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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第三章 磔が嗤う常闇の饗宴
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第十七話 日暮れ前

 広大な王都を見渡せるほど高い城内で、一人の少女がその玉座に座していた。未だ幼気さの残る彼女の容姿は十代に達して間もなく、しかしその眼差しは底冷えするような鋭さがあった。


「貴様は、余が何を言いたいのか分からぬ、と申すか?」


 まだ声変わり前の高い声はあまりに場違いで、しかし誰もそのことに違和感を抱いていない。


「…………」


 一つ息を吐き出し、少女が軽く手を振った。その仕草一つで彼女の前に跪いていた騎士達が立ち上がる。

 そうして数段高いところに座する彼女へ恭しく頭を下げれば、振り返り部屋を後にする。


「はぁ……話しの通じぬ奴との対話は疲れる」


 目を閉じて一人そう溢すと、ゆるりとその瞳を自身の右側に立つ男へと向けた。


「所詮は子供の戯言か……其方も、そう思うか?」

「あと十年もすれば誰もが自ずと理解するでしょう」


「彼奴等が余の言うことに耳を傾ける理由が分かるか?」


 繰り返しそう問い返せば、その男は夕焼けを体現したような朱金色の瞳を少女へ向けた。


「『勇者』の異名を持つ其方が余に仕えているからに他ならない」

「所詮私は谷の二代目。初代と三代目には到底及ばない」


「そう自虐するな、其方は勇者ぞ。たった一騎で一国に相当する戦力を誇っているではないか」

「単純な戦力なら私の上をいく者は多くいる」


 一つ瞳を閉じると、もう何度目になるか分からないため息を吐く。


「一度、其方を殺したのは三代目だったな」


 どこか思案するように少女は天を仰ぎ、そして尻目に彼を見据える。


「アレは魔女の異名も持っていると聞く」

「『勇者』と言うのはあなた方が思うほど綺麗な者じゃない。魔女に仕える初代、魔女の異名も持つ三代」


「しかし、其方は『騎士王』なのだろう」

「人々が思い描くような『勇者』なんて所詮はお伽噺だ。現に『勇者』の誰一人として『魔王』を討った者はいない」


 そう言えば少女はくつくつと喉を鳴らして笑った。


「くっくっ。何を言うと思えば……人間が魔王に勝てようはずがないだろう? 現に不死身という優位アドバンテージを持ってしてなお、其方は敵わなかった」

「当時は不死ではなかった。それに何故、『魔王』を討つ必要がある?」


「確かに其方の目的は主人である余を守ること。それさえできれば魔王の討伐など二の次」


 肩肘をついてつまらなそうにそう答えると、彼女は自身の長い髪を指に絡めて弄ぶ。


「それに肝心の魔王は今までに一度も下界に手を出してない。しかしまぁ、魔界がアレでは無理もない」


 弱肉強食を体現したような無秩序な世界。強き者はより強き者を求めて、弱き者は強き者の影に怯えている。

 そんな無法地帯を支配するのが魔王だ。血の気の多い魔族達ですらも決して手を出そうとしない超常的な存在。


「三代目なら可能性はあると思うか?」

「少なからずは、とは言っても彼女の性格で魔王と衝突するとは思えない」


「くっくっ。曲がり何りも仕えるのは魔女故、もしかすれば魔王と結託して下界を掻き回すかも知れぬな」


 どこか愉快そうにそう話す彼女はあまりに年不相応で、見慣れない人間は見ればさぞかし気味の悪い光景だろう。


「しかし、それにしても……こんなくだない話しをする為に人払いをしたのか?」

「何、そう焦るでない。人払いした奴等が部屋から離れるまで暇じゃろう?」


 瞬きの一つで気配が移り変わると、少女は自身の胸元を握り締めて玉座から立ち上がる。改めてそうして立ち上がった姿を見れば、彼女は場違いなど幼くて……それにも拘らずそ二代目勇者は何の疑問も待たず、彼女の前に跪く。


「よせ、余は目を見て話をしたい」


 遠回しに顔を上げろ、と言えばその意図を読み取った男が片膝を付いた姿勢のまま彼女の瞳を真っ向から見つめ返す。


「我々は契約を違えた。間もなくこの国には大きな災いが訪れるじゃろう」

「それは貴女の責任では──」


「余が行ったことではない、しかし責任は余にあるのだ。それが、上に立つ者ではないのか?」

「…………」


 男の言葉を遮って少女がそう言えば彼は返す言葉もなく黙り込む。


「この国には腐り切っておる。それを正せなかったのは余の責任」

「…………」


 その言葉を受けて男の眉が僅かに動く。何かを言いたげに口を開きかけた彼の言葉を、しかし彼女は紡がせることはない。


「よせ、いくら其方でも『撃墜王』には敵うまい……いや、契約を違えたのは我々なのじゃ。裏切り者の末路はいつの時代も変わらぬ」

「…………」


 無表情のままで、それでも悔しさを滲ませて彼は抗議の姿勢を自らの主人へ向けた。──しかしその意思すらも、彼女はやるせなげに首を振ることで切り捨てたのだ。


「そう、じゃな。最期に一つだけ其方に頼んでおこうかのう?」


 そう言えど彼女は胸元で握りしめていた手を男へ突き出すと、その掌を広がる。中から現れたのは一つの黒い首飾りだ。

 いつくかの白い紋様が刻まれたそれの中で目を引くのは、一際大きく中央に描かれた白一色の十字剣。


「余が亡き者となったのち、これを我が主に返してくれ」

「……主とは?」


 喪失感に駆られて思わず気返す男を、その少女は年不相応なほど穏やかな顔で見つめ返す。


「其方もよく知る者じゃ。きっと、すぐに分かる」


 そう言えば彼女は軽く手を振るう。その仕草をどこか悲し気に見上げて、しかし何を言うこともなくその首飾りを自らに首にかけた。


「私はこの身朽ち果てるその時まで貴女に忠誠を誓った。不死となってまで諦めきれなかったそれを、どうして道半ばで引き返すと?」


 強い意思を宿した瞳でそう言い返せば、彼女はふんわりと笑った。純粋なほど無垢なそれは年相応に幼気で、そしてまるでその内心を悟れないようにと背中を向ける。


「つくづく頑なな男よのぉ……しかしまぁ、そこまで言うのなら好きにすればよい」

「…………」












 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆












 きたる日の夜明け。朝日に照らされ浮かび上がる王都を見下ろして、間もなく血の海に沈むその光景に重なって見えて……ゆっくりとした瞬きを繰り返す。


「…………?」


 ふと違和感を感じて未だ暗闇がかかる西の空を見やる。地平の果て、その先に見えた光景に思わず言葉を失った。


 ──あれは……!?


 黒白モノクロに明滅する西の空、遅れて届くのは不協和音を奏でる雷鳴。

 地の果てまで届くそれはの者の強い意志の現れで……直後、世界が揺れた。──たった今起きた現象を現す言葉があるとすれば、そう表現する他ないだろう。


 まるで地震のようにも感じるそれは不協和音を奏でていて、地鳴りは世界の悲鳴の如く耳障りな音を響かせていた。

 神経を逆撫でするような音は世界の悲鳴で、大地の揺れは世界そのものが彼の者の存在に畏怖している証だ。


 概念的存在であるはずの世界が、不確かでありながら何ものよりも強大であるはずのソレは彼の者の前に、まるで無力で矮小な存在であるかのように震えていた。


 ──これが、滅びの王……


 初めて目にした時からその異質さには気がついていた。そして、ここに来て改めて認識する……彼はまるで別の何かなのだ。


 間もなく雷鳴と地鳴りが収まり、揺れも引いていく。生きとし生けるものの本能に刻み込むような強い不快感と畏怖の念は消え失せて、次に訪れるのは不気味なほどの静寂。

 死した者の如く物言わなくなった世界で、しかし少しすれば人のざわめきが王都を満たした。


「なんだ今のは!?」

「ただの地震じゃないよな?」

「雷鳴が聞こえたぞ!」

「確かに似てるが、本当にあれが雷鳴か!?」


 下で騒ぎ立てる人の群れを冷めた目で見下ろして、サティナはもう一度西の空を確認する。


「……っ!?」


 そこに映し出されたのは朝焼けとは違う、血の色に染まった空で……まるで世界が怪我を負ったような姿だった。


「…………怖い、なんて感じたのは久しぶりね」


 絶句するサティナの後ろ、いつの間に立っていたのか。アイリアが彼女と同じ空を見上げてそう言うと、微かに震えの混じる声でそう溢した。


 きっとあの雷鳴が、白黒モノクロに染まる世界が姉を失った瞬間の記憶を呼び起こすのだろう。

 全てを失うような喪失感を、何も成せなかった無力感を思い出して……その失う恐怖と、その略奪者への怒りに震えているのだ。


「貴女は、確かにアレと戦ったのですよね」

「ええ。本当に別格だったわ」


 あの力がたった一個人へ向けらたことが信じられなくて、そして彼女の表情が何よりもその光景を雄弁に語っていた。


「死なぬ者すらも殺す力、神々をも喰らう化け物。それを目にしてしまったことを後悔しなかった日はないわ」


 強張った顔色は薄闇の中でもわかるほど青ざめていて、彼女が垣間見た光景の悍ましさを物語っていた。


「貴女は何故、そんな彼に従うの?」


 埒外の化け物に何の疑問も持たず付き従い続けたサティナ。少なくとも、アイリアにはそう見えた。


「彼の存在そのものが、全ての者へ対する冒涜だと思わない?」

「…………」


「何故、彼が滅びの王と呼ばれるか知らない訳ではないでしょう?」

「…………ずっと不思議に思っていたんですよ」


 捲し立てるように疑問を口にする少女へ、サティナが徐に口を開いた。


「何故、彼は『王』なのか? 超越者に与える『王』の異名には深い意味があったはずです」


 アイリアが不可解そうに眉を顰めるのも構わず、彼女は言葉を紡ぐ。


「ただ単に破壊を振り撒く冒涜者であれば、滅びの王の異名は持たない。でも、彼は滅びの王で……その意味を知っているであろう者達は彼を忌避するどころか、どこか敬意の念を向けているんです」


 初めてそう感じたのは彼女の故郷、天界を統べる絶対的象徴たる『主天神殿』。その彼はあの彼をまるで敵視していなかった。

 危険な存在であると知って、いつか自身にその牙を剥くと悟りながら……彼はあの男へ対する恨み言の一つも溢すことなく、ただただ諦観を滲ませていたのだ。


『初代勇者』エル=フレイドもまた同じで、彼に対して最大限の敬意を払っている。それでいながら対立すれば衝突することを厭わなかった。


『魔王』もまた彼へ対して敵意を持つこともなく、


「不思議なんです。彼をよく知る者たちは、彼を悪と呼ばないのですから……。それが何故なのか、私は知りたいんです。きっと貴女も同じ気持ちだったから、私達とここまで来たのでしょう」

「…………ええ、そうね…………」


 かつて彼女の姉は彼に斃ぼされてなお、恨み言の一つも口にしなかった。それどころか過酷な運命を生きる彼の身を案じるようなことを口にして、そしてアイリアに復讐はするなと言い遺した。


 何故、彼女がそう言うのか。その答えが知りたかったのだ。


「それでも、彼は『滅びの王』なんですよ」

「…………分からないわ」


 今の彼女にサティナの言葉の意味を理解出来るはずもなく、ただやるせなげに首を振った。

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