第二十一話 人らしい行いに肯定を
サティナも、アイリアでさえも城の上に座する存在を視認して顔を青ざめさせる。──いや、ニタニタと狂気的な笑みを貼り付けていた聖女ですらも気持ちばかり顔色が悪いように見えた。
「さァ、役者ガ揃いマした!」
しかし、結局は狂人なのだろう。未だ伸び切らない両の腕を広げて嗤う。昂る彼女の気持ちを代行するように、屍の喉からケタケタと笑い声が漏れ出して……それがまた、不気味な音色を奏でる。
「いツの時代も、ドこの世界モ変わラないのでス!」
恍惚とした表情で頬を赤らめて、まるで愛おしむように魔女二人を見下ろす。しかし彼女にまともな感情などある筈もなく、愛おしむような眼差しとは裏腹にその言動はあまりにかけ離れていて……
「「「悪キ魔女に鉄鎚を!!」」」
四方八方から発せられた声にサティナが身体を震わす。
気が付けば彼女達を囲むように屍が並び立っていて、その一人一人が手に凶器になり得るであろう家具や農具を握りしめている。
「サぁ、死んデくださイな! 市民もソれを望ンでイます」
──何故、だろうか。不思議と死して光を失った筈の瞳は、あの時と全く同じに見えるのは……
遠くの街で罪無き少女を火に焚べたあの時、彼女の処刑を嬉々として見物している者達と目の前の屍……その瞳にあるモノは何も変わらない。
腕を失った屍が、目を失った屍が、頭部を半部以上失って脳髄を垂れ流す屍が、腹を裂かれて溢れでる臓物を自身の足に絡ませる屍が、足を奪われて地を這いずることしか出来なくなった屍が、口から股まで巨大な杭で貫かれた屍が、目の前にいる少女達の悲惨な死を求めている。
五体満足でいる彼女達が許せないのだ。
きめ細かな白肌を八つ裂きにて、血の通った陶器のように美しい手足をもぎ取って、ピンク色の腸を引き摺り出して、何者よりも強い意志の宿る瞳を抉り出して、未だ穢れない血を啜って、その全てを穢すことを求めている。
──許せない……
──彼女達だけ……
──自分達だけ……
──故に、彼女が自分達と同じところまで墜ちてくることを望んでいる……
──故に、彼女が自分達が受けた仕打ちと同じ境遇に合わせたい……
「……くだらない……」
ゆるりと赤銀色の瞳が興醒めも言わんばかりに冷ややかな姿勢を周囲へと向ける。その眼光には、立ち塞がる悉くを捩じ伏せて断行せんとする強い意志を宿して……そんな眼を向けられれば、死してなお何かに怯えたように彼等が僅かにたじろいだ。
「他者を陥れることばかりで、自身を磨き上げようという向上心もない。死んでもなお、その腐った根性が染み付いていたのでしょうね」
だからいいように利用される。──そう冷めた言葉を浴びせれば、彼等の顔が歪んだような気がした。
「悪魔の囁キだ」
「魔女のまヤかしダ」
「口を縫イ合わセて」
「嘯ク喉を掻っ切レ」
「惑わス舌を引き抜ケ」
「呪わレた血の一滴まデ搾り取ッて」
「浄化の火に焚べロ」
──そして……
「「「コロセコロセコロセコロセ」」」
彼女達を罵る言葉が、彼女達の死を求める声が……身の毛もよだつような不協和音の葬送曲を奏でる。
「オや、怒らせテしまっタようでスね」
そう聖女が言えば、突如として彼等の喉から笑い声が漏れる。さっきまで憤っていたかと思えば、次の瞬間には湿った笑い声に変わっていた。
吐血した血でゴボゴボと言いながら、なおも彼等は笑いを止めることはない。肺に血が入り込んで嫌な音が喉から響いても、彼女達を笑い、罵倒し……そして何よりも、無惨な死を望む。
「くっフふ……、待たせ──!?」
直後、聖女は血を吐いて言葉を詰まらせる。何が起きたのかも理解出来ていないような顔で、ただ二人を見下ろして……しかし、その視界に映る異物に気が付けば思わず目を見開いた。
「何、故……?」
自身の胸を食い破って現れたのは細くも鍛え上げられた腕。その手先に握るのは、未だ脈打つ心臓で……まるで、失われて尚自身の役目を忘れきれないそれは、不死者の生き様に似ていて──
「アハっ! なルほど、ナるホど……」
胸を貫かれて尚もその笑みが崩れる気配もなく、グルリと傾いた首が背後に立つその者へ向けられる。
赤黒い魔眼と、火の輪を宿した炎瞳。それが底冷えするような眼差しを幼い少女へ向けていて……
「……どいつも、こいつも……」
静かに、しかし激情の隠しきれない声が木霊した。ギュルッと動いた瞳が下にいるサティナを睨め付けていて、彼女へ向けてた目に底知れない憎悪が宿る。
「これガ『蘇生術』、でスか? 一度死ナせて、吾輩の出方を伺ッたと言ウ訳ですネ!」
生きていれば彼女の傀儡も意味をなさない。故に、彼女は蘇生術を遅れて発動するように組み込んでいた。──そして何よりも、この男が誰の味方にも付かないと知っていて……
「貴女、それを分かって……?」
「彼女の支配下から抜けられるかは、賭けでしたけど……うまく、いったみたいですね」
驚愕の滲むアイリアの声にサティナが静かに頷く、しかしそんな彼や彼女達などまるで眼中に無く、聖女はひとり言葉を紡ぐ。
「未来ガ見えるトは厄介なモノで──」
尚も減らない口を回して……しかし直後、その首を何の躊躇いもなく半魔の男が切り落とした。
「この女も、貴様も……いいように利用してくれるじゃねェか!」
力無く崩れ落ちた少女の薄い胸を踏み抜いて、殺気に満ち満ちた瞳をサティナへ向ける。この世の何よりも憎い怨敵と相対すした時のように、禍々しい笑みを端正な彫って鋭い殺気の迸る切っ先を向けた。
「この借りは大きく付……──!?」
直後、今度目を見開いたのは半魔の男の方だ。──いや、彼だけではない。サティナもアイリアもまた驚愕に身を見開いて、彼の背後へと揺れる瞳を向けている。
「テメェ……それは、何の真似だ?」
血の気が引いた顔で、しかし身体が思うように動かないのか、辛うじて目だけでも動かして背後を見ようとして……だが、それが全て見えるはずもない。
「素晴らシい」
ゆるりと、まるで幽鬼のように小さな人影が手を叩いている。
「何を驚いてイるのデすか?」
潰れた胸に抱き抱えられた首が言葉を紡ぐ。確かに死んでいる筈の姿で、それはどこまでも恍惚とした笑みを貼り付けていた。
「吾輩は骸ヲ傀儡とシて使役すルのでスよ。それトも、自分自身は例外ダと思イましタか?」
ケタケタと首だけで笑いながら、首無しの胴が愉しそうに肉体を揺らす。まるで、世の全てを嘲笑うかのような湿った笑い声が生々しく三人の脳髄まで響いていた。
「──っ!」
激情に任せて振り向きざま刀を振り抜き、気味の悪い女を叩き切らんと男が動いた。しかし直後にはその動きを止めていて、驚愕に見開かれた瞳が自身の胸を突き刺す腕を見下ろす。
「やハり、蘇生直後は弱体化すルようデすね。ソれにシても……」
そう言う彼女の抜き手が男の胸を貫いていて、しかし流石とも言うべきだろう。彼はその腕を鷲掴みにすることで相手の動きを止めていた。
「さすガに黙っテ殺さレてはクれませンか」
胸を貫かれてながら相手を釘付けにして、尚も刀を振り下ろす。小柄な少女の肩を容赦なく食い破り、その胸に達して……だがそれ以上刀が動くことはなかった。
「さァ、何ヲ恐れる必要ハないのデす」
片腕に抱き抱えられた頭が謳う。まるで染みついた笑みが変わることはなく、ただ狂気の孕んだ瞳が男を見上げる。
「貴方もマた、皆の中デ生き続ケるのですカら」
そう言う彼女の言葉に同調するようにサティナ達を囲む屍が、半魔の男の背中を見上げて賛同の声を上げる。
支離滅裂な言葉の羅列は、しかし確かに彼女の意思に沿っていた。
「さぁ、皆ト一つになリましょウ」
ググッとか細い腕がより深くその胸に食らいつけば男が激しく吐血する。その痛みに顔を顰めながら、負けずと刀を握る腕に力を込めて……
「テメェみたいなイカ野郎と心中なんてごめんだ!」
大太刀の刀身が燃え上がり、彼女の身体を焼く。しかし所詮その肉体は既に死したモノで、今更痛みを感じるはずもなく、
「気が合うわね」
澄んだ声と共に銀閃が走る。鉛色の刃が少女の腕を切り飛ばし、間髪入れずにその華奢な身体へ長い足が刺さった。
「──っ!?」
幼く小柄な肉体が弾け飛び、建物を突き破って見えなくなる。代わりに彼女が立っていた場所に降り立つのは、白金の髪を靡かせた少女。
さっきまでサティナの隣に立っていた筈の彼女は、たった一つの跳躍だけでそこまで駆け上がっていたのだ。
「ンゲッ、ゴボッ……!」
さすがに半魔の男も限界だったのか、より激しく血を吐き出して膝を着いた。未だ刀身の燃える大太刀を取り落として、その上に滴る血が嫌な臭いを立てて蒸発する。
「ぐ、ふ……」
胸に突き刺さったままの腕を引き抜き、それを忌々しげに投げ捨てた。そうして聖女を蹴り飛ばした少女を見上げれば、彼女は油断なく破壊痕を見据えている。
「……助けた、つもりか?」
「いいえ。ただ、あまりに隙だらけだったもので思わず」
その言葉に男が眼光鋭くアイリアを睨め付ける。隙だらけだと言うのであれば、彼女が一人昂ってベラベラと話してた時から攻撃できた筈だ。
しかし彼女はそうせず、ただ得体の知れない化け物を油断なく見ていた。
「貴方がどう思おうとも、私はそうとしか言わないわ」
「……食えねェ奴だ……」
苦しげに肩で息をして、そんな彼を見下ろしたアイリアが訝しげ眉を顰めた。穴の空いた胸から流れる血も、口の端から滴る血も止まる気配がない。
──もう傷を治す力もない、か……
スッと動いた瞳が下で囲まれるサティナへ目を向ける。しかし彼女もまた膝を着いたまま苦しげに息をして、ただ聖女が消えた先へ目を向けていた。
──蘇生術を含めた数度の権能の使用で、彼女も力尽きている……
まだ半魔の男ほど酷い状態ではないが、戦力としては期待できない。
「これは提案なのだけど……」
と、アイリアの瞳が男を見下ろす。
「一度、休戦しないかしら?」
そう申し出れば男がジロリと彼女を睨め付ける。しかしすぐにため息を吐くと、何か言いたげにサティナへ視線を向けた。
「……ああ、そうだな……」
だが、彼は何を言うこともなくその視線をアイリアへと戻せば拍子抜けなほどあっさりと頷いて見せたのだ。
「だがなァ……」
ボロボロの身体で大太刀を支えに立ち上げれば、その全身から猛々しい殺気を放つ。誰彼構わず動くモノ全てへと向けられた容赦のない敵意。
二人の魔女が身構えるよりも早く豪炎が吹き荒れて、その熱気にさしものアイリアが僅かにたじろいで……しかし彼の放った炎は二人を傷付けることなく、サティナを囲っていた屍の操り人形を焼き払った。
「これで貸し借りは無しだ」
どこからともなくその声だけが響き渡り、炎の向こう……先ほどまで男がいた筈の場所にその影はない。
「随分な置き土産ですね」
何とか二の足で立てるまでに回復したサティナへ炎が収縮する。──しかしそれは彼女を傷付けることも無く、薄紅色の炎は少女の傷を癒しその力を回復させた。
「戦えそう?」
「調子は……かなり、良いですね」
全開とまではいかないが、相当に回復できた。軽く首を動かして調子を確認すると、サティナがその眼前に魔法陣を描いた。
「………それは?」
「【聖光の剣】ヲルドゥビス」
彼女の力に呼応するようにその聖剣が白い光を放つ。聖剣自体が持つ強い聖力が彼女の力をより強固なモノとして、その瞳に再び光が宿った。
「来ましたよ」
白光色に輝く瞳がその姿を捉える。
「なかナかどうシて、しブとくてカないまセんね」
陥没した胸に穿たれた風穴をそのままに、肩から胸にかけて切り裂かれており、その右腕は肩もろとも脇にぶら下がって、綻び出た贓物は途中で引きちぎられていた。
しかし自身のそんな姿などまるで気にした様子もなく、左手に抱えられた頭は淡々と感じことをそのまま言葉にする。
「あんな状態でも平然としているのは不死の呪いですか?」
「ええ。でも、不死者は不死であること以外普通の人間と変わらない。だから、アレが平然としてるのはその力による影響が大きいわ」
致命傷を負えば不死者とて動くことなどできない。ましてや首を切り落とされたと言うのであれば、仮死状態になるだろう。
しかし彼女はその姿で屁然と佇み、あまたつさえも愉しんでいるようにも見えた。
「不死故に死なず、その上で自身を傀儡として操ってる。先日貴女がしたように、跡形もなく消し飛ばしてもまたどこかで蘇る」
──いや、もしかすれば今回はそうもいかないかも知れない……
そう、二人も察していた。
「ここで止めを刺す理由もない筈ですが?」
「そう上手くはいかない。何故、力は残っている筈なのに身体を直さないのかしら? それに死んで退場するのはもうやっている筈」
何故彼女は中途半端に崩れた身体のままでいるのか。──そう、考えることはただ一つのみ。
「…………愉しんでいる?」
「それ以外には考えられないわね」
「それなら力尽くにでも消えて貰うしかないですね」
「ええ」
アイリアが二本の洋刀を抜き放つ。左右長さの違う刀身は黒髪の男や先ほどの半魔の男が扱っていた刀と同じ造りだったが、特徴的なのは刀身が長い方の西洋造りの長い柄だ。まるで刀に片手半剣の柄を嵌め込んだようなそれは鈍くも冷たく輝き、鉛色の刃は血を求めて妖しい光を宿していた。
「行きますよ」
サティナの言葉に赤いドレスの少女が静かに頷く。その仕草を目にするよりも早く、サティナが駆け出す。
まるで光の如く、鋭く疾い刃が先ほど半魔の男が見せた軌跡をなぞって裂けた右肩へ迫った。──しかし驚愕に目を見開く彼女の目の前で、瞬く間に再生した右半身を持って聖女がサティナの剣を受け止める。
「足が止まったわね」
次の瞬間には背後へと回り込んでいたアイリアがその双刃を振り上げていて──
「そレはお互い様でハなくテ?」
何があったとピタッと止まったアイリアが自身の足元へと視線を向ける。さすればそこには先程燃え切らなかった屍の肉片が集まって、彼女の足を掴んでいた。
「チッ……」
グシャッと足首が握り潰されて、しかしそれすらも意に介さず刀を振り抜く。だが、それもまた激しい火花と共に防がれて、
「何だ、それは……?」
足を縛る肉を断ち切り、アイリアが後方へ飛ぶ。ソレを目にしたサティナもまた、後ろへ下がり距離を取った。
「今更、何も不思議デはなイでしョう?」
人間の肉片が集まって、それぞれ足りない部位を補充しながら一つの人形を作り出していた。
継ぎ接ぎどころか、至る所にズレの生じるそれはあまりに歪な姿を象っていて……頭部にただ埋め込まれただけのような三つの瞳がそれぞれ独立して、サティナとアイリアを見ている。
「薄気味悪い化け物め」
これまた明らかに関節の数が揃っていない腕がそれぞれ斧や鉈などの武器を持っていて、それがまた合わせて四本もある。
皮膚や肌はその体表を覆うことなく、剥き出しになった肉もまた本来の役割を完全に放棄して……肉塊の外側に飛び出て埋め込まれた心臓が脈打ち続けているが、それが果たして何の意味があると言うのか。
ただ動くだけの肉塊が人の形を不細工に真似て、ギュルギュルと動く瞳がサティナやアイリアを忌々しげに見やる。
口らしい複数の部位から声にもならない叫び声が発せられていて、その中に混ざる赤子の鳴き声がまた二人の神経を抉ていく。
「聖女とはよく言ったものね。魔女でもここまで悪趣味な奴にはそうそうお目にかかれないわ」
皮肉を込めた彼女の言葉も全く響いた様子なく、その聖女は漸く頭を繋げると血の流れる目でサティナを見やる。
「嗚呼。ソの力、その姿……ヤハり貴女は聖女ニ相応しイ!」
白い少女へと手を伸ばして狂人がより深く嗤う。ゾッとするような笑みを浮かべるその化け物へ、サティナがようやく口を開いた。
「貴女にとって、聖女とは何ですか? 貴女は前に理不尽に奪われたと言いましたが、何故それを他者へ強要するよですか? 他者へ救済を与えることが聖女ではないのですか?
そう問う彼女の周囲では肉片が寄り添い合い、まるで互いの傷を癒すようにくっ付き、そしてあの歪な人形を象る。
「何ヲ勘違いシていルのですカ? 吾輩は理不尽に奪ワれタとに何ノ憤りモ感じてイなノですヨ」
「…………は?」
ここに来て初めて、サティナもアイリアも理解出来ない。否、誰がそれを……
「我々ハその理不尽ノ塊と巡り合イ、共存すルのでス!」
未だ伸び切らない両の手を広げて、彼女はめいいっぱいに表現する。
「殴ラれる理由、犯されル理由、痛ミを受けル理由……殺意、敵意、あるいは憎悪を向ケラれる理由ハ、理不尽でアるほどニ良い!」
「どう、いう……?」
固まる二人を余所に、少女の声がより一層昂る。まるで恍惚としたような表情で、血の気もない顔を綻ばせて彼女は声高らかに唱えたのだ。
「負い目のあル争イでは人ハ団結出来ない。そんナ不要な感情がアるから手を下スことを厭う。故ニ……」
血みどろの手を目の前に立つサティナへ伸ばして、まるで彼女を指し示すようにして言葉を紡ぐ。
「故に、ダからコそ……理不尽な恨ミを、憎シみを向けテくル明確な『敵』ガ要るノデすよ」
そう言う彼女が伸ばした手がその方向を変えて、先にあるのは巨大な城の上に座する神に等しき龍。
「貴女もよク知るコとデはないでスか! 何故なラ、貴女のコれまでノ言動が、ソの行イがそレらを肯定シていルのですカラ!」
クルクルと回っても、血に濡れて重たいドレスは細い身体に張り付いて揺れず……それすらも気にした様子もなく、ただ彼女は説く。
「罪人を狩り、言ワれるがマまに対象を抹殺シてきたハズです。彼等を手にかける時、そこニ躊躇イはあリましたカ? 吾輩を……ワタシを殺ス時、貴女ハ負い目ガありまシたか?」
キュルリッとその瞳がアイリアへも向き、彼女の悉くを嘲笑うようにいやらしい笑みを浮かべる。
「理不尽に姉を奪ワれた時、貴女ハ何を思イましたカ? そンな"彼"を手ニかける時、貴女は負イ目を感ジるのでシょうカ?」
否、断じて否……と、彼女はより力強く唱える。
「そう、滅神も罪人も理不尽を振り撒いた元凶! 殴リ返す時、痛ミを返す時、刺シ返ス時……何の負イ目を感ジる必要なドないのデす!」
現に貴女達もまた躊躇なく彼等を手にかけてきた。──そう言い放つ彼女の言葉を聞いてサティナもアイリアも無表情のまま、しかしその顔には隠しきれない嫌悪感が滲んでいる。
「相手ニ冤罪を被セて世間に晒シ上げ」
狂気を孕んだ瞳がサティナを見る。
「肉体ヲ徹底的に破壊シて、ソの心を打チ砕いテもいイ」
心底愉快な色を宿した瞳がアイリアを見る。
「ソう! 純粋ナ気持ちのマま、蛆を叩キ潰すことが出来ル。理不尽にハ、理不尽ヲ……素晴らシいとは思いマせんカ!?」
うっとりとした表情で手に貼り付けた血を舐め取り、その一滴まで味わうように口内をゆっくりと動かす。
「敵の家族を目ノ前で血祭リにアげても、心ガ痛むこトハない! その赤子ノ頭を割リ、伴侶の腹ヲ裂きイて、綻び出たソレを見せツけてヤれバいい」
自身の腹からはみ出した臓物を片手に……そしてそれを、まるで愛おしむように頬ずりする。
「嗚呼、なンテ……」
うっとりとした様子で臓物へ舌を這わせて、
「素晴らシいとハ思イませンか?」
ビチャッと生々しい音を立てて手に持った自身の臓物を、まるで取るに足らないゴミのように投げ捨てる。
「先に手を出シて来た相手に復讐スる。そレまでナら此方に理ガある」
ゆると彼女が目を向けるのアイリアだ。姉を奪われたアイリアがあの男に復讐するまであれば、彼女に理がる。しかし、
「でモただの身内デアると言ウだけで恨むなラ、そコからは新タな攻撃ノ始まリでス」
そう言い今度視線を向けるのはサティナだ。あの男の仲間だと言うだけで、彼女が恨まれない保証などないのだ。
もちろん、暗黙の了解として互いにその件は不毛としていて……何よりもアイリア自身がよく分かっていることだ。──それでも現に、アイリアはサティナをどこか敵視している線があった。
「なら、同ジように相手ノ身内に手ヲ出シても許さレるべキだとハ思いませンか! だって、先ニ理不尽な真似ヲ仕掛けタ相手の方ナのダから!」
「ソう! そレだけノ大義名分ガあればアらゆる暴力ト陵辱の極ミを追求出来るのデす! だっテ理不尽ヲ仕掛けテ来たのハ相手ナのだかラ、何の負い目もナく……そしテ何よリも、コちら側ニ理がアるのだカら何ヲしても許サれる!」
「先の街ノ住人達が見セた処刑ショーも同じでス。魔女によル恐ろシさを覚エさせて、ソの度合イも知らズに……たダ魔女でアると理由を付ケれば、ソの身内デある言ウだけでドんな横暴陵辱も善と言イ張る。
魔女に誰ヲ奪わレた訳デもなく、多少の不利益を被ラせて一ツ二つ囁ケば過剰なホどに敵視して……共通の敵を前に強く、獲物を前にしたハイエナ如く群レる」
捲し立てるように言葉を連ねて、その羅列が奏でるのは独裁論にも近しいモノで……しかし悲しきかな。それは少なからず人の心を言い当てていて、その証をサティナもアイリアも嫌と言うほど目にして来た。
「人ガ理不尽に苦シむ姿は、理不尽ニ抗う姿は、理不尽に奪ワれる姿ハ……そシて人が理不尽を建前に群れ、理不尽を振り撒ク姿は何ヨりも美シいと思イませンか?」
パチパチと硬いモノがぶつかる乾いた音が、ペチペチと肉同士がぶつかる音が鳴り響く。そう、まるで彼女の演説を讃えるかのように、人を象った肉塊達は、その腕らしきものを振って拍手喝采していたのだ。
「…………」
そして、何よりもサティナもアイリアもそれを否定出来なかった。理不尽に奪われたからと、理不尽に奪うからと……勝手な物差しで善悪を決めつけて理不尽を振り撒いた。
かつて家族を奪われてから罪人狩りと称して獣共を殺して回り、言われるがままに対処を抹殺して来た。
かつて姉を奪われて、永い間ただ一人を恨んできた。身を守る為と称して一体いくつの命を奪って来たのか……その全てが果たして悪だったのか。──あるいは、姉を奪ったあの男に理があったのではないのか。
考えればキリがなく、しかしそんなことなど……
「今更何を言うかと思えば…………」
「なるほど、それもこれも…………」
近くに立つ肉塊を切り崩して、二人の少女がその獲物を手前へ掲げるようにして構えた。
「そんなことなど百も承知」
「全ては無意味でしかない」
鉛色の刃に血が通う。
聖剣が極光を帯びる。
鮮血のようなドレスが波打ち、彼女の周囲では銀血が舞い踊る。
純白のドレスワンピースが揺れて、彼女の周囲で羽毛が戯れる。
二人の力に呼応するように大地は震撼し、天は轟く。
呪われた不死を因果を断たんと神鎌を低く振り翳し、眼前に断つ同族を嫌悪するが如く双刃が葬送の血炎を吐く。
「「もう、終わりにしましょう」」
ただそれだけの純粋な気持ちのまま、渾身の力を込めて二者が駆け出した。




