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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第三章 磔が嗤う常闇の饗宴
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第五話 その価値は如何に

 深夜、人気のいない通りを男が黙々と進んでいく。そんな彼の後を二人の少女は黙って追いかけた。


 男曰く、着くまで喋るな、と言うことだ。それに従って進んでいくこと暫く。最初こそは同じところを回っているようにも見えていたが、次の瞬間には目の前に両開きの扉とその前に立つ門番が現れる。


 ──なるほど、決まった順序をなぞることで辿り着けるのか……

 ──魔法によるモノであることは確かだけど、隠蔽なのか転移に近しいモノなのか……


 黒髪の男が門番と何か言葉を交わしている間、サティナは仮面から覗く片目だけで周囲の状態を観察する。見たところ何か仕込まれているようには思えないが、それも当然だろう。


 そうしている間にもどうやら許可が降りた様子で、男が扉の中へ通される、そんな彼に従ってサティナとアルカナも中へと足を踏み入れた。


 男が手頃な席に座ったのを確認すると、彼を挟むようにして彼女達も席に腰を下ろした。

 そこから視線だけを動かして、会場の様子を伺う。意外にも空席は多く、しかしそれなりの人数は揃っている様子だった。


「今回のは特別な席故、特に異国の者へ向けたモノだからな。中へ入れるのはより厳選された者達だけだ」

「よくそんな所に入れましたね」

「入れるに値することを示した、それだけだ」


 簡単に言う、と呆れ返っているとステージのスポットライトが光る。反射的にそちらへ向ければ、奇術師姿の男が優雅な一礼と共に口を開く。


「遥か遠くの地よりよくぞ起こし下さいました」


 いかにも胡散臭そうな笑みをその顔に貼り付けた男の演説を聞く。そんな彼をアルカナは憎悪にも近しい目で睨め付けていた。


「敵意を抑えろ。こんなところだ、それなりの手練れもいる。今マークされてはいざ力尽くで動くことになった時に厄介だ」

「え、ええ。そう、ね……」


 諭されてもまだ抑えきれない激情を何とか飲み込んで、男へ視線も戻す。そんな彼等の心情を知らずに、男が演説を続けていた。


「まずお目にかけますは──」


 そんな彼の無駄に大袈裟に身振り手振りの演説を、どこか冷めた目で見ていたサティナが思わず目を見開いた。それはアルカナも同じようで──否、他の客席からも感嘆の声が漏れている。


 スポットライトに当てられて現れたのは神々しい輝きを放つ剣だ。それは紛うこと無き聖剣、その中でもより上質なモノだった。

 かつてエル=フレイドが振るっていた大聖剣にも匹敵する輝きを放っている。


「何故、あれがここに?」


 と、そんな彼女達の横で男が呟く。


「あれをご存知で?」

「二台目勇者の獲物だ。決して消えぬ、深き業の火を宿す聖剣だ……それが何故?」


 と、眼帯越しに男の視線がある一点へ向く。


「ここ数年前、レドの手によって狂気に呑まれた二代目が処されたことは知っていたが……」


 彼の視線を追ってそちらをサティナも見やり、そして息が止まった。心臓が跳ね上がり、呼吸も荒くなる。


 そんな彼女達の視線の先にいるのは、『初代勇者』エル=フレイドだ。


「何故、彼が……?」

「いや、もっと不味いのもいる」


 彼が視線で示す先にいるのは、レドの隣りに座る女の姿だ。彼女が神と呼ぶ男と同じ、黒髪黒瞳の少女はこちらの視線に気が付いた様子で、悪戯っぽい悪戯っぽい笑みを浮かべると軽くウィンクを返す。

 そんな彼女の隣で瞳を閉じていたレドもまた視線を上げると、こちらを油断なく見据え……そして再び瞼を下ろす。


「如何なさいますか?」

「……ここまで来ては引き返せる筈もないだろう。あちらから仕掛けてこないことを祈る他あるまい」


 どうやら穏便に済ませるのは難しくなったようだ。珍しく男が無表情の中に、焦りにも近い感情を抱いているようにも感じた。


「今更気にしても仕方あるまい。当初の予定通り事が進むの待て」


 そうこうしている内に聖剣も落札されていく。使えもしない無用の長物に何故そんな大金が払えるものだ、と内心不思議に思っていると再び次の品物と移り変わっていく。


 と、その時会場がより一層湧く。その熱気につられて視線を舞台へ移せば一際美しいエルフの少女が鎖に縛られ、下着姿で引き摺り出されている様子だった。


「あれが……」

「いいや、姫は別だ。恐らく高く売れると思われて連れられた一人だろう」

「…………」


 次々と挙げられていく額が大きくなる。先程までの無機質な品物とはまるで別格の金額が付いていく。


「七百万ギル!!」


 と、誰かが声高らかに宣言されたのを最後に会場が静まり返った。そうして宣言した男へ視線を向ければ、その顔に勝ちを確信した卑しい笑みを浮かべていて──


「どなた他にございませんか? ございませんね──」

「五百万ルイビ……」


 直後、男の声を遮って放たれた声に会場が騒めく。

 会場の視線が集まるのは黒髪の男の横、右手を上げて五本の指を立てるサティナだ。そんな彼女を先程の男が忌々しげな視線を向ける。


「ディレウッド帝国の通貨で五百万ルイビです。そちらのレグルス大国の通貨、七百万ギルに比べて倍近く価値がある筈ですが?」


 ゆっくりと焦る素振りなど見せず、悠然と立ち上がり、そう言い放つサティナ。そんな彼女を目にして、奇術師姿の男は再び笑みの仮面を貼り直すと──


「ディレウッド帝国の通貨で五百万ルイビが出ました! 他にはございませんか!?」


 数秒待っても声が上がらない。それを確認してサティナが腰を下ろすと同時に、落札の声が木霊した。


「これで私のお財布は空っぽですね」


 その割には幾分かスッキリしたような、してやったような表情をしたサティナが男に言う。そんな彼女を横目で見て、男もまた頷いた。


「さて、私はさっさとお支払して来ますので、後をお願いします」


 そう言い一度席を離れたサティナの背中を、アルカナが圧倒されたような顔で見送った。そうして彼女の姿が見えなくなると、隣りに座る男の顔を覗き込んだ。


「何も問題ない。あとは、予算を超えるようなら素直に引け……後で取り返す」

「分かったわ」


 と、そうしている内に次の品が出される。特徴的な狐耳はそのままで、何よりも目を引くのは三又に分かれたその尾だった。


「世にも珍しい妖狐の異名を持つ獣人です。彼等の尾の数は力の証明であり、ここ数十年彼女のような特異個体は現れなかった──」


 また長々と商品の紹介をしている間に男がアルカナへ言葉を放つ。コレに出される予算と、そして次に彼女に行け、と……


「三百万ルイビ!!」


 声高らかに出る金額にアルカナの顔を強張る。


「初手から随分と強気だな。どうやら先程の金額で焦ったようにも見える」


 初っ端から相当な金額が出たことで彼等もまた強気の金額を提示する。続くように上がる声がそれを上書きしていき──


「七百万ルイビ!」


 予算も近くなり、アルカナが声を上げる。一つ前に上がった金額よりも百五十万も高い、それに対して一度会場が静まり返り──


「七百五十万……!!」


 と、少し離れたところにいる男が声を上げた。


「は、八百万!!」


 現時点でアルカナ達が彼女へ掛けられる金額はそろそろ限界だ。そんな中、もう一つ声が上がった。


「……九百万……」


 ゆっくりと手を上げ、そう宣言するのはレドの隣りに座る黒髪の少女。そんな彼女へ対抗しようと、予算限界の金額を口に出そうとしたアルカナの肩を男が掴む。


「負けだ。ここに来て奴は初めて声を上げた。つまり、まだ出せると言うことだ」

「でも……!」

「今は、諦めろ」


 すぐに手元に戻してやりたかったのだろう。悔しげに顔を歪めると、押し黙る。そんな中、落札、の声が大きく響いた。


「ただいま戻りました。先程の結果を見ていましたが、彼等相手に力尽くで取り返せるのでしょうか?」

「…………無理だな」

「な……!? 話が違──!!」

「相手を見て言え。あそこに立つ白髪の男が見えるか? 貴様ほどの実力があればアレの規格外さはよく分かるはずだ」


 それはアルカナも良く分かっているのだろう。それでも魔法も使えぬ身で自身を圧倒したこの男ならば、と思ったのだ。だが、今一度白髪の男を見れば、その規格外さもまた明らかだった。


 力を抑え隠している様子だが、底知れない何かを感じる。まるでどこまでも深く、重々しい力を持っているような──異質の存在感だった。


「浮いた分は次の予算に上乗せしろ。姫は必ず落とす」

「もし、姫が取られたら如何なさいますか?」

「奴には俺も少しばかし用があるからな。そうなれば、両勢力の全てを持って……全面戦争だ」


 ずっしりと両肩にのしかかるような圧力を持った声を耳にして、アルカナの顔から血の気が引く。サティナですらも、気持ちばかし顔色が悪いようだ。


 もしそうなれば、どちらかが全滅するまで止まらないつもりだろう。それだけの気迫を感じさせて、男が言った。










 その後、出された十人にも満たない亜人。その尽くがサティナとレドの陣営が独占していた。そのことが面白くないのか、他の参列者達の顔色が露骨に曇り出す。


「二、三人くらい落とせない者がいると思っていましたが、まさかその全てを彼等が取るとは……」

「…………大きな誤算だった」


 と、話しをしているとステージに立つ奇術師姿の男がより一層盛り上がった声を上げる。そんな中で現れたのは、夜更けて重くなった目が目開かれるほど美しい少女だった。


 一糸纏わぬ姿の少女。純金をただ細く伸ばしたような髪を靡かせて歩く姿は、奴隷に落ちた者のそれではない。

 背筋を伸ばし、悠然とした態度でステージへ現れた彼女の瞳は力強い炎を宿し、鎖に繋がれてなお抑えきれない王者たる風格が漂っている。


「皆様もご存知の通り、つい先日亜人達の森は焼き払われました。魔女を信仰した人間擬きに相応しい罰が下ったのです!」


 声高らかに宣言する男。そんな彼の後ろで、彼女は参列者へ視線を向ける。奴隷に落ちた身でありながら、まるで彼女はここに居合わせる者へ値踏みするような視線を向けていた。

 その視線を受けてたった四人を除いて、この場に居合わせた者達はまるで自分達こそが品物になったような錯覚を覚える。


「今からお目にかけます商品は目玉中の目玉! フルーレイア・ニオルド、エルフの女王です!

 透き通る白い肌に輝く金髪碧眼、それに何と言っても見目麗しいこの容姿!」


 滅多に出ない逸品です、と声と共に大きな歓声が上がる。と、同時にして奇術師姿の開始金額の発言を待たずして、次々に声が上がった。

 初手から上がる金額は今まで落札のりも遥かに高く、史上稀に見る逸品に彼等もまた相当振り切っている様子だ。


「五百万ゴールド……」


 桁違いだ。


 凛とした声が木霊した。その直後、会場が静まり返り、対する奇術師姿の男がニヤリと笑う。そうして他にはいないか、と彼が声を上げるも、貴族達は悔しげに顔を歪めるだけで──否、ここまでの横暴を許せる筈もない。


「な、何なんだ!? 貴様等は……!! よくもここまで尽くと──!!」


 一人が声を上げればはやかった。次々に反感の声が上がり、その矛先がサティナ達の方にまで向く。


 どうするか、と男へ視線を向けた直後──思わず目を見開いた。


「──二千万ゴールド出す……」


 いつ間に移動したのか、相当な距離と高さのあるステージへ参り降りた男がジャラジャラと音を立てて相当量の金貨をぶち撒けた。

 その横暴にさしもの奇術師姿の男すらも声を失った様子で呆気に取られる。そんな彼へ向けて、男が続けた。


「ここより遥か遠くの地、中央大陸を支配する大帝国の通貨で二千万ゴールド。純金四千キロに相当する額だ」


 文句はあまいな、と無言の圧が場を支配する。その迫力に押し負けたのか貴族達は黙り込んで、それでもそんな横暴をする彼へ奇術師姿の男が駆け寄り、何か声をかけていた。だが、それも男が一言二言呟けば遂に黙り込んでしまった。


 そうして彼が眼帯越しに視線を向けるのは黒髪の少女で、もし彼女が引かぬと言うのならこの場でおっ始めるつもりなのだろう。──直後、静まり返った会場に乾いた拍手が木霊する。

 それは他の誰でもない、黒髪の少女のモノだった。


 彼女はその顔にゾッとするような笑みを張りつけて、高い位置にいる客席から男を見下ろしていた。そんな彼女が男に指先の動きで何か合図を送ると、それに頷き男が刀を引き抜く。


 会場がざわつき、奇術師姿の男が後ずさる。そんな彼等を無視して男がエルフの姫の鎖を断ち切り、彼女を抱き上げた。そうして奇術師姿の男へ何かを囁けば、彼は一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐに胡散臭い笑みの仮面を貼り付けて口を開く。


「二千万ゴールド、素晴らしい額が出ました! おめでとうございます。エルフの女王は、『滅びの王』により落札されました!!」


 奇術師姿の男の声に、サティナが目を見開く。何故、その異名を口にしたのか──いや、男がそう言うように言ったのだろう。

 それには少し離れた位置に座る黒髪の少女も驚いた様子で、またレドもここまでずっと閉じていた目を開く。


 会場はより一層ざわつき、


「あ、あれが伝説の……」

「い、いいや……嘘に決まっている」

「だが、つい先日魔女が出たと言うのだぞ……奴がいても不思議では──」


 その殆どが信じていない様子だが、それでもここ最近は不可解な出来事が多発している。亜人の森の襲撃もその一つに近く、このオークション自体も相当な例外的イレギュラーだ。

 そんなことに今更ながらに気がついたのだろう。誰もが狼狽え、そして逃げるようにこの場を後にする者達までいた。


 席へと戻る男から自ずと距離を取るようにして皆が道を開ける。その中を悠然とした足取りで、それこそ王者たる風格で──











 手に入れた奴隷達をアルカナに預けて、サティナは男と離れたところで話していた。


「何故、あの名を?」

「間もなく時代は変わる……いや、既に変わり始めている。それを敏感に感じ取っている者達は少なくなく、既に動き出している者もいる。俺達もまた表舞台に立つ日が指折り近づいているのだ」


 また訳の分からないことを、と思いながらもその言葉の真意を探るように聞き入る。


「幾星霜も昔、一度世界は滅び、古き人の世は終わりを迎えた。今や混沌と化した世界で、次代を賭けた戦いが始まるだろう。

 かつて滅びた時代を生き残った古強者は、新時代にて生まれた新生者を巻き込んで──」


 そこで言葉を切ると、彼は眼帯越しに遠くの空を見上げた。ただ暗闇が広がる暗黒の空を見上げて、云う。


「これから始まる生存競争は蠱毒にも近い。生き残った者が世界を変える──分かりやすく言えば、神が生まれるようなものだ」

「神、ですか……?」

「…………ただの、比喩だ。──いや、強ち比喩に終わらぬかも知れぬな」


 そう言うと、男はゆるりと振り返りサティナを見やる。その目にはいつも付ける眼帯はなく、どこまでも深く黒光りする瞳が彼女越しにどこか届くを見ている。


「神の誕生など経過に過ぎぬ。俺達が見ているのは、その先の未来だ」

「…………未来が、あるのでしょうか?」

「このままでは無いだろうな。蠱毒を終えた世界に残るモノは何もない……故に、創るのだ。全てを手に入れた者が、己の世界を創造する」


 その目はどこまでも、遠く──未来を見ていた。どこまでも達観した表情とは裏腹に、その言葉はあまりに残酷だった。


「言った筈だ。俺は『滅びの王』、それ以上でもそれ以下でもない」


 どこまでも吸い込まれるような眼差しを受けて、サティナが息を詰まらせた。


「貴様も、だ。漠然とした姿イメージでいられる時は過ぎた。空白のままでは、塗り潰されるだけだ」


 貴様は何を思い描く、そう云う男にサティナは言葉が出なかった。自分の道を切り拓けぬ者はすぐに行き詰まる。そんな者に用などなく、瞬く間に他者の餌食となるだろう。


「貴様が欲する姿はなんだ? それが、全てだ……」


 それだけ言うと男が眼帯を付け直して、その場を後にした。


 彼の姿が見えなくなったあとも、サティナは暫く動けずにいた。一体、自分は何を思い描くのか……果たしてその姿イメージは美しい蝶となるか、あるいは毒蛾となるか──今の彼女には知る由もない。

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