第十四話 悍ましき追憶
再び舞い降りた魔界にて、白い少女は羊皮紙に記された地点を目指して地を駆け抜ける。既に周囲の木々は殆ど見えなくなって、代わりに視界を埋めつくのは岩だらけの地だ。
空気が灼けるよう熱いこの地では生き物の影も少なかった。それまた、彼にはとっては好都合なのだろう。
僅かに上げた視線の先に見えるのは、下界では見たこともないほど巨大な山。それも、火山だと言うのだから驚きだ。
地殻変動によるプレートの盛り上がりで作られる山脈の方が、噴火の影響で積み重なるように作られる火山よりも高くなりやすい。
そんな中で彼女の視界に映り込むそれは、時々稲妻が迸る黒い煙を吐き出しながら高く聳え立っていた。
──さて、どうしたものか……
あの火口から下へ降りる必要があるが、何の対策もなく生身で飛び降りて良いものか。ただ飛び降りるだけなら、何も問題ないが魔導王が何かしらの罠を仕掛けている可能性もある。
影武者とは違って、少なくとも何の対策もなく無防備に通すとは思えない。
尤も火山の放つ熱やそのエネルギーが防壁となっているが、通じない者がいることを十分理解している筈だ。
であれば──
火山を登り切り、火口を見下ろす。サティナを灼熱の黒煙、生身の生物であれば瞬く間にその命を奪う死の狼煙はしかし、彼女には何の害を与えることもない。
見下ろす火口、黒煙が視界を奪っているものの白光色の左瞳にはその奥が見えていた。それでも見通すことが出来るものには限界があるのか、ある地点から下は暗闇で覆われていた。
黒い煙を全身に浴びてなお穢れることのない純白の髪が靡く。そんな彼女の背後では左だけの巨大な片翼が、まるで花咲くように大きく開いた。
左手に握るのはいつもの錆びた剣ではなく、光を収縮したような十字剣。莫大な能源を放つそれは触れるもの全てを粒子レベルにまで分解する。
ゆるりと翼を動かして宙へ飛び上がると、火口の中心まで移動した。足元から噴き出す黒煙の向こう、なおも強い光を放つ熱が透けて見えた。
ゆっくりと身体を傾け、十字剣を引き絞る。爆大な力が収縮を始め、一部の能源が強い光となって輝き出す。
今や日の暮れた不毛の大地を照らし出し、光源たる彼女もまた強い光に赤く鮮やかだった瞳を焼く。
間もなく少女の周囲を光の粒子が飛び交い、最初こそ無秩序だった筈のそれが螺旋を描いて動き始めた。ぴたりと止まった彼女が見せるのは刺突の構え──収縮した光の粒子が十字剣を取り巻くようにして螺旋を描く。
かつて彼女が神と呼ぶ男……彼が見せた滅びの輝き。しかし彼のそれを真似ることは出来ず、しかし強く魅入られ、つきに諦めることは出来なかった。
そうして、真似事はやめた。いくら真似ようとと決して彼に追いつくことは出来ず、二番煎じ以下の技は少女の魅入った理想を穢し、侮辱した。
故に彼の技を穢すことをよしとしなかった彼女は、代わりに自身の力を最大限に活かす独創として編み出したのだ。
闇の奔流を極光へと変え、あの日見た幻想を今度こそ我が手に──
一際強く翼が発光し、爆大な力を送り出す。
大地が力の解放に震撼し、天は白く染まる。
そして、放たれた──
巨大な火山から見える限りの一帯が、地平線の彼方までもが純白に染まる。硝子が割れるような音が連続し、時空間が軋む。
光の奔流が照らす全てを咀嚼、嚥下する。
間もなく、膨大な力の吐口となった十字剣が消滅し、世界から光か引く。漸く戻った視界の中にして周囲を見渡すせば時空間の歪みは残ったままで、現実離れした景色が浮かび上がっていた。
本来とは違う色が見える。
ここからでは見えないでろう場所が映っている。
魔界にいるにも拘らず、下界の景色が映っている。
様々な景色が重なるように視界を覆い尽くしていた。
ゆるりと見下ろした先、あれほど巨大だった筈の火山は跡形もなく消し飛んでいて、その下には巨大な空間が見え透けている。そう、まるで彼女を誘うかのように暗い世界がポッカリと口を開けていたのだ。
光の一切が無い暗黒の空間へとサティナはゆっくりと降りていく。
光の一切が絶たれた空間をただひたすら下へ進んだ。そんな中で唯一目に見えるのは淡い光を放つ純白の片翼だけで、自身の足元すら見えない。
そうして暫く降りていくと、突然として足の裏に何かが当たる感触が伝わる。それが暗闇の底だと気づくとゆっくりと体重を預け、二の足で立つ。
ふと、その鼻口をつくような臭いを感じた。微かに、しかし確かに……それは幾度となく感じたことのあるもので、それは彼女の身に染み込んだモノと同じ──
──血の匂いだ……
警戒心を強めて臨戦体制を取る。左の手に再び十字剣を顕現し──
「……っ!?」
だが、十字剣が現れない。
──力を使い過ぎた……
影武者との戦いで使用した蘇生術と滅びの奇跡。
天候の操作に加えて、滅びの王による心臓と翼の破壊からの回復。
そして火山で使った極光の奔流。
思い返してみれば力の尽くを使い果たした状態であり、ここまで回復を待たずしてよく連続して動き続けたものだ。
最大の切り札の一つが使えないことで僅かに焦りを覚えたが、意識的に冷静さを取り戻して先へ進む。と、直後持ち上げた足に何かが当たった。
「随分と悪趣味──いいえ、まだ優しいんでしょうね」
足元に僅かながらも、確かに見えるのは人の屍。何よりも最初に目についたのは身体についた外傷だ。
殺すための傷。それ以上でもそれ以下でもなく、ただただ殺すためだけの傷だ。
苦しんで死ぬことはなかったのだろう。
そのことに何気ない慈悲を感じて、直後にそんなことを感じる自身へ自虐的な感情を漏れ出る。人を死へと追いやった傷を、ただ苦しまずに済ませただけのそれに慈悲を、優しさを感じる自分もまた狂っていると──
「…………」
黙って俯く少女の後ろ、僅かに気配を感じる。希薄でいつもであれば気がつく筈もない存在の薄い者に、しかし連戦に続く連戦で耳障りなほど研ぎ澄まされた感覚をもって今の彼女にはその存在ははっきりと映っていた。
「なかなかどうして……」
独特な響きにある声だ。どことなく黒髪の男を彷彿とさせるその声はしかし、彼ほどの深さも重さもない。
「存外に世界とは狭いモノだ。のう、天魔の娘よ」
「……っ!?」
思わず目を見開き、弾かれるように後ろへ視線を向けた。そこに立つのは深い青色の髪を持った男。暗銀色の瞳が興味深そうにサティナを見つめている。
「そう驚くな。貴様が紛い者であることなど、見る眼がある者であればすぐにわかる。
それより、彼の『王』が後継を欲するとはな……。つい数百年前までは考えられもしなかったことだ」
火山を消し飛ばし、実験室なのだろうか……それに近しい空間に穴を開けて入ったサティナへ男は悠々した態度で言葉を交わす。──にも拘らず、サティナを見る目には驚きも、怯えもない。
己の力を疑わぬ強者の目だ。
「滅びの王が其方を選んだ理由も想像に難くない」
暗い空間に彼の足音が木霊する。サティナを中心として円を描くように歩き出した男を視線だけで追う。
「其方の存在は『神』の異名を持つ三柱の超越者。その罪の跡であり、世界にとっての悲劇であり……そして、奇跡でもあった」
「貴方のくだらない御託は結構。そこまで知っているのなら何故私がここにいるかも察しているのでしょう」
彼女の出生を知るほど博識な男の言葉に聞く耳持たず、サティナはそんな彼を睨みつけた。一瞬、困惑にも似た表情を浮かべたものの男はすぐに心得たのうな顔に戻ると、
「ああ。滅びの王、彼の化け物に寄越されたのだろう……私を殺すようにと、命を受けて──」
「知っているのら話しが早いですね」
錆剣をゆるりと自然体のまま構え、身体の向きを男の方へと向き直る。しかし、
「まぁ、待て」
尚も余裕の態度を崩さない男にサティナが目を細める。
「何故、彼奴が其方を寄越したのか気ならないか?」
「大方検討はついています。憑依転生の魔法に、三柱の話し……大方、『彼』の事情に首を突っ込み過ぎた、と言ったところでしょう」
最早どうでもいい、とばかりに言い放つサティナを男は不可解そうな視線を向けるばかりだ。
「愚かなものですね。何も知らずに過ごしれていればいいものを……」
直後、魔導王の表情が変わる。僅かな変化だったサティナは見逃さなかった。
微かに感情を滲ませたその顔を目の当たりにして、少女がより一層警戒を強める。
「身の丈に合わない欲は、身を滅ぼすだけだと言うのに──」
「……ほう。随分とあの化け物の影響を濃く受けている様子ではないか」
魔導王の声が数段低くなる。感情の変化によるものかと思うかもしれないが、しかしわざと感情的に見せることで相手の変化を探っている。
尤も、彼にまともな感情が残っているかなどはだはだ疑問なのだが──
「人の皮を被った化け物はどちらでしょうか。無い感情を有るように振る舞って、それっぽい表情と仕草を模しているだけ……」
確信を持った強い声が木霊する。そんな声を聞いても魔導王の表情は変化しない。
「ただ貴方の乾いた器を満たすのは好奇心だけで、巧妙に立ち回ってはいるけど失敗した時の恐怖はない。
危険を冒して私の出生を調べ上げ、『彼』が編み出そうとする魔法の研究結果……その一部を持ち出し、いざ刺客が放たれても貴方の乾いた好奇の器を潤す現象の一つでしないのでしょう?」
暫くの間、両者の間に無言が時間が過ぎる。そんな中でも男の顔には無の感情しか浮かんでいない。
それがまた不気味で、人ならざる者がいるとすれば、彼のことを言うのでは無いか……と、そんな考えが頭を巡った。
「なかなか、どうして……彼奴から聞いた憶測か?」
「いいえ。貴方を見た私が率直に抱いた感想です」
直後、男がその細身を震わせた。眉を顰め、後ずさるように距離を取る彼女をよそに、彼の口が開いた。
「くくく、くはははっ!」
腹の底から込み上げるような暗い笑いが響く。そんな彼の様子にサティナが目を細め、警戒心を顕にすふも……しかしまるで気にした様子はない。
「く……くくくっ、喜べ。其方の憶測はあながちハズレでは無い。確かに私は感情の一部が欠落している。──だが、全てでは無い」
スッと引くように無表情になる男。思わず不安を覚えるほどの温度差をもった変化を目にしてなお、想定内と言わんばかりにサティナは何の反応も見せない。
「其方には私が失った感情が分かるか?」
「……そんなことは私の知ったことではありません。貴方には、何も残らないのですから……」
傲慢なまでの宣言を耳にして、しかし仮面の剥がれ落ちた魔導王の表情は変わらない。その仮面の奥、感情の見えない無機質で冷たい瞳はただひたすらに、白い少女を見つめる。
どこか彼女越しに遠くを見る視線はまるであの男のようで……それでいながら、決して『彼』ほどに彼女を理解ることはできない。
ゆるりと男が胸の前に腕を持ち上げる。臨戦態勢とは言い難い構えはまるで取るに足らない素人ただった。だが、彼は魔導王とさえ呼ばれた男で、戦前の構えを知らないような存在では無い。
つまり、それが彼の構えなのだ。その証拠に莫大な力が膨れ上がり、男の身体から銀色の粒子が溢れ出た。
「やはり、其方は我が器を満たす逸材。いつまでも乾き、疼いて仕方なかった私に潤いを与えた傑作」
倣うようにして錆剣を構た少女へ、先程までの無機質とは違う凛とした声が木霊する。ただ無言を返す彼女へ、魔導王もまたゾッとするような笑みを浮かべた。
「感謝しているぞ。なかなかどうして……やはり偶然の巡り合わせとは恐ろしいものだ」
くつくつと喉を鳴らして男が笑う。
「存外に世界とは狭いモノだ。のう……天魔の娘よ」
暗銀色の瞳が興味深そうにサティナを見つめている。
「まさか……彼の、悪魔王の娘とこうして相対するこもが出来るとは……」
「誰が、誰の娘と……?」
一人、そう語る男へ思わず聞き返せば、彼は僅かに驚いたような表情を浮かべた。
「其方のことだ。魔神とまで比喩された化け物と、そして天を統べる絶対支配者の間へ授かりし娘よ」
──天を統べる……まさか『主天神殿』のこと……?
内心驚愕に目を見開きながらも、サティナは無表情のまま男を見据える。
「ほう、動じぬか。あるいは、あの男から既に聞かされていたのか」
──神様も、知っている……?
帰ったから聞かねばなるまい、と思ったのも束の間ですぐに頭の片隅へと追いやるとサティナが錆剣を抜く。
「私のことはどうでものですよ。それよりも……」
そう言い、サティナが向ける視線の先に転がる屍の山。暗がりの中では見えずらいが、壁に磔になっている者も多く、眉を顰める。
そんな彼女の言わんとしていることを魔導王も気がついたのだろう。ゆるりとそちらへ視線を向けると、口を開いた。
「其方は自身の恩師が一体何を求めているか知っているのか?」
「死の克服……強いては転生の禁術」
「ああ、その通りだ。だが、それが全てではない」
魔導王が再び歩き出すと、淡い光がその空間を照らし出す。そうして現れたのは非人道的な実験を繰り返されたであろう、胸糞の悪くなる光景だった。
「貴様を見るに奴はそこまでのことは話していないのだろうな」
「何のことですか?」
「其方もまた転生者なのだ」
「…………」
動じた様子は見せない……少なくとも、自分ではそう思った。
「貴様は生まれながらにして強大な力を持っていた。本来であればそんな強大な力を持つ胎児は、誕生前に母子共に力に耐えきれず自壊する」
そう言い男が指し示すのは腹を内側から破られた女の屍だ。ポッカリと開いたままの、彼女の瞳には正気はなく、ただどことない遠くを見つめていた。
「しかし、其方の母は母体として強かった。当然だろう、言わば子を産む道具として選ばれたのだから」
次に魔導王が示す先にあるのは、殆どの身体が崩れた胎児だろうか。両の手に収まる矮小な存在から感じる力の残滓は、とても胎児とは思えないほど……否、成長しきった者達でもここまで埒外の力を持つ者はそうそういない。
「それ相応の力ある者が行えば、強大な力を持つ胎児を生み出すことは可能だ。しかしそれに耐えられるだけの母体も、また胎児も存在しない。
厳密には胎児側に問題があった。そもそもとして無理に与えられた強大な力を胎児が制御できる筈もないのだ。故に有り余る力は暴走し、胎児とその母体を滅ぼす」
だが、と男はサティナを指す。
「例外がある。それこそ奇跡的な確率だ。
繁殖力に乏しい両者がたったの数年と言う年月で其方を身籠ったこともそうだが、まだ其方を身籠もって間もない状態で母が天界に戻れたと言うのも偶然にしては出来すぎている」
まるで何か示し合わせたかのうな、あるは未知の力が働いたか……などと側から見れば血迷ったような妄言を吐く男へサティナが冷めた視線を向ける。
「同時、天界に戻った母方は其方を身籠もっていることを隠し通した。──唯一、共謀者たる当代天主を除いてな」
屍の一つ一つへ視線を向けて、男がだだっ広い部屋の中を歩いていく。
「しかしそれは悲劇でもあった。魔神とまで比喩された魔族の血を引いた存在……超越者の申し子」
そう言う魔導王がまた一つの胎児を指す。死してもなお、身体が強張るほどの力を放つそれを魔導王は見定めるような視線を向けていた。
「本来、世の理より外れた超越者は子を成せない。厳密には子を成したとしても血が荒れ、子は胎児のうちに自壊する。
それを知っているが故に……天神代理は魔に属する超越者の血に、対となる自身の血を掛け合わせる試みに出たのだ。対となる超越者同時の血は拒絶反応が出るの可能性が高かったが、同時に互いを牽制し合う可能性もあった。──そして何より、何もしなければ両者は助からない。
天属と魔属の間に子を授かれた結果から鏡見れば、今更相反する血を混ぜたところで拒絶反応が出る可能性も低いと考えたのだろうな。うまくゆえば調和が取れ、自壊を防げるのではないのか、と……」
ゆるりと身体の向きを変えて、魔導王は再び屍の間を歩いていく。
「今までにない試みだった。超越者同士で子を成した際の記録は残っておらず、ましてや魔神と天神は相反する存在。それでも既にまだ身籠もって間もない其方の、その母方の血を魔法によって自身のモノへと置き換えることを決めた。
成長を待っていてもいつ自壊するかも分からず、其方の母は速急な選択を強いられたのだろう」
ゾッとするような話だ。しかし母には選択肢はなかったのだろう。
放っておけば我が子もろとも死ぬ。苦渋の選択だったに違いない。せめて、彼との子が無事生まれることを祈って──
「結果からすれば相反する血は互いに均衡し、天主直々献身的に支えていたお陰で多少の緩和は出来た。しかし間もなく両者の血は相反する互いの存在を許すまいと、どちらともなく喰らい合い、塗り潰さんと急激に力を増した。
しかしそれはある程度想定内であり、力が増すことで母体への負担は増えたものの胎児自体の生命力は強くなった」
本来、超越者と言うのは規格外の存在であり、想像を絶する奇跡を起こす。生まれながらにして超越者となる存在であれば、力に押し潰されて自壊するなどと言うくだらぬ末路にはなりにくい。
そう思うのも無理ないことだ。
「しかし結果は失敗だった。魔神と天神、『神』の名を冠する両者の血を授かった胎児の力は手の施しようがないほどに増し、誰よりも強靭だった母体もまた負担に耐えきれず崩壊が始まった」
淡々と語る男が、ある魔法陣の上に立つ。それは何度となく見てきたモノ……転生の禁術だ。
「共謀者たる天主の方も可能な限り手を施していた。その甲斐ももあって、僅かだが時間に猶予が出来たのだ。その間に其方の転生が完了した」
ここに来て漸く魔導王の瞳がサティナを見る。そんな彼の熱を帯びた視線をうけて、しかしサティナはひたすらに冷たい視線を向ける。
「不完全な転生魔法だ。前世の記憶も力も失い、それでも僅かに残った想いと共に多少力の扱い方を引き継げたのだろう。あるいは、そもそもとして強力過ぎる力故に器が空だったことが暴走の原因だった──
兎にも角にも、其方は己が力に押し潰されることなく生を受けた」
魔導王は奇跡と言うが、恐らく天主はこの結果を知っていたのだろう。サティナと同じ未来眼がある彼なら血を変えてた時、転生が行われることもまで見通していた筈だ。
「実にくだらないお話しです。私の知らぬ人の話などどうでもいいのですよ。
何よりも、私は現に生きている……その結果だけで、いいのです」
先程まで熱弁していた魔導王だが、そう言い切られて自身へ剣先を向ける少女を冷めた目で見つめる。そんな彼女をどこか不可解そう見つめて、
「私はただの一個人です。それ以上でもそれ以下でもない。そして彼等はひと一人の命を救おうとしただけで、そこに他意などありはしません」
心底冷めた声でそう言い放つ少女を魔導王が不思議そうに見やり、そしてどこか心得たような表情を浮かべる。
「そうか……。いや、全くその通りだ」
魔導王が足を踏み出す。それだけで彼等の足元に禍々しい魔法陣が浮かび上がった。
「そう、ただ人を救おうとした。そこに善意以外の理由を解くなど愚かなことだ。
其方の生もまた偶然の産物に過ぎない……」
「だから何だと言うのですか。偶然だとしてもその結果は無かったことにならない……私の存在がその証明でしょう」
倣うようにして錆剣を構え、凛とした声で言い張る。そんな彼女の言葉に魔導王もまたゾッとするような笑みを浮かべた。
「のう? まるで運命のようではないか」
「だとしたら、随分と悍ましい筋書きを用意したものです」
白い少女の出生、周りの環境。その全てを知っているが故の言葉を──しかし何も知らない、知ろうともせずに切り捨てた無垢で無知な、それでいて愚かな少女の言葉に、やはり男は嗤うだけだ。
そんな彼女が辿るであろう未来を知っているが故か、余裕のある笑みはどこか狂気を孕んでいた。
「奇遇だな。私も同感だ……」
両者の身体が立ち上った銀の光と白い光の粒子が暗い空間の半分を覆い尽くす。まるで己が領域を主張するように粒子は交わると、激しく火花を飛ばした。
「しかし、惜しい。真惜しい……」
初めて、感情らしき感情を見せた男にサティナが怪訝そうな視線を向ける。
「傍観者たる私が舞台に上がることになろうとは……」
サティナが勝とうとも、魔導王が勝とうとも……決して彼の望む未来は訪れない。彼の好奇を満たす存在が今目の前に立ちはだかり、その傍観を断ずる。
負ければ望む未来は見えず、勝てば自分の手で望む未来を消すことになる。
それでも、彼の心をこれまでに無いほど舞い上がっていた。過去と未来しか無かった彼が今日、まるで知性のない獣のように『今』を感じていた。
傍観者に過ぎなかった筈の自身が舞台に上がるその感覚に狂喜し、触れることの出来なかった存在が目の前に立つ悦びに恍惚とした表情を浮かべた。
折角の機会だと言うのにまだまだ話し足りない。
己が欲の全てを吐き出し、彼女の出生について語り明かし……しかし、そんなことは最早どうでもいい。
初めて『今』があるのだ。
過去のことも、これからのことも気にせず……『今』を全身全霊で持って応える。刹那の間もなく、目まぐるしく入れ替わる結果を手繰り寄せんとする挑戦を前に、知らず知らずのうちに口元が歪んでいく。
『王』の冠する者と、その者に匹敵するほどの力を持つ最上位者。二人が息をするだけで、不毛の大地の震えが増す。
「さあ、切り札のめくり合いと征こうぞ。
最期の潤い時だ。其方の全てを見せてみよ」
直後、両者の瞳が残光を引く。瞬く間に互いが敷いていた距離と言う壁は失われ、激突の衝撃に大地が引き剥がされた。




