表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第三章 磔が嗤う常闇の饗宴
59/161

第二十二話 嘲り嗤え

 炎に彩られて濃い紫色にも見えるのは蒼暗色の瞳、時々周囲で迸るのは同色の稲妻だ。


「……久しいな、人間の王……」


 地鳴りのような重々しい声が木霊して、相対するのは二人の少女。そのうちの一人がゆるりと斧槍グレイブの切っ先を向けて、不敵な笑みを浮かべる。


「やぁ、『撃墜王』。僕のことを覚えているかな?」


 そう言えば宝石のような瞳が動き、瞬きを一つ。まるで貝が当たるような音を立てて瞼が閉じる。


「元祖魔女よ、まさか邪魔立てするか?」


 怒気も敵意もなく、ただあるのは平坦な声で……それがまた彼女を取るに足らない存在と認識している証拠だ。


「それこそまさかだよ。彼女をどうこうしようとも僕には関係ないことさ」

「ほう? ならば何故、われやいばを向ける?」


 ガチガチと鋭い牙を鳴らして、龍が低く唸る。軽く息を吐き出すだけの動作一つで大気が震えた。


「何も難しいことじゃない。ただその前に話しをしないか、と思ってね」


 彼女がそう言い放てば、龍は鼻の上に皺を寄せて歯を打ち鳴らし、顔を近づければその大きな瞳で黒髪の少女を見据える。


「愚かなる人の子よ、吾々(われわれ)龍族は言葉遊びなど好まぬ。所詮言葉など貴様等人、同じ知的生命体として意思疎通を行う手段でしかない」


 魔女の挑発を受けて、しかしその龍はどこまでも穏やかな口調で彼女を嗜めた。


「異種間で血を流すことなく落とし所を見つける。そのために吾は言葉を覚えた」


 どこまでも達観したような声で、それとは裏腹その瞳に滾るのは交戦的な色。理性的なことを述べてはいるが……他でもない彼は、血が見たいのだ。


「既に吾は譲歩し、貴様等人の言葉を持ってこうして意思疎通している。それが通じぬと言うのなら、今度は貴様等がわれ等のやり方に従うのが道理ではないか?」


 最後の言葉と共にズッシリと全身にのし掛かるような圧力が放たれる。口の端から暗い炎が漏れ出して、瞳孔の細くなった瞳が血を求めて輝いていた。


 スッと伸びた鋭利な爪がルルの細い首を捉え、今すぐにも頭と体を泣き別れに出来ると示す。

 だが、それでも彼女は焦った様子も見せず、ただ油断なく大きな瞳を見上げていて……


「──と、くだらぬ建前を述べて見たが……」


 疲れたような声が響き、彼女の首へと伸びた鉤爪がその長い髪のいくつか引っ掛けながら戻っていった。


われは後味の悪い争いは好まぬ」


 そう言いながら器用に彼女の手から獲物を取り上げると、そのまま床に置く。


「意外、だね。僕の記憶が正しければ、君は戦いを好む筈だっと思うけどね。」

「いかにも……吾は何よりも争いを愛し、そして血を好み、より強大な敵を求めている」


 器用に口角を吊り上げて笑みらしい表情を作り出す。上向きに持ち上げた鉤爪が、彼女の眼前に迫る。


「だが、な……言った通り吾も誰彼構わず攻撃する訳でない」


 ゆるりと動いたその瞳が下を見下ろして、そちらへ視線を向ければ下界では炎と光の演舞が見えた。


「殴られる理由、領地を侵される理由、痛みを受ける理由……殺意、敵意を向けられる理由は、理不尽であるほどに良い」

「それは、どういう意味だい?」


 昔、彼女がどこかで聞いた言葉。それを目の前の龍が口にしたことに驚愕を顕にして、思わず問い返す。さすれば奴はくつくつと喉を鳴らして笑った。


「負い目のある闘争では心の底から愉しむことも出来ず、例え勝利したとしても気持ちは晴れぬどこか曇るばかりだ。だが、理不尽な憎恨を向けてくるのならそんな心配は必要ない」


 一つ一つ鉤爪を順に閉じていき、その瞳が細められる。


「殴り返す時、潰し返す時、殺し返す時……こちらに負い目はない。純粋な心で徹底して虫を叩き潰せる」


 パカッと開いた手の奥でその瞳に妖しい光が宿った。


「何も難しいことはない、順番の問題なのだ。ただやられたのなら、やり返すのみ。先に理不尽を仕掛けて来たのなら、何を憂うことなく徹底して身も心も破壊出来る……それは存外心地よいとは思わぬか?」


 低い笑い声が暗い空に木霊して、それがまた雷鳴を思わせる。そして何よりも、彼が口にした言葉こそが、


「至極真っ当なことを言っているようで、全くそう言う訳では無いみたいだね」

「何を言うかと思えば……所詮は貴様等の見解など知ったこと。吾の言葉を貴様如き矮小な物差しで押し測れる筈が無かろう」


「自らは一向に姿を現さず、しかし何処からともなく噂だけが一人歩きしていた。それを聞きつけた愚かな者達が挑み、その悉くを叩き潰し続けた末に噂は『撃墜王』と呼ばれるようになった」


 魔女の後ろ、幼い少女が言葉を紡ぐ。


「其方は自ら、噂を振り撒き……それに感化された者達を……仲間を、身内を殺され貴様を怨んだ者達もまた弄んで殺した。ただその下らない自尊心のために、か!?」


 怒鳴るようにして彼女は叫んで、振り抜いた腕が悟空を振り抜く。そんな彼女の姿を見て、しかしの龍はくつくつと喉を鳴らして悍ましい笑みを見せた。


「自惚れるな。言った筈だ、貴様等の矮小な物差しで吾を測るなど烏滸がましいとな」


 欲に眩んで無惨な死を遂げた者達を、恨みを晴らせず無念に死んでいった者達を、まるで嘲笑うように彼が牙を剥く。


「貴様等もよく知ることよ。故に、ここに『龍王』の言葉を告ごう」


 両の翼をまるで腕のように広げて、その龍は声高らかに唱えた。その言葉に含まれた名前に、二人の少女が目を見開き、


「今一度刮目するがいい。時代は移ろい、今や渾沌こそが世界を支配している。人の心は腐り、私利私欲の強欲と傲慢に駆られて貴様らは限度を超えた」


 ガチガチと牙を打ち鳴らして、龍が言葉を発する。地鳴りにも似た重々しい声が、まるで彼等の行く末を告げるように、


「飽くことなく重ねた大罪、畜生にも劣る蛮行……身をもって知る時だ」


 その雰囲気はがらりと変わって……先の穏やかな感じも、その後の交戦的な色も消えて、ただあるのは無機質な心だけだ。


「吾、『撃墜王』ガル=ディアードが『龍王』アフィ=ヴァエナに代わって審判を下す。手始めに、人間の国を一つ……」


 莫大な力が隆起して、それに応えるように彼の周囲では蒼暗色の電光が迸り、大地が裂けた。


 ──まさか、国を大陸ごと海に沈める気か……!?


 ガタガタと震えて、沈んでいく大地に身の毛がよだつ。大地は裂けて底の見えない奈落からは火が噴き出し、赤く焼けた空が遠のいていく。

 その規格外の力を持っていてなお、彼は所詮『龍王』の代行者でしかなく……ただただ、その幼い心を覆うのは恐怖のみ。


「…………っ!?」


 悔しくて、悲しくて……それでいながら、生にしがみつく理由が死への恐怖でしかない自分がまた許せなかった。


 笑い声にも似た低い唸り声が辺り一体に木霊しいて、まるで無力で非力な彼等を嘲り笑うようにの龍は牙を剥いて口角を吊り上げる。──そう、その巨大が小刻みに震えているのは、きっと地震による影響とはま違う理由があるのだろう。


「賽は投げられた。しかし、未だ贄は投じられず……──

 だが例え、それが悪魔の誘いざないとて代償は支払われる……」


 いつか耳にした伝承の言葉。の神が助けを求めた者へと告ぐ言葉は、しかし眼前の龍が口にすれば全く別の意味になるのは何故なのか。


「──っ!?」


 その直後だった。突如として揺れが収まり、元凶たる撃墜王は驚愕に染まった顔で虚空を見つめている。ただ目に見えぬ何かを凝視して暫く、忌々しげにその瞳を眼前に立つ二人を見下ろした。


「『龍王』が貴様等二人に会いたいと言っている」


 不本意だとも言わんばかりに告げられた言葉に、二人の少女が耳を疑った。そんな彼女達を他所に、昂った火種を途中で切られたことで苛立った様子の彼は巨城の一角を鉤爪で削り飛ばした。


「まぁ、良い」


 バリバリとその鉤爪で城の表面を引っ掻いて、一人頷く。


 まるで別人のようにすぐに落ち着きを取り戻せば、さっきまでの狂気的な色はなりを顰めて、代わりに見えるのは不気味なぐらいに変貌した穏やかな理性の色だ。


「何故、急に……?」

「解らぬ。だが、命令は絶対だ」


 ため息混じりにそう言い捨てると、彼の瞳が後ろの少女へと向けれた。一国を大陸ごと海の藻屑にしようとした化け物をここまで従わせる『龍王』、本心を言ってしまえば一生そんな奴とは鉢合わせたくないものだ。


 ──だが、今の彼女にそんな選択がある筈もなく……何よりも彼女が積み上げきた業がそれを許さない。


「…………分かった…………」


 オルタニアが頷いたことを確認すると、今度はルルへもその凶々しい視線を向ける。


「最後の機会チャンスだ。くれぐれも身の振り方には気をつけるのだな」


 そう言われれば彼女はただ肩をすくめるだけだ。今更この化け物から逃れることなど出来よう筈もなく、ただその意思に従う他ない彼女に何を言う気力もなかった。


「好きにするといいさ」


 半ば諦め気味な声とは裏腹に、その瞳には獰猛な色が宿っていた。生き馬の目を抜くような世界で、虎視眈々と彼女は機会を伺い続けていきたのだ。

 時には何百年と待つこともあった。そして今、図らずとも今後数百年は巡り会えない機会に出会している。完全に想定外であり、準備する間もなく、四方も八方も塞がっている状態で……なのに、彼女の目には生き生きとした光が宿っていた。


 ──嗚呼、なんて幸運なんだろう……


 不敵な笑みが口元に浮かぶのを手で隠して、それでも隠しきれない妖しい光を宿した瞳が撃墜王を見上げる。


「──っ!?」


 言葉を失ってオルタニアが見やるのは、小刻みに震えてる魔女の肩だ。一目で分かる……彼女は恐怖から震えているのではない。──ただ、巡り巡った今に歓喜しているのだ。


「肝の座った女だ。嬉々として自らの墓場に足を踏み入れるか……」


 そんな彼女の目にして彼もまたその口元を歪ませて見せる。


「僕達魔女は死に方に拘るんだ。じゃなきゃ、死んでも死にきれないからね」


 ──だからこそ、龍王に殺させるなら本望さ。っと言い切った彼女の目を見下ろして、そして地鳴りのうな笑い声が漏れ出す。


「実に、実に良い。殊勝な心構えだ」


 くつくつと喉を鳴らして嗤う龍を魔女が見上げる。その口元にあてがわれていた手は既に取り払われていて、代わりにあるのは虫唾が走るような悍ましい笑み。


「フッ、くっくっ……」

「アハッ、あはは……」


「「くふッ、フハハハハハハハハ……!!」」


 二人の喉からこえられきれない笑い声が漏れて、そう思った次の瞬間には止めどなく噴き出していた。

 腹の底から湧き上がるドス黒い笑い声が暗い空に木霊して、遥か彼方まで響き渡る。地鳴りのような笑い声に混じるのは、こんな状況でも思わず聞き入ってしまうかのような鈴のような音色。


 身の毛もよだつほどに歪んだいびつな笑み。嗤う心はドス黒く澱んでいて、その口から溢れ出るのは冒涜的な高笑い。──それが何故、こうも美しく聞こえてしまうのか。


 ──今や滅びた国の巨城の上、二人の化け物が笑い合う。亡国と化した此処で犠牲となった者達の悉くを嘲笑うその声は国中に響き渡る。これこそが飽くことなく繰り返した罪の跡だとでも言うように、けだもの共より避けられぬ代償を払い受けて悪魔が嗤っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ