第十一話 がらんどう
「それで、彼女は何か言っていたかい?」
宿の一室、大して美味しくもない料理を口に運びながらルルが言う。
「夜風に当たってくると言っていたわ」
「なるほど、ね。夜風に当たってくると……」
くすくすと笑うルルが窓から外へ視線を向ける。何故だからその横顔はどこか憂いているようにも見えるのは気のせいだろうか。
「何か思うところでも?」
「そう見えるかな?」
「…………」
いつもの笑顔……しかしいつも、その笑みにはどこか陰りがある。それを指摘しても適当に言いくるめられて終わりだろう。
「それで、どうだい? 君も食べるかい?」
「私は不死者ですよ」
「でも、食べれるんじゃないかな。味覚も機能しているようだしね」
「同じよ。いくら美味な食物を口にしても、いつも同じ……。無理矢理腹に物を詰めたような満腹時と同様、ただ拒絶感しかないわ」
この話しは終わりだ、とアイリアが明後日の方へ視線を向ける。そんな彼女の様子を愉快そうに見送って、ルルは一度止まっていた食事を再開した。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
冷え込んだ街中をサティナは無言のまま歩く。あてもなく彷徨うように歩きながら何度もなく繰り返される思考は、『彼』ならどうしただろうか、と言う無意味な疑問。
果たして自身の行動は正しかったのか。その答えも出ないまま、逃げるように切り替わった思考が向くのは『彼』。
『彼』ならあの時どうしていたか。そんな答えは他でもない自身がよく理解しているても、やはり辿り着くのは正誤の是非。
──くだらない……
実に、くだらない。過ぎた事をいつもまでも引きずり、未練たらしくしがみついて切り替えることも出来ない。
自身が決め、行動した筈のことなのに今になって他の選択もあったのでは無いかと、既に有りもしない可能性を視ている。
「…………」
気がつけば昼間、少女の処刑が行われた広場まで来ていた。特に此処へ足を運ぼうと思っていた訳では無く、ただ無意識下に辿り着いていたのか。
白いため息を一つ吐き出して、踵を返す。──直後、ふと視線の端に違和感を感じ取った。
「まさか……」
未だ処理もされずに野晒しになっている焼け跡に近づき、見下ろす。暫くそうして周囲を警戒し、ゆっくりと屈み込んだ。
昼間と何も変わらないように見えるのに、何故だか違和感が拭い切れない。
──何故……?
──何が、おかしい……?
分からない。しかし、確かにおかしい。
「おい」
と、その時背後が声がかかる。それを耳にしてもサティナは動かないまま──
「おい。聞いているのか娘」
「…………失礼しました。突然声がしたものですから驚いて」
ゆっくりと立ち上がり、徐に振り返る。
「……っ!? 貴様、その目はどうした?」
「昔、事故に巻き込まれまして……」
閉じた瞼の上からでもわかる。眼球が失われているが故に瞼は普通の者と比べ、窪んでいた。
閉じた瞼の上からでもそれを察することが出来たと言うことは、声の主は他にも前例を知っているのだろう。
──いや、もし彼が拷問官なら人の目を抉ることは日常茶飯か……
閉じた瞼の上からでも眼球が無いことが分かっても不思議ではない。
「……そうか。大方道に迷って途方に暮れていたところか?」
「ええ。少し歩き疲れて休んでおりました。何か問題が……」
「貴様、今が何時が知っているのか?」
「生憎も目が見えないもので、ですが道行く人の気配が少ないことから遅い時間帯であることは理解しています」
何の疑いもない様子でそう言えば、目の前に立つ男の気が緩むのを感じた。大方、敵とはなり得ないと判断したのだろう。
「なるほど、魔女の遺灰を使って何かしようと言うわけではないな」
「……魔女?」
「いや、いい。貴様は知らずに此処へ迷いこんだ様子だからな」
どうやら男は目の見えないサティナが魔女が火刑されたことを知らないと思っている。加えて魔女の遺灰の前に屈み込みこんでいたのも偶然だと捉えてくれていた。
そもそも、目が見えない者に何が出来ると言うのか。
理不尽に光を奪ってきたからこそ、光を奪われた者の惨めさを知っているのだろう。
だからこそ──
「それなら、俺が宿まで送ろう」
──嘘だ……
すぐにそう直感した。
目は見えないとは言えど、見えくれは良いのだ。拷問と称して人を痛ぶることを何とも思わない人間が、己が欲望を当然のように他者へとぶつけてきたものが今になって変わる筈もない。
目は見えずとも彼女を見る瞳が欲に濁っていることは手に取るように分かった。人を騙し、漬け込み、そうして使い潰す。
「いえ。態々手を貸していただかなくとも自力でどうにか出来ます」
無理があるとは自分でも分かっている。現に先ほどは道に迷って途方に暮れていると口にしてしまったのだから。
「それならなぜ道に迷ったんだ? 人の親切は素直に受け止めるべきだぞ」
当然の切り返しだ。穏やかな口調ではあるが、どこか凄みを感じさせる。
その威圧感に押し負け、大人しく付いてくることを狙ってのことだろう。
「はぁ……」
溜息を吐く。こうなってはサティナがいくら断ったところで引き下がることはないだろう。
いや、寧ろ断固として首を縦に降らなければ実力行使に出るに違いない。
「大人しく下がっていれば良いことを、何故そう欲をかくのですか? 身の丈に合った範囲で誰にも迷惑をかけずに己が欲を処理していればいいものを……くだらない味を占めたものですね」
直後、雰囲気の変わったサティナの様子に男がたじろぐ。すぐに腰に下げていた銃へ手を伸ばし、しかしその腕があり得ない方向へとひしゃげた。
「ぎゃっ!?」
悲鳴を上げ、倒れる男の顔をサティナが鷲掴みにする。ここで悲鳴を上げられて人が集まってきては困るのだ。
「しー……」
口元に立てた指を当てて息を吐き出す。まるで人とは思えないほど冷めた表情を目の当たりして、男の顔から血の気が引いた。
「貴方を殺さなくてはならないのは私の責任です。受け答えに失敗したから証拠を隠滅しなくてはならない」
まるでどこか他人事のように美しい悪魔が囁く。白い髪が夜風に靡き、閉じた瞳が見開かれる。
色鮮やかな、独特な紋様の浮かぶ瞳。こんな状況でも思わず魅入り、目が釘付けになっていた。
「……でも、これも教訓ですね。私にとっても、貴方にとっても」
「何を言って……?」
「あぁ。そうです、か……。貴方は分からないのですね」
自分がどんな失敗をしたのか分からないのか、と問いかける少女を前にして男が震えるだけだった。
しかしそれでも分かっている。自身がとんでもない相手に手を出してしまったのだ、と──。大人しく引いていれば逃げる機会はあったのに、要らぬ欲をかいが故にこんなことに。
そして、直感する。彼女こそが『本物』であるのだ、と──
──奴が、奴こそが魔女だ……
見ているだけで吸い込まそうな瞳。まるで魔力を帯びているかのような視線は、見る者の心を惑わす。
人である振りをして、まるで人の如き振る舞いをとっていてもその真髄は底知れない狂気だ。男を殺すことをまるで何とも思っていない。
罪悪感も無ければ、彼等のような高揚感もない。まるで作業のように、慣れ親しんだ行為を繰り返すように、瞳に映るその心は完全なる無だった。
邪心の欠片もなく、人を殺すのだ。
一体、どちらが化け物だと言うのか……?
嬉々として人を殺す方か──
それとも邪心の欠片もなく、純粋な想いのまま何の感傷もなく命を奪う方か──
果たしておかしいのは、前者か後者か──
ドタッと鈍い音もに、サティナの指先からポタポタと血が滴る。握り潰した頭部から弾け出た中身が彼女を穢し、それすらも少女にとっては意識を向ける価値もない。
ただその心内にあるのは暗い無の闇だけだ。昼間、あれほど少女の処刑を嫌悪していたくせに、今は人を殺しても何とも思わない……。
何故か、それは単純明快だ。
ただそこにあるのは、彼女の物差しで決めつけた善悪の差だけだから。少女が悪であると認識した人間を殺すのとは、何も思わないのだ。
だが、罪もない。そもまた少女の勝手な価値基準で決めた無実の者が処させることは、許せなかった。
──まるで同じではないか。
己が決めた勝手な判断基準で判断し、審判し、そうして手を下す。彼等が昼間、罪なき少女へ行っていた言動と何ら変わりない。
まるで、いつかと同じ罪人狩りを繰り返すように──その先にあるのが破滅でしか無いと知りながら、何と愚かなことか。
「私もまた、随分と腐りました……。いえ、初めから私も狂っていたんでしょうね」
自嘲気味にそう笑い、サティナは足元に転がる屍を蹴り飛ばす。空高く蹴り上げられた屍は一瞬の内に灰塵と化し、暗い街中へと消えていった。
「戻ろう」
ポツリと呟き、踵を返して……しかし足が動かない。
「こんバンワァ」
キーキーと扁桃体を支配するような不快な音が声に混ざる。その声の主がまかさ十にも満たない姿形の少女などとは、とても思えなかった。
「オヤァ? 返事がありまセンネェ。これはいけマセン……」
どこか思案するように首を傾げ、そうして再び少女がサティナを見上げる。その無機質な瞳はあの男に似ていて、それでいて非であった。
「貴女は何者……いえ、こんな質問など無粋ですね」
「オヤ? 言葉が分かるノデスカ。それなら話しが早イ」
「貴女と話すつもりはありません」
しかし素気無くそう切り捨てると、サティナが一歩前へと出る。そんな彼女を微塵も気にした様子もなく、少女が言葉を募る。
「そんなコト言わずに、少しお話ししまショウヨォ。吾輩を目にして怖がない人と合うのは久しぶりナンデス」
「ただ、話しをしたいだけですか?」
そう問い掛ければ、少女はケタケタと笑う。──いや、厳密には笑っていなかった。顔にはのっぺりとした無表情の仮面を貼り付けたまま、しかし無表情のまま小さな肩を揺らして笑っているのだ。
「久方ぶりに同胞に会えた喜ばしい日なのデスから、語り明かソウではあァリマセんか!」
細く短い、未だ伸び切っていない両の腕をめいいっぱいに広げて自身の感動を表現する。顔は無表情のまま、しかしその身振り手振りは表情よりも雄弁に彼女の心境を語っていた。
「同胞?」
「ええ、そうデス。同胞っ!」
ゆっくりとその手で自身の目を覆うと、徐に腕を下ろす。再び顕になった瞳は魔人特有の独特かつ鮮やかな色彩が浮かび上がっている。
「魔人、の一族でしたか……」
「イエイエ。吾輩が同胞と言ったのはそう言う意味デは無イデスヨ」
首を振る童女を目の当たりにしてサティナが目を細める。そんな彼女の反応など気に留めた様子もなく、彼女は言葉を紡ぐ。
「貴女も聖女なのデショウ? 感じますヨ。抑えている様子ですが、強い聖力ヲネ」
「昼間の魔女に続いて聖女ですか」
眼光鋭く童女を睨め付けようとも、彼女が怯む様子は微塵も見受けられない。
「エエ。ソウ、聖女デス。強い聖力を持ち、魔を討ち払ウ者」
「罪なき幼子を手にかけるような人が、大層な呼ばれようですね」
「アレは必要な犠牲ナノデス。アアして悪を作り出すコトデ、それ以外の者達は悪を虐げ、彼女達を貶し、自分達が善であると信ジ、残った者達はより強ク団結スルノデス。
それこそが真理であり、つまるところ昼間の幼子ハ必要悪ナノデス」
──狂っている……
魔女とはまた違うが、彼女もまた狂気的な思考の持ち主だった。自身の快楽の為に他者を嘲笑う魔女に対して、彼女は自分とその身の回りや周囲の利益になるのなら、例え幼子を手にかけることとて善であると述べている。
──いや、人は皆どこかおかしいのか……
──かく言う、私もまた他者から見れば悍ましい化け物にも写るのか……?
ふとそんな自問がよぎるが、すぐに頭を振って逸れた思考を戻す。そもそもとして、彼女は何故──
「一つだけ答えておきましょう。私は聖女では無く、そして貴女の同胞となり得ることもありません」
「ソレハ残念デス。貴女とならば今まで以上に世界をより良く出来ると思ッタノデスガ……」
「……っ!!」
直後、サティナの顔から感情が抜け落ちる。
内心を悟られないよう無表情の仮面を被っていた筈の顔。メッキの剥がれ落ちた仮面の下から覗くのは、無機質な表情。
──あれが、良きことだと言うのか……
──罪なき幼子を痛ぶることが善行であると……
激情が吹き荒れるのと共に、その心は驚くほど冷たくなっていた。
「…………よく、分かりました」
サティナが溢した呟きに童女が首を傾げた直後、彼女の姿が霞む。
「ッ……!?」
刹那、捻れば軽く折れそうな細い首をサティナが掴み上げる。凄まじ膂力で握り締められて、聖女の顔がみるみるうちに青ざめていった。
「貴様は、罪なき幼子を火に焚べることが善行だと言うのか?」
ゾッとするほど低い声で今一度問いかける。白光色の瞳が青ざめる聖女の瞳を捉えて離さない。
「無実の罪で処させる者を、まるで見せ物のように民衆に晒し……!」
ギチギチと細い指が締まり、か細い童女の首に食い込む。防護魔法で抵抗はしている様子だが、魔王相手に生き残った超越者にそんなものは無駄な足掻きだった。
「それを嬉々として眺める奴等を……!」
灼熱が周囲を包み込み、石造りの地面を溶かす。
「貴様は悪と見ないのかっ!?」
暗い空に陽炎が立ち上り、あまりの高温で周囲の物が発火し始める。
「心底ふざけた奴だ」
激情が爆ぜる。これだけの激情を露わにしたのは一体いつぶりだろうか。
村が蹂躙された時か、それとも刺客に獣人の子供達を殺された時か──
長い白髪が浮き上がる。それと同時にまるで重力が失われたように周囲の物もまた、燃えながら浮き上がっていた。
「何故、貴様等はそうなのだ? 何故、他者の尊厳を尽く踏み躙り、辱める? その何処に大義がある?」
バチバチとサティナの周囲で白電が迸る。
「己が我欲のために他者の営みを奪い。無実の少女を焼き払い……」
広がる灼熱が街全体を覆い始める。そこかしこから上がる悲鳴すら、今の彼女の耳には届かない。
「それが善であると述べる傲慢が『彼』を駆り立てた!」
そんな彼女の白光色の瞳に映るナニカを目にして、聖女が目を見開く。
それは彼女の心の写し鏡か、あるいは古より蘇りし化け物か……それとも未だ至らぬ姿か──。あるいは、ソレこそか『神』であるのだろうか。
「くっ……くっふふ……」
しかし、そんな状況にあってその聖女は嗤っていた。
「……分かった、ような口を……」
血を吐きながら彼女は語る。
「……貴女に、分かルノデスカ?」
自身を掴み上げるサティナの右腕。その手首を力強く握りしめて、彼女は言う。
「吾輩は……私はかつて、ここで……アイドルをしてイマシタ。彼女達と同じく、無実の罪に囚われるまでは……」
灼熱に喉を焼かれながら彼女は言い募る。
「囚われ、いくら拷問を受けよウトモ私は決して冤罪を受け入レナカッタ。拷問に負け、首を縦に振ることは……私を応援してくれたファンに対する、裏切りだと思ってイタからデス」
真っ直ぐとサティナを見る目に映るのは底知れない悲しみと、やるせない怒りだ。
「そんな私は手足を縛られたまま、民衆の前に引き摺り出されマシタ。罪人として晒されタノデス」
よくあることだ。しかし、彼女にはそれが耐え難かったのだろう。
何故なら──
「私は無実であることを必死に叫びマシタ。私を見る者の中には多くのファンもイマシタ……」
力無く呟く童女。次の瞬間、そんな彼女の瞳に激情が宿る。
「手足を縛られ、晒された罪人。そんな者に石を投げつけるなど見慣れた光景……罪人を目の前に出された人は思うんデスヨ、"こいつになら何をしてもいい"、ト……」
その時、彼女の身に何が起きたかなど想像に難しくない。それを悟ったサティナの顔には僅かながら、激情の表情が引いていた。
「私は嬲られ、犯されマシタ。他の誰でもない……かつて私を熱心に応援してくれファンに、陵辱されタノデスヨ。彼等のためにどんな拷問にも耐えて来たト言ウノニ……」
何とも皮肉な話しだ。しかし、それと同時にサティナの中の激情が再度噴き上がる。
「なるほど、随分と……」
溶け燃えた家々が浮き上がる。そんな中でサティナは瞳に炎を宿して聖女を睨め付けた。
「己がその痛みを知りながら、よくも他者にも同じ仕打ちが出来たものだ」
同情など欠片もなく、サティナがより強く彼女の首を締め上げる。そんな彼女の言動を目にして、聖女は皮肉げに笑った。
「彼女の死にこれだけの怒りを覚えながら……」
燃え滓となった少女の灰へ視線を向けて、彼女は冷めた眼差しをサティナへ向ける。
「私の身の上話しには欠片も同情シナイ……まるで矛盾してイマスネ」
「減らず口を叩く」
確かに同情する余地はあるのかも知れない。しかし、彼女にそれだけの上等な感情を与えるにはあまりに腐り過ぎている。
「貴様は腐り過ぎた。同情をなどと言う上等な感情は、貴様には勿体ない」
「ぐっふ……そこまで、言イマスカ」
最早、別世界と成り果てた街中で聖女が儚げな笑みを浮かべる。そんな彼女の姿が何故だか、自身の姿に重なって見えた。
──私も、一歩間違えれば……
どこかで違えば彼女と同じような成り果てていた可能性もあるのだ。だが、そんな感傷などは無意味……現にサティナはこうして聖女を締め上げており、彼女は"彼女"ではないのだから。
「せめてもの情けだ。今この場で、殺してやる」
「ぐっふふ……私は不死デスヨ。未来永劫死ぬことも出来ずに、永遠なる業を背負ウノデス」
血を吐きながら嗤う童女を、サティナは冷たく見返す。
「いいや。貴様は死ぬ」
白炎が聖女の身体を包み込み、その幼体を燼滅する。不死の呪いも、永遠なる業も等しく光が蝕む。
死なぬ者すらも殺す超越者の権能……あるいは、それこそが救いの奇跡なのかも知れない。
未来永劫逃れることの出来ぬ呪いからの解放だ。
「アぁ、それと最期に訂正しておキマショウ。貴女は聖女では無カッタ……貴女は、魔女なのデスネ」
白き粒子と化して逝く聖女が重々しく口を開く。その言葉の真理を察する前に、彼女は言葉を紡ぐ。
「刹那の感情に任せて、無差別に厄災ヲバラ撒ク」
壊滅した街を指し示して彼女は言う。呪詛にも近しい言葉を受けて、しかしサティナはその表情を変えることはない。
「罪なき者も、罪深き者も関係なク灼キ払ウ。まるで私達が昼間の少女にしたことト同ジヨウニ……」
皮肉も彼女が火に焚べられることを見物としていた街の住人は、その少女と同じく灼けた空気に炙られた。
家々は燃えながらにして浮き上がり、溶けた石もまた宙にて舞踊っている。
「皆が皆そうではない。少数ながらも、本当に罪ナキ者モイタ……。
不思議デスネ。何が正しいか知りながら、何故正しさを実行しナイノデスカ……? 罪なき者を手にかけることが悪しきことだと述べながら、何故無差別に命ヲ奪ウノデスカ?」
この街に住まう全ての人間が腐っている訳ではない。しかし、彼女は街全てを焼き払った。
「……もう、黙れ……!」
より一層強く聖女の身体から白炎が吹き出し、まだ幼いその身体があまりの熱気でひしゃげる。
より強く空気は振動し、灼熱が街を焼く。
「貴女は理解していないノデスヨ。自身が持つ力のことも、それが周りへ与える影響モ……」
いつか、彼女自身が口にした言葉。それが、何故自身へ向けられているのか──
「私も見かけは幼いデスガ……貴女の心ほどではアリマセン。まるで何か、大切なモノを置き去りにしてしまったように、脆ク儚イ……」
それはサティナ自身、薄々と感じていたことだった。あの時、家族を失ったあの時から二回り以上も身体は大きくなったと言うのに、心はあの頃のまま幼い。
まるであの日、あの時、あの場所で……彼女もまた死んでしまっていたのかも知れない。
生者の記憶の中で眠る故人のように、胸に飾られた遺影のように、決して変わることもなく……
──私はずっと、あの時と同じまま……
百年もの年月を生きてなお、その心は幼く未熟なまま……何一つ変わることなど出来ていなかった。──変えることも、出来なかった。
「クフフ……忘れてないでクダサイ。芯の無きモノは存外、脆いモノデスカラネ。がらんどうのままで、それだけの力を手に入れられたのは奇跡的ナ例外デスヨ」
白い炎の中で、狂気を宿した瞳が爛々と輝いていた。その瞳を目にして、まるで捕食者と獲物が入れ替わったような錯覚すらも覚える。
「そう遠くない未来、中枢たる支柱を持たぬ者は必ず、脆ク崩レ去ル。そう、まるで"人の夢"のように呆気ナイホド儚ク……」
──悉く踏み躙られる……
──忽ち食い物にされる……
──キミもよく知ることではないか……
最後は言葉にすらなっていない。しかしそれでも、彼女が何を言わんとしていたのか痛いほどに伝わった。
遠くで街を守る城壁が崩れ去る音が響き渡る。そんなことすらも彼女の意識に触れることはなく、ただその瞳が見上げるのは焼けた空だけだった。




