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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第三章 磔が嗤う常闇の饗宴
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第二十話 祈りよ永遠に

 白金の髪を靡かせた少女が人々の行き交う街を駆け抜ける。ゆるりと動いた赤銀色の瞳を見開き、立ち止まった。


 ──何……?

 ──嫌な感じ……


 どこか胸騒ぎを覚えて、振り返り……足元が僅かばかりに上がることに気がついた。


「ぅん? ──っ!?」


 直後、悪寒を覚えて見上げた空は赤く燃えていて……否、空が燃えているのではない。燃えているのは空から降り注ぐ数多の巨石で……いつか見た光景に、忘れもしない景色に心臓が強く脈打つのを聞いた。


「…………『滅びの王』…………」


 ギリッと歯を鳴らし、腰に下げた洋刀を引き抜く。


「予定変更ね。聖女の前に半魔と合流する」











「はぁ……、いいなぁ。そうでない、となぁ」


 血を流し、大太刀を力無くぶら下げて……それでいながらその瞳には尚も力強い光が爛々と輝いている。


 そんな不気味な男に相対するのは純白の少女。

 自然体のまま男を警戒して、しかし男ほど損傷ダメージを負った様子はない。


「もう十分でしょう? 貴方もよく分かった筈です」

「くくっ、見逃してくれるのか?」


 相当な実力差がありながら未だとどめを刺さない彼女へ怒りを抱くこともなく、ただその疑問をぶつける。


「そう、ですね。いくつかの質問に答えてくれるのなら、考えてもいいですよ」

「やっぱりそう言う訳だったか。随分と回りくどいことを」


「そうでなければ答えてはくれないでしょう。貴方は満足するで私と殺し合おうとした筈」

「違いねぇ。だがな、そんな生半可な殺し合いで満足するとでも思っていやがるのか?」


 獰猛な獣の如く、笑みに似せて牙を剥く。そんな男の言葉にサティナが思案するように眉を顰めて、そうして十字剣を持ち上げた。


「いいでしょう。私の質問に答えくれたのなら、満足いく形で殺してあげます」

「ほう、随分と気前がいいんだな?」


「それとも、中途半端に生かされたいですか?」

「言ってくれる」


 少し思案するように視線を落として、そして男が指を一つ立てた。


「くっくっ、俺はテメェが未だに全力を出さずにいることが気に入らねェ」

「なるほど。それで満足いただけるのなら、希望にお応えいたしましょう」


 くつくつと喉を鳴らして男が嗤う。


「まず、一つ。人間の街に入れたのは誰の手引きですか?」

「はっ! ただの頭がイカレた奴だ。本人は聖女と名乗っていたけっか?」


「聖女は何処にいますか?」

「それは知らねェな。奴が何をするのかも興味ねェ」


 一つ瞳を閉じて、サティナが天を仰ぐ。

 どこまでも達観した表情はなりを潜めて、そうしてゆっくりと持ち上げた瞳に映るのは無数の火の雨。


「もう、時間もありません」


 彼女の周囲で無数の羽毛が飛び交い、その背後に現れたのは一対二枚の巨翼。光を濃縮したような純白の翼が夜を照らす。

 ゆるりと動いた瞳が見るのは狂気的な笑みを浮かべた男の姿で……ただ血を求める彼の姿に重なる影を感じて、しかしすぐにそれは消えた。


 ──彼とは、違う……


 ただ血に飢えた化け物にも映ったこともあった。しかき、


 ──"彼"は違う……


 十字剣を地面に突き立て、ゆっくりとした緩慢な動きで手を伸ばす。訝しげに眉顰める男の前で細い指が閉じていき……直後、男が目を見開く。


「ぅ……、ゴフッ……!」


 血を吐き出し、身体が傾いた。


「ガフッ……、グッフフ……。心臓を、潰したか……」


 そんな彼を見下ろして、握りしめた腕を捻れば……何かが砕けるような音を立てて男の身体が力無く崩れ落ちた。


 ──今度は脊髄か……


 もう身体の感覚もなくなっていて……それでも見開かれた瞳は彼女をしっかりと捉えている。そんな彼の目の前でサティナが指を一つ立てると、


「終わりです」


 直後、頭の中で命の糸が切れた音を聞いた気がした。脳髄の奥から響くのは、あまりに軽い音……


 ──嗚呼、そうなんだなぁ……

 ──俺の命は、こんなにも軽かったのか……


 守るものもなく、誰に想われることもなく……ただ己が欲求を満たすためだけに生きてきた日々。決して後悔している訳ではないが、その命の軽さに呆れるだけの理性はあった。


 ──存外、悪くない……


 最期になってもそれに気が付けたのは、せめての幸運だったのだろう。それが彼の生き方で、他の選択肢など存在していない。

 軽い人生であった自覚はあって、しかしそれを後悔することも……いや、それ以前に考えるまでもない。


 ただ一瞬一秒を生きてきたのだ。

 いつ死ぬかも分からない世界で刹那の継ぎ接ぎが彼の人生だった。

 中身のない生き方だっかも知れないが、それが彼の生き様なのだ。


 血を求め、戦を求め、敵を求めてきた。


 ──何のためにか……


 ただ人生に彩りが欲しかった──

 生に対する実感が欲しかった──


 何も大した理由ではない。

 しかし同時に、それが全てだった。











 ゆっくりと腕を下ろして、息絶えた男を見下ろす。そうして、彼の命を奪った自らの手へ視線を移した。


 因果の法則を捻じ曲げる権能、それはこうも容易く命を奪うのか。その全能感と同時に感じるのは、不思議と背反する無力感。

 全てが手の内にあるとさえ思えるほどの強大な力を持ってしても、未だ何も為せていないのだから。


「オヤおヤぁ……こレまた随分ト厄介な力ヲ隠してイマシタネェ」


 雑音ノイズの混ざる不気味な声。そう、忘れもしない……


「待っていましたよ」


 ゆるりと身体を反転させれば、その動きに伴って花嫁衣装ウェディングドレスのような純白のロングフィッシュテールが靡く。

 花吹雪の如く純白の羽毛が飛び交い、その向こう側に見える怨敵を見上げた。


 弧を描いた目の奥で妖しく光るのは琥珀の瞳。狂気に満ち満ちた光を宿すそれを真っ向から睨め付けて、サティナは地面に突き立てていた十字剣を引き抜く。


「でもマぁ、いイでシょう」


 そんな彼女へ目掛けて剣を振り翳して……直後、妙な違和感を感じて動きを止める。そうして自分自身の動く気配すらも消して、ようやくその違和感に気がついた。


「──っ!?」


 見開かれた瞳が背後へも向けられて、その眼前に迫るのは焼けた刃で、それがまさに彼女の命を刈り取らんと迫り……直前で一つの影が降り立つ。

 激しく火花を散らして焼けた刃と鉛色の刃が交わり、そして鉛色の刃がそれを押し返した。


「オヤ、貴女は……?」


 白金の髪を火の粉が舞う風に靡かせて、赤銀色の瞳がゆるりと油断なく両者を見やる。両手に握るのは洋刀で、鉛色の刃は今まで見たどんな獲物よりも冷たい光を宿していた。


「自己紹介が必要かしら?」


 背中越しにそう言い放ち、しかしそんな彼女が油断なく視線を向けるのは聖女などではない。


「…………」


 険しげな眼差しでサティナが視線を向けたのは、先程確実に命を奪った筈の男で……その証拠に彼の魔眼は未だに虚ろのまま、


「傀儡、と言っところかしら?」


 サティナと背中合わせにして、彼女が尻目越しに聖女を睨め付ける。そんな彼女の表情はまるで、他者の命を冒涜するその所業に怒りを抱いているように見えて……


「超越者は殺せない、彼等を殺すの為には同じ土俵に立つ必要がある。だから、貴女は彼女を利用してこの男を殺させた」


 冷たい声で発せられたアイリアの言葉に、しかしその少女は愉快そうな笑みを浮かべたまま身体を左右に揺らす。


「いカ、にも! 丁度、強力ナ傀儡が欲しカったんですヨ」


 ケタケタと笑いながら彼女が指をクイっと曲げれば、アイリアが向き合っていた男が飛び上がり、聖女の横に降り立つ。

 それを確認すると、アイリアがゆっくりと足を出してサティナの横に並んだ。


「彼は実に都合ガ良かッタ。強靭ナ肉体ト高い戦闘能力、戦いを愛し、血に飢えていている」

「なるほど、傀儡の性格は生前の影響を多少なりとも受ける。だから、彼を選んだ」


 武器として、道具として扱うのであれば無駄に賢いのは返って仇になる。故に彼女は攻撃的な性格で、それでいながら冷静さを兼ね備えた男を選んだのだ。

 敵へ放てば執拗に追い回し、かと言って血に酔って指示を聞かなくなることもない。


 アイリアがそう言い放てば、彼女は薄気味悪い笑みを浮かべたままで……しかし、サティナの疑問は尚も拭えない。


「それで? そこの彼はサティナに手も足もですに負けたわよね?」


 傀儡として復活させたところで結果は変わらない。そう言い張る彼女の言葉を、しかしその少女は笑い飛ばす。


「もちロん、そレは承知の上……本当に吾輩ガそのこトにも気がつカないと?」


 その言葉と同時にして二人の全身を悪寒が突き抜けた。何か、剥き出しのドス黒い感情を向けられたような不快感……その正体を探ろうとアイリアが聖女へ目を向けて、しかし直後サティナが全く違う所へ目を向けていることに気が付いた。


「これは、また……」


 ニタニタと笑みを浮かべるのは周囲に散らばる屍。無造作に投げ出されたようなそれらは不思議と全ての目が二人を見ていて、まるで並べられたように物言わぬ屍の顔が彼女達へ向けられていた。


「…………貴女は、自分が何をしたのか理解しているのですか…………?」


 血の匂いに混ざる鉄と肉の焼ける臭いに顔を顰めて、サティナが低い声でそう呻く。中央大陸を支配する強大な大帝国、その象徴たる王都は今や見る影もなく──


「クックッ。何を言うかト思エバ……」


 くつくつと喉を鳴らして彼女は嗤う。


「その台詞セリフ、そっクりそのマまお返しシましョウ」


 血濡れた少女へと手を伸ばして、その狂人の口が裂けた……そう錯覚するど口角を吊り上げて、奴は尚も言葉を紡ぐ。


「ですが、私ハ違イまス。私が彼等へ与えルのは救済なのデすかラ」


 色鮮やかな瞳が揺らめく炎に照らさせて爛々と輝く。そんな彼女の瞳に映るのは濁りない善意……死という救済を持って彼等に手をかけたことを心の底から良しと思っている。


「ふざッ……──!? ゴフッ、ゴフ……!?」


 歯を剥き出して叫び……直後、目を開いたサティナが膝を着き血を吐き出した。朦朧とする意識の片隅で握っていたはずの十字剣が、背後に広がる光の巨翼の消えていくのを感じた。


「どウやら時間切れのヨうですネ」


 膝を突き、苦しげに喘ぐ彼女を嘲笑うかのように磔と化した人々の屍がサティナを見下ろして顔を歪めている。


「ふざけた、ことをっ──!」


 それでも尚、白い少女が血を吐き叫ぶ。


「貴様のそれは──ッ!」


 喉に血が詰まり、苦しげに言葉を切る少女を狂気の孕んだ数多の瞳で見下ろす。


「死とは救済デス。死ねヌ者でなクとも、死ヲ望む者ハ多くいルのデすから!」


 両の手を広げてそう説く彼女の表情は活き活きとしていて、己が言動の全てを正しいと思い込んでいる。


「ほラ、見てクだサいッ! 彼等の表情かおヲッ!」


 そう言う彼女が指し示すのは体を太い杭で撃ち抜かれた屍。その顔には骨格すらも歪んでいるのではないかと錯覚するど深い笑みを刻んでいた。──否、それだけではない。目に見える範囲全ての屍が、嬉々とした表情を浮かべているのだ。


「──っ!!」


 今や死した者達。光を失う筈のその瞳は、しかし濁った狂気が澱んでいる。


「アハっ! 漸くお分かりにナリマシタカ?」


 青ざめた彼女を見下ろして、その聖女は恍惚とした笑みを浮かべる。目に映る全てを咀嚼して、その甘味に震えているのだ。


「ソうっ、死とは救済なのデす! 故ニ、だからコそ……彼等の、アの表情かおガあるノです!」


 両の腕を広げて、彼女が指し示すのは張り付けた笑みが満ちる腐敗した王都。数多の屍が嗤う街に木霊する笑い声は一人分。


 ケタケタと嗤う童女。幼気な見てくれとは裏腹に、弧を描いた目の奥に見えるのはドス黒く濁った狂気。


「心底ふざけた奴だ!」


 吐き捨てるように叫ぶと同時にしてサティナが消えた筈の十字剣を抜き放つ。命すらも燃やすそれは、彼女の激情を表すように白い光が迸り、大気を灼く。


「くっ、フフ……」


 激情に震える彼女を見下ろして、狂人の口元が三日月を描く。


「何度繰り返してモ同じこトでスよ。貴女も知ったコと……『彼』の存在がソの証明じゃなイでスかぁ」


 人の神経を逆撫でする狂人の言葉を無視して、サティナが十字剣を振りかぶる。間もなくそれは形を変え、顕れたの因果の法則を捻じ曲げる神鎌しんれい

 呪われた不死の因果すらも捻じ曲げんとその大鎌が光を放つ。力の大半を使い果たした状態で、彼女の赤い瞳が脈打つ。


「超越者の前に"絶対"は成り立たない。不変なことわりも……」


 間もなく鎌が振り下ろされる。──しかし直後、サティナは鎌を振り上げた姿勢のまま固まっていた。

 血の気の引いた顔は青ざめていて、そんな彼女の視線が向くのは城塞の頂き。


「いいエ、絶対と不変は存在してイますよ。そレは貴女がヨく知ルことではナいデすかッ!」


 焼けた巨城の上に座する黒い影。

 滅紫の瞳が闇の中で冷たく地上を見下ろしている。

 二対四枚の巨翼が空を覆っていて、鋭い牙を剥き出してソレは低く唸る。


 ──目を疑った。


 ゆっくりと居城の上に身体を下ろしたそれは、いつか見た龍の姿で……しかし、今まで目にしてきたどんな龍よりも重々しい空気オーラを纏っていた。


 ──まさか、『龍王』……?


 の魔王すらをも上回るほどの威圧感。純粋な力量はどちらが上かなど、彼女程度の者が持つ物差しでは測り得ないが……少なくとも、魔王にも並ぶ化け物であることだけは理解できた。


 ──四度目だ。

 これほどの化け物を目にしたのは、もう四度になる。


 神とさえも比喩される極超越者。

 ただそこにいるだけで、息をしているだけで世界が震えているようだ。


 ……万物万象が自ずと平伏す絶対王者たる存在──

 ……どこか感情の抜け落ちような無機質な眼光──

 ……その目に映る有象無象の全ては等しく無力──

 ……彼等の存在そのものが他の全てを否定する──

 ……故に、君よ。一体何を憂うことがあろうか──

 ……疑う必要なく。汝、心があるなら祈り給え──

 ……孤独にして孤高なる王に安寧あらんことを──

 ……穢れ亡き神嘆く刻、きっといつか夜明け前──

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