第七話 血銀の女王
「私を連れてどうするつもりですか?」
「ふふっ、ただ元肉親同士積もる話しをしたいと思っただけだよ。何もそこまで不思議なことではない筈だけど?」
前を進む黒髪の少女の背中にサティナが徐に話しかける。そんな彼女の言葉にルルは心底面白そうに答えていく。
「肉、親……?」
「やっぱり彼から聞いている様子も無かったし、知らないのも無理ないかな。僕と君は姉妹だったんだよ。尤も今は血の繋がりなんて無いけど」
くすくすと笑い、ルルが長い黒髪を払う。彼と同じ色の髪を、
「君も知っているでしょう? 彼が未だに完成させられない魔法……いや、奇跡と呼ぶべきかな」
「転生術のことですか? 力と記憶を来世へと引き継ぐ奇跡」
「そう、転生。まぁ、転生と一概に言っても色々とあるけどね。そこで、彼がずっと引き篭もって研究ばかりしていたと思うかい?」
「つまり、実際に転生術の実験もしていたと?」
その言葉を受けてルルが笑みを深める。
「御明察。彼はごく一部の、厳選した相手のみ転生術を施した」
誰彼構わず実験することも出来るが、成功した際に恨みや憎しみをそのまま引き継いでしまう可能性があるため、敵対者に転生術は施せない。ましてや殺処分の対象に使えば本末転倒だろう。──と、なれば自ずと使える相手は限られる。
しかし、親しい者へ使えるような代物でもなかった。成功率そのものも低く、失敗は即ちその者の死を意味するのだから。
故に誰に施すにしても問題が残った。成功しても失敗しても痛みしか残らない結果になりかねないのだ。
「現に、君も記憶を失っているからね」
「…………一つ宜しいですか?」
「何かな?」
「転生術によって私が生まれ変わったと言うのなら、本来この身体の持ち主になる筈だった者どうなるのですか?」
放たれた疑問にルルが目を見開く。自身のことへ対する質問が来ると思っていたところに、彼女は他人を心配するようなことを口にしたのだから。
「それにはいくつか説があるね。元々死産する予定の肉体に入り込む、や……ただ単純に新たに生まれてくる別人の人格や記憶を上塗りしているだけか……」
だが、上塗りしているだけなら記憶を失ったサティナは全くの別人と言っていい。転生などしていない、そう言い切ることも出来た。
しかしそうはなっていないことから、その説を立証するのは乏しいだろう。
「まぁ、二つ目のはあり得ないと立証されているから……。もう一つは本来その肉体を持って生まれるべき者を押し退けている、と言う説もあるね」
つまるところ、新しい生命の誕生を邪魔しているとも言えるだろう。だが、現状ではどの説が正しいのか把握する術はない。
「まぁ、一番濃厚な説は死産予定の肉体に宿ると言うことかな。現に君は強力過ぎる力故に母体もろとも死に逝く運命だったからね。そのタイミングで君が滑り込み、有り余る力を疎いながらもある程度制御することで助かった」
「ええ。魔導王から聞いています」
「そっかそっか、今世の出生は知っていたんだね。それなら話しは早い。つまるところ君の例から、転生術によって生まれ変わる器は既に死した者のそれになると言う説がより濃厚になったんだ」
でもね、とルルは足を止めて振り返る。
「現時点で転生者は君と彼含めて極少数しか確認出来ていない。それ故に、まだまだ情報の少ない現時点では断定は出来ないんだよ」
「彼も、転生者なのですか……?」
「そうだよ。彼なら真先に自分自身を実験するに決まってるじゃん! 尤も彼自身も君ほどでは無いけど、殆ど前世の記憶は残っていないけどね」
「…………彼の力は、どっち由来なのですか?」
ふと、気になったことをそのまま口にして、ハッとする。それは黒髪の男から彼等の血筋に付いて聞いていたことを自白するのうな行為だった。
「僕達の血筋は聞いていたんだね。そう、彼はその血筋を取り込むために転生したんだ」
「そんなことが、可能なのですか?」
「母体転生。対処となる母体を定めた転生方法で、対象が身籠ることでその子として生まれ変わることが出るんだ」
まるで命へ対する冒涜だ。何よりも母が納得するはずが無い。
「て、思うよね。でもね、彼は病に侵された母に命を助ける代わりに必ず子を身籠もり、その一人を寄越すよう一方的に契約させた」
「それが許されるのですか?」
「現に許された。当初の思惑通り生まれ変わった彼は『神喰らい』の血統として、その力を増したんだ。だから、君の質問に答えるとしたらどちらも、と言うのが正しいかな。
ちなみに君へかけたのは【輪廻転生】の術。元々僕達の命は死ねば輪廻の流れに乗って生まれ変わる。その流れに従いつつ記憶と力を来世へと継承する転生術」
前世からの力を今世の血筋を持つことでより強化した、と言うことだろう。しかし、ルルの話しはそれだけでは終わらなかった。
「と、ここからが面白いんだ。レドに協力して貰って知ったことなんだけど……何と、不死者にはある特徴がある。君も知っての通り、彼等は死ねないから生まれ変わることも出来ない。
死ななければ新たな生は受けられない、当然の摂理だとも。でもね、彼等はその代わりと言うべきか、前世、前々世、そのまた前世と無限にも続く過去の記憶を取り戻せる」
思わず目を見開いた。最早それは、今世限りの彼等へ贈られる最後の祝福だろう。
「でも、ね。転生魔法とは違って力は継承出来ない。あくまで取り戻せるのは記憶と、それに連なる技術ぐらいなものだ。まぁ、戻る記憶には個人差があるみたいけどね」
つまり、力は今世に依存すると言うことだ。そして何よりも恐ろしいのは、個人差があれどあのレドも黒髪の男もまた──
「ふふっ、彼等の怖さに漸く気が付けたかな? そう、彼等は僕達とはまるで違う次元に立つ化け物なんだよ。到底理解など出来ない──」
「いいえ。それは違います」
と、ルルの言葉を遮ったサティナに彼女は動じたようすを見せない。まるで、彼女自身も気が付いている様子だ。
「貴方は今、嘘を付きましたね」
「ふふっ、相変わらず勘が鋭いね。のほほんとした性格だった前世の君にも、随分と核心を突かれたものだよ」
「……彼等は理解の及ぼない化け物なのでは無い。貴女自身、それをよく分かっているのでは無いですか? だから、ずっとレドと行動を共にしてきたのでは無いのですか?」
「うん、そうだよ。僕は彼等を理解しようとしている。でも、理解しきれていないのも事実だよ? 現に君も彼の全てを理解出来ていない」
と、そんなことを話していると周囲の景色が変わってきたことに気がついた。永延に続くようにも見えた森から抜け、代わりに周りに広がるのは廃墟にも近しい何かだった。
石、とはまた違った材質の地面はひび割れていて、その隙間から草が顔を出している。
「それはアスファルトと言ってね。かつて滅びた文明の遺産だよ。あそこに立つ高い建物もまたビルと呼ばれていてね──」
と、目の前に広がる光景を一つ一つ説明していく。そんな彼女の言葉曰く、超越者同士の激戦があったここは何故だか時間の流れがゆっくりであるために、遥か太古の遺物もこうして形を残しているようだ。
本来であれば、相応に力ある者で無ければ残留する超越者達の力で瞬く間に身の内から汚染させると言う。
「これは僕が生まれるよりも前の話しだよ」
ここがまだ輝きを持っていた時代は、古人である彼女ですらまだ生まれていないと言う。
「彼が『滅びの王』と呼ばれた由来でもある」
「これは、彼が……?」
「厳密には、これだけでは無いよ。彼は一度文明を丸ごと滅ぼしているからね」
「それが『滅びの王』の所以……?」
頷くルルが、言葉を紡ぐ。
「君も聞いたことがあるんじゃ無いかな。これは人間の持つ科学技術と呼ばれる代物だよ」
──そう言えば、あの武器も……
ふと思い出すのは人間が作り出した銃と呼ばれる武器だ。アレもまた科学技術が使われていると聞いたことがある。
ここよりも遥か遠い地では、更に高い科学技術を持つとも──尤もこの失われた文明ほど高い水準には達していないだろうが……
「何故、彼は文明を?」
「単純な理由だよ。彼等は禁忌を犯した。それこそ、天に弓引く禁忌をね」
「それは?」
「僕も詳しいことは知らないんだ。何せまだ生まれていなかったし、文明の再建が出来ないように彼がその悉くを滅ぼしてしてしまっていて、残っている資料も殆ど無いからね。──ただ分かるのは、ある兵器の開発が原因みたいだよ。何も、太陽を手に入れた、とかね」
「太陽の力……?」
「僕も辛うじて名前しか分からなかったけど、どうやらそれは『核』と呼ばれていたとか? 一度使用すれば周辺の生態系は根こそぎ破壊され、核が発する毒素は永くその地を汚染し、むこう数十年以上不毛の地と化す、とね」
それだけでは全く理解も出来ない。そもそもとして、あの黒髪の男が使う滅びの奇跡も似たようなものだ。
「同族、嫌悪ですか?」
「面白いことを言うね。僕達もそう思ったりしたけど、そんな単純なものじゃ無いよ。それに同族嫌悪と言うのなら、いくらでも似たようなモノはあるからね。だからこそ、何故この兵器をここまで嫌悪するのか分からないんだ」
頭を振り、考えても仕方ないことだ、と言うルルの背中をサティナは何も言えずに押し黙る。そんな彼女へ振り返ると、黒髪の少女は微笑んだ。
「まぁ、幸い彼の記憶は戻っている可能性もあるし、聞いてみるのが一番早いね」
「ええ。確かに、その通りですね」
全く持ってその通り、彼は前世の記憶を取り戻している筈だ。一度は全盛期を過ぎ、死へと近づいた彼ではあるが、今やかつて無いほどにその力を取り戻し始めている。
『滅びの王』としての記憶と、今世の力を持ってすればそれこそ手の施しようがない化け物へと昇華するだろう。
「さて、着いたね」
そう言う彼女の前には古ぼけた、それでいて大きな建物があった。錆びた鉄扉へ手を掛けると、躊躇うことなく開け放つ。
豪華な飾り付けが施されていたであろう内装は永きに渡る時の流れによって朽ち果てており、高い天井から吊るされた丸い球がチカチカと点滅している。
そして何よりも目を引いたのは、その中央に座する人物だ。
質素な椅子に腰をかけ、長い白金色の髪を地面スレスレにまで伸ばしている。そんな彼女は二人が扉をくぐると同時に、閉じていた瞼を持ち上げた。──瞬間、サティナの肩が跳ね上がる。
眼光鋭く二人を見つめるのは赤銀色の瞳。
魔人のそれと見違えるほど独特かつ鮮やかな色彩。その身に纏うのは場違いなほど豪華な、それでいて飾り気のない鮮血のようなドレス。
まるで無数の屍を纏っているよな、悍ましい気配。強い死と血の匂いに、思わず顔を顰める。
「初対面の相手に対して顔を顰めるなんて、随分と失礼ね」
「…………大変失礼致しました。確かに貴女が何者かも知らずに向ける表情ではありませんでした。気分を害されたのでしたら──」
改めて指摘されてサティナも大変な失礼を働いたと自覚があった。故に謝罪の言葉を並べ、深々と頭を下げようとすれば、それを彼女は手を上げて制する。
「別に構わないわ。貴女の反応はまだマシな方だもの……それに、もう慣れた反応よ。それに──」
赤いドレスの女は立ち上がると、左手で自身の胸元に触れる。
「それが、当然の反応よ」
白金の髪を揺らしてサティナとの距離を詰める。そうしてチラッと彼女はルルを見やり、視線を向けられた黒髪の少女は小気味良さそうな、それでいて小悪魔的な笑みを浮かべていた。
「その様子だとどうやら彼女から説明されていないようね」
一瞬、眼光鋭くルルを睨め付ける。並大抵の者であれば腰を抜かしてもおかしくない眼力を前に、しかしその魔女は軽く肩を竦めるだけだ。
「私はアイリア……アイリア・エイドルフィンよ」
一度下げた左腕を腰にかけて、彼女が自身の名を告げた。──その直後、サティナが目を見開いた。
──アイリア。そう、彼女は『血銀の魔女』アイリアであるのだ、と。サティナの指示をする男。その彼が狙う存在──
『滅びの王』に姉を奪われてから、長く姿を消した筈だと聞いていた。それが何故、今になってここに──何よりもルルとはどう言う関係なのか。
「…………貴女が、アイリア、ですか?」
「私のことを知っているのかしら?」
「名前、だけでしたら」
そう、とだけ言葉を溢すと彼女は一つ瞳を閉じる。そうして暫く、漸く閉じていた瞼を持ち上げると、
「…………私も同じね。そこのルルと同様、私も貴女には興味があるのよ」
また一歩、アイリアがサティナへと近づく。互いの息がかかりそうな距離で、彼女は首を傾げた。
「『滅びの王』、その後継者をね」
「私はそんな大層な──」
「貴女がどうかじゃない」
即座に否定しようとした彼女の言葉を、魔女が一刀両断する。一瞬にして音を失った両者の間で、互いが互いを牽制する様に眼光を鋭くした。
「周りが貴女をそう見ているのよ」
サティナ自身どんなにそれを否定しようが、既に周りから見た彼女の印象はそれなのだ。最早そこに彼女自身の評価など意味はなく、客観的に見た周囲の眼こそが真実なのだ。
「改めて名を聞こうかしら」
無言のままのサティナへアイリアがそう問いかける。そんな彼女を油断なく見据えて、サティナは徐に己が名を口にした。
「サティナ」
微かにアイリアが眉を持ち上げる。何かあるのかのと思えば、しかし彼女は一つ頷くとその表情をすぐに消した。
「そう。それじゃこれから暫く共にする旅、宜しく頼むわ」
フイッと顔を背けると今度はルルの前へと移動し、彼女を見下ろすような形で睨め付けた。
「それで? いい大人が報告も連絡も出来ないなんて随分と恥ずかしいわね」
何か申し開きがあるなら聞くわ、と威圧する彼女へルルはクイっと顎を上げる。まるで見下すような態度で相対する黒髪の少女へ、アイリアが顔を険しくした。
「尤もな言い分だね。しかし良く考えて欲しい」
「ほう。私が何か見落としているとでも言うのかしら?」
売り言葉に買い言葉。黒い魔女は悪魔的な、赤い魔女は暴力的な笑みを浮かべて互いを牽制し合う。
両者間の空間が歪んでいると錯覚するほど、二者が放つ圧力は強まり、今にも衝突は免れない。
「くふっ。本当に君は魔女らしくないね」
「それに何の意味があると?」
「"楽"だよ、魔女であることはね。何も考える必要もない」
両の手を広げ、まるで世界を表すように彼女は笑う。
「刹那の快楽を求める人生は存外楽しいものさ」
「何の責任も持たずに?」
「責任なんて何になるんだい? 君も十二分に理解している筈ではないのかな。それが出来ていれば、僕達魔女は存在しない」
責任を負う真っ当な人間などそうそういる筈もない。そうでなくては、ここまで世界は腐らなかった。
──それ以前に、魔女など生まれなかった。
魔女だ、邪教だ、異端者だ、などと責任を他者へと押し付ける行為が彼等を生み出した。その卑劣な心が、魔を引き寄せる結果になるのだ。
スッとアイリアが目を細めた、それだけで背筋を冷たい感覚が突き抜ける。
「…………」
しかし、それ以上は何を言うこともなく、ため息ひとつで話しを切り上げた。そんな彼女の様子をルルはどこか満足そうな表情で眺めている。
──全ては彼女の手の中、と言うことか……
横目でルルの動きを追っていたサティナが息を吐き出す。長く続いていた緊張状態が解けて、彼女もまた漸く肩の力を抜く。
「さてと、一度落ち着いた様子だし今後の話しをしようか」
ポンと手を叩きルルがそう言う。そんな彼女の言葉を聞きながら、アイリアが再び近くの椅子に腰を下ろした。
そんな彼女に倣ってサティナもまた手頃な椅子に腰を下ろす。




