第二話 営みを奪うもの
「…………」
無言のまま彼女、『剣聖』アルカナは数歩前を歩く二つの人影を追いかけていた。そんな彼女の手をロマリアが握っており、何かあればすぐに守れる位置に身構えている。
前を歩く人影、そのうち一つもまた彼女達を気遣うように頻繁に背後を確認している。そんな彼女の配慮に違和感を覚えながら、二人の会話を黙って聞く。
「随分と賑やかですね。やはり亜人侵略の関係で何か祭りでもあるのでしょうか?」
「亜人の領土を落としたのだ。祭り騒ぎになるのも当然だろう」
聞くだけで胸の中に暗い感情が渦巻くような会話。しかしここに至るまでに彼等に罪がないことは既に理解していた。
白い女はこうしてロマリアを守り、黒い男もまたエルフの里に残っていた人間側の残党を皆殺しにしたのだ。
最初こそは生き残ったエルフ達がいる森の最奥に向かうつもりだったが、森に残る人間を男が皆殺しにしたことを知り、彼の意向に従うことにした。残ったエルフ達もまた連れ去られた同胞を連れて戻って欲しい筈だ。
彼等はそのために手を貸してくれると言う……尤も、無償ではなかいが──
男達はどうやら剣聖たる彼女を何かに利用している。それが何かは分からないが、自分一人の犠牲で数多の同胞が助かるなら安いものだ。
「何度も聞いて申し訳ありませんが、貴方が欲するものが本当にここにあるのですか?」
「恐らく、な……。確たる根拠はないが、確信はしている。人間共がアレを討って何も動きを見せないはずが無い」
アレ、とはここに来るまで何度も耳にした。それの正体は魔女であり、何故だか殺しても死なない彼女はエルフの里近くに封印されていたのだ。
それは数十年前、彼等エルフからすれば最近のことで、どこからその情報を聞きつけたのか黒髪の男は魔女を求めてあの地に来た。しかし魔女を封じていた祠は見るも無惨に破壊され、魔女の姿はどこにも見つからなかった。
それがここまでの経緯だ。そして、男は魔女が人間共に連れ去られたと予想して、ここ亜人の森に隣接する王国の王都にまで来たのだ。
「事が始まったら忙しくなる。今のうちに済ませておきたい用があったらさっさと言え。それに貴様、魔王戦での傷跡はどうなった?」
「ここ数日は、食事も睡眠も十分に取れていましたので問題ありません」
そうして二人が同時に視線を向けるのは、彼等の後ろを歩いていたアルカナだ。彼等の視線を受けて彼女は首を横に振ることで必要ない、と伝える。
人々の隙間を縫うように道を歩いて行く。そうして少し高い所まで移動すると、二人がある地点を見下ろす。そんな彼等に倣ってアルカナも下を見下ろせば、少し離れた所に大通りが見えた。
「他者の領土を勝手に侵略しておいて、英雄の帰還と讃える神経には恐れ入りますね」
「どこの世界も同じだ。自分達に利を齎す存在は大いに賞賛される……。それが例え、その他大勢の不幸となり得ることでも、な」
「誇りやプライドはないのですか?」
「それこそ豚に真珠だ。誉れなどとうの昔に腐り落ちている」
間もなく始まるでたろう英雄達の帰還とされるパレードを前に二人は淡々と言葉を交わしている。そんな彼等の隣りに立って遠く、王都の入り口へ視線を向ける。
一般的な人間の視力では見えずらい距離でも、彼等三人にははっきりと映っていた。辛うじてロマリアだけはうまく見えていない様子だが、それでも獣人として人間以上の視力はある筈だ。
そして、王都入口から歓声が上がった。どうやら侵略者達が帰ってきたようだ。見覚えもある顔を目にして、知らず知らずのうちに腰に下げた剣の柄を強く握っていた。
それでも飛び出さないだけの理性は残っていて、何よりも下手な行動をしても彼等は戻ってこない。何よりも、冷静な判断と確実な行動を持てば、まだ取り替えせる者もいるのだから。
仇も討てない現状にやるせなげに奥歯を噛み締め、そうして激情を湛えた瞳で歓声を浴びる獣以下の畜生を見下ろす。
「来ましたね」
と、そんな彼女の横で白い少女が呟く。そんな彼女の視線を追い、そちらへ目を向けると──
「……っ!?」
──思わず絶句した。
首無しの死体。何も身に纏わないそれは女のもので、股から突き入れられた太い杭が華奢な身体を貫いてその首から突き出していた。
そんな悍ましい磔を、悪趣味な装飾品を目にして何故だか人々の歓声は一層大きくなる。
「ぅっ! ぅぐっ、ゔぇぇえええ、」
と、固まるアルカナの横でロマリアが耐えきれずに嘔吐した。そんな彼女の背中を摩りながら、魔法によって少しでも楽になるように回復させる。
そうしているとすぐさま彼女の横に白い少女が屈み込み、見たこともないような魔法を行使した。直後、ロマリアの顔色がみるみる良くなった。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。平気……。それに無理言って付いて来たのは私だから……」
もう大丈夫だと、蹲ったまま言うロマリアへサティナは心配そうな表情を浮かべて、しかし何も言う事なく再び黒髪の男の横に立つ。
「私は大丈夫だから、剣聖様も……」
その言葉を聞き、アルカナも頷くと再び立ち上がり、決して忘れまいとその光景を目に映した。
「貴方の予想通りですね。あればエルフではなく、人間の身体です」
骨格の僅かな違いからそれを見抜いたサティナに、男が頷く。
「貴方の予想通り、魔女は連れ去られていましたね」
「……いや。おかしい……」
何か引っかかるところがあるのか、男がサティナの言葉を否定した。そうして眼帯を持ち上げ、その眼にして対象を見やる。
「あれは死なないから祠に封印された。そうだろう?」
「ええ、その通りよ。始めは魔法が使えないから容易く済むと思ってけど、何をしても一向に死ぬ気配がないためにお手上げになった化け物よ」
幸い亜人の森で魔法が封じられたいたお陰で封印までこぎつけたが、もし魔法が使えていればあの広大な森は更地と化していただろう。
「それが、本当に死ぬと思うか?」
「……首が刎ねられている、と言うのは野暮ですね」
「貴様は一度エル=フレイドの首を刎ね、そして死なぬ奴を目にしたはずだ」
「…………つまり、彼女もまた不死者であると?」
「可能性は高い」
「不死? そんなモノいる訳ないでしょう!」
と、そんな彼等の会話にアルカナが食ってかかる。しかしそんな彼女を二人は冷めた目で見て、そうして何も言わないまま再び串刺しになっている魔女の方へ視線を向けた。
「……っ!!」
一人、置いて行かれているような気がして悔しげに顔を歪め、そうして彼等の視線を追って魔女へ目を戻す。と、ふと侵略者達の後方へ視線を向けた。
その時、彼等の背後に見えるのは他にいくつもの女達が魔女と同じように串刺しにされていた。
魔女と違うのは殆どが首から上があることぐらいで、手足は本来ではあり得ない方向へ捻じ曲がり、エルフの象徴たる尖った耳や、獣人の特徴たる耳や尾は削ぎ落とされていた。虫唾が走るような嫌悪感が身体を突き抜け、今にも飛び出したい衝動を抑える。
それを見てなお何も感じないのか、と怒りの矛先を隣りへ向ける。それが筋違いであることも、八つ当たりであることも知りながら……それでも収まらない怒りをぶつける対象を求めてしまった。
「きさ──っ……!?」
と、その時だ。思わず目を見開いた。黒髪の男は相も変わらず無表情の仮面を貼り付けたままだが、白い少女は強い激情を激らせていた。
顔は殆ど無表情と変わらないが、目は血走ってる。錆剣の柄を握る手は元々白かったものの、それ以上に血の気が引くほど強く握りしめていた。
顔には出さないが、彼等もまた同じ気持ちなのだろう。そんな彼等へ怒りをぶつけるのはあまりに酷く、軽蔑される行為だ。
何をどうすることも出来ず、ただ黙って獣以下の畜生が進行する様を見るしかない。
そんな彼等が連れているのは屍だけではなく、未だ息のある者達が鉄格子に入れられた馬車もあった。
すぐにでも助け出したい衝動を抑え、待つ。今動いて全てを無くすよりも、機会を待って全てを救う時まで──
「……?」
と、三人同時に何とも言えない違和感を感じた。どこか濁った視線を感じる。
──どこからだ……
──目の前からだ……
そうして三人が同時に視線を向けたのは、首のない屍。目を失ったそれから視線を感じるなどあり得ないことだが、串刺しにされた魔女の屍からは確かに視線を感じたのだ。
「……不味いですね」
「伏せて子供を守れ」
「分かったわ」
その言葉に従い、男以外の全員が低い体制になる。そんな中で最も弱いロマリアを守るようにして、彼女を左右からアルカナとサティナが抱きしめた。そんな彼女の達を守るように、今や見えなくなった魔女との間に立つのは黒髪の男だ。
少し待っても何も来ないことを確認すると、ゆっくりと奥へ移動する。出来るだけ魔女と彼等の間に遮蔽物が出来るような場所へ移ると、先程の位置で警戒していた男が遅れて駆け込んで来た。
「まだ、見られてるわね」
「彼女の頭がこの辺りに転がっているのでしょうか?」
「そんな単純なモノなら良いが……」
伏せたままそんな会話を交わす。暫く無言が続く中、大通りから聞こえる歓声だけが三人の耳に届いていた。
「この汚れた蛮族共は魔女を信仰し──」
耳に聞こえるのはそんな言葉。魔女を封印していた祠を彼等は信仰していた、などと嘯き……その邪教共へ鉄槌を下したのだと言う。
聞くに耐えない妄言を耳にして再び怒りが噴き出すのを抑える。今はそれ以上に不味い状況であることは、肌を刺すような緊張が何よりも強く証明していたのだ。
「鉄格子に入れられた亜人達は大丈夫でしょうか?」
「それは分からん」
「それじゃ──!!」
「まぁ、待て。今焦って出たところで最悪を上塗りするだけだ。少なくとも鉄格子の中で蹲っていれば多少なりとも安全だろう」
焦る彼女を男は諭し、動かぬよう指示する。今下手に動けば想像以上の最悪になりかねないのだから。
そうして暫く、行進が王都に十分入った頃だろうか。湿った何かが破裂するような音と共に、揺れた。
激しい揺れではないが、確かに揺れたのだ。
直後、怒声や悲鳴が耳を劈く。
思ったよりも派手な破壊工作が無かったことに拍子抜けした反面、何が起こったのか想像しにくい。慌てて立ち上がろうとすれば、既に黒髪の男の姿はなく、ロマリアを置いて行っていいものか頭をよぎる。
「わ、私は大丈夫だから!」
その言葉を聞き、サティナとアルカナは心配そうにロマリアを見つめ返して、
「私が足を引っ張ったら、ここまで来た意味がない……!」
恐らく邪魔になるくらないなら置いていくと男に言われているのだろう。それを加味してもやはり、心配は拭いきれず──しかし、サティナは頷くと直ぐに駆け出した。
──今動かないと……
「行って!!」
悲痛な叫びが木霊する。自身を気に留めたばかりに仲間が死ぬようなことがあれば、彼女は自責の念に追いやられるだろう。
ロマリアのためにも、そして己が使命のためにも──
「分かったわ」
ここにいるなら安全だろう。そう判断すると、アルカナも駆け出す。
少しして先を走るサティナに追いついた。
「彼は何か言ってたかしら?」
「自由に動いていい、と」
その言葉を受けて、アルカナの口元に暗い笑みが浮かぶ。
「それは、最高ね」
建物を飛び越え、未だ生き残っている仲間の元へ駆けつける。と、直後に飛び込んで来た光景に思わず目を見開いた。
身体中がひしゃげた屍。まるで彼等人間が亜人達へ行った冒涜を返すかのように、その死体は原型を失っていた。
あれだけ憎んでいた人間がいざこうして肉塊と成り果てた姿を見ても、心は晴れない。それどころか、これだけのことをしてのけた者へ対して強い嫌悪感が渦巻いた。
逃げ場を求めて逃げ回る人々を掻き分けて鉄格子が乗せられた馬車に辿り着く。
鉄格子は外から強い力を受けたようにひしゃげており、しかし幸いとも言うべきか中まではその被害が及んでいないようだ。
「みんな!!」
馬車に飛び乗り、鉄格子を掴んで叫ぶ。その声に顔を上げた彼等の表情は引き攣っていて、しかし剣聖の顔を目にすれば暗い表情が引いていく。
「なっ!? 剣聖様が何故ここに!?」
「助けに来たのよ!」
そう言うと聖剣を引き抜き、鉄格子を切り裂こうと振り翳した。そんな彼女の腕を何者かが力強く掴む。
「待ってください」
「……邪魔をするの?」
彼女の腕を掴んでいたのはサティナで、こんな状況で待ったをかけられて敵意を剥き出す。仲間が目の前にいて、絶好の機会が回ってきたと言うのにまだ待てと言うのか。
怒気にも近い感情が噴き出し、それに応えるかように聖剣が光を放つ。そんな彼女の腕をサティナが捻じ切った。
「うぐ……!」
「時間がありません」
思わず聖剣を落として呻くアルカナへサティナが告げる。
「馬車数台分にも及ぶ彼等を全員連れて移動など出来ません。馬車ごと亜人の森へ飛ばしますので、その間周りの警戒をお願いします」
そう言うとアルカナを馬車から引き剥がす。そうして馬車へ手を触れて魔法を行使すると、一瞬にして姿形残さず消え去った。
普通なら目立って仕方ないだろうが、人々は未だに混乱の最中を極めており……何よりもついさっき大勢の人間が爆ぜたのだ。今更馬車が消えたところで誰一人として、気にもとめない。
「着いてきてください」
「え、ええ……」
聖剣を回収してサティナを後を追う。そうして彼女が魔法を行使する間、敵からの攻撃が無いか警戒していった。
瞬く間に全ての馬車の転移を終えたサティナが、アルカナへ向き直る。
「転移魔法は使えますか?」
「ぇ、ええ。一応、亜人の森になら飛べるわ」
「十分です。そしたらロマリアを連れて彼等の後を追ってください」
「彼は?」
「私が説明しておきます。恐らく連れて戻れと命が下る筈なので、それまでに彼等を仲間の下へ……」
そう言うとサティナが別の方向へ駆け出した。そんな彼女の言葉に従い、アルカナは一度ロマリアの元へ戻る。
「あっ、剣聖様! みんなは?」
「森へ転移させたわ。貴方も来なさい」
そう言い放ちロマリアを抱き寄せると、転移魔法を行使した。
森に着くと、そこには未だに鉄格子に囲まれたままの同族がいて……忌々しげにその檻を聖剣で破壊する。全員分の檻を破壊してその数を確認しようとした時、ふと違和感に気がついた。
「姫様が、いない?」
「姫様は我々とは別の馬車に乗せられて、途中で別れました。その他にも数名が……」
アルカナの疑問に応えるのはエルフの子供だ。その言葉を聞いて心臓を鷲掴みにされたような焦りが突き抜ける。彼等を助けられたことは喜ばしいことだが、肝心の姫が別の場所へ連れて行かれた。
──すぐに戻ってあの二人に方向を……
──いや、それは駄目だ……
そんなことをすれば、ここに彼等を残していくことになる。何よりもそんなことを姫が許す筈がないのだ。
「……姫様は必ず助けるわ。その前に、まずは貴方達が生き残びなければならない」
心配に彼女を見上げる子供へ微笑みかけて、彼等を引き連れて生き残った同胞のいる森の最奥を目指した。




