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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第三章 磔が嗤う常闇の饗宴
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第二十三話 きっといつか夜明け前

 伸ばした腕が人を真似た肉塊を掴み上げ、天へと掲げるようにその腹へと剣を突き上げた。夥しい量の血肉が飛び散り、無造作に剣を振り抜ければ半壊したソレを投げ捨てる。


 そんな彼女の視界、その片隅に映るのは舞うような動きで敵を薙ぎ倒し突き進む赤い少女の姿。

 白金の髪を靡かせて、赤銀色の瞳が残光を引く。左右に持つ大小異なる二本の刀が鮮やかな軌跡を描いて、その線上に触れる全てを等しく切り伏せた。


 舞い散る鮮血を浴びてなお、彼女の姿が色褪せることはなく……否、返り血を浴びるほどに彼女が輝いて見えた。


 流れるような動きで彼女の獲物が狙うのはイカれた聖女の首で、しかし直後甲高い音を立てて彼女の刃は止められていた。


「チッ……」


 顔を顰めて舌打ちして、そんな彼女の視界が捉えるのは黒ずんだ杭だ。身の丈もあるその杭を聖女は片手で軽々と回して、乾いた血がこびりついた生々しい先端をアイリアへと向ける。


「サぁ、切り札ノめクり合イといきマしョウ」


 どこからともなく無数の杭が彼女達の頭上に現れて、それが二人の少女を串刺しにせんと降り注ぐ。


「安直ですね」


 しかし杭が彼女達を貫くことはなく、一瞬にて眼前に迫る二人がその剣を振り翳す。


「「──っ!?」」


 直後、二人は驚愕に目を見開いて反射的に飛び退く。そんな彼女達がいた場所には焼けた車輪がめり込んでいて、素早く身を低くした二人の頭上をこれまた同じように焼けた鎖が空を切る。


 伏せたサティナが振り向きざまに光剣を振り抜けば、鈍い感触と共に肉を断つ感触が腕を伝う。

 胴を両断されてその肉人形が潜れ落ちるよりも早く、両断された上半身を掴み上げ、聖女へ向けて投げつけた。


 ──しかし所詮はただ肉を繋ぎ合わせただけの木偶の棒。サティナの膂力に耐えきれなかったそれは肉片となって砕け散り、その塊の一部が辛うじて狂人へ向かう。


 ジジジッと焼けるような音と共に肉片が瞬く間に炭化して、その隙間を鮮やかな鮮血が縫う。

 肉片を抜かして、聖女を通り過ぎて……鮮血が人を形作る。刹那の間もなく背後へと移動したアイリアがその鉛刃を振り抜けば、寸分狂わず彼女の首へと吸い込まれた。


「何度、繰り返ソウとも同ジことですヨ」


 首を落とされて、それを気にした様子もなく自らの胸に杭を突き刺す。薄い胸を容易く貫いた杭は背後に立つアイリアの鳩尾を貫き、思わぬ反撃を受けた少女が目を見開いた。


「クっふふ……」


 落ちた首が不気味に笑い、ギュルッと動いた瞳が止めどなく血を吐くアイリアを見上げる。


「チッ……」


 赤い霧と化して距離を取り、しかし未だ傷が塞がること無くとめどなく血が溢れ出す。そんな彼女を横目に首無しの胴が落ちた首を拾い上げ、何事もなかったかのように首を付け直した。


「ドうデすか? 呪詛に蝕マれるのハ、苦シいでしョう?」


 自身の胸に突き刺さったままの杭をそのまま、彼女は両の手を広げてアイリアへと向き直る。尤もその杭に塗られた呪詛は自分自身をも蝕んでいる筈なのに、本人はまるで気にした様子がない。


「そう、ね。でも──」


 胸を押さえていた手を離して、ゆるりと二刃を構える。


「今更、呪詛の一つ」


 流れ出る血から火の粉が舞えば、赤い煙と共に瞬く間に呪詛もろとも傷口が失われた。その様子を見た聖女がここに来て初めて驚愕の表情を見せる。


「こレはマた、驚キましタね……」


 直後、身を伏せたアイリアの頭上で何かが空を切る音が響き、素早く振り向きざまにその背後へ腕を振り抜いた。


 左剣の柄頭から鈍い感触が伝わり、同時に視界に映るのは頭部が大きく陥没した屍。埒外の膂力を持って柄頭を叩きつけた損傷ダメージは見るからに大きく、しかしその傀儡は脇から生えた第三の腕にして空いた彼女の脇を狙う。──だが、それもまた血のドレスに阻まれて、動きが止まった肉塊の胴に白く長い脚が刺さる。


「少シ時間をかケ過ぎマしたネ」


 まるで死者の如くゾッとするほど冷たい声が背後から響く。──素早く刀を持ち変えて、しかし間に合わない。


「それはまた、奇遇ですね」


 世界から音が失われる。

 視界を覆うのは純白の光。


 破壊の奔流が過ぎ去った後には何も残らず、ただ周囲に漂う光の粒子が生々しい破壊跡を幻想的に映し出している。


「私も全く同じ感想ですよ」


 そう言うのは刺突を放った姿勢で佇む白い少女の姿。聖女がアイリアとの攻防中、彼女はずっと力を練っていたのだろう。──時にすればただの数瞬の隙間しかなかったが、彼女にとってはそれで十分だった。


 遠く、光の奔流を受けて高い防壁がガラガラと崩れていく。


「それにしても……」


 光の粒子が舞い散る中、数多の人影が見える。その中央、身体の至る所を欠損した冒涜者が姿を現した。


「不死とはまた厄介ですね」


 幾度叩き潰そうとも何度でも立ち上がり向かってくる。その狂気的所業にさしものサティナも苦い表情を隠し切れない。


「不死者でもあの耐久力は異常よ。もうとっくに機能不全になってもおかしくない筈」

「…………もしかして、彼女もまた鬼と呼ばれる分類ですか?」


「鬼?」

「不死の中でも上位に位置する者をそう呼ぶそうです。何も『神』の対立者と比喩され、その対義語である『鬼』と呼ばれているようです」


「ただ対義語を文字っただけ……安直、ではあるけど……」

「ええ、私も初めはそう思いましたよ。でも……不思議と腑に落ちるところが多いです」


 彼女の言葉にアイリアも無言のまま頷く。どこまでも冒涜的な力を振り翳すその姿はまさに悪魔、あるいは鬼の所業で……『神』の対義語を冠することはまた必然とも言える。


「それにしても不思議ね。その代表格が神の名を冠しているのでしょう?」

「…………」


 皮肉の籠る声にサティナが黙り込む。彼女の師であるあの男がまさにその例で、不思議とそれ以外の者達もまた負の印象イメージを持つ異名は無い。──それどころか、彼等は皆どこかその別称に強い意味を持っている。


「今のハ、中々効きマしたヨ」


 漸く二の足で立てるようになった冒涜者がゆるりと振り向く。並んで立つ少女二人をまるで愉快そうに見やり、そして思案するように首を傾げた。


「ドうデスか? こノままヤり合ッてモ不毛なダけでス。ココは一ツ提案を──」


 そう言う聖女の言葉を二人の少女は剣の位置を変えることで無言の拒絶を示す。そんな彼女達の反応を見て、冒涜者の顔に浮かぶのは提案を跳ね除けられた悲しみではなく……絶望を振り撒ける悦びだ。


「そウ! ソうデナくテは──!」


 嬉々として嗤う冒涜者がその表情を凍らせた。ここに来て初めて見せるのは驚愕に目を見開き、そして何かに釘付けになったように瞬きすらも忘れて魅入る。


「貴女の御託は聞き飽きました」


 そう言う彼女の背中に見えるのは一対二枚の巨翼。まるで花吹雪の如く純白の羽毛が飛び交い、光剣を握る手とは逆に神鎌を顕現する。


「もう、いい加減終わりにしましょう。私達の為にも、彼等の為にも……何よりも貴女自身の為に──」


 彼女の言葉を耳にして聖女が漸く感情らしき表情を見せる。何よりも彼女が最後に放った言葉に、強く反応して……


「貴女に……貴様ニ、一体何が解──ッ!」


 直後、言葉を詰まらせた彼女の瞳に映る煌々たる姿が再び……横一閃に薙ぎ払った刃が冒涜者とその傀儡を両断する。傾く視界の中で純白の少女は更に縦一閃……数百にものぼる屍と冒涜者の肉体を縦に切り裂いた。


「因果回帰」


 傀儡も、聖女も、その身体が瞬く間に朽ちていく。時間の因果からも切り離され、独立して加速する時間の中で再び白い少女が鎌を振るのを見た。

 直後に感じるのは無限にも思える思考の流れで……今や時間が流れているのかも分からない。ただ走馬灯のように流れる光景が現実のものなのか、はたまた別のな何かなのか──


「相克原理」


 無機質な声が木霊して、その声に応えるように彼女の翼が、その大鎌がより強く光を放つ。今や宙に浮き、重力の因果からも切りなされた無数の肉塊がひしゃげ潰れてその原型を失う。


「処女の胎内には音も光も届かず、ただ無限あるのみ……」


 少女の言葉が重なると同時に闇が降り、光が失われた空間が無限に呑まれる。ありとあらゆる外界から、概念から切り離された区間へアイリアが手を伸ばした。


鉄の処女(アイアン・メイデン)


 流れるような水銀が拷問器具アイアン・メイデンを形創り、それが闇を飲み込んだ。重々しい音を響かせて鉄扉が閉じれば、アイリアの瞳がその輝きを増す。

 鉛色の拷問器具アイアン・メイデンには亀裂が走り、裂けた傷口からは赤い血を垂れ流す。まるで破瓜を真似たようなその姿はあまりに異形で生々しく、不気味にも映る装飾オブジェにサティナが目を細める。


「生前還元」


 溢れ出した生血いきぢ鉄の処女(アイアン・メイデン)を飲み込み、彼女の権能が働く。空間を支配する権能がその存在を時空の狭間へも引き摺り込まんと波打った。

 存在そのものが消えてなくなるように、まるで生まれるよりも前に戻すように……その存在そのものを、誕生そのものを否定するかのように。


「処女が仔を孕むことはない」


 それは対象の誕生を否定する権能。

 それはあまりに冒涜的ではないか。


「故に貴女あなたの誕生もあり得ない」


 それでも流石は不死者とも言うべきだろう。ガタガタと震える拷問器具アイアン・メイデンの鉄扉がギチギチと開きかけて、ソレは強引にでも腹を裂いて生まれ落ちんと抵抗している。


「何も恐れることなんてないわ。ただ、生まれる前に戻るだけよ」


 諭すような言葉と共に血がその隙間へと入り込む。今や中の見えない闇の中から苦しげな低い唸り声が響いて……それがまた不気味な産声にも聞こえてしまう。


 再び閉じ始めた鉄扉の前、一人の少女が歩み寄る。そんな彼女の左手には神々しく輝く神鎌を携えて、ゆっくりと緩慢な動きでそれを振り翳した。──不死の呪われた因果すらも断ち切らんと莫大な力が渦巻き、夜の空を白く染め上げる。


「知っていますよ。呪われた業からは逃れられない……」


 どこまでも達観したような声で彼女が語る。その背中で咲き誇る翼の影響か、未来眼の力が増した彼女には何が見えているのか──否、見えているのは果たして未来だけなのか。

 まるで全てを見透かしたような声に返ってくるのは、尚も認められないとでも言うような唸り声。──この世の全てを屍肉に埋め尽くさんとする強い怨嗟の念だ。


「私に出来ることは、悠久にも続く呪詛に終止符を打つことだけ……」

「貴様ニ何ノ権利ガアッテ──」


 白化した細い骨が鉄扉にかかる。アイリアの血に蝕まれて、なおもそれは顔を覗かせた。

 皮も血肉も失われて、今や脆い骨だけの姿で……眼球の失われた空洞がサティナを忌々しく見やり、喉もないまま怨念を吐き出す。


「何の権利もありませんよ。私にも、貴女にも──」


 どこまでも達観した透き通るような声。絶句する聖女の前に、サティナは悠然と歩みを進める。


「ただ、貴女の可能性を断ち切り……その、未来を奪う」

「マタカッ──!? マタ、私カラ奪オウト言ウノカッ──!?」


 世界が震えるような絶叫と共に骨体を乗り出し、サティナへ向けてその骨指を伸ばす。しかしそれは彼女へ届くことはなく、ボロボロと崩れ始めた腕が虚空に止まる。


 母胎の腹を裂き、不完全なまま生まれたてとて生きていける筈もなく……それでもその憎しみが、その恨みつらみが少しでも伝わるように。──そして何よりも、己が確かに存在していた証を世に刻み付けんと禍々しい慟哭が木霊した。


 少しでもその痛み怨みが伝わるようにと、無機質な髑髏されこうべに表情が分かるだけの血肉を張り付けて、爛れた顔で眼球もないソレが身の毛もよだつような表情を見せる。


「『慰みの聖女』エシリア・ドゥルエバン」


 直後、瞳のない目が見開かれた。ただ表情を作るためだけに貼り付けた薄い肉と皮が驚愕に染まっていて、喉ないまま声も出せずに口が開閉を繰り返す。


 ──何故それを目の前の少女が知っているのか……

 ──彼女自身、とうの昔に忘れ去った筈の名を……


「マサカ……マサカ……ッ! ソウカ、貴様ッ! 貴様ハッ──!」


 何かを訴えようと叫んで、しかしそれを出し切れる力もなく軽い骨体が処女の胎内へと引き摺り込まれる。

 ギチギチと締まり出した鉄扉の向こうを覗き、無限だけが広がる暗い深淵へ向けて……その白い少女が発したのは場違いなほど優しい声で──


「さようなら、憐れなる小さな娘。貴女もまた、この腐った世界に囚われた犠牲者だったはず……」


 葬送の鎌が振り下ろされて、それは虚空を切り裂く。──直後、鉄扉の奥に感じていた気配が消え、重々しい音を立ててソレは閉じられた。

 鉛色の拷問器具アイアン・メイデンがゆっくりとその足元に広がった血沼に沈んでいき、冒涜的存在は次元の深淵へと呑み込まれた。


「…………これで、終わりでしょうか?」


 既に背中の翼を消えていて、そんな彼女からはあの独特な雰囲気も消え失せている。その変わり様にアイリアが一瞬何かを言いたげに口を開いて、しかし何も口にすることはなく静かに頷いた。


「……ええ、今回はね」


 いくら待てど聖女が蘇る気配はない。そんな彼女の疑問に返ってきたのは、思いの外非情な現実だった。


「またどこかで蘇っていると?」

「ええ、おそらくは……でも、私達の権能は消えぬ傷を残しているわ。もし蘇っても、二度と満足に動くことも出来ないでしょうね。それこそ生まれたての赤子みたいに……言葉も忘れて、混濁する記憶に溺れて、己が何者かも分からないまま不死と言う永遠の命に蝕まれる」


 この上ない罰ではないか。そう言う彼女の言葉にサティナは何故か頷けずにいた。


「私達は不死であって不老じゃない。有り余る力故に若さを保っているけど、もう彼女は無理でしょうね。年老いて朽ちていき、それでもなお死なぬ呪いに蝕まれて……永遠の苦しみの中、刹那刹那の生き地獄だけが待っている」


 冒涜的所業を繰り返して、数多の人々を手にかけてきた。言葉巧みに人の心を操り、無惨に死した者達を支配して、不死であることが呪いの受け皿とも知らずに……繰り返し呪詛を刻んで来た。


 積み重ねた業に溺れ、そして呪いを刻まれた。──何とも皮肉な最期では無いか。


 夜も更けた街で、サティナは空を見上げる。

 雲一つない空はただ闇だけが覆っていて、その中に浮かぶ月だけが唯一の──


「…………」


 物憂いげな表情で夜空を見上げる。まるで、どこまでも届かぬ高みへ手を伸ばす様に……その瞳にあるのは憧れか、あるいは恐れか。

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