第十八話 神は去りて
刹那、魔王の眼球に触れるほどの距離で魔剣の切っ先が止まる。サティナですら辛うじて目視できるほどの速度で放たれた神速の刺突は、やはり二本の指だけで止められていた。
渾身の一撃だったのだろう。それを止められたミルヴァが悔しげに顔を歪めた……直後、魔王の背後に回っていたサティナがその首を目がけて十字剣を振り抜く。
触れるもの全てを粒子レベルにまで分解する光剣を、しかし魔王は振り向くこともない。十字剣もまた漆黒の翼に阻まれ、止まる。
そうして二人が攻撃を出し終えたのを確認すると、満を待して魔王が動く。その直前、サティナの権能が働いた。
サティナとミルヴァの立ち位置を入れ替える。
予測不可能な動きにさしもの魔王とて一瞬固まり、その隙を見逃すほど彼女達も甘くはない。
「「はぁぁあああ…………!!」」
前後から挟み込むように撃ち込む二本の刃。魔剣と光剣がその胸と背中を捉え、しかしまるで歯が立たない。
切っ先は魔王が身に纏う黒い装束に当たっただけで止まり、気がつけば再び二人は弾き飛ばされていた。
刹那、吹き飛ばされた筈のサティナが柱の隙間を駆け抜けて魔王の正面に飛び出す。そうして振り抜くのは因果法則を捻じ曲げる光鎌。──それを真っ向から受け止める規格外さに、サティナもまた悔しさに顔を顰めた。
返す刀で鎌を振り抜かんと腕に力を込めて、
「なっ!?」
しかし渾身の力を持ってしてもたった二本の指で挟まれているだけの鎌はピクリともしない。
焦るサティナへ魔王は傲慢なほど緩慢な動きで手を伸ばし、直後その腕を魔剣が撃ち抜いた。
だが──
──ここまでか……
魔王の腕を貫かんと放たれた魔剣が砕ける。それを目にして僅かな驚きを滲ませているものの、予想は出来ていたと言わんばかりに新たな魔剣を抜き放つ。
サティナもまた魔王の意識が僅かにずれた隙を突き、大鎌を十字剣に変換すると反撃へ転じる。
爆大な力の濃縮。
神々しく発光する十字剣と、禍々しい光を放つ魔剣。
対となる二振りの刃は同一の敵を撃滅せんと放たれた。
玉座の間を光が満たす。吹き荒れる破壊が城内を蹂躙し、その悉くを喰らい尽くした。
遠く厚い壁が吹き飛び外界から光が差す中で、その者は悠然と佇む。
超越者二人の力を持ってしてなお、遠く及びもしないのは正真正銘の化け物。未だなお、傷ついた素振りもなく悠然とした姿で佇むのは絶対王者たる存在。
魔界の支配者たる『魔王』だ。
──これが、魔王……
彼女達では到底及びもしない化け物だ。
サティナもまた今までに規格外とも呼ばれる化け物達を目にしてきた。しかしそのどれとも違う強さを彼は持っている。
──あと、数回くらいか……
出し惜しみ無しの全力だった。
もう力も底を尽きかけており、全力で攻撃を出せる回数はもう何度も無い。
それはまたミルヴァも同じ様子で、肩で息をする彼女と一瞬視線を合わせた。たったそれだけで意思疎通を図れば、彼女もまた次で勝負に出るつもりだ。
再び二人の姿が掻き消える。しかし、ここに来て変化が現れる。ここまでに至るに、まともな攻撃をしてこなかった魔王が動き出したのだ。
高速移動に入ったサティナの身体を衝撃が突き抜け、弾き飛ばされた。
何とか軸をずらしてダメージを軽減しても身体の芯にまで響くような重い攻撃。何をされたのかも理解できないまま、地面を転がり……それでも力尽くで跳ね起きた彼女の視界に入るのは、吐血するミルヴァの姿だ。
ダメージを軽減しきれなかったのだろう。
膝を折り、それでも倒れまいと魔剣を地面に突き立てて身体を支えている。そんな彼女へ追い討ちを放たんと魔王が腕を振り上げていて──
放たれた手刀はゾッとするほど洗練されていた。
それはただ力だけの存在ではないことをありありと見せしており、何よりもただでさえ底の見えない彼へ対する考えを改めざるを得ない現実で──
絶望的なまでの差を前にして、サティナは考えるよりも早く駆け出す。
ギリギリで身体を滑り込ませて手刀を打ち払う。因果法則を捻じ曲げる鎌にて受け取れば、彼の攻撃をそのまま魔王へ返した。
しかしそれでもやはり、彼がダメージを負うことはない。それはつまるところ、彼の全力にはほど遠いことの証明でもあった。
本気で放った攻撃が本人を傷つけられないほど弱いはずが無い。であれば、やはり彼はまだまだ全力を出していないのだ。
「ぐぅ……!」
──マズい……
魔王の攻撃を返すのはリスクが大き過ぎる。残り僅かな力を大きく削られた反動で、僅かにサティナがたじろぐ。その刹那を見逃すほど魔王も甘くなく……しかしそんな彼女の隙を補うようにミルヴァが飛び出した。
魔王の手刀と魔剣が交わる。
純粋な力同士の衝突は、もう何度目か分からない揺れを招き、辺り一帯を震撼させた。しかし、格上相手に力比べで敵う筈もなく──ミルヴァの待つ魔剣が刀身半ばで折れた。
直後、サティナが渾身の力を込めて鎌を振るう。刹那、砕けた筈の魔剣が直り、代わりに魔王の右腕が爆ぜた。
初めてダメージを負ったことで多少怯むかとも思われたが、そんなことは意に介さず魔王が踏み込む。彼が視線を向けるのは互いの武器破壊の結果を捻じ曲げたサティナだ。
渾身の力を使い果たした彼女の翼は輝きを失い、消え失せた。間もなく力尽きるであろう彼女へ手を伸ばした魔王へ、ミルヴァが飛びつく。
サティナへ伸ばした腕に魔剣を叩き向け、弾く。と、同時に力尽きたサティナを遠くへ蹴り飛ばし、彼女の身体を立体魔法陣が包み込んだ。
直後、魔王の腕に傷つけることすら叶わずに、無惨にも魔剣が再び砕ける。しかしそんな攻撃を視界に移すこともなく……ひたすらに彼女が見るのはただ一点だけだ。──魔王の冷たい瞳を至近距離から見つめ返して、折れた魔剣をその喉元へ突き付けた。
その剣心に膨大な力が集い、強い光を放つ。
睫毛が触れそうなほど近くに彼の瞳を見つめて──彼女はまるで憑き物が落ちたような微笑みを浮かべた。
「……さようなら。永遠なる我が王よ」
その耳元で、囁く。
最期まで畏怖し、そして敬愛した君主へ向けた言葉を遺す。
──最期まで貴方に忠実でありたかった……
「源滅光」
爆発する光が目の前を真っ白に染め上げた。巨大な、巨大過ぎる魔王城すらをも飲み込む破壊の奔流。──それは彼女の全霊を持った一撃だった。
魔人として彼女が持つ永遠にも等しい余命の全てを持って光と為し、仇なす者を討つ滅びと化す。かつて『滅びの王』がそうしたように──
間もなく光が収まり、瓦礫すら失われて半壊した魔王城……その上に一つの人影が現れる。そこに立つのは傷一つない魔王の姿で──命を賭してもなお及びもしないその姿は、まるで理不尽そのものだった。
「そうか、これが答えか」
そう問いかけるのは、彼の手の中にある首。胴を失ったそれは目を疑うほど穏やかな表情をしていて、そんな彼女を眼光鋭く見やる。今や亡き少女の真意を見透かさんと眼を光らせていた。
自爆の寸前で彼女の首を落とし、その威力を軽減させたのだろう。それでも魔王城の大半は跡形もなく消し飛び、もし軽減に失敗していれば魔王都まで更地と化していたに違いない。
しかし魔王はそんなことを気にも留めず、どこか思案するように手の中にいる首だけになった少女を見下ろしていた。
「嗚呼、我が王よ」
誰もがいなくなった世界で、一人ともなく言葉がこぼれ落ちる。それは誰に対してのモノなのか、あるいは今は亡き君主へと向けた嗚咽にも近いのだろう。
「私は、いつかもう一度……」
伏せた顔が悲痛に歪んで見えるのは錯覚か。溢れ出す激情が世界を揺らし……そうして伏せた瞳の輝きが増すのはきっと、権能とは違う理由があるからだろう。
「それは、叶わぬ夢なのでしょうか?」
仰ぐように天を見上げれば、無彩色の銀瞳に映るのはミルヴァが自爆した余波で赤く染まる空。『虚月』が現れたのもこんな日で、もしかしなくともあの白い少女は──
「……そう、ですよね。──だってあの『白き神』はもう、人に興味ないのですから……」




