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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第三章 磔が嗤う常闇の饗宴
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第十九話 流星の影

 白い少女の周囲で光の影が踊り、半魔の男の周囲では紅蓮の炎が舞っている。両者は互いにその領域を誇示するが如く、触れて絡み合っては強く反発した。


 動いたのはサティナが先だ。


 先程と同じように剣を脇に構え、それよりも早く半魔の男が踏み込む。眼前に迫る男目掛けて剣を振り抜き、光と炎が激突した。


 目を蝕むほどの光を飲み込んで、炎の螺旋が天を貫く。紅蓮の火炎竜巻の中で光が爆ぜた。

 白い粒子が飛び交い、それが彼女の手にした剣に収縮する。間もなく剣の周囲で多重螺旋を描き、光の波が引く。


 まるで津波前の引き潮の如く、光が吸われた街が一際暗くなり……


「溜めが長いぜ」


 刺突の構えのまま光を取り込むサティナ目掛けて刀が迫る。身を低くして躱せば、彼女の頭上に炎の軌跡が浮かび上がった。

 光が飲まれる世界でその炎は弱々しく、しかし光を奪われてなお強い熱気は彼女の肌を焦がす。


 低い姿勢のまま、剣を引き絞って──


「撃たせる訳ないだろう?」


 振り上げられた足が低い位置にあるサティナの脳天目掛けて落とされ、しかしそれは的を捉えることなく地面に亀裂を作り出す。──それだけにはとどまらず、放射状の巣状に広がる亀裂からは紅蓮の炎が吹き出した。


 炎の壁が視界を覆い尽くし、触れるモノ全てを燼滅する。


 直後、世界に光が戻った。

 眩いばかりの炎が踊る中、閃光が走る。


「……っ!」


 炎の壁に風穴を空けて、光の奔流が半魔の男を捉えた。荒れ狂う獄炎を掻き消して、光の粒子が揺蕩う。

 奥から姿を現したのは光十字剣を携えた小柄な人影。そんな彼女の周囲で光の粒子が飛び交う。


「……これまた、話しが違うなぁ……」


 驚愕の滲む声とは裏腹に、その顔には身の毛もよだつような笑みを貼り付ける。直後、サティナが見せたのは閃光のような踏み込み。

 瞬きの間もなく目の前に迫る少女を迎撃せんと炎刀が閃き、紅き炎と白き光が爆ぜる。











 下界から響き渡る破壊音に二人が目を向けた。遠く離れた王都の端で荒れ狂う獄炎と純白の極光がぶつかり合い、衝突の度に広大な王都に破壊の余波が広がる。


「何事?」


 それを目にした黒髪の少女が訝しげに眉を顰め、そして目の前にいる幼子へ視線を向ける。


「余も知らぬ。下で一体何が──」


 首を振って否定する少女が最後まで言葉を紡ぐ前、彼女達の横に一つの人影が降り立った。


「あれは何? あれもまた貴女の計画の一部と言うのかしら?」


 そう言うのは白金の髪を靡かせた少女で、こんな彼女が眼光鋭く睨め付けるのは黒髪の少女。


「彼女は何と戦っているの?」


 しかし、いくら声を上げようとも黒髪の少女は無言のまま……ただ二者が衝突する方へ目を向けるばかりで、それの姿勢が何を意味するのか分からない筈もない。


「…………なるほど、つまりこれは貴女にとっても異常事態イレギュラーと言う訳ね」


 僅かに視線を落として長い睫毛の下で青みがかった黒瞳に憂いげな影が差す。無表情のままではあるが何かを思案するような様子に、幼い少女が口を開いた。


「あそこの一人は其方等の仲間か?」

「白い光のはそうよ。だけど、あの炎は……」


 そんな彼女の言葉を聞いて、幼い少女が口にした言葉にアイリアも……ルルもまた目を見開いた。


「あれらは魔人であろう?」

「……何故、そう思う……?」


「あれほどの膨大な能源エネルギーを惜しみもなく吐き出す闘い方。人間ではいくら力があっても足らぬ。──となれば、必然的にそういう考えに至るのは自然だろう?」

「なるほど、貴女がガルラ=レヴァンの十三世ね。ガウラ=レヴァン・オルタニア」


 そう問えば、肯定と言わんばかりに彼女は目を細めた。


「いかにも、余こそが大帝国アル・レヴァンの……最後の王だ」


 未だ手足の伸び切らない小さな身体で、しかし誰よりも堂々たる佇まいでその少女は言い放った。彼女こそが世界一の大国、その王者であると……


「どうやら、疑う余地もないみたいね」


 不老にも近い長い人生、幾度となく垣間見た王を名乗る者達。そのどれとも違う風格オーラの者にも似ていて……何故、疑えようか。


「仕方ないわね。私は天魔の増援に向か──」

「その前に」


 踵を返した彼女の背中にルルが待ったをかける。その言葉に彼女は背中越しに黒髪の少女へ視線を向けた。


「魔人は普通この街には入れない。誰か手引きした者がいる筈」


 その言葉わ聞いて、アイリアは静かに頷く。その首謀者を探し出せと、彼女はそう言うのだろう。


「なるほど、ね」

「任せてもいいかい?」


 一つ頷くと赤銀の少女が夜の空に踊り出す。高い巨城を飛び降りて、すぐに見下ろすもその姿はない。


「其方は行かぬのか?」

「誰が手引きしたのかは大方予測はついているからね。それに、遅かれ早かれ今夜姿を現す」


 そう応える彼女の言葉に、しかしオルタニアは首を横に振った。


「いや、違う。もう時間がないと言った筈だ。其方も早いうちに──」


 しかしその言葉も最後まで続くことはなかった。──ただ見開いた瞳に映るのは身の毛もよだつような悍ましい笑みで、弧を描いた目の奥には鉛色の鈍い光が宿っている。


「君も知っていることさ。僕達は魔女、厄災を運ぶ呪われた少女達」

「…………」


 冷たい言葉を浴びせられて、しかし彼女は悲しげに首を振るだけだ。


「何が其方らをそこまで駆り立てる? 何の大義名分があって狂人を演じるのじゃ?」

「ふふっ、面白いことを言うね。僕達が狂人を演じていると? そんなおおそれたモノじゃない……ただ、とうの昔に壊れてしまっただけさ」


 青白い月明かりに照らされて、彼女に瞳に暗い光が宿る。無常の光よりもなお冷たい青色は、きっと彼女の本質なのだろう。


「分からない、って顔だね。人の心は時間と共に擦り減るばかりで、僕達は長く行き過ぎたんだ」

「……………」


 尚も眉を顰めてルルを睨め付ける少女を見下ろして、彼女は武器を納める。


「やっぱり、分からないかぁ……存外博識でも、やっぱり幼いってことだね」


 まだ十やそこらしか生きていない彼女では、幾星霜もの年月をただ一つの執念のみで生きてきた彼女達の言葉は理解し難かったのだ。

 故に、だからこそ……彼女は死を恐れないのだ。短い人生に未練がないから、年不相応に賢く……しかし同時に、生の何たるかも知らなぬまま。


「最後に長年者から助言アドバイスをしてあげよう」


 指を一つ立てて、それを事実の口元へ運ぶ。


「君は無意味に賢い。何が最善か理解出来ていて、どうすればそれが実行出来るかも分かる……でもね、何もかもが足りていないんだ。

 人を助けることを善と知りながら、命の重さを知らない。だから、君は無責任のまま人助けをしてしまう……生きていればいい、で終わってしまうんだ」


 スッと目を細めて彼女は言葉を紡ぐ。


「だから自身の死にすら関心も持たず、でも意味ある死にしようしている。それは君にとって人の生死すらも選択、強いては道具に過ぎないと思っている証拠だ。

 意味のある死を実行するだけ博識なのに……意味のある生を選ぶことはない。──どうしてだろうね? 罪を全部被ると言いながら……でもね、その罪を背負って生きようとはしない」


 まるで彼女の全てを見抜くような囁きは、まさに悪魔のまやかしのようで……彼女に見えていない、見ようともしなかった醜い部分を否応にも曝け出す。

 魔女の言葉は彼女の心を抉り、ただ揺れる瞳の中で初めて怖いという感情を抱いた。


「確かに君ほど優れた人間はそうそういない。でも同時に、君はそれに慢心にして胡座をかいている」

「ち、違う! 余は──」


「では何故、君は最善を取るんだい? 最も良い結果が目で見える形で現れるように奔走するんだい? 目に見えない人の心を無視して、目に見える形で人を助けるのかな?」

「──っ!?」


「そう、だから君は幼いんだ。目に見えるモノを恐れて……目に見えないモノから目を逸らしている、意識しなようにしている」

「ち、違──」


 ただ、否定しようと口を開いて……しかし言葉が出ない。否定しなければならない筈なのに、否定する言葉が見つからない。

 それは、多かれ少なかれ彼女自身に自覚がある証拠で……何よりも、魔女の目を誤魔化すことなど出来はしない。


「君はもう少し物事を深く考えるといい。目に見えないところまで意識を向けて……そうすればきっと、視えてくるんじゃないかな?」


 何かを言いかけて口を開き、しかし言葉にならないまま口を紡ぐ。──直後、黒髪の少女が目を見開いた。


 背筋を走るのは身の毛とよだつ悪寒。

 青みがかっ瞳がゆるりと動き、それよりも早く視界が弾けた。


「…………」


 ただゆっくりした世界でぼんやりと口を開いて、何を紡ごうとしたのか……飛び交う瓦礫の向こうに見えるのは右腕で細めた目を覆い、こちらへ左手を伸ばす少女の姿。

 しかしその華奢な左腕に無数の瓦礫が飛びつき、瞬く間にひしゃげて赤黒い棒状の何かと化して──


「掴っ──!」


 叫び声は轟音に掻き消されて、爆ぜた瓦礫は彼女の腕だけには止まらずその身体を切り裂き、遥か後方へと吹き飛ばした。


「んなっ……!」


 足元の感覚が消え失せて、訪れるのは嫌な浮遊感。無意識のうちに虚空を彷徨った手に硬い感触が引っかかって、夢中でそれを手繰り寄せる。


 ──なん、だ……

 ──何か飛んできたのか……?


 さっきまで立っていた場所は崩れ落ちていて、破壊跡に残る瓦礫に必死でしがみつく。足元を見れば遠く小さな灯りが散らばっていて、手を離せば彼女もまたあの黒髪の少女と同じ末路を辿るだろう。


「ぐぅ……」


 未だ伸び切らない腕に力を込めて小さな身体を持ち上げる。崩れた城壁に足をかけて、何とか体重を預けられるだけの位置に辿り着く。


「幸運、だっのか?」


 衝撃で鈍く痛む頭でポツリと呟いたのはそんな言葉。無数の瓦礫が飛び交う中で、大した怪我も負わずに済んだのはただ運が良かっただけで、


「何故……?」


 間もなくまともに動くようになった頭に駆け巡るのは何があったのか。──そんな疑問の答えを知ろうと破壊跡へ目を向けても、分かるのは何かが飛んできたであろう事実のみ。


 ──どこから飛んできた……?

 ──誰が、何のために……?


 分かるはずもない疑問で思考が空回りしていることにも気づかず、ただただ揺れる瞳は崩れた城壁を見つめているだけだ。


 だが、存外その答えはすぐに分かることになった。


「な、ん……?」


 地上を照らすのは焼石の雨。


 赤く焼けた巨石が空が無数に降り注いでいて、ひたすらに恐ろしい筈の光景に……しかしそれでいながらその美しさに目が釘付けになっていた。


「……遥か太古、星々の輝かぬ古の時代……」


 伝承にのみ言い伝えられてきた幻の光景。

 それを謳うのは彼女の信仰に綴られた一節。


「……創まりの世界を喰らいし我らが『神』よ……」


 崩れた城壁に身体を預けて、目をやるのは今や見る影もない広大な王都……伝承にも描かれる光景、火の雨。


「どうか、答えてくれ。これも全て──」


 直後、城が大きく揺れ、足が滑り落ちる。

 激しく身体を打ち付けながらも、しかし幸運にもそのまま下まで滑り落ちることはなかった。


 それでも激しく身体を打たれた衝撃で今や意識も朦朧としていて、固く冷たい感触が体の下に敷かれている。


 ──嗚呼、所詮人の身……

 ──神に抗うなど、身の程を弁えぬ大罪か……


 細い指が力無く石を引っ掻いて、その血痕が紋様を描く。弱々しく、朦朧とした意識の中で描くそれはあまりに歪で……その紋様を踏み抜いて、一人の人影が降り立つ。


「まったく、困ったものだね」


 聞き覚えのある軽い口調。あの程度でくたばるとは思っていなかったが、それでも幻聴を聞いているような不確かな響き。

 重たい瞼を持ち上げて霞む視界に映り込むのは、血に濡れ切り裂かれたドクターコートを見に纏った黒髪の少女だ。


「まさに天災だね」

「…………其方…………」

「さて、まずは移動しよう。ここは足場が悪すぎる」


 未だ声もまともに出せない少女を抱き抱え、彼女は軽やかに駆け出した。所々破壊された巨城を駆け上がり……その頂上、見晴らし台まで登り詰めた。


「ここなら、よく分かる」


 熱気に揺れる彼女の艶やかな黒髪が炎の光を反射して煌めく。黒光りする瞳もまた紅蓮の炎に照らされて赤みがかっていて、薄らと嗤う彼女の姿はどこか恐ろしくも美しく見えた。


「衝撃で頭は朦朧としていただろうけど、怪我は思い他大したことはないからそろそろ動ける筈だよ」

「……早く、逃げよ。今ならまだ、間に合う……」


 痛む身体に鞭打ち、上体を起こしてそう言い放つ。そんな彼女の言葉を受けて、しかし黒髪の少女は背中を向けたまま燃える空を見上げている。


「いいや、もう手遅れかな」


 より一層強い揺れと共に、ソレは姿を現した。

 暗い色の体が街の光を反射して煌めき、二対四枚の巨翼が動くたびに大気が震える。

 暗い紫の雷を纏って、同じ色の瞳に禍々しい色を宿す。


 間もなくソレは城の上にその巨大を下ろすと、鋭い牙をカチカチと鳴らして、ルルの後ろで力無く立つ幼い少女を見下ろす。


「……久しいな、人間の王……」


 シューッと音を立てて口の端から暗い炎が漏れ出る。そんな化け物が……その龍が発した声は身体の髄にまで届くような音で、例えるなら地鳴の如く重い響きだった。


「……『撃墜王』……」


 重々しく開いた口から出たのはその言葉。それは目の前の化け物を形容するには十分な説得力を持っていた。

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