が敵を捉えその悉くを貫いた。

 しかしそれでも捌き切れない数の触手が再び船の上にのし掛かる。再び大きく揺れた船上でアイリアが顔を顰め、サティナの心中にもまた焦燥の陰が差す。


「──潜って、直接叩くしかない!!」


 船ごと沈められては派手な攻撃は出来ない。いくら結界があるとは言えどサティナやアイリア、レドゥズビアが全力で放った攻撃には耐えられない。──しかしそれは相手も同じ筈で、彼等が本気で迎撃できれば纏めて薙ぎ払えるだろう。


「なら、私が共に行こう」


 アイリアの叫びに頷いたのは赤い剣を携えた男だ。不死である彼女達であれば、万が一にもくたばることはない。

 リスクの高い水中戦をするのであれば、彼等以上の適任はこの船にいなかった。


「嬉しいわ、付き合ってくれるのね」


 二人の男女が差し合わせたように合図もなく暗い海へと飛び込む。しかしその闇を薙ぎ払うように眩い光が明滅したかと思えば、夥しい量の蒸気が立ち昇る。


「ぐぁ……!」


 彼等の真横、噴き出した火柱が船を大きく揺らしてた衝撃でルイドが驚きの声を上げる。しかしすぐにサティナが彼の腕を取ると、彼女もまた剣を握り直す。


「さぁ、私達のほうも──!」


 そう言う彼女の言葉に頷き、男が二の足で立ち上がる。ゆるりと構えた刃が強い光を放ち、炎の剣と槍が船上で噴き出す。


 何度となくのし掛かる触手を焼き払い、また海中で二人の不死者による死闘が続いている。船上に残った二人の顔に焦燥の陰が差し込み、次の瞬間悲鳴じみた声が彼女の耳に響く。


「おい! あれは……っ!!」


 振り返り叫ぶルイドの言葉に従って、彼が視線を向ける先へと目を向ける。まさか半魚人共が戻って来たのかと、そう身構えた彼女の目が捉えるのは想像を絶する最悪。


 遠く、いや視界が悪いせいで遠くに見えているが実際はそう遠くない……否、それもまた否だった。確かに多少の距離はあるだろうが、ソレの規模を考えれば近過ぎるぐらいだ。


「ああ、そんな……」


 視界の先、船が進む先……いや、船が流されていくその先に見えるのは無数の渦巻きだ。その一つ一つの規模もまた異様に巨大で、あんなのに巻き込まれればいくら結界を張った船でもひとたまりもない。

 ──それ以前に下で戦う彼等が危険だ。いくら不死とは言えど、あんなものに飲まれでもすればどうなるか……何よりも危惧することは、ここにいる者達が海上でバラバラになることだろう。


「何かに捕まっていてください!!」


 もう触手を追い払うことに何の意味もないと感じたサティナがルイドへそう吐き捨てると、彼女もまた海へと飛び込もうとして……その視界の端で、船上に飛び上がる影が映り込む。


 ──敵襲……!?


 素早く続く戦闘に身構えるも、すぐにそうではないことに気が付いた。現れたのは赤い髪の音で、天色の瞳がゆるりと警戒する少女へも向けられる。


「無事でしたか……」


 安堵のため息を溢す彼女の横に再び人影が降り立つ。白金の髪からとめどなく水を滴らせて、彼女は顔に張り付いた前髪を鬱陶しげに払い除けた。


「貴方達も気付いた見たいね」


 そう言う彼女の視線は先に見える巨大渦の存在で、舵に戻ったレドゥズビアがその顔を険しくした。


「やはり、動かない……」


 それも無理ないことだろう。何故か吹き荒れる風も、荒れ狂う海も船を渦の下へと引き摺り込んと向けられており、何よりも船の下に張り付いたデカブツがそれを邪魔している。


「だらかと言って大人しく飲み込まれるつもりですか?」


 堪らずそう声を張り上げるサティナの言葉に同調して、ルイドがその顔を険しくした。


「船を捨てたらどうだ?」

「我々だけで海に飛び込んだところでそう長くは持つまい。不死である私やアイリアでも生身で本土まで辿り着くのは難しいだろう」


 舵が動かないことを確認したレドゥズビアが階段を降りながらそう告げる。悔しいことにその言葉は事実で、何よりも目の前に広がる光景が無意味を悠然と示していた。


「飲まれるまでまだ時間があるわ。少し落ち着きましょう」


 一向に話しの出来る状況ではないとため息混じりに首をすると、アイリアが再び口を開く。


「この船は強力な結界で守られているわ。渦に飲まれても壊れることはない」


 徐に持ち上げた腕の先、細い指が先に蠢く渦を指差す。そんな彼等の視線を遮るように再び触手が落ち来て、四人の身体が大きくよろけた。


「自然の力は強大よ、真っ向からやり合っても勝てないわ。それなら逆に身を任せると言うのはどうかしら?」

「黙って海の藻屑になれと?」


 アイリアの言葉に異を唱えたルイドだ。このままアレの規模の渦に呑まれでもしたらいくら彼等とて碌な末路は辿れない。


「船は壊れない。私達もまたそうそう死ねない。──それに、アレを利用すればこの鬱陶しい軟体動物を引き剥がせるわ」

「それに流石の半魚人共もアレには近づけまい」


 アイリアの言葉に同調するようにレドゥズビアがそう言えば、残されたサティナとルイドが未だ納得いかないと言った様子で口を紡ぐ。──いや、この二人は不死だからこんな楽観的なことが言えるのでは無いかとさえ思えてしまう。


「とは言っても、仕方のないことですね」


 しかし次の瞬間、サティナはまるで悟り切ったのうに穏やかな口調でそう言い放つ。まるで自身の死も、今後の成り行きもまた仕方ないと言う言葉一つで片してしまえるほど呆気なく。


「は……?」


 あまりにあっさりとしたその切り替え方に、ルイドが絶句する。──いや、彼だけではなくアイリアもまた、何か不気味なモノでも見るような目をサティナへと向けていた。

 この選択を真っ先にに言い出した彼女が何故そんな視線を自身へと向けるのか、その真意が理解できずに眉を顰める少女から視線を逸らしてアイリアが渦までの距離を再確認する。


「どちらにせよ、もう腹を決めて貰わないといけないのだけど?」


 ゆるりと向けられた冷たい瞳に射竦められて、ルイドが悔しげに顔を顰めた。とは言え、これ以上の選択肢などなく……何よりも主人である彼女に抗うことなど出来ない。──故に、彼は黙って頷くと背筋を伸ばして立ち上がる。


「何かしらに身体を固定した方がいいわね。くれぐれも逸れないように……」


 最後に放った彼女の言葉に従い、各々でロープを持ち出すとそれを頑丈な柱や手すりに固定する。痛々しいほど肌に食い込むのも意に介さず、縄を縛っていく。


 ──どうかしてる……


 そう思うのも仕方ないことで、あまりに散々な現状に内心悪態を吐きながらも、それが意味のないことだと……何よりも自身が選んだ選択であることを理解している。


 それ以上何も言わずに四人は黙々と作業を進めた。万が一にもこの命綱が切れてしまえばそれまでで……何かあった時、すぐに対処出来るように剣を一つ手元に携える。


「……なかなか、無様な格好ね。聖女とのダメージが残っていなければ、こんなことにはならなかったのだけど……」


 偶然向かう形で身体を暫くことになったアイリアがサティナへとそう語りかける。そんな二人の間に触手が落ちて来て、跳ねた水が顔にかかったことで僅かに顔を顰めた。


「本当に、こうも立て続けでは参りますね」


 二人の間に倒れ込んでいる触手で相手も顔も見えないまま、サティナが呆れ気味にそうぼやけば触手の向こうから肩をすくめる気配が伝わってきた。──その直後、もう何度目になるかも分からない揺れが船を襲い、傾いた船が沈んでいく。


 間もなく渦に飲み込まれ、海の藻屑と化すことだろう。


「生きて会えるといいわね」


 自嘲気味そう言う声が聞こえて、見えてはいないと知りながらサティナは無言で頷いた。そんな彼女の反応を察しているのか、触手の向こうで苦く笑う気配がした。


「んぐ……!!」


 何の前触れも無かった。夥しい量の水がなだれ込んで来たと思えば、あっという間も無く彼等を飲み込む。

 冷たい水が重く全身を打ち付けけて、常人であれば縛られた身体が引きちぎられていることだろう。──しかし強靭な身体を持つ彼等にとってこれはまだマシで、辛いのは次に来たのはのし掛かるような水圧だった。


 全身が押し潰されそうな重圧の中で、暗く濁った水中に視界などなく……冷たく心細い暗闇の中で一人きり。近くにいる筈のアイリアの気配もこの中では分かる筈もなく、自分の心臓ほ鼓動さえも聞こえないまま大量の水が肺へと流れ込んで来た。

 魔法によって水中からも血液中に必要な酸素濃度は維持できているが、それ以上に溺れていると言う苦しさ脳裏から離れない。


 ──間もなく視界が薄れて、意識が暗転した。連戦に続く連戦と終いにはこの仕打ち、いくら規格外の能力を持つ彼女とて無理のないことだろう。

 間もなく穏やかになった心の中で、体に絡みつくような酷く冷たい海流が自身を優しく包み込んでいるようにも感じて……そんな筈が無いと鈍くなった頭の片隅で感じていながらも、冷たい揺籠に揺られてその意識は暗転した。

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