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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第三章 磔が嗤う常闇の饗宴
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第六話 等価交換

 無駄に飾れた室内、私は奇術師の仮面で顔を隠した人間の女に化粧を施されていた。


 よくある話しだ。滅ぼされた国の者が、見てくれ麗しい女が奴隷に出される前触れ……一人一人の能力が高い亜人でも、先の戦は多勢に無勢だった。


 瞳を閉じればあの時の光景は鮮明に思い出せる。森へ火を放ち獣の濁った声が木霊するあの光景が──


「…………」


 魔女と、私自身の身柄を差し出すことで彼等は漸く手を引いた。初めから狙いは魔女であり、私達亜人の侵略はその過程で必要なモノであっただけ……そして、魔女信仰の異教徒とするのもまた、民衆からの支持を受けるための建前に過ぎない。

 女王たる私が捕まったことで亜人の国は滅びたことを証明出来る。既に十分以上な収穫を得ていた人間共も、さすがに更なる犠牲を前提として逃げ出した亜人の残党狩りまでは出向かなかった──いや、出向けなかった、と言った方が正しいか。


 半分ほどの兵が指示に従って下がっていく中、欲をかいた人間が更に森の奥へと進行しようとしていた。


 それを止めたのは、他でもない人間だった。無造作に切り落とした黒髪を靡かせた男だ。

 撤退する兵達に連れられる中で、垣間見た光景。ひたすらに敵対する者を手にかけて荒れ狂う様は、それこそ私の目には血に飢えた獣のように映った。


 これぐらいならまだ人間共の方がマシだ、と……そう思った。ひたすらに殺すために殺す、その原動力に突き動かされた牙が、いつ生き残った仲間にも及ぶのかも時間の問題だろう。


 ──ただ、運が無かった。


 魔女が亜人の森に現れた時点で、私達の運命は決まったも同然だったのだろう。きっとあの男もまた、魔女に魅入られた──


「出来たわ」


 と、その時、私の耳に女の声が入る。ゆっくりと瞳を持ち上げれば、目の前の鏡に映るのは皮肉にも自分の長い人生を通してもなお、目にしたこともないような美女が映っていた。


「ありがとう。よく出来てるわね」


 所々で啜り泣くような声が聞こえる中で、私はその女に礼を言う。そのことに彼女は驚いた様子で、しかしすぐに儚げに微笑んだ。


 ──彼女もまた、犠牲者の一人なのだろうか……


 いや、私には関係ないことだろう。


 そうして、最初の一人が舞台へと駆り出された。チラッと横目で見れば、彼女は泣き腫らした目でただ俯いているだけだ。

 そんな彼女がステージへ出たのだろう。より一層大きな歓声が耳に届いた。


 嬉々として上がる声の意味はただの数字だ。それは未だしれた少女の価値そのものだった。


 私も間のなく順番が周り、価値をつけられる。彼等の中の勝手な判断基準で、た。

 怒りを抱かないか、と言われれば首を横に振ることは出来ない。しかし、これは私が輝ける最初で最後の機会なのかも知れないと思えば、高鳴る気持ちがあった。


 到底理解出来ない思考かも知れない。だが、花が咲くような一瞬、私は確かに輝けるのだ。


「怖く、ないのですか?」


 無表情のまま鏡に映る自身と睨み合いをしていると、私の身支度をしてくれていた女から声がかけられた。


「怖くないと言えば嘘になるわね。でも、私が私でいられるのはこれが最後だから……」


 ゆるりと彼女へ視線を向け、微笑む。いつも仲間へ向けるような柔らかい笑みを、


「精一杯輝かなければ、勿体ないでしょう?」


 そう言えば、彼女はどこか困ったような顔をしていた。そんな話しをしているうちに、また一人ステージへと連れていかれる。

 そんな彼女の顔も、深い陰りが差していて──とても輝いては見えないだろう。


 ──いや、アレが普通なのかも知れない……


 こんなことを考えている私は、明らかにおかしいのだろう。


 ──それもまた、理解している。











「エルフの女王、出番だ」


 と、ステージへ続く道に立つ男が言う。


 遂に来たか、と言う焦りや不安に近い気持ちと……それでいながら、心は今までにないほど昂っていた。


「世話になったわね」


 そう、もう顔も見ることもないだろう女へ声をかけて立ち上がる。手足に巻かれた鎖が無機質な音を立てて、踏み出す素足の裏に石張りの床が冷たく感じた。


 ゆっくりと不安に揺れるような素振りも、焦るような素振りも見せず、ステージへ続く幕の前へ移動する。そうして余裕と自信を醸し出すように背筋を伸ばし、隣へ立つ男に目を合わせた。


「いつでもいいわ」

「肝の据わった女王だぜ」


 そう言えば、奴はニヤリと笑みを浮かべて幕を上げた。


 ──不安に思うことはない……

 ──焦る必要もない……

 ──ただ前に出る……

 ──そう、いつものように……


 歓声を全身に浴びながら、悠然とした足取りでステージへ向かう。目の前に広がるのは今までに見たこともないような、絶景だった。

 気圧されたような素振りは見せない。ただ一人一人、参列者へ視線を回して彼等を値踏みする。


 そうして、気がついた。ここには私が思うよりも価値ある人間が少ない──いや、そもそもこの会場は彼等のために設けられていない。


 そう、直感した。


 ──では、誰のために……


 奇術師姿の男の声も、参列者が私へ付ける価値も遠く感じながら、ただひたすらに"その人"を探す。


「五百万ゴールド……」


 と、そんな声が私の耳に届く。それにどれだけの価値があるのか、会場が一度静まり返った。

 直後、声の主へ向けて罵倒が飛び交う。聞くに耐えない私利私欲に染まった妄言だ。


 ゆっくりと瞳を閉じ、再び目を開ける。その直前、目の前に人影が舞い降りた。


「──二千万ゴールド出す……」


 あの、男だ。片側オールバックになった黒髪、漆黒のロングコート、額に巻かれた紐から垂らされた布で瞳を覆っている。


 直感した。彼が私を落とすのだ、と──


「ここより遥か遠くの地、中央大陸を支配する大帝国の通貨で二千万ゴールド。純金四千キロに相当する額だ」


 彼が口にするのは、私の価値だ。そんな声をどこか遠くに感じながら、ただひたすらにその横顔に魅入っていた。


 ゆるりと動いた男が無造作に掲げるのは闇色の刀。どこまでも吸い込まれるほど深い闇色は、まるでそこに穴が空いたような錯覚を覚える。


 そして、これが私に目掛けて振り下ろされた。

 目は逸らさない。──否、逸らせる筈が無かった。だって、その軌跡はこんなにも美しいのだから。


 何かが地面に当たる音と共に、身体が軽くなった。そんな私の身体を彼は軽々と持ち上げると、歩き出す。


「二千万ゴールド、素晴らしい額が出ました! おめでとうございます。エルフの女王は、『滅びの王』により落札されました!!」


 そんな声はもう少女には届いていない。ただ彼女の心を釘付けにして離さない存在が目の前にいるのだから。











 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆











 黒髪の男の後を追いかけてサティナもまた亜人達の下へと戻る。


「アルカナより伺っております。この度は、私達をお助け頂きありがとうございます」


 男とサティナへ向けて深々と頭を下げる姫を筆頭に、彼女の背後に立っていた亜人達もまた頭を下げた。


「ですが、残念ながら他の者達は…………」


 俯く姫へ一瞬視線を向けると、すぐに男はサティナへ向き直る。


「その件で話しがある」













 人気の一切が感じ取れない廃墟にも近い広場にして、二つの勢力が対峙していた。


 並ぶように立つ黒髪の男とサティナ。そんな彼等の前に立つのは同じように肩を並べて立つ、二つの人影。

 黒髪の少女と、そんな彼女の横に立つのは悪夢の具現……『初代勇者』エル=フレイドだ。そんな彼等の後ろにはサティナ達が落札出来なかった亜人が立っている。


「僕の誘いに応じてくれて嬉しいよ」

「応じざるを得なくさせたのは貴様等だろう」


「ふふっ、確かにそうかも知れないね。でも、強制したつもりはないよ?」

「減らず口を叩くものだ」


 黒髪の男と、黒髪の少女が言葉を交わす。それだけでゾッとするほど空気が冷たく感じられた。

 サティナやレドを除く両陣営の亜人達は既にその顔を青ざめさせている。それだけ異質な存在感だった。


「さて、君も無駄話しを続けたくないだろうし早速だけど本題に入ろうか」


 そう言うと、彼女はサティナへ手を伸ばした。それに対して警戒する白い少女を面白そうに見て、黒髪の少女が言う。


「こち側の亜人を譲る代わりに、彼女を譲って欲しい」

「「「……っ!?」」」


 互いの背後で聞いていた亜人も含めて皆が目を見開く。同様していないのは、黒髪の少女の他にはレドと黒髪の男ぐらいだろう。


「どう言う了見だ?」

「そのままの意味さ。勿論これだけの理由では君が飲まないことも分かっている。譲って欲しいとは言ったけど、少しの間貸してくれるだけでいいんだ。それに、ね……」


 そう言うと、彼女は自身の横に立つレドへ視線を向けた。


「彼と交換、と言うのはどうだい? 君にとって彼女の価値は僕達の後ろにいる亜人達では到底及ばない。だから、彼女を借りている間は彼を貸すよ。

 今や彼もかつての力を取り戻し始めているし、彼女以上の働きが出来ることは保証するよ。それで彼女が抜けた分の穴埋め十分じゃないかな?」


 どうだい、と言う少女へ男は無言を返す。


「…………少し、彼と話し合っても宜しいですか?」


 と、ここで口を出したのはサティナだ。そんな彼女へ黒髪の少女は微笑みを返すと、勿論、と快く頷いた。


「ありがとうございます」


 礼を言い、男の手を取るとサティナは少し離れた所へ移動する。


「条件を飲むつもりか?」

「ええ。そのつもりです」


 男が無言を返す。そんな彼にサティナは言い募った。


「彼女が何度も私を殺そうとしているのは知っています。私の村を襲うようけしかけたものまた彼女であると、貴方から聞きました。ですが、そんな私情で彼等を見捨てられません」


「それこそ、私情だ」

「分かって、います。ですが……我儘かも知れませんが、私は彼等を──」


 語尾が良くなるサティナの言葉を受けて、男が黙りこくる。しかし、


「まぁ、いいだろう。だが、くれぐれも気を抜かぬことだ」

「宜しい、のですか?」


 驚いた様子で返事をするサティナを男が見下ろした。


「だが、一つ忠告……いや、これも話しておくべきか」


 そう言うと男は眼帯越しに遠くに立つ黒髪の少女を見る。


「奴は『元祖魔女』永遠闇とわやみ縷々々(るるる)。魔女が魔女たる所以は奴にあり、人々の印象イメージにある魔女……その悪印象イメージは奴が源だ」


 奴こそが魔女と言う概念の生みの親。そう言う男の言葉に従って少女を見れば、身に纏うそれは魔女装束そのものだった。何故、今の今まで気が付かなかったのか。

 いや、魔女装束の上に纏うドクターコートが隠していたからだろう。何ともまた奇妙な格好だ。


「古き時代の生き残りであり、我が一族『神喰らい』の末裔だ。決して抜かるなよ」

「はい……」












「それで話しは纏まったかな?」


 元の位置に戻った二人へルルが聞き返す。そんな彼女へサティナは黙ったまま、代表たる男が言葉を紡ぐ。


「条件を飲もう」


 しかしそれに驚いたのは、他でもないルル自身だった。その様子にサティナの方が逆に驚かされた。


「何か、問題があるのか?」

「い、いや……問題ないとも。嬉しいよ、そんなあっさりと条件を飲んでくれるなんて──何か裏があると疑ってしまうほどに、ね。まぁ、どちらにせよ交渉成立だ」


 そう言うと彼女が指を鳴らす。それを合図にサティナとレドが動き出した。二人は互いに肩が触れるギリギリですれ違うと、サティナはルルの横に、レドは黒髪の男の横に立ち、同時に振り返り、向き直る。


「これにて交渉成立、だね。さて、君達もそっちへ行くといい。彼が新しいご主人様だよ」


 二人の立ち位置が入れ替わったこと確認するとルルが背後の亜人達に向けて声を放った。そんな彼女の言動に不気味がりながらも、亜人の娘達は自身の主人に逆らうことなく、黒髪の男の背後に立つもう一組の亜人達と合流した。


 それを確認すると、どちらともなく両勢力は踵を返して歩き出す。呆気に取られて固まっていた亜人達もまた、慌てた様子で黒髪の男を追いかけた。


「そう言えば、自己紹介がまだだったね」


 歩き出したサティナへ黒髪の少女が言う。


「僕は永遠闇とわやみ縷々々(るるる)。ルルっと呼んでくれていいよ」

「私はサティナ、性はありません」


 そんな彼女の言葉に、ルルは満足そうに笑うと足取り軽く進んでいく。そんな彼女の後をサティナは思いの外軽い足取りで追いかけた。

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