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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第三章 磔が嗤う常闇の饗宴
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第十八話 間もなく狂乱の宴

 間もなく日暮れ前。傾く陽光が地平線に消えると同時にして、四人の少女達が閉じていた瞼を持ち上げる。












「刻限か」


 そう言うと同時にして玉座に座していた彼女は小柄な腰を上げる。一日飲まず食わずで座り続けた身体は酷く重く、しかしそんなことなどもうどうでもいい。


 誰もいない廊下を抜けて辿り着いたのは最上階の屋上。冷たい風が幼い身体を容赦なく突き刺して、それすらも意に介さず彼女はゆるりと振り返る。

 そんな少女の視線の先に見えるのは広大か王都で、


「……不躾な輩じゃのう? 要件があるのなら顔を見せぬか?」


 王都とは反対側、影になって目に見ない暗闇の奥へとそう言葉を投げかけた。


「素人同然の体運び。立ち方ひとつをとっても武の心得ひとつないのは一目瞭然」


 まるで思案するような声とは裏腹に、その声色はどこか愉快そうだった。


「それでも察しの良さは天賦の才だね」


 気配の一つもなく、その人物が姿を現す。


 長い黒髪に青みがかった黒瞳。不敵な笑みを浮かべた表情とは裏腹にその瞳には強い野心の炎が揺らめいていた。


 ──相も変わらず不思議な女だ……


 こうして面と向かって話をしていると言うのに、その気配は限りなく希薄で……少しでも気を抜けば見失ってしまいそうになる。


「久しぶり。前にあった時と比べて、見違えるように大きくなったね」

「久方ぶりよのう? 『三代目勇者』メシア・ルル=フレミア、お主の方は変わり映えようじゃがな?」


 そう言えば黒髪の少女がくつくつと喉を鳴らして嗤う。身の毛もよだつような美しい顔に狂気の滲む微笑みを浮かべて、彼女は言葉を紡ぐ。


「僕は魔女だよ。魔女ルルル、それが僕の在り方」

「相も変わらず嘘が下手じゃのう。それだからいつまで経ってもあの男に届かぬのよ」


 自身よりも二回り小さな少女が口にしたのはその言葉。まだ十年やそこらしか生きていない少女は、しかし永遠にも等しき時を生きる者の心を見透かしていた。


 ──いや、それこそが彼女を王たらしめている所以だ……


「復讐の野心に駆られる者よ。本当にあの男に似ておるのう」


 魔女がスッと目を細めるも、しかしその少女はおかしそうに笑う。


「その心を捨てきれぬ内は、主の野望は成し遂げられぬ。心を殺し、人らしい生き方を捨てたあの男には決して届かぬじゃろうて」


 ゆっくり影すらも消えていく中で、なおも彼女は言葉を紡ぐ。


「生者を拒絶し、死者を慈しむ。それはあの男の生き様であり、その在り方こそがの者を『滅びの王』たらしめる所以」

「…………よく知っているよ。だからこそ許せないんだ」


 そう言い放てば、幼い少女が柔らかく微笑む。


「ふむ、よく似ておる。それでも野心を抱く理由は何故?」

「僕が『神喰らい』の末裔だからさ」


「……ほう。それはまた、血濡れた修羅の道ぞ」

「その覚悟がないと?」


 表情の抜け落ちた顔に魔女の面影は微塵もなく……いや、その面影は皮肉にもあの男に似ていた。


「難儀なものよのう、その呪われた血統は……」

「僕は、そうは思わない」


「して、残された肉親も喰らって何を為す?」

「知ったことを」


 スッと目を細めて、そう言えば彼女は苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。


「他人に成り代わろうなど大概無理な話じゃ。所詮、人は一人……同じ者など存在しない。

 記憶を奪い、意志を継ごうとも、同一人物になどなれはしない……死者の物語りが紡がれることは無いのだ。──そう、まさに『転生術』も同様で……」


 口走る少女の口に冷たい刃が突き付けられる。医療用メスを巨大化させたその長柄武器は、まるで斧槍グレイブのようだった。


「幼げな見た目とは裏腹に随分と博識みたいだけど、君の言葉は存外軽い。本当に僕がそれらの事を考えなかったと、そんなことも知らないと思っているのかい?」

「考える考えないでも、知る知らないでもない。其方も分かり切っていることではないのか?」


 スッと彼女の目が下の王都へと向けられる。視線の先にあるのはなおも変わらぬ人の営みで、その日常が彼女達にとってどれだけ大きな意味を持つかも知らず彼等は今日こんにちもまた──


「其方も早いとこ街を離れるといい」

「残念ながらそうは行かない。僕はこの下に用があるから、ね」


 どこまでも深い慈愛に満ちた瞳がルルを見つめる。魔女に比べれば瞬きの間も生きていない少女が何故そんな表情が出来るのか……彼女には知る由もなく──


「下、か……月が満ちる時、かの門は開かれる。其方は──」


 その時、天が震えた。

 身体の髄にまで響くような音が轟き、二人はまるで合わせたように同じ一点へ視線を向ける。


「もう、時間がないか……」


 下の街では人々が戸惑い行き交い、誰ともなく溢れた声はそんな騒めきに消えた。













 夜でも明るい街中を進み、その白い少女……サティナは声を聞いた。

 天が轟くほどの大地の揺れ。間もなくそれが収まれば、周囲の人々は戸惑い行き交う……何が起きたのか知る由もなく、ただただ未知の恐怖に怯えている。


そらが哭いている?」


 雲一つない天に浮かび上がるのは一つの巨大な月。青白いそれは冷たい光を地上へと落としていて──


「──っ!?」


 神秘的なほどに現実離れしたそれに目が釘付けになっていて──直後、自身の胸から月明かりの如く冷たい光を宿した刃を突き出していた。


「な、ぜ……?」


 ──何故、気が付かなかった……?

 ──気配は無かった筈……


 いや、違う。気配が無かったのではない。

 むしろ、気配を殺してすらいなかった。


 ──ああ、そうか……

 ──人混みに紛れて……


 自身の血糊が視界を埋め尽くす中で、漸く理解した。彼女の胸を貫いた者は隠れることもなく、堂々と彼女の背後に立っていた。

 道を行き交う人々と同じように、気配を殺すこともなく……ただ自然に在ったのだ。


 敵意もなく、殺意もなく。ただ日常を過ごすが如く、何の他意もなく……彼女の胸を貫いた。


 人は自然な者に意識は向けられない。気配を殺すような動きをしていれば、その違和感を感じられる。

 殺意や、害意といった意識の動きがあれば勘付かれる。


 だから──


 ──胸を貫かれた……

 ──心臓が止まる……

 ──血が回らない……

 ──身体能力が落ちる……


 いや、それ以前に脳に血がいかなければ思考速度が落ち……最悪、死ぬ。

 強靭な肉体を持つ彼女であれば心臓を潰されてもすぐ影響は出ない。だが、その損傷ダメージは確実に彼女を蝕むだろう。


 ──再生が優先だ……


 錆剣を抜き放てば、間髪入れずに背後へと斬りつける。しかしまるで手応えはなく、いつの間にか自身の胸から刃も無くなっていた。


 いや、それ以上に脳裏を駆け抜けるのは明らかな違和感。


 ──おかしい……

 ──結界バリアは無事だ……


 では何故、彼女を守る筈の盾が残っていてサティナが築いているのか。

 それは単純明快で、結界バリアの隙間を縫ってその凶刃は彼女へ喰らいついたのだ。


 緻密に練られたそれをこうも容易く、それも傷付けることなく貫くそれはまさに匠の技。その技量の高さを嫌と言うほど思い知った。


「久しぶり、ですね」

「嬉しいな。覚えていてくれたのか」


 まるで技術や技量と言ったモノとは縁遠い鉄塊のような大剣を左手に担ぎ、その男は禍々しい笑みを浮かべた。

 不思議とフードの下に隠れたその左目には眼帯が巻かれていて、彼の黒い右目は人間のそれだ。しかしその全身から溢れ出る威圧感オーラはまるで魔人のそれで──


「久しぶりとは言っても、そう時間は経っていないのだがな」


 そう言えば彼は右に持っていた直剣を地面に突き刺し、徐にフードを取る。かつて魔王都で見たあの顔立ち……しかしそれはどこか面影が残るだけで、明らかな別人のものだった。


 気配も威圧感も、そこ感じられる全てはあの時の男のもので──しかし外見はあの時の面影を残しながら、少しずつ違う。


「ああ、あの時は魔族に紛れるために擬態の魔法を使っていたからな。違和感があるのは当然だ」


 あの時とは打って変わって、落ち着き払った声でその男はサティナが抱いた疑問を答える。そうして左目の眼帯を外せば──


「…………?」


 訝しげに眉を顰める彼女の前で顕になったのは、闇のように何もない眼窩。抉り取られたような後の残るそれは……しかし、瞬く間に本来の姿を取り戻した。


 漆塗りのような右目とは違う、独特な紋様が浮かぶ鮮やかな瞳。赤みがかった黒瞳は、まさに魔人のそれだった。


金銀妖瞳ヘテロクロミア……?」


 ──いや、違う……


 一瞬頭をよぎったそれは、しかしすぐに理解した。それはかつて、彼女自身へ幾度となく浴びせられた罵倒に混ざっていた言葉だ。


「半魔、ですか」


 そう口にして答えれば、男は肯定とばかりに突き刺した直剣を引き抜く。

 冷たい夜風に漆塗りの黒い髪を靡かせ、力任せに両手に握る剣をサティナへと投げつけた。


 難なくそれらを捌き、剣を脇に構える。対して男は既にそんな彼女の前に飛び上がっていて……二人の魔眼が残光を引き、夜の街に甲高い音が響き渡る。


 返す方で飛び散る火花を切り裂いて、サティナの剣が体制の悪い宙に飛び上がった男の胴を狙う。


「甘いな」


 先の一撃で多少体制が崩れていたものの、男は無理もなく彼女の剣を払った。


「本命は、こっち……」


 男が振り抜いたのを確認するよりも速く、サティナの蹴りがその胴を捉える。凄じい衝撃が男の身体を突き抜け、サティナの軸足が地面にめり込む。


 いくつかの建物を貫いて男の姿が見えなくなり、遅れて砕け散った木片が破壊痕に降り注ぐ。


「…………」


 石張りの地面が捲れ上がるのも気にせず、めり込んだ軸足を引き抜く。そうして男が消えた方へ切っ先を向けて──


「ああ、これだぁ」


 直後、刺突の構えを解き、半身になる。さすれば先ほどまで立っていた場所を何かが突き抜けた。──後に残るのは斬撃跡。石張りの地面も、数多の建物も等しく一等の元に切り伏せられている。


 背後で建物が崩れる音を聞きながら、サティナはそちらへと視線を向ける。二人の激突で更地となった向こう、黒い外套が夜空へと飛び上がっていて……その下で大太刀を担ぐのは、着流しを身に纏った半魔の男。


 袖を通していない右腕が身の丈もある大太刀を振り上げ……それよりも速くサティナが踏み込む。

 高速移動の風圧で砂埃を振り飛ばして、サティナが男の目の前へ現れて……それを知っていたと言わんばかりに彼の大太刀が振り下ろされる。


「なっ……!」


 直後、サティナの背後から二本の光槍が突き出して……反射的に攻撃をキャンセルして回避のために身を捻り、それを逃すほど彼女も甘くない。──鮮血が視界を埋め尽くして、そんな中で男が再び禍々しい笑みを浮かべた。


「そうこなくてはつまらんなぁ!」


 傍から肩にかけて大きく切り裂かれてなお、男が足を蹴り上げた。長い足が鞭のようにしなって華奢な少女の身体へ食いつく。


「ぅ、ぐ……!」


 辛うじて腕を滑り込ませるも、衝撃は彼女の細い身体を容赦なく突き抜けてその軽い肢体を弾き飛ばした。

 いくつもの固いモノへと叩きつけれるような感覚が連続して、息が詰まる。


「がはっ……! げほ、げほっ……!」


 ガラガラと何かが崩れる音が戻れば、漸く身体が止まる。衝撃に潰されていた肺が苦しげに喘ぎ出し、痛みに軋む身体に鞭打ち立ち上がる。


「おいおい、まだ余力残してんだろう? 知っているぜ。間違っても、このまま全力を出す前にくたばんじゃねぇぞ」


 土煙の向こう、大太刀を肩に担いだ男が悠然と歩いてくる。サティナもまた既に傷も再生して痛みの引いた身体を起こして、口に溜まった血を吐き出す。


「では、期待にお応えしましょう」


 手に持った錆剣が光を纏い、鮮やかな赤い瞳が白光色に変わる。スッと剣を持たない方の手を下に構え、そして掌を開いたまま下から上へと振り上げる。

 さすればサティナの足元から半魔の男目掛けて地面を爪痕が駆け抜ける。光の爪が魔を打ち払わんと男へと食らい付き、しかしそれはただの踏み込み一つで四散した。


 そんな男の瞳は鮮やかに輝いていて、何の飾り気もない筈の右目に炎が宿る。

 赤黒い左目の魔眼、揺らめく炎のリングを宿した右の炎瞳。

 黒鉄の刀は紅蓮の炎を吐き、その刀身は明々と煌めく。


「さぁ、第二戦セカンドラウンドだ」

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