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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第三章 磔が嗤う常闇の饗宴
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第十二話 巨大な影

 灼熱が大気を焼いて、未だ破壊の残滓が滞留している。そんな中でサティナは己の手を見下ろして、ただただ──


「何故……?」


 終わりの見えない思考を巡らせていた。黒い煤と化した家々が重力に従って地面に叩きつけられて潰れる。

 周囲には無数の火の手が上がっており、未だ生き残った者がいるかも知れないと知りながら、しかし助ける気にもなれなかった。──いや、もう生きている者などいないだろう。


 あれだけの灼熱に焼かれて生き残れたとしたら、もう熱が引き始めている今なら自力でどうにか出来る。それが出来ない者は既に生き絶えいるに違いない。


「話では聞いていたけど、これは想像以上ね」


 俯いたまま動かない彼女の後ろから、最近知った声が響く。そんな声の主を視界に入れようと振り返り、しかし動く間もなく彼女の首に冷たい感触が突きつけられた。


 灼熱が支配する空間で、その感触に思わず身震いする。


「…………今更、何の意味もありませんよ」


 しかし、首の皮を切らせてサティナは構わず振り返った。そんな彼女の視界に映るのは、無表情を貼り付けたアイリアだ。


「私もそう思うわ」


 存外、アイリアはあっさりとその刃を下ろした。いや、彼女もまた同じなのだろう。

 人の尊厳を容易く踏み躙る蛆が湧くこの街を、燃やしてしまいたかったのかも知れない。


「ルルが聖女が出たかも知れないと言っていたわ」

「ええ、聖女を名乗る幼児は見かけました」

「今はどこに?」


 そんな彼女の質問にサティナは視線を斜め下へ向けて、答えを指し示す。そこにある黒い煤を目にして、彼女を末路を悟ったアイリアが再びサティナへと視線を戻した。


「彼女の特徴は?」

「兎に角幼く、金切り音のような声をしていました」


「彼女は死んでいないわ」

「…………」


 スッと目を細めるサティナへ、アイリアが説明をした。


「不死者は殺しても死なない。こうして完全に滅殺したとしても、またどこかで蘇る」

「…………」


 しかし、サティナは無言のままだ。決して彼女の言葉を疑っている訳ではなく、ただ許せないのだ。

 アレが、不死と言う理由だけでのうのうと生きていることが──


「意外かも知れないけど、不死者を殺す方法はいくつかある。一つは心を破壊すること」


 納得いっていない様子のサティナへ、アイリアはため息混じりに説明を始めた。


「最も王道的な方法だけど、不死者はその精神性の異常故に生まれる。どんな拷問にかけたところで、心の破壊は容易じゃないわ。何故か……」


 指を一つ立てて、彼女は言葉を連ねる。


「彼等の心にあるのは揺るぎない、執念にも近い信念。その執念と信念には善も悪もなく、ただひたすら己が目的を果たすために突き進む」


 よく、知っている。他の誰でもない、『彼』がそうなのだから。

 ひたすらに対象を滅ぼして、まるで狂気に取り憑かれたように限り無く突き進んでいる。


「故に、誰も彼等を裁けないのよ」

「…………本当に、そう思っているのですか?」


 アイリアは嘘を述べた。そんな彼女をサティナが眼光鋭く睨め付ける。


「不死者は滅びます。他の誰でもない、『彼』の手によって……」

「貴女は彼を過信し過ぎている」


 しかし、それに対してアイリアから感じるのは怒気に近い感情だった。


「出会って間もないけど、薄々気付いていたわ。──いえ、さっきので確信出来た。

 まるで貴女が彼を見る目は、一種の信仰対象にも近い。彼を偶像化にも近い形で昇華して、貴女の中で神格化すらしている」


 核心をついたような言葉に、しかしサティナは答えない……答える、までもない。

 初めて彼に会ったその時から……いや、出会うよりも前からサティナは彼を神として信仰していた。


 太古の昔から村に伝わる伝承。その信仰に従って彼を崇め称えて来たのだ。──いざ、その対象に出会って……しかし、その考えが覆ることはなかった。


 ずっと、彼は彼女の『神様』なのだから。


 村を襲う冒涜者を淘汰し、彼女に希望を見せた。天界を追放されて、獣以下の畜生に襲われて、奪わるばかりの人生で……抵抗する術も、抗う気力すら知らなかった彼女に彼は応えてくれた。


 今日こんにち、彼の背中が何よりも雄弁に語っていたのだ。


 一方的に奪われることはないと。

 理不尽に屈する必要などないと。


 彼は何も言ってくれない。しかし、その無言の姿勢が全てを語っていた。

 他でもない彼女の道標となっていて……その姿が少女には『神』にも映ったのだ。


 それは刹那に見た押し付けかも知れない。──しかしそれこそが彼女の全てであり、決して変わることのない真実なのだ。


 ──ああ、そうか……

 ──神様に出会ったあの時から、私の中の時間は止まっているんだ……


 ふと、思い出すのは聖女が口にした言葉。


 ──いつまでも、幼い心のまま……


「…………何も、変わりませんよ。私も、貴女達も同じです」


 悟ったような表情でそう言う彼女に、アイリアは何かを言いかけて……しかし、黙って口を閉じた。


「これも、全て貴女の思惑通りと言うことかしら?」


 ゆるりと振り返り、そう彼女が問いかける相手は長い黒髪を靡かせた少女、ルルだ。確かに惨状を目の当たりにした筈の少女は、しかし薄寒い笑みを浮かべている。


「さて、ね。事実、君達にとって僕の言葉にどれだけの価値があるのかな?」


 そんな魔女へ対して、意図せず二人が目を細める。図らずとも同じ表情を浮かべる二人を愉快そうに眺めて、あはっと口を開けて嗤う。


「何をそんなに憂いているんだい? 当然の結果じゃないか!」


 両の腕を目一杯に広げて彼女が声高らかにそう言い放つ。まるで人の痛みなど微塵も感じていない少女へ、サティナが抗議の視線を向けた。


「どうしてそんなに不服そうなんだい? これが他でもない、君の手によって引き起こしたことだろう?」


 そう言われれば返す言葉もなくサティナは黙り込む。そんな彼女を横目に、アイリアが振り返る。


「同感ね。遅かれ早かれ、彼等の末路は変わらない」


 歪んだ存在は長く持たない。彼等の歪んだ宗教観念が、その畜生にも劣る人間性が……いつの日か破滅を招くことは免れない。

 それが早かったか、遅かったかだけの話しで……彼女が手を下さなかったところで、誰かが同じことをしていただけだ。


「何を今更憂いたところで、所詮は詮無きことよ」


 ため息混じりにそう吐き捨てると、アイリアは焼け爛れた街中へと歩いて行く。

 まるでくだらい、とでも言い捨てるような後ろ姿がサティナには痛々しく映った。


「貴女は私の言動に興味があると言いましたね」


 その言葉に彼女は答えない。ただ、無言の肯定を示すのみだ。


「…………答えたください。これは、貴女が予想していた通りの結果ですか?」

「結論から言うと、僕はどんな結果も想定していなかったよ」


 スッと視線だけを動かして燃え滓となった人工物をつまらそうに見下ろす。


「同時に、どんな結果になってもいいと思っていた」


 徐に視線をサティナへ戻して、黒髪の魔女がそう述べる。まるで、世の中の全てがどうでもいいくだらないことであるかのように、その無機質な瞳が冷たく少女を射竦めていた。

 とても魔女らしさを感じられない彼女の心の顕れ様に、サティナが訝しげに目を細める。──いや、何にも興味を示さない様もまた、魔女としての在り方なのかも知れない。


 ──だが、彼女は違う……


「貴女は──」


 そこまで絞り出して、しかし肝心の言葉が出ないままサティナは視線を逸らして口を結ぶ。

 逸らした先、何を目にしたくないと向けた視線はただ暗闇だけが広がる夜空を見上げていた。


 そんな彼女の視線を追ってルルもまた……いいや、彼女達だけではない。少し離れた所に立つアイリアも物憂げな眼差しを、ただ虚空である暗闇を見上げている。











 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー











 結局、日が明けてもその日は誰も口を開くことなく過ぎた。誰ともなくただ道を進み、気がつけば日暮れだ。


 薄暗い空の下で火を囲んで三人はどこか遠くを見て互いに目を合わせようとしない。


 居心地が悪いとは思わない。昔、男と行動を共にしていた時は、数ヶ月以上も口を聞かなかったことすらあったのだから。

 ただそれでも、無言の時間が長いと色々と考えてしまう。先日、街での出来事を……それが根強く蔓延る世界で一体──


「…………」


 ──考えても無駄なだけ……


 間もなく周囲に闇が降りて、目の前で気紛れに揺れる焚き火の灯りが唯一の光源となる。


 と、不意に三人が同時に視線を上げる。互いに目配りし、違和感を感じ取ったのが自分だけではないことを理解すると誰ともなく立ち上がった。


「……何?」


 轟音が近づいて来ている。だが、それは横からではなく上からだ。──遠く、地平の果てから聞こえる轟音が空気を揺らしていた。


「これは、聞き覚えがあるね」


 ルルの呟きと共に、彼女の視線を追って二人が遠くの空を見上げる。ただ闇だけが広がる悠久の空の果て、超感覚を持った肉眼でも何も見えない。


「火を消しましょう」

「ええ、そうね」


 アイリアの視線が焚き火へ向けば、何の前触れもなく鎮火した。それを確認するより早く、轟音が増す。

 金属が擦れるような微かな音が耳に入り、サティナが僅かに身を固くする。一瞬横へと視線を向ければ、アイリアが刀を抜き放っていた。


 白銀しらがねの刃が暗闇を映し出し、闇に溶けている。


「……まさか……」


 と、そんな彼女が赤銀色の瞳を見開いて呻く。その視線を追ってサティナもまた目を凝らして、絶句した。

 あのルルですら同じように言葉を失って驚愕に固まるだけだ。


 一度気が付いてしまえば、今まで見えていなかった他の所まで見えてしまう。

 三人は遠く、各々が別の所へと視線を向けているが、彼女達の視界が捉える存在はたったの一つ。


 夜の闇よりも尚深い巨大な影。

 長い胴体から広がるのは巨大な、巨大過ぎる二対四枚の翼。

 大気圏近くを飛ぶソレは羽ばたくこともなく、その巨大を宙に浮かせていた。


「まさか、龍族ドラゴン……?」

「あの姿形シルエットと大きさからしたら、他に無いだろうね」


 雷鳴にも近い轟々とした音はあの巨大が空を切って高速移動する音だったのだろう。呆気に取られる中、サティナはふとアレの行き先が気になった。


「アレは、一体どこを目指しているんでしょうか?」

「さぁね。でも、何か嫌な予感がする……」

「あの大きさの龍族が最後に目撃されたのはもう数千年も前よ」


「数千年前?」

「ええ。大抵はあの大きさにもなると数百年以上も動かないわ。当然、数百年も動かなければ表皮が土や植物に覆われて山と化すから」


 サティナの疑問符に答えたのはアイリアだ。巨大を持つ龍族ほど長く動くことはない。

 それこそ植物のように、ただゆっくりと息をしているだけで殆ど自然物と化しているのだ。


 しかし、それが動き出したのだ。ただ住処を変えると言う理由だけでは奴等は動かない。

 となれば、何か大きな要因がある。山すらも覆い尽くすほどの巨体を持つ存在が、こうして移動しなくてはいけないほどに強大な影響が……


「そう言えば、風の噂程度だけど……」


 と、その時ルルが徐に口を開く。そんな彼女の視線はなおも天を駆ける巨龍に向いていた。


「『龍王』が生まれた、って」


 直後、アイリアが顔を青ざめさせた。震える足で、しかし鬼気迫る勢いでルルの肩を掴む。


「それは……それは、本当っ!?」

「落ち着きなって」


 そんな彼女を宥めるように、ルルは少女の肩にそっと手を置く。


「ただの噂さ。それに、こんな噂なんて昔からありふれていたじゃないか?」

「そうね。でも、貴女は今まで確証もない噂を口にしたことがない」


 つまるところ、根拠に近い何かを知っているのでは無いか。そう問う彼女に、ルルは困ったように眉尻を下げる。


「僕も確証はないよ。でも、ここ最近は変なことばかり起こってるからね」


 今度こそ噂じゃ無いかも知れない。そう言うルルの言葉を受けて、アイリアはフラフラと力無く後ずさった。


「恥を忍んで訊ねますが、龍王がいることに何の問題があるのですか?」

「…………想像出来ないのかしら?」


 サティナの疑問に、アイリアは少々呆れ気味に振り返る。


「龍族がどうとか、龍王がどうかと以前に……あの自由奔放な龍族を纏めないといけないほどの何かがあると言うことよ。

 少なくとも、何か大きな出来事……少なくとも、碌なことではないわ」


 龍族の結束は、世界が大きく動き出していると言う……その証明に他ならない。


「何よりも、龍王そのものも危険よ。あの龍族を纏め上げる高いカリスマ性に加えて……」


 筆舌し難いほどの力を持っているに違いない。最後まで言い切らずとも、彼女の表情がそれを語っていた。


「それに、アレが飛んでいった方向……僕達の行き先と同じだね」


 三人が見上げる先、暗い夜闇に消えていく巨龍。どこまでも、深い闇に閉ざされた先はまるで──


「……御先真っ暗……」


 ルルがどこか愉快そうにポツリと溢した言葉はしかし、皮肉にも彼女達の心境はそのまま表していた。

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