第八話 魔女が三人
サティナとアイリアが話しを聞く体制になったことを確認すると、ルルがまるで軽いステップでも踏むかのように歩き始める。
「態々座って貰って悪いんだけど、特に話すほど予定は無いんだよね」
「つまり、何の意味もなく私は連れてこられた、と?」
「いやいや。最終的な目的地は決まっているとも」
「そこで何をするつもりですか?」
聞くだけ無駄だと思いながらも、しかし尋ねない訳にもいかなかった。そんな彼女をルルは相変わらず胡散臭い笑みを貼り付けたまま、
「さぁてね、そんなことを聞かれても僕は知らないよ。それは君達が決めることだからね」
「相も変わらず、面妖な者ね。何故そう事をややこしくしようとするのかしら。単純に物事を考えようとは思わないので?」
頬杖をついたアイリアが片目を開けて問いかける。そんな彼女に倣うようにルルもまた片方の目を閉じると、
「それで何が得られるんだい? 効率だけを求めても、無限に近しく有り余る時間をどう処理しろと?」
「聞くに耐えない戯言ね。私の時間は止まっていても周りはそうじゃない。特に人間の流れは早いわ」
頬杖をついたまま、反対の掌を上へと向けてアイリアが言う。
「私達のような永遠にも近い寿命を持つ者とは訳が違う。彼等は限られた時間、限られた命をいかに使うか血眼になって追いかけているわ。かつて私や貴女がそうであったように、一瞬一秒を大切に生きているのよ」
「ふふっ。確かにそうかも知れないね。でも、今は違う」
片方の手をアイリアへと差し出した彼女の瞳に怪しげな色が宿る。
「僕達は永遠を手に入れたんだよ? 何をそんなに憂う必要があるんだい。それじゃまるで人間のままではないか」
「有限と共に人の心まで無くした魔女が、醜怪な趣味のために随分と他者の尊厳を踏み躙ったものね」
くっくっ、とルルが嗤う。それがまたゾッとするような寒気を催し、長く生きた者特有の狂気が垣間見えた。
「まともでいるなんてくだらない、とは思ったことは無いかい?」
「何……?」
「僕はね、狂気と天啓は等しくあると思っているだ。狂気を理解しようとしないように、誰も天啓を理解出来ない」
まるで狂人の戯言だ。聞くに耐えない筈の狂言はしかし、サティナの中でどこか腑に落ちる説得力があった。
彼女の師である黒髪の男。彼のこれまでの狂気に満ちた行動が、ようやく少女の中で繋がった。
サティナが未来を見通す力を持っているのと同じように、彼女が持つ力もまた一種の天啓と言えるように──彼もまた彼女達では到底見ることも、理解することも出来ない何かを持っているのだろうか。
あるいは人は理解出来ないものを恐れる。理解出来ない言動を伴うものを、狂気と呼ぶのかも知れない。──そう、まるで"彼女"のような魔女達を。
そんな彼女達からすれば、一般的な人間の方が理解し難いのだろう。そうでなくてはここまで相入れない筈がなく、何よりも彼等に執着することも無いのだから。
──理解出来ないからこそ彼女達の興味を引いたのではないのか……?
見知らぬものは対して人は恐怖心と共に好奇心を抱く。それはまた魔女とまで呼ばれた彼女達も同じことで……否、彼女達からすれば普通の人間が魔女に見えていてもおかしくはないのだ。
互いが互いを理解出来ないからこそ惹かれ合う。その好奇心が身を滅ぼすことを知らずに、あるいは知りながらも触れずにはいられないのだろう。
「そうとも。それこそが人の性なのだからね」
まるでサティナの考えなど見通していたかのように、軽い口調で肯定の言葉を口にするルル。そんな彼女へどこか探るような視線を向けた。
「貴女はどこまで知っているのですか?」
「結論を言ってしまえば、何も知らないよ」
「先程までの的を得た言葉の数々。とてもそうは思えませんね」
多少凄んで見せたサティナを、しかし彼女は面白そうに目を細める。
「僕の言葉が的を得ているね。彼女はそう思っていないようだけど?」
サティナがチラッと視線を動かしてルルが指し示す方を見やる。そこにいるのは肩肘をついた姿勢のまま、二人へ向けてどこか値踏みするような視線を向ける少女。
「彼女、アイリアにとって僕の言葉はまるで狂言の羅列にも聞こえていることだろうね。ましてや君が自己完結した理由なんて知りもしない」
「「…………」」
それに対してサティナもアイリアも無言のまま何を言い返すこともない。──いや、それが突然なのかも知れない。
「話しが逸れたね」
ポンッと手を叩いてルルが話しの軌道を戻そうと言う。そんな彼女に二人は異を唱えることもなく、次なる言葉を待った。
「君が聞きたいのは今後の方針だったね」
「ええ……」
改めてそう話しを振られてもアイリアの反応は悪い。先程尋ねた時はすぐに答えてくれなかったことを考えてると、当然の反応だろう。
ひと目見れば分かる。彼女を見る目もにも疑いの念がありありと浮かんでいるのだから。
「私は『彼』を知るために貴女の誘いに乗ったのよ。収穫が無ければ──!」
「分かってるとも。でもね、収穫の有無に関しては先も言ったけど君達次第だよ」
凄む彼女に怯む様子もなくルルが答えを変えることはない。
「僕はその機会を与えるだけだからね」
「貴女は『彼』をどこまで知っているのですか?」
「さっきも言った通り、結論から言えば何も知らないよ。君達もそうだとも……」
手を伸ばして彼女は言う。
「『彼』を知れば知るほど、自分達がどれだけ無知なのかも知ることになる。幾星霜もの時を費やそうとも『彼』を理解し切ることなんて出来やしないんだ」
軽い口調で、しかしどこか悲壮感の溢れる声色でそう言う魔女にサティナは怪訝そうな眼差しを向ける。
瞬きの間もなく、そんな彼女の目の前にルルが立つ。目と鼻の先、それこそ互いの睫毛が触れそうな距離で彼女は笑っていた。──少なくとも、口元だけは。
「忘れてはいけないよ。僕も彼女もまた彼から奪われた者の一人なんだ」
据わった瞳がサティナを釘付けにする。
「何を、するつもりですか?」
ビッとサティナの首元に冷たいモノが突きつけられる。それは斧槍にも似た武器……まるで医療用メスを巨大化させたような形状した長柄武器だった。
「君を手にかけるのでもいいけど、それでは彼と同類だ。だからね、僕はまた違う工夫を加えたいと思っているんだよ」
「…………復讐、ですか?」
「ふふっ、そうかもね。でも、少し違う」
そう、ただ復讐したいだけなら彼が拘るサティナを手にかければいいだけだ。しかし彼女はそれを選択肢から外した。
──ではあれば、何が狙いか……?
チラッとアイリアの方へ視線を向ける。ルルは復讐は違うと言うが、果たして彼女もまた違うのだろうか。
そんな彼女の視線に気がついたのだろう。アイリアは一つため息をこぼすと重そうに口を開いた。
「私は復讐心があるわ。彼に殺された私の姉は今際の際に、私を置いて先立つことを嘆き、自身を責めた……そして他でも無い彼を運命を憂いたのよ」
その瞳にはやりきれない炎が燻っていた。決して消えることはなく、しかし思うがままに燃え上がるようなことも無い。
「私は知りたい。何故、姉が彼にそんな想いを抱いたのか……本当に復讐するべき対象がそこに在るのか、と」
その為の判断材料として彼女はルルに付いてくることを決意した、と言う。
「…………姉は、私に復讐は止めるよう言ったわ」
しかし、それを承諾するには彼女の身に降り注いだ悲劇は強大過ぎた。唯一の家族が口にした最期の願いとても、無条件に受け入れることは出来なかったのだろう。
だからこそ、彼女は見極めようとしている。復讐するべき対象は果たして──
「私の話しはこれで終わりよ。貴女は何故、こんなことを計画したのかしら?」
彼女と自分を誘った理由は何、とアイリアは問いかける。
「ふふっ、何も難しく考える必要はないよ。単純に物事の判断を下すには早計過ぎるんじゃ無いか、と思っただけさ」
「どう言う意味ですか?」
「僕達は知らな過ぎるんだよ。この世界のことも、彼のことも……僕達が視覚できる範囲はあまりに狭過ぎる」
まるで世界の広さを、彼女達の無知さ加減を表すように両腕を広げて彼女は言う。
「極論を述べてしまえば、僕達は自分が何者であるかも分かっていない。君もそうだろう?」
そう言ってサティナへ向けて手を伸ばす。未だ確固たる自我を、己を確立し切れていない彼女が最も自身の言葉を理解しているとでも言うように──
「だから、知ろうと言うだけさ。君達を誘った理由は単純明快」
今度はアイリアへと視線を向けて、彼女は目を細める。
「似た境遇にある者。そのやり切れない復讐心が抱く答えを見つけるため──」
今度はサティナへとその視線を動かす。
「己が何者かも知らず、しかし世界を揺るがすほどの影響力を持つ者。君が自己を確立した時、果たして──」
そこで彼女は言葉を切る。しかし、その表情はまるでサティナ自身も知らぬナニカを期待しているようで……同時に、畏敬の念にも近い感情を感じ取った。
「この世界は一体何を中心に回っていると思う? その中心には、あるいは果てには何があると?」
嬉々として語る彼女の瞳は輝いていて、まるでその全てを知ることこそが彼女の生きる目的のようにも感じた。
「僕は知りたいんだ」
まるでそれが全てであるように、それが原点であるように……彼女の言葉には筆舌し難い重みがある。
「所詮、人一人の力などたかが知れている。
本来そうあるべきであり、事実大多数がそうある。
いくら肉体を鍛えようとも強大な兵器や自然災害に太刀打ちすることなとできはしない。ましてや世界を変えようなどと言えば、狂人の戯言にも等しい」
狂気的な輝きを瞳に宿して、魔女は語る。
「一体いつから、それが真実だと思われていた……?」
まるで人を揶揄うような口調はなりを潜め、その声には熱を帯びる。
「他者を寄せ付けない圧倒的な力。
有象無象の数など何の意味も為さない。
しかし同時にそれだけの力を持った者がたった一人とも限らない」
不思議には思わないかい、と彼女はサティナ達へ問いかける。
「一個人が持つにはあまりに強大過ぎる力。
世界を滅ぼせる化け物が、知る限りでも五柱以上は存在しているんだ。
果たして世界が自身を滅ぼせるほど強大な存在を生み出すと思うかい? ──否、断じて否さ」
絶句する二人を前に、しかし魔女は捲し立てた。
「それこそが滅びの凶兆だとは思わないかい? 世界は秩序を失い、万物の理すらも意味を為さない化け物が蔓延っているんだ。
今も、昔も……遥か太古から世界へ挑む者は後を絶たなかった」
何故だと思う。問う彼女の瞳に映るのは、希望にも似た……それでいながら、切望にも似た渇望を感じた。
「世界と言う概念に、姿形もままならない不確かな存在に……決して無意味では無いと信じて、数多の者達が挑んだ不可能」
そんな彼等を狂気の沙汰だと切り捨てるかい。──そう問いかける彼女の瞳には確固たる何かが見えているのだろう。
「今も昔も、そしてこれから数多の者達が挑む不可能。その根源に何があるか知りたいんだ……」
どこまでも、遥か遠く……決して届かない何かを切望する彼女の表情はひどくやるせなくて──
「…………それが僕の全てだ。"きっと、君がそうじゃないのかな?"」




