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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第三章 磔が嗤う常闇の饗宴
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第十話 "正義"

「いやぁ、彼等の顔はなかなか見物だったねぇ」

「そう、ですか……」


 弾むように言うルルとは裏腹にサティナはやや引き気味だ。そんな彼女へ深い笑みを向けると、早口に語り出した。


「うんっ、あれは傑作だったよ。なんなら一枚絵として飾ってもいい。まさに芸術、裸の少女を見て青ざめる男達……膨れ上がっていた股間が瞬く間に縮んでいく様は筆舌し難い悦びで思わず身震いしたよ!」

「いい趣味してるわね」


 自身の身体を抱き締めて身を捩らせるルル。何も言うことの無くなったサティナの代わりに、アイリアが辛うじてそう切り返した。


「君達も理解出来た方がいいと思うよ? 瞬きを忘れ、呼吸すらも詰まり、ただひたすらに悍ましい光景に眼が釘付けになった者達の表情。呼吸している訳でもないのに力無く口を開けて、青ざめた顔で後ずさる。逃げられないと悟っているかのような絶望感に満ち満ちした表情かお


 恍惚とした表情で饒舌に語る様はひどく狂気的で、二人の少女が警戒の色を浮かべる。そんな彼女達の一切を気にした様子もなく、黒髪の少女はくつくつと喉を鳴らして嗤う。


「堪らぬ表情かおに誘われて、思わずえずくところだったよ」


 くくくっ、と男達の卑しい笑みよりも寒気のする表情を浮かべる。そんな彼女な言葉をいつまでも耳にしていては身が持たないと、サティナは意図して意識を別へと向けた。

 そんな彼女の意識が止まるのは、馬を必要とせずに走る馬車……否、馬が無いのだから馬車ではなく車とも言うべきか。


 眉を顰め、その車を観察する。


 鋭い聴覚を刺激するのは連続する破裂音。車の速度が上がれば破裂音の感覚は狭くなった。

 彼女の鋭い五感……今は四感とも言うべきか、それは車の内側まで見透していた。


 ──爆発の力を動力にしてる……?


 サティナからすれば信じられない現象だ。ましてや内側で意図的に爆発を起こしているのだから。

 本来、彼女にとってのは爆発と言うのは破壊行為だと認識していた。しかし目の前のそれは違う。内炎機関は身の内に燻る爆炎で壊れるこもはなく、寧ろ動力としてその重体を動かしている。


「どうして動くか不思議かい?」

「……大方、仕組みは理解しました」

「えぇ……。つまんなぁいのぉ~」


 一度は食いついた筈の少女は、サティナにそう言われると飽きたようすぐさま別の方へ意識を向け始める。


 ──と、その時だ。ある地点が何やら騒がしくなった。


「おっと、始まったみたいだね。丁度良い、見に行こうか」

「何かのイベントですか?」

「まぁ、そんなところだね」

「わざとこの機会タイミングに?」


 問いを繰り返すサティナへルルは狂気的な笑みを向ける。その瞳に射止められて彼女もまた薄っらと察し、口をつぐんだ。


 それでも、ただ抗議の視線を向ける。

 そんな彼女を面白う見やり、愉快極まりない、と言った表情で群衆へとルルは入って行った。


「見ろ! あいつが『魔女』エリーシアだ!」


 直後、サティナの心臓が跳ねる。ノートルの惨状が再び繰り返されるのでは無いかと、身を強張らせて警戒を強めた。

 そんな彼女の手を引いて、ルルはまるで無警戒にも近い身構えで群衆をすり抜けてその最前に立った。


 視界が開け、目の前に広がる光景を目の当たりにしてサティナが思わず息を呑んだ。


 ──なんだ、あれは……?


「魔女だ!」

「ついに自白したらしいぞ」

「やっぱり奴は魔女なんだ!」


 口々に彼女を罵るような言葉が放たれる。そんな中で、サティナはその『魔女』に目が釘付けになっていた。


「この罰当たりが!」

「報いを受けろ!」


 怒気の滲む声の数々。しかしそのどれも、込められた激情は薄っぺらい。

『本物』を知っている彼女にとって、それはあまりに軽い。


「地獄で焼かれろ!」

「くたばりやがれ!」


 死ね、殺せ、切り刻め……と、聞くに堪えない罵倒が降り注ぐ。そんな中でルルはニタニタと卑しい笑みを浮かべるだけだ。


「悪魔に魂を売りやがって!」

「死んで悔い改めろ!」


「この、淫売がっ!」


 群衆の罵詈雑言を受けて、サティナの目を釘付けにするのはまだ十にも満たないであろう幼い少女。


 それを人々は『魔女』と呼ぶ。


「彼女は魔女じゃない……」


 ポツリと溢した言葉は群衆の怒声に消され、辛うじて拾えたのはルルだけだ。


「そうだとも。彼女は魔女ではない」

「では何故……!」


 ルルの肩を掴み思わず声を張るサティナを、彼女はゾッとするほど冷たい視線を向けた。


「でも、『魔女』なんだよ。他でも無い、人々がそう呼ぶならね」

「彼女が何をしたのですか!?」


 納得いかない、と迫る彼女をルルは手を上げて止める。そうして、ゆっくりと少女について語り出した。


「若干八歳にて十人を超える者と姦通。更に呪術で九人を流産させ十数頭の家畜を殺した、とね」

「…………それは、事実ですか?」

「まさか、荒唐無稽に決まっているじゃないか」

「では何故……!」


 今にも殺気を放ちそうな雰囲気の彼女を手で宥める。

 彼女の殺気に耐えられる者はそうそういない。ここで無闇に威嚇されたら厄介事は免れないだろう。それはサティナ自身理解しているのか、辛うじて抑えるだけの理性は残っていた。


「何故って、誰か異を唱えている者がいるかい?」


 改めて周囲を見れば、誰もが嬉々として少女の処刑を肯定していた。──彼等にとって罪の有無など関係ない。例え彼女が無実であったとして……それでも、己が快を満たす為に他者ひとを陥れる。


 サティナの表情が消える。


 冷めた視線を周囲へ向ければ、そこに見えるのは魔女も真っ青になる光景だ。

 罵声と嘲笑が飛び交い、中にはピクニック気分で子連れで処刑を見物する者すらいた。


「彼等はどこかおかいしと思うかい? 精神に異常をきたしているように見えるかい?」


 答えられない。その答えを、サティナは嫌と言うほど知っているから──


「そうとも、彼等は至って正常さ。これがこの街の模範的市民だからね」


 聖都とまで呼ばれたこの地では、他国よりも発達した科学技術とは裏腹に魔女狩りが猛威を振るっていた。

 貧富の激しいこの地では、魔女の公開処刑は貧困に喘ぎ、娯楽に飢えた庶民にとって最高の見世物ショーなのだから。


「そして何よりも、この聖なる儀式を盛り上げ愉しむことは信仰と忠誠の証だ。これは日常的な光景で、豊作を願う儀や、信仰を捧げる祈りと何ら変わりないモノなんだよ」


 やれやれと首を振る黒髪の少女。


「君がこれをおかしいと思うように、彼等に持っては豊作を願う儀なんて無意味に見えるだろうね。いや、それどころか他の信仰は異端者として吊し上げられるかな」


 そう言っている間にも少女が処刑台へと上がっていく。


「聖職者が並べた美辞麗句の大義名分が彼等の行為を正当化する。彼女もまたその被害者さ。

 捉えられ、拷問にかけられ、散々に犯されて、ありもしない罪を自白させる。そうして遂には晒し者として大勢の前で処刑されるんだから」


 その言葉を聞き、眼球が失われた節穴に赤い瞳が浮かび上がる。何も無い筈の宙に瞳の紋様が浮かび上がり、それがゆるりと少女へ向けられた。


「何をそんなに怒っているんだい? 結局、何も変わらないじゃ無いか?」

「…………貴女は、何を言っているのですか?」


 重圧感のある声が響く。それを意に介さず、黒髪の少女は言葉を紡ぐ。


「狭い地下牢に閉じ込められ、水も食料も与えられず、毎日毎日大勢の男に慰みモノにされ、死ぬほどの……それこそ一思いに殺してくれれば良いものを、態々永延とした苦痛を与え、そうして面白半分で殺されるのさ」


 チリチリとサティナの瞳に白炎が迸る。魔女の処刑に夢中でそんな小さな火など誰一人として気にも止めない。


「まぁ、一度見ておくと良い」

「それに何の意味があるのですか?」

「簡単な理由だよ。それを目にした時……君が何を思い、何を為すのか非常に興味がある」


 ジロリと瞳が動く。


「今まで彼に付き従って受動的に動いていた君が、能動的な動きを見せるのでは無いのかなってね」

「それが貴女に何の関係があると?」


 刹那、二人の間の空間が歪む。そんな錯覚すらも覚える中で、ルルの無機質な黒瞳が動く。


「さぁて、どうだろうね」


 瞳の奥に揺らめく冷たい炎。復讐者のそれはひたすらに冷たく研ぎ澄まされており、彼女がまた『人』であることの証明だった。


 間もなく完成がより一層強まり、処刑ショーがクライマックスに近づいていることを肌で感じた。振り返り、そちらへ視線を向ければ幼い少女は磔にされていて──


「浄化の火に焚べるべきだ!」

「神聖な炎で浄化しろ!」


 力無く垂れ下がっていた頭をあげる。ボサボサの髪の下から覗く瞳は冷たく、無機質なそれはひどく濁った激情を宿していた。


「…………」


 無言でその瞳を見つめる。


 ここで助け出すことは造作もないが、それは出来ない……それこそが秩序であり、また万物の流れだ。

 逆らえば必ずや流れるように厄災が襲いかかってくる。それを避ける為に、『彼』はあんなにも慎重に事を運んできていたのだ。


 秘匿と隠密の中に潜み、ひたすらに影を狩ってきた。そして彼女もまたそうすべきだと感じている。

 ここで彼女一人を助けたところで、根本を断たねば同じことの繰り返し。一度派手に動けば、もう好機チャンスは巡ってこない。


 根本を断つその時まで、ひたすらに影に潜むのだ。


 血が滲むほど強く拳を固め、少女が焼け落ちていく様を見届ける。それが今の彼女に出来る精一杯の贖罪なのだから。


「っ……!」


 ガリっと音を立てて歯が鳴る。そんな彼女の横で、ルルもまた端正な顔から表情を消していた……否、彼女達の後ろに断つアイリアもまた無機質な瞳で、燃える少女を見上げている。











 燃え尽き、物言わぬ骸が残る。そんな燃え滓など気にも止めず、誰一人として片そうとなどとはしない。埋葬すらされずに風に晒されている遺灰を見下ろして、もう長くそのまま動けずにいた。


 人も少なくなり、目が無くなると漸く近づく。そうして屈み込み、遺灰の一握りを掴み上げる彼女の肩に手が乗った。


「それをどうするつもりだい?」

「街の外に出た後、静かな場所に埋葬します」

「それは無要な感傷ね。貴女の自己満足でしかないわ」


 魔女二人が責めるように言う。そんな彼女達へ視線を向けることなく、サティナは立ち上がった。


「それでも……」


 言葉を続かずに俯いたままの少女。そんな彼女の気が変わらないと分かれば、二人は踵を返して歩き出す。

 数秒遅れて、サティナもまた二人を追いかけて歩き出した。


 ──どうして……


 ゆっくりと持ち上げた手で無意識的に再生してしまった瞳に触れる。ズズッと爪が眼球を抉り、血が滲むのも意に介さず、赤く染まった視界に道行く人々を映し出す。


 ──どうして、私は本気で怒りを抱かない……


 確かに嫌悪感を覚えたし、怒りに震えてもいた。しかし、目の前であれだけのことが行われていると言うのに、どこか冷静な部分があった。

 まるでそれは仕方のないことだ、と。諦めて……いや、保身に走ったのだ。本気で行動すれば何とか出来たかも知れない、この数十年でそれだけの力は手に入れた筈だ。


 だが、動かなかった。事後の未だ知らぬ未知リスクが頭から離れず、安易な行動はするべきではないと少女を見殺しにした。


 ──助けられるだけの力を持っていないながら……


 見殺しにした。


 今を選んで訪れる未来に恐れた。こんな世界では己が正義も貫けないのか──否、そもそも正義とはなんだ。


 何の罪もない少女を魔女と吊し上げて焼くことが彼等の正義だ。それをサティナは許せなかった


 ──当然の道徳か……?


 否、断じて否である。


 彼女の正義など所詮は人の匙加減一つで変わる曖昧なもの。彼女がまた自分の信じる正義を押し通せば、それを良く思わない者もいるだろう……否、罪なき少女が火炙りにされた光景を目にした彼女と同様に、あるいはそれ以上の怒りを覚える者がいる。


 罪なき少女を助けて、それで民衆はどんな感情を示すだろうか。よくやったと、正義のヒーローなどと歓声を浴びるのか──否、きっと怒りにませた罵倒を浴びることだろう。彼等の『正義』が彼女の行動を許す筈もない。


 それまるで、今のサティナと同じ心境で──


 誰も正しさなど証明できない。

 故に誰もが間違ってもいない。


 果たしてそうだろうか。


 ──違う、私が選んだ……

 ──そうあることを選んだのは私だ……


 ──私の行動は間違っていない……

 ──同時に正しくもない……

 ──正しさなど、ありはしない……

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