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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第三章 磔が嗤う常闇の饗宴
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第十四話 人を呪わば穴二つ

 どこか緩い温度を纏う風が肌を撫でる感覚に悪感を覚えて、二人の少女がふと振り返る。そんな彼女達の視線が向くのは、夜闇が降りた人気のない道だけだ。


 何の変わりもない光景。普通であれば気のせいだと切り捨てられる状況だろう。──しかし、その場に居合わせた二人は同じ反応を示した。


「気のせい、でしょうか?」

「……まさか……」


 何かに見られているような嫌な感覚。肌に絡み付く空気は重く、そして生き血を浴びた時のような生温い感覚が残っている。


 兎に角、異様な気配だ。

 とても人のそれではない。


「これは珍しい客人」


 直後、サティナの肩が跳ねる。気配が漂う方向とは真逆、彼女達の背後が響いた声にサティナは顔を引き攣らせていた。

 そんな彼女の横でアイリアは貼り付けたような無表情のまま、ゆるりと振り返る。──悠然とした態度には何の躊躇いもなく、煌びやかな瞳には絶対の自信が滲んでいる。


 アイリアに続いて振り返った先に立つのは、銀髪の長髪を靡かせた褐色肌の少女。そんな彼女の耳の上部分は尖っており、彼女がエルフの種族であることが伺えた。


「名を聞いても?」


 聖職者が見に纏うような黒装束のスカートが波打つ。魔の抜けたような口調とは裏腹に、鮮血のような瞳は鋭く二人を射抜く。


 何よりもサティナの目を引いたのは、魔族と遜色ない独特かつ鮮やかな色彩。色鮮やかな瞳と独特な紋様が浮かぶその瞳は魔族のそれに似ていて、しかし彼女の容姿はどう見てもダークエルフだ。


 ──私と同じ半魔……?


「血族の生き残りね」


 サティナが疑問を口にするよりも早くアイリアが答える。そんな彼女の言葉に、ダークエルフの少女は困ったように眉を下げた。


「私達に何か用かしら?」

「生憎と用がある、と言うわけじゃない」


 片手を振ってそう返す少女をアイリアが鋭く睨め付ける。


「ただ不思議に思っただけ。貴女から真祖の力を感じるのが」


 反対の手を腰にかけて吐息混じりにそう言う少女はどこかつまらなそうで、しかしその瞳には好奇の色がありありと浮かんでいた。


「尤もあの真祖が討たれたとは到底思えない。と、なればまたどこかで蘇っている──」

「真祖は滅びたわ」


 一人話す少女の言葉を遮った、アイリアがそう言い放つ。そんな彼女の言葉が信じられないのだろう。どこか怪訝そうな視線を向ける少女へ、アイリアは一語一句同じ言葉を募る。


「真祖は滅びたわ」

「…………それは、事実…………?」


 長い間を置いて再び聞き返す。


「真実よ」

「…………」


 少女はただ絶句した様子で、正気の失われた瞳がただ虚空を見ている。そんな彼女の口は小刻みに震えていて、声ならない何かを唱えているようにも見えた。


「しかし、貴女が……」

「私は確かに真祖の力を引き継ぎ、その意志を継ぐために奔走しているわ。──でも、貴女の言う真祖ではないわ」


 尚も食い下がる少女へアイリアは真実を突きつけた。


「確かに真祖は血を媒介として意志を継ぎ、力を増す。しかし、『彼』の前には全ては形を失う」

「…………『彼』…………?」


 赤銀色の瞳が少女を見やる。戸惑いの色が濃く滲む彼女を決して逃すまいと釘付けにした。


「万物のことわりも、諸行無常の秩序も……混沌と化した世界では何の意味もないわ」


 貴女もよく知ることでしょう。そう、問いかける彼女の言葉に、漸く彼女が納得の色を見せる。


「つまるところ、真祖は……」

「ええ。斃びたわ」

「そう」


 あっけらからんとその言葉を信じる少女の顔には何の感情も見受けらない。──そんな彼女の表情を強いて表すのならば、仕方ないと言う納得だ。


「随分と簡単に信じるのね」

「私とて古き人の時代の生き残り。貴女達、新世者とは目にしてきたモノが違う」


 スッと目を細めそう言い募った少女は少し思案する様に首を傾げると、おもむろに口を開いた。


「そうなると、貴女が最後の始祖と言うことになるのか?」

「そう、なるのかしらね」

「真祖と始祖は何が違うのですか?」


 ここまで黙って二人の会話を聞いていたサティナがふと疑問を投げかける。そんな彼女へ二人の視線が向くと、二人はまた互い目を合わせ、そして答えた。


「血族の真祖は『吸血姫』ルミーリア・ヴァーグェイン、それは彼女を知る者全ての共通認識よ。そんな彼女から直接血を分けた者達が始祖に該当するわ」

「魔人に匹敵する力と高い不死性と引き換えに、定期的に他者から生き血を摂取する必要があり、ごく一部の例外を除いて二度と陽の下を歩けなくなる」


 二人は交互にサティナの質問に答えていく。


「当然ながら血族とは言えど血は無限じゃない。血の権能を行使する度、失った分を補うために新鮮な血を他者から取り込む必要があった」

「そして陽光を受けると血族が持つ特殊な血もまた分解されてしまう。今すぐ命に関わるほどのことにはならないけど、酷い貧血を起こしたようになるわ。故に陽光の下を歩く時は、出来うる限り日光を遮断する物を身につける必要があるのよ」


「しかし、アイリアは陽の下で平然としていますが?」


「厳密には太陽光の中に含まれている、目視出来ない一部の光を遮断すればいい。それだけ高度な術を使える者だけが陽の下を歩ける」

「彼から聞いているでしょう。私に血を分けた時の真祖は、既に陽の光を克服していて、加えれば吸血の必要も殆どない」


 その力をそっくりそのまま引き継いぎ、そして不死者として生まれ変わった彼女は皮肉にも……彼女の義姉に行われた非道な実験、その完成形となり得たのだ。

 陽光をもろともせず、不死故に吸血の必要性すらない。元々真祖は陽光にも耐性を持っていて、血を分け与えた不完全な眷属とは違って吸血の必要性すらも殆どなかった。


「ここで貴女が持った最初の質問に戻るわ。"始祖"とは"真祖"から直接血の施しを受けた者達で、適性を持たない者は分け与えられた血に酔い、狂い、蝕まれ、そして自壊したわ」

「そんな中でごく一部、適応出来た者達が"始祖"になった。そんな彼等が血を分け与えた者達もまた血族になる」


「そうして代々眷属を生み出す血の営みが生まれたわ。そして当然ながら真祖から遠ざかるほどに血は薄れ、血族としての力も弱くなる」

「その代わり、必要な適性の障害ハードルは低くなった。末端の血族は酷く血が薄い代わりにほぼ確実に血の営みが成功する。それで得られる能力は高い身体能力と高い治癒能力、そして引き換えに失うのは人らしい生き方」


 あまりに不釣り合いな代償。

 それが血に溺れた者達の末路なのだろう。


「我が師からは血族はほぼ絶滅したと聞きましたが?」

「それは正しい。生き残りと言えば私のように自分の命以外守るモノのない奴くらいだ」


 軽く手を振ってそう言うダークエルフの少女。


「それに真祖もいない今、血族はこれ以上増えない」

「貴女達が増やす可能性は?」


「それはないわ。血の営みはおいそれとは行えない」

「それに眷属を持てば足がつきやすくなる。下手に敵を作りたくはないものだ」


 血族は滅びた。そう人々に認識させておけば出鱈目に敵を作ることもないのだろう。


「貴女は何故、血族に?」


 そう問いかければダークエルフの少女がスッと目を細めた。空気が凍りつくような感覚を肌身に感じながら、サティナは黙って答えを待つ。


「何故それを聞く? それを聞いて貴女にどんなメリットがある?」

「貴女が私や彼の敵ではない保証が欲しいのです」


 力に溺れ、血に酔い、厄災をばら撒く悪魔の一人なのか。そう問いかけるサティナを彼女は鋭い眼差しで射抜く。


「敵、だとしたら?」

「全力で止めます。今ならまだ、間に合いますから」


「止める? ころすのではなく?」

「ええ、そうですよ。争っても不毛なだけだとは思いませんか?」


 どこか達観したような口調でそう言う彼女の顔を少女はまじまじと見つめ返す。まるで理解出来ない何かを見るような眼差しで……しかし、その視線はどこか満足そうだった。


「私も一つ聞いていいか?」

「答えられることであれば」


「貴女の後ろには何がいる?」

「…………知りたいですか?」


 ダークエルフの少女の瞳が一度サティナを見て、そして今度は彼女の後ろに立つ目に見えない何かへと視線を移した。

 そんな彼女へサティナは長い沈黙ののち、そう聞き返す。


「私には、分からない」


 そう言う彼女の視線がサティナを外れてアイリアへ向く。どこか無関心そうな表情で彼女の瞳を見つめるアイリアと数秒目を合わせて、そして諦めたように視線を外す。


「私はただ生きる術が欲しくてこの血を受け入れた。貴女は違う?」

「死ぬかもしれない血を?」

「放って置いてもどうせ死んでいた」

「そう、ね」


 互いに目を合わせようともせずに淡白的な言葉を交わす。


「天魔の娘。貴女は、自身が呪われてでも成したいことはなかったのか?」

「もう、何度も呪いましたよ」


 諦観を滲ませた声でそう言う彼女の言葉に、ダークエルフの少女が微かに目を見開いた。


「結局、全ては同じこと……」


 十二の時、他者の営みを踏み躙るけだものを呪った。それを目の当たりにして何も出来ない無力な自分を呪った。

 十五の時、呪われたように獣を殺して……その挙句に、力ありながら何も守れなかった己を呪った。


「……道理、だとは思いませんか……?」

「まるで、真祖みたいなことを言う」


 彼女もまた血の営みにて他者を呪った。例え彼等がその呪いを受け入れたとても、人を呪ったことに変わりはない。


 故に、最後は自分が呪われて──


「なるほど……真祖が何故死んだのか、よく分かった」


 そう言う彼女の視線はアイリアへと向けられていて、再び目を向けられた彼女は肩を竦める。少なからず彼女もまた分かっていたのだろう。


「貴女の後ろに居る者も分かっているのか?」


 アイリアから視線を外し、再びサティナへと目を向ける。そんな彼女の問いかけに、サティナは無言の肯定を示した。


「そう」


 満足そうに呟くと彼女が指を鳴らす。


「人払いの術を解いたから、間もなく人が集まる。久方ぶり有意義な時間を過ごせた」


 そう言うと彼女は夜の闇の中へと消えていった。


 ダークエルフ、血族の少女。そんな彼女が消えた方を見ながら、サティナはそう遠くない日にまた会いそうな気がしていた。


「人を呪わば穴二つ、ね」


 ため息混じりにそう溢すと、彼女は腰に下げた二振の剣の柄頭に触れる。


「不思議ですか?」

「いいえ。知っていたわ」

「そう、ですか」


 未だ顔色がすぐれていないことにはあえて触れず、サティナは一つ頷く。


「寄り道が過ぎましたね。戻りましょう」


 サティナもまたため息混じりそう告げれば、アイリアが無言のまま頷く。そうして二人並んで来た道を引き換えした。

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