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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第四章 呪いの領海に流れるは死神の唄
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第三話 失われた姿を夢に見て

 間もなく目当ての船が近づき、剣帯を身に付けたサティナが看板に歩み乗る。自身の隣になつ少女を横目で見やり、そうして再び遠くへと視線を向けた。


「あの旗……」

「やっぱり貴女も気になるかしら?」


 その船が掲げるのは髑髏の旗。海の規律に疎い彼女達とて、それが示す意味を分からない筈もない。


「それにしても、何故これ見よがしに……」


 いくらそうだとしても、何故これ見よがしに象徴を掲げているのか。それが果たして彼等に何の徳があるのか、あいるは誇りにも近い何かなのか……


「しかし、そんなことよりも……」

「ええ。船の損傷が酷いわね」


 ついているのが不思議なほどボロボロな状態で漂う船。サティナが訝しげに目を細めて、その横でアイリアが嘆息を吐く。


「はぁ、どちらにしろ。あれは調べてみた方がいいわね。丁度私達が向かうべき先から来ている様子だし……」


 この先で何かあるのか、その爪痕を調べると言うアイリアの言葉に同調するように頷く。軽く目配りをして、サティナは一度看板から降りて行った。


「さて、どうだものかしらね」


 小さくぼやけば、少し離れた場所に立つ男へとその視線を映す。先程からピクリとも動かず、ただ無言のまま海を眺めているだけの男。


「……私も同じ考えだ。丁度あの船を超えた辺りから未知だから、出来うる限りの情報は欲しい」


 片方の瞼が持ち上げれば、ゆるりとその瞳にアイリアを映す。相も変わらず無機質な瞳を目にしてアイリアが苦々しい表情を浮かべる。


「だが、同時に嫌な予感がする」

「今更戻るなどと言う選択肢はないわ」

「尤も、私がそんな生半可な覚悟だと思うか?」


 ジロリとその瞳に鋭い光が宿り、そしてアイリアもまた呆れたように首を振る。カチカチと爪で腰に下げた剣の柄頭を叩き、ゆるりと赤銀色の瞳が男を見据えた。


「くだらない」


 吐き捨てるように言い放った彼女の言葉を耳にすれば、彼もまた瞼を下ろすと口を閉ざした。


 間もなく難破船が大きく見えてくると、サティナがロープを片手にアイリアの横に立つ。


「中を確認するのは私と彼女でいいのですね」


 彼女の言葉に二人の男女が頷いたことを確認すると鉤縄を船へと放った。そうして反対側を自身が乗る船へと固定する。

 しかしこれは二つの船を行き来するものではなく、あくまで両者の船が離れなうようにするものだ。


 念には念を入れてサティナがさらに複数本鉤縄を放ると、アイリアへ目配りをする。それを受けた彼女は返事代わりに剣を抜き放つと、何の合図もなく二人は示し合わせたように反対の船と跳ぶ。


 降り立ってばすぐに二人は背中合わせに剣を構えて、しかしいくら待てど何も起こる気配はない。


「…………」


 互いに目配りをして頷き合うとアイリアの跡を追うようにしてサティナは背後を警戒する。そんな彼女の前に現れたのは、乾いた肉のこびり付いた人骨。


 ──死後かなりの時間が経っている……


 素早く周囲へ視線を走らせ、未だ何もないことを確認するとアイリアが屈み込みそれに手を触れて……しかし、すぐに立ち上がると無言で首を振る。


 大した時間もかからず船上の散策が終われば、今度は船内へと移るのは当然のことで……サティナが先導切って中へと足を踏み入れた。


 ──相変わらず人の気配はないか……


 素早く視線を走らせて、しかし何も見えないし何も感じない。最悪の緊急処置として船ごと吹き飛ばして脱出する手筈であるためか、彼女の後ろから付いてくるアイリアの剣が怪しい光を放つ。


 ──争った形跡がない……?


 いくつもの扉を開け放ち、その度に不発に終わる。乗組員の屍は至る所に転がっていると言うのに、船内で争った形跡はないままで……それがまた少女達の心に違和感を持たせる。


「…………?」


 そうして再び扉に手をかけた時、ふと違和感に気がついた。そう、扉の隙間から光が漏れているのだ。

 明かりのない室内はほぼ真っ暗と言って差し違えない闇に覆われており、時折り壁に空いた穴から入り込む光だけが唯一の光源だった。


 しかし、彼女が手にかけた扉の向こからは明らかに強い光が漏れ出ている。


「…………」


 振り返ると器用に片方の眉を吊り上げてアイリアとの意思疎通を図る。彼女もまたサティナの意図を悟ったのか、その瞳が一瞬だけ光の漏れ出る隙間へと向けられた。


「タイミングは?」

「いつでも」


 音もなくドアノブが回れば二人の人影が部屋へと滑り込む。素早く剣を構えて互いに背中合わせになれば、すぐに目に入ったのは壁に空いた大穴だ。


 ──ただの風穴だけ……?


 緊張を解き剣を下ろせば、アイリアもそれに気が付いたのか一つ息を吐き出せば外が見える風穴へ目を向けた。


「不気味ね。内側から開けられた様子だけど……」

「こんな大きく開ける必要があったでしょうか? 避難するにしてもひと一人が通れれば充分な筈……」


 そもそもとして彼等が避難した行動があった痕跡は見つからない。

 アイリアもまた分からない、と言った様子で首を振り、素早く周囲へと視線を向けると再び向き直る。


「収穫無し、ですか」


 もう殆どの部屋を見て回ったが、ここまで手がかりとなり得る痕跡は何もなく、食料やら水やらも腐っている。


「どうやらそう見たいね。ただ気になることと言えば船の大きさに対して乗組員が少ないのとと、死体の殆どが船内ではなく上にあることぐらいね」


 何かを思案するように首を捻って、しかしこのままでは埒が開かないとすぐに思考を切り替えたのだろう。無言のまま部屋を後にする彼女に連れて、サティナもまた上へ戻ることにした。













 難破船に付けた鉤縄を外し終えると二人の少女はたった一度の跳躍で元の船に戻る。


「収穫は無しか」


 戻ってきた少女達が手ぶらであること目にしてすぐに察したのだろう。もう一度だけ隣に浮かぶ船を目にして、すぐに視線を外すと二人へ向き直る。


「船員の死因も不明、食料とラム酒は腐っていてとても口には出来そうにありませんでした」

「なるほど、となるとやはり……」


 何か心当たりがあるのかそう呟き、しかし次の瞬間には首を横に振って言葉を飲み込んだ。


「それよりも、あと一日もしないうちに危険な海域に入る。今のうちに休んでおいた方がいい」


 その言葉を受けて二人の少女は頷けとアイリアは船内へと消えていき、サティナもまた近くの階段に腰を下ろした。


「少し聞きたいことがあります」

「何だ?」


「先程言い淀んだことです。何か思い当たることが?」

「この先、危険海域についてだな」


 サティナの問いかけに存外あっさりと彼は口を開いた。今まで出会ってきた者達が皆秘匿趣味だったことを思い出し、こうも呆気らからんと答えてくれる男の言動に目を見開いた。


端的シンプルに言えば、人魚だ」

「人魚?」


「ああ、人魚。海に出た水夫を魅了するとも言われている」

「彼等が何か?」


 重ねて問う彼女の言葉に機嫌を損ねた様子もなく、彼はすぐに答えてくれた。


「乗組員の死体が少ないのは、恐らく魅入られた奴等が海に身投げたしたからだろう」

「水夫を襲って何か得が?」


「それは知らない。まさか人食をしているとは思いたくないがな」

「…………」


 冗談にもならないことを口にしてレドゥズビアが肩を竦める。


「当然、人魚の他にも危険な存在はいる。代表的なのはクラーケンか……もし襲われれば、いくら我々でもひとたまりもない」

「運良く生き残れても船が沈められてはかないませんね」


 男の言葉にサティナも同調すると苦々しい笑みを浮かべた。そんな少女を見下ろして、彼もまた困ったように眉を下げる。


「取り敢えず休めるうちに休んでおくといい。私はまた舵取りに戻る」

「ええ、よろしくお願いします」












 男が去ったことを確認するとサティナは自身の膝を抱え込み、そのあいだに顔を埋める。暫く船に揺られていればゆっくりと意識は虚い、気が付けば夢を目ていた。


 何故、夢を見ていると言う自覚があるのか分からない。しかし確かにここは夢の中で、船に揺られていた筈の彼女はだだっ広い草原に立っていた。


 無駄に広い世界に独りぼっち。肌に触れる風がどことなく冷たく、酷く孤独な気持ちが押し寄せる。


「はっ、ぁ……!!」


 一瞬、瞬きをした瞬間……それだけで、世界が変わった。だだっ広い草原だった筈の景色はいつの間にか消え失せていて、代わりに浮かび上がるのは血の海だ。


 どこまでも彼方まで続く水平線にまで続く赤い水面の上に彼女は立っていて、そうしてそんなサティナの前に現れたのは一人の少女。

 赤く長い髪を靡かせて、鮮血のような瞳に深い憂いを帯びていている。どこまでも、誰かを想うその瞳に酷い悲しみを湛えていた。


「……貴女は?」

「……ルミーリア……」


 何気なく口にした言葉はあまりにありきたりで、しかしその答えは彼女の想像を超えていた。


「ルミーリア……アイリアの、姉の……?」

「ええ、そうよ。あのが姉と言って慕ってくれるのが私」


 そう言って笑う彼女の、その顔はあまりに痛々しく……どこまでも、過酷な運命を宿命付けられた妹の行く末を憂いている。


「貴女が『滅びの王』の?」

「彼を、恨んでいないのですか?」


「仕方、ないことよ……。私は大罪を犯した……ただ、その審判が下っただけのこと」

「ですが、彼女は納得していませんよ」


 何故そんなことを言ったのか、サティナ自身も理解できなかった。ルミーリアが諦観していたからと言って、何故妹である筈のアイリアも同じ気持ちだと思ったのか。


「ええ、分かっているわ。でも、あの娘も理解しているの……ただ、納得するのにはもう少し時間がかかるだけ」

「貴女は、本当に彼女の姉なのですか?」


 彼女の言葉に違和感を覚えて、改めてそう問い掛ければその少女は困ったように眉を下げる。


「ええ、そうよ。でも、証明することは出来ないわ」

「例えば貴女がルミーリアだとして、何故私と話せているのです?」


「私が『悪夢』だからよ。あとは、偶然にも近いわね」

「悪夢?」


 疑問符を浮かべ首を傾げるサティナを見やり、彼女は深く頷いた。


「不死は呪われているのよ。人間のみが不死となり、そして不死になった人間は三代欲求を失うわ」


 彼女の言葉を受けたサティナが訝しげに眉を顰めた。


「口にしたモノは全て灰の味しかない、口にした水もまた血の味しかしない。なのに酷い空腹と渇きが四六時中彼等を襲い、何を口にしても決して満たされることはないの」


 そう言う彼女の視線が一瞬、足元で波打つ赤い海を見た気がした。


「誰を抱いても心は癒されないし、誰に抱かれても心は冷たいまま……生殖機能は停止していて、子供も作れない。──誰かを愛した証すらも残せないのよ」


 そう言う彼女の顔はどこまでもやるせなげで、ただただ悔しげにその端正な顔を歪めていた。

 それでも語らうことは辞めず……いや、彼女はその行為に意味があると信じているようだった。


「彼等は睡眠を取れない、瞼を閉じればいつもその裏側に悪夢が映り込むわ。そして、それは決して悪夢では終わらない……私みたいに、自我を持つ。厳密には、私は彼女に与えた血の記憶よ」


 本来であれば真祖である彼女の力を全て継承した時点で、アイリアはその身体を乗っ取られ、その人格を上書きされていた。

 しかし姉が死ぬ直前、不死として覚醒していた彼女はその血を受け入れ……不完全な血族となったと言う。


 不死者の身体はどれだけの時間を掛けようとも元の状態に戻ろうとする。彼等が身体を損傷しても魔法無しに元に戻るのはそう言う理由があり、そしてどれだけ長い年月をかけようとも必ず蘇る。

 故に例え血族となろうとも、元の何でもない人間の状態に戻る筈だった。──だが、彼女が取り込んだのは真祖であり……そして、その血は少女を血族の原点へ還さんと日々蝕んでいる。


「私の血は肉体を介している間は滅びず、あの娘は不死故に失われることもない。──結果、私の血と彼女の不死である部分が均衡して共存しているの。証拠にアイリアの瞳は鮮血色ではなく、赤銀色でしょう?」


 人間の頃の銀色の瞳、そして血族特有の鮮血色の瞳。それが混ざり合ったようなあの独特な色合いは、つまりそう言うことなのだろう。


「そして不死者は悪夢を持つわ。何を、誰を悪夢に見るのかは個人差があるけど……ただ一つだけ共通するこもは、彼等が不死になった理由が悪夢として焼き付くのよ」


 だから、彼女はこうして自我と意識を持って存在していた。アイリアを取り込めずにいる彼女は、しかし皮肉なことにその不死が持つ悪夢の呪いにして一個人としての人格が形成されているのだ。


「私には何の力も無いわ。私を認識できるのも悪夢の主である彼女だけ……だから、どうして貴女と接触出来ているのかも分からないの」


 もしかすれば彼女は未だ死に切れていないのだろう。彼女自身言った通り、その血は義妹であるアイリアの中で生き続けており……そして、彼女を蝕んでいる間は外界へ出られないだけなのかも知れない。


 ただ今回、偶然にも外へ干渉することが出来ただけで──


「だからお願い、どうか不死者を蔑むことはしないで……それは死ぬことすらも奪われた彼等を、何よりも今を生きる自分自身を否定することになるから」

「ええ、約束します」


 最後にそれだけ言い残すと、彼女は儚げに笑った。どこか憑き物が落ちような顔で、しかしそれはまた何か覚悟の滲むような色を目に宿している。


「……ありがとう……」


 間もなく夢は覚めて、何も無い空間だけが残った。こうなれば、サティナ自身の意識が覚醒するのも近いだろう。

 ゆるりと何も無い空間を振り返ると、その先の映る見えない何かを見ようと目を細めた。

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