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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第三章 磔が嗤う常闇の饗宴
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第一話 生き残った先で

 気がついた時、サティナは下界にいた。ミルヴァが最期に放った決死の自爆魔法は魔王城の結界すらも吹き飛ばし、何とか彼女を外へ逃すことが出来たたのだろう。

 最期の最期になって他者の身を案じる彼女の優しさを身に染みて感じながら、サティナは身を起こそう身体に力を入れる。


「ぅぐっ、重い……」


 ふらつきながらも何とか起き上がると、周囲を見渡す。最初から気がついていたことだが、どうやら人気など全くない山奥に飛ばされたようだ。


 ──いや、これで逃げられたとは限らない……


 あの魔王ならサティナの居場所を突き止め、殺すことなど造作ないだろう。と、身体がふらいた拍子にボロボロになった外套の下から何かがこぼれ落ちる。

 ふと視線を向け、ソレを確認すると思わず目を見開いた。白いそれは魔王からの招待状で、そこに刻まれている文字が再び変わっていた。


 魔王の拝見に必要かと外套からすぐに出せる位置に入れていた紙は多少崩れていたものの、十分原型をとどめている。それを拾い上げて目を通せば、何と中身は白紙だった。

 文字の全ては消え失せて、代わりに封筒に刻まれているのはサティナ宛ての名前だけ──


 一体それにどんな意味があるか分からない。しかしもう大丈夫だと、何故だか無性にそう感じた。魔王はもう追ってくることもない、と──


 それでも何となくこの場で捨てることは憚られ、致し方なく魔法陣の中へ入れる。そうして残った力を振り絞るようにして、転移魔法を発動させた。

 向かうのはヴァーデンの森。そこに待つロマリアの元へ向かう。












 薄暗い森の中を走り抜ける。転移魔法の使用による探知に引っかからないために敢えて少し離れた場所に転移した。

 今の彼女には戦えほどの余力は残っておらず、戦いを避けようと思うのは自然のことだった。


 重く思うように進まない身体を引き摺って漸くロマリアを残して来た隠れ家に辿り着く。その前に立つと一度呼吸を整え、ゆっくりと足を踏み出した。

 地面が抉られて出来た洞窟のような空間。その中へ足を踏み入れて中を見渡す。しかしどこにも彼女の姿はなく、サティナの胸を焦燥が蝕む。


 音を立てないように細心の注意をはらいながら足を踏み出し、剣を抜き放つ。最悪に備えて身構えて、しかしいつまで経っても変化は訪れなかった。


 ──誰もいない……


 争ったような形跡もなく、しかし確かにロマリアが生活していたであろう痕跡だけは残っていた。であれば、何故彼女はここにいないのか。


 ──これは……


 そうして目についたのは奥に置かれていた食べ物だ。貯蓄は十分にあり、腐っているような感じもしない。

 すぐ隣りの岩棚のような窪みには水が滴っており、十分に水が溜まっていた。それを手に取り、乾いた喉を潤す。


 ──水も食べ物もある……


 漸く顔を上げて再び周囲を見渡すが、ここを離れざるを得ない理由が見つからなかった。であれば、何か外的要因があるのか。

 しかし彼女の他には誰かが来た様子もなく、やはりおかしい。


 既に周りに人がいないことは確認済みだが、それでも警戒心を強めたまま洞窟の入り口へ戻る。そうして、ふと気がついた。


 ──足跡……?

 ──まだ古くはない……


 それなりに時間は立っているが、確かに人の通ったような跡が残っていた。それを辿れば、最も新しい跡は外へ続いている。

 痕跡の大きさや深さから体重の軽い子供のものであることはすぐに理解出来た。


 ──やはり、出たきり戻っていない……


 もしかすれば待っていれば戻るかも知れないが、既にその痕跡は一日以上経っているのだ。待っていられる筈もなく、サティナはすぐさま飛び出した。


 草木の生い茂る森の中で痕跡を辿るのは容易なことではないが、彼女の超感覚は僅かに残った跡を見逃さない。足元の凹みや抉れ具合、草木の不自然な曲がり方、微かに残った彼女の匂いまで──


 と、ある所まで進んでふいに気がついた。


 ──魔法が使えない……


 厳密には使えないことはない。


 力任せに使うことも出来るし、能源エネルギーを緻密に練り上げて強固にすれば使うこと自体は可能だ。しかし魔王戦で疲労困憊にまで陥り、未だ回復仕切らない彼女にそれは難しい。

 本格的に戦闘を避けなくてはならない状況で、更に緊張が走る。そうしていく中で、人間よりも遥かに鋭敏な感覚を持った鼻腔を強い臭いがついた。


 何よりも、臭いがする方向に少女の痕跡も続いている。自身の身体にも染み付いた馴染みある臭いに、焦りすらも感じた。

 限りなく薄く気配を消して、より慎重な足取りでそちらへ移動する。最悪の光景を目の当たりにするかも知れないと、事前に覚悟を決めて歩を進め、草木の隙間からそちらへ視線を向けた。


「……っ!!」


 異臭の招待を目にして思わず口元を手で塞ぐ。

 彼女から離れたところ、広く開けた場所に散らばる人の屍。死後数日が経過しているせいか所々獣に食われた身体は欠損していて、腐敗が始まっていた。


 よく見る光景だ。

 もはや慣れ親しんだ日常だ。


 それでも僅かな嫌悪感は覚える。周囲への警戒を最大に、その屍へ近づく。

 鋭い聴覚に蝿の羽音が異様に大きく聞こえて、そんなことも意に介さず一人ずつ屍を確認していく。


 そう、この中に彼女はいないのか、と──


 もはや原型を留めている死体が少なく、顔を見ても本人の特定は難しいだろう。そもそもとして頭部が残っている屍が一体いくつ残っているかはだはだ疑問だった。──そして何よりも、頭部が残っていても殆どの死体は顔の皮など剥がれ落ちて誰かも分からない状態だ。


 それでも幸い、と言うべきだろうか。どれも人間の死体で、獣人のモノは一つもなかった。

 獣人の少女たるロマリアもまたここでは死んでいない。


 そもそもとして彼等が死亡したであろう時間と、ロマリアがここへ来た時間は数日以上の差がある。彼女がここでのいざこざに巻き込まれた確率は低い。


 そうして次の確認に映る。それは何故彼等が死んだか、だ。亜人との争いなのだろうと予想出来るが、それにしても人間の屍しかないのは不自然だ。

 もしかすれば生き残った亜人達が仲間の遺体だけ回収したと言う可能性もあるのだが、念のために調べて行くことにした。


 ロマリアの安否を早く確認したい気持ちはあるが、今後の行動に影響が出てきそうな事柄を無視することは出来ない。


 と、不自然な点はすぐに見つかった。とある首無しの屍を調べた時、その首の骨にはゾッとするほど鮮やかな切断跡があったのだ。

 まさか、と他の屍……その急所に当たる付近を調べればどれも剣で斬られたような跡が残っている。


 素手で肉を引き裂いて骨を見れば、肋骨や背骨すらもまるで抵抗感なく切り裂かれた跡がある。


 相当な実力者だ、それも剣に精通した者。


 硬い骨を切る際は基本的に関節の間に刃を通すようにして切るものだが、魔法が使える者はその限りではない。それでも力任せに振るった剣では、骨は切れずに砕ける。


 しかし、この者は確実に骨まで絶っており、それ以外の屍もまた急所をしっかりと捉えている。それは魔法も剣の腕も立つことを、ありありと証明していた。


 そんなことを考えていると、ふと視線の端に光るものが映り込む。彼等が使っていた武器は土や泥に汚れて光沢などは失っていたが、それはその中でも輝きを失うことはない。

 徐に視線をそちらへ向け、そして謎が解けた。


 彼女の視界に映るのは神々しい光を放つ剣だ。


 ──聖剣か……


 すぐにその正体な気がつくと、剣の前まで移動する。そうしてそれを手に取ろうとして、固まった。


 聖剣や魔剣といった類いは使用者を選ぶ。もしそれを振るうに相応しい存在であると認められなければ、触れただけで返報がある。


 特に強力な魔剣は命すら奪いかねない。

 しかし聖剣はそこまで凶悪ではない。


 使用者と認められられなければ何も切れないなまくらと化すだけで、持ち運ぶこと自体は可能だ。その点、魔剣よりは幾分かマシだろう。


 一瞬躊躇ったものの、すぐにそれを手にした。──直後、疲弊し切っていた身体に力が戻る。

 身体の芯にまで染み込むような暖かい感覚と共に、聖剣に認められたことを自覚した。


 しかし、サティナはこれを振るうつもりはない。何よりも、血に汚れたその手は聖なる武器を持つなどあまりに烏滸おこがましく、おかしな話しだ。


 それでも今は背に腹には変えられず、使えるものは何でも使う。それがサティナや彼のやり方なのだ。


 聖剣を片手に再びロマリアの跡を追った。











 幸い彼女の痕跡は途切れることなく続いており、どこかで野垂れ死んでいるのではないかと言う彼女の心配を現時点では現実になっていない。

 それでもいつその瞬間が訪れるのか。内心震えるような感覚を覚えながらも、それを受け入れる覚悟もしていた。


 そんな彼女の瞳に飛び込んできた光景はある意味で想像を絶していて──それでいながら、ある意味では想定内の結果だった。


「ぁぁ……」


 弱々しく呻き声を上げて、その光景を見上げる。


 股から串刺しにされた杭が口飛び出す人々が並んでいる。そんな彼等の後ろには人の営みの跡が痛々しい形で残っていて、略奪者の手を逃れられなかっだのだろう。

 殆どの屍は重なり合うように、まるで取るに足らないゴミを重ねるように積み上げられており……何をすればそうなるか、女達は身包みを剥がされた姿で股から太い杭で串刺しにされていた。


 そんな彼女達の身体には死鳥が止まっていて、開いたままの目をくり抜いている。


 身の毛もよだつような光景に、嫌悪感を通り越して怒りが噴き出す。

 反射的に剣を握っていない方の手に力を込めて、屍を陵辱する下等な鳥達を焼き払おうと──しかし、やめた。


 そんなことをしても意味はない。火葬は必要かも知れないが、どこに敵が潜んでいるかも分からない状況でいきなり放火をする訳にもいかない。


 と、彼女達の下を通って一人の人影が現れた。彼等を取るに足らないもののように扱った者だろうか。


 ──いや、そんなことはもういい……

 ──ただ、死ね……


 妖しく光る瞳が残光を引き、彼女の激情に応じるように聖剣が光を放つ。そうして人影を撃ち抜かんと、剣を持ち上げ──動きを止めた。

 驚愕を顔全体に張り付かせて、その人影に視線が釘付けになった。


 ゆっくりと緩慢な動きで、しかし悠然とした態度で現れたのは黒髪の男だ。彼女が神と呼ぶ彼はサティナの接近を既に知っていたのだろう。


「魔王相手に生き残ったか」


 重く、深く、まるで深淵の底から響くような聲が不毛の地に木霊する。そんな彼の声を聞いてなお、固まったままの少女。


「……これは、どう言うことですか?」

「見たままだ。俺が来た時は既にこの有様だった」


 そう言うと男は軽くサティナを手招きする。その動きに従った男を追いかけると、彼もまた屍の隙間を縫うように歩き出した。


「それよりも貴様、あの子供ガキに大人しく待っているよう伝えなかったのか?」

「……っ!? ロマリアがここに来ているですか!?」


 驚いたような表情は一瞬で、すぐに鬼気迫るような勢いで男に食いつく。そんな彼女を眼帯越しに冷めた視線が向き、


「ああ。丁寧にもこの土地で亜人以外は魔法が使えない、と言いに来た。聞けば自分の仲間が恩人を殺すかも知れないと焦ったようだな」


 まぁ、それもこの有様では杞憂たったが……と彼はため息をついた。何よりもこの光景を見た彼女の心情を察するには余りある。


「それで? 彼女はどこに?」

「俺が貴様を出迎える間、看守をさせている」

「看守……?」


 疑問符に満た表情のサティナを余所に男は一つの建物へ入って行った。そんな彼の後について中へ入れば、そこには二人の人影があった。

 そのうち一つは──


「……ロマリア?」

「あっ、よかった! 無事だったんだぁ!!


 サティナへ飛びつこうとするロマリアの肩を男が掴んで抑えると、


「何か変わりないか?」

「え? あっ、うん。何もないよ……」


 その報告を聞くと男は頷き、彼女の肩から手を離した。解放されたことを理解すると、再びロマリアがサティナに向かって駆け出す。


「ああ! よかったぁ!!」

「遅くなってしまって申し訳ありません」


 小さな身体を抱きとめて、サティナがもう一つの人影へ視線を向ける。縛られているようなその人影は忌々しげに男を睨みつけていた。


「彼女は?」

「亜人の剣聖だ」


 サティナの疑問に男が端的に答える。それを耳にしてそちらへ改めて視線を向ければ、剣聖もまたサティナへ視線を向け、そして彼女が持っている聖剣を目にして驚いたような表情を浮かべた。


「そ、それは……!」


 驚愕の中に怒気を込めてサティナを睨め付ける。そんな彼女の視線を追って男がサティナの持つ剣へ目を向けた。


「元々、それは此奴の獲物だ」

「……そうだったのですね。それでしたら、お返し致します」


 何故置いていった、と聞くのは野暮だろう。そう思い、男には何も言わずに縛られている女の前に剣を置いた。そんなサティナへ女は怪訝そうな表情で口を開く。


「……何故だ?」

「何がですか?」

「それは聖剣だぞ」

「え、ええ。そうですね……」

「手放すが惜しくはないのか?」

「私にはこれがありますから」


 剣が主と認めたにも拘らず、惜しむ気配もなく手放す少女を剣聖は怪訝そうに見やる。そんな彼女へ見せつけるように、サティナは己が獲物を取り出せば、


「……ふざけているのか?」


 そう言われるのも仕方ないだろう。


 聖剣を手放したかと思えば、代わりがらあると言うのだ。しかもその代わりと言えば錆びた剣で、とても聖剣の代わりになどなりはしない。


「はぁ……。それで、私はいつまでここに拘束されているんだ?」

「それは貴様次第だ。大人しく付いてくると言うなら解いやろう」


「敵の前で拘束具を外されて大人しくする馬鹿がいるのか?」

「大人しくしなければ、貴様等の姫は帰ってこないぞ」


 そう言われれば剣聖は悔しげに顔を顰める。


「姫も拉致っているのですか?」

「俺ではない。エルフの姫を連れていったのは人間だ」

「貴様も人間だろう?」

「捉え方は貴様の自由だ」


 だが分かっているだろう、と言う無言の圧力にやはり黙るしかなく。ただやるせなげな視線は目の前に置かれた剣に注がれいる。


「どちらにしても行動は早い方がよろしいのでは?」

「ああ。人間共に壊されてからでは遅いからな」

「貴様……姫様をどうするつもりだ!」

「俺がどうするのではない。だが、俺が何をしなくとも人間共がエルフの姫をどうするか、想像に難くはないだろう」


 ぐっ、と固く口を結ぶエルフにサティナが近づく。そうしてその手錠と足枷を錆剣の一振りで破壊した。


「は……?」


 本当に解放されるとは思っていなかったのだろう。呆けたような表情をするエルフを見下ろして、男は今一度問う。


「それで、返答は如何に……?」


 ゾッとするような声だ。人としての心を感じせない冷たさと無機質な声を聞いて──


「……分かった」


 剣聖は首を縦に振るしか無かった。

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