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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第二章 更生の英雄譚
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第十三話 もう一つの舞台

 再び少女を連れて逃げた他の亜人を追う。唯一の手がかりと言えば足跡だけで、それがサティナ自身の雨によって薄れ始めていた。


「さて、どうしたものでしょうか」


 大分時間が経っているのか、少女を抱えて高速で移動してもまだ彼等に追いつけない。そのことに違和感を感じながら、しかし足を止めるのも良いとは思えない。


「待て」


 高速で走るサティナの肩に手がかかる。気配もなくここまで近づいた存在に思わず身体を強張らせて、しかしすぐに臨戦体制をとった。

 少女を抱えたまま動かず、まるで動じていない様子を見せる。すぐにでも相手が動けばその首を切り落とそうと右腕を脱力させた。


「待て、と言った筈だ」


 しかし、その声のは主は彼女の師だ。


「驚かさないでください」

「同感だな」


 そう男が自身の首を指差せば、彼の喉が浅く切り裂かれていた。肩を掴まれる直前、反射的に振り抜いた手刀が掠ったのだろう。

 と、同時に彼女は自身の右指先を確認する。さすれば、第二関節から先が灰となって消えていた。


「危うく首が飛ぶところだった」

「しかしちゃんと繋がってるのですから、何も問題ありませんよね?」


 売り言葉に買い言葉で返す白い少女を無視して、男が本題に入る。


「取り敢えず、この辺りの者は粗方あらかた片付けた。

 俺はこのまま森の奥、エルフ共の集落へ向かう。そこで、だ……」


 少女を地に下ろして、サティナが男に向き直った。そんな彼は近づくとサティナの胸に指を触れる……そんな彼は彼女の纏う布ごしに魔王城への招待状を触れていた。


 ──やっぱり、気がついてる……


「貴様の方からの報告を聞いておこう」


 話す必要なんてないだろう、と感じながらもサティナは重い口を開く。


 魔導王の影武者のこと、そしてこれから本体を倒しに行く筈だったこと……最後に魔王からの招待状のことも話した。


「招待には応じるべきでしょうか?」

「それは貴様が決めることだ。しかし、魔王城の麓まで行ったというなら……なによりも、四天王の話しを聞いたと言うなら分かるだろう? 魔王の言葉を無視した者の末路がどうなるか」


 と、なれば招待状を渡された時点で彼女は逃げ場を失われていることになる。そんな彼女に男は同情の欠片も持たずに話しを進めた。


「お、お姉さん……」


 と、二人がそんな会話ていると、サティナのすぐ横にいた少女が心配そうに彼女の外套を引っ張る。


「魔王様に、会いに行くの?」


 年端もいかない少女とて、魔王の恐ろしさはよく知っているのだろう。自分の命を助けてくれた恩人がみすみすと死にに行くような会話を聞いて、悲しげな表情を浮かべている。


「大丈夫です。私は死にませんから」


 安心させるように彼女の頭を撫でてそう言うも、魔王に会いに行かない、とは言わない彼女に少女はなおも不安そうな表情を浮かべたまま、


「もう一度魔界へ行く前に、彼女を仲間の元へ連れて行きます」

「……駄目だ」

「っ……! 何故、ですか? 彼女の命よりも魔導王の暗殺を優先しろと言うのですかっ!!」


 激昂するサティナを、しかし男は眼帯越しに冷めた視線を送るのみ。


「そう、怒るな」

「いいえ、この際ですから言わせていただきましょう。貴方の言動には非人道的な部分が多分に含まれています。

 幾度となく私を救ってくれた恩も忘れていません。それに報いるためなら都合のいい道具として扱われることも、貴方が望むなら慰みものになることも覚悟の上」


 錆剣を男へ突きつけてサティナが怒気を込めた声を発する。


「全ては救えない。大を生かすために小を殺し、時と場合によっては悪に徹する必要があることも理解しています。

 しかし他者の命を取るに足らぬモノとして容易く切り捨て、命じられるままにその命を滅するほど私は人を捨ててない!」


「愚かな娘よ」


 一度は背を向けた男がゆるりと振り返る。その眼差しは魂の底から震え上がるほど冷たく、魔王の威圧感すらも比較にならない悪寒が突き抜けた。


「何故人一倍聡い貴様は、いつもその思考を感情で鈍らせるのだ」


 刹那、剣を持っていた右腕が根本から弾け飛ぶ。鮮血をぶち撒けて斬り飛ばされた腕が宙を舞い、残った腕の断面からは止めどなく血が流れ出る。


「ひぃゃっ!!」


 いきなり人の腕が斬り飛ばされた光景を目の当たりにし、数瞬遅れて理解が追いつくと、少し離れた所に立つ少女が小さく悲鳴を上げる。

 切断された刹那、サティナの眼を持ってしてもその斬撃を捉えることは出来なかった。それでも攻撃を受けたことで反射的に腕を再生するよりも疾く、左手に十字剣を顕現する。


 サティナの背後で揺らめるのは純白の光を放つ巨大な左片翼。彼女の能力スペックが爆発的に跳ね上がると同時に、その姿が掻き消える。

 残像すら残らない速度で振り抜かれた十字剣。男は不死者故に死なず、それでも暫く行動不可に陥らせればそれでいい。


 先ほどの激情が嘘のように鳴りを顰め、殺気を纏わぬ不可視の斬撃が軌跡を描く。それが男の首に届く直前──


「ゴフッ……!」


 胸に風穴が空いていた。心臓は消滅し、一瞬開けた空洞は瞬く間に夥しい量の血で塞がる。

 さしものサティナとて心臓を失えばすぐに動くことも出来ず、ただ震える膝が崩れないように踏ん張るのが精一杯だ。


「ぐあっ!!」


 翼を斬り飛ばされ、膝を貫かれ、仰向けに倒れた白い少女の腹に刀を突き刺して彼女を地面に釘付けにする。埒外の膂力を持って刀を突き刺した衝撃で地面が陥没し、放射状に亀裂が走った。


「もう少し冷静になれ」


 諭すような口調で、しかし相も変わらない無機質な声で言葉を紡ぐ男がサティナを見下ろす。

 額に巻いた紐から垂らしただけの布で覆った瞳。風に揺れる眼帯布の下から無機質で黒光りする瞳が覗いていた。


 耐性のない者が直視すれば瞬く間に精神崩壊を起こす邪眼を、サティナは真っ向から睨みつけた。

 悠然とした動きで尚も動けないサティナの頭近くに移動すると、男は屈み込んで彼女の頬を冷たい手で優しく撫でる。


「今奴を連れて行けば、亜人共を追いかけた人間共と鉢合わせるリスクが高い。亜人共の動きからすれば、奴等はエルフと協力して人間を撃退するつもりだ」


 サティナの血濡れた白い首を男の細く長い指がなぞる。冷たい指先が鋭敏な部位に触れるゾクッとした感覚に思わず身震いした。

 そんな彼女の横で男は自身の胸に反対の手を突き刺し、そこから自らの心臓を抉り出す。人間のそれとは思えないほど強靭な心臓は、肉体から切り離されてもなお、力強く脈打っていた。


「本格的に抗争が始まる場所へ此奴を連れて行って、巻き込まれてでもすれば生き残れる可能性は限りなく低くなる。外にも帰りを待つ人間の兵がいる以上、寧ろ一度一掃し終えて興味を失ったこの辺りに身を隠しておく方が良いだろう」


 首をなぞっていた指が離れて、代わりに心臓を持った方の手が未だ再生途中の胸にまで下りてきくる。そうして剥き出しになった彼女の胸の中、その肉の間に自らの心臓を入れた。肌よりも遥かに敏感な、体内の部分に触れられたことでサティナの身体がビクッと跳ねる。


 いつもは感情の見えない男だが、この時は特に何を考えてこんなことをしているのか理解出来ない。


「貴様はもう少し感情の抑制を覚えるべきだ。最近は多少大人らしくなったかと思ったが、未だに子供のように駄々をこねるだけで何も成長していない」


「はぁ……ん、っ…ぅん、っ…はぁ、っ…」


 グチュグチュと湿った音を立てて、サティナの胸に捩じ込んだ指で彼女の肉を弄ぶ。痛みよりも、むず痒さや擽ったさを堪えるように歯を食いしばり、更には背筋を突き抜ける悍ましい感触に息を荒げ、頬を紅潮させた。


 サティナの心臓があった位置に彼の心臓が固定され、血管などが繋がりができ始める。本来失った臓器、特に心臓などの重要器官は再生に相当な力を消費する上、完全再生までは時間がかかる。


 それ以前に彼女は長く緊張の続いた魔界での生活と、魔導王との戦いで消耗していた。

 つまり、彼が自身の心臓をサティナへ移植したのはそう言うことだ。


「力で全ての物事が解決するほど甘くはない。それぐらい、貴様も十分に理解していよう。

 せっかく地頭は良いのだ。腐らせていては、くだらぬ末路を辿る結果になろうぞ」


「く、っ…ぅっ…んぁ…っ…はぁ、ぁ…っ…」


 抵抗することも出来ず、されるがままに陵辱の限りを尽くされ続けることで、サティナの口からは痛みに呻くような……それでいて喘ぐような吐息が嬌声にも聞こえた。否が応でも堪えきれない声を漏らす白い少女の頬を男は変わらず撫でて──


「何も感情を捨てろとは言っていない。ただ一時、感情を脇に置いて合理的に思考を巡らせればよいのだ。本当にそれが正しいのか、客観的な視点に立って、な」


「ふぅ…んっ…、ぃ…っゃぅっ…」


 瞳を屈辱に潤ませて、彼女の身体を内側からまさぐる男を睨み付ける。しかしそれも今の彼女の姿を見れば強がりにすらなっておらず、そこにあるのはただ無抵抗に弄ばれる哀れな玩具の図だ。


「今回のことはいい教訓になっただろう。努努ゆめゆめ、忘れることなく──」


「んっ…ぁ…っ…」


 ズルリ、と自身の胸から男の手が引き抜かれる感触に思わず身震いする。と同時に、背筋を駆け抜けるゾッとするような感触に戦慄き、穴が塞がっていく自身の胸を強く抑えながら男を睨め付けた。


 そんな彼女の視線を気にした様子もなく、男は指に付いたサティナの血を舐めとると綺麗な方の手を懐に入れる。


「さて、俺はもう行くが……その前に──」

「ぅんっ……!」


 血を取り終えるとサティナの腹を貫いていた刀を無造作に引き抜く。度重なる陵辱で未だに震えている少女へ、男は懐から取り出した白い何かを突きつけた。

 様々な感情と肉体に残る嫌な感覚に蝕まれながら、辛うじてそちらは視線を向ければ、そこに見えるのは魔王からの招待状だ。


「取っておけ、後々必要になるだろう」

「はぁ…はぁ……。ぅっ……」


 サティナの胸を貫いた時、それを傷つけることなく手に取っていたのだろう。

 最後まで余裕のある態度を崩さない男を忌々しげに睨みつけて、しかし今後必要になるだろうと頷くとそれを受け取る。


「分か、り……ました」


 未だ息が荒いまま、それでも彼女の失態を指摘してくれた男に例を言う。これこそが彼女が未だにこの得体の知れない男を慕う理由であり、そんな彼のことをサティナは少なからず好いていた。


 顔を下ろして自身の胸に当てた手に意識を集中すれば、彼女の中で……今やサティナの身体に合わせて作り替えられてしまっているものの、さっきまで彼の胸の中で永遠なる命の鼓動を刻んでいたソレが、力強く脈打っていた。

 一度俯いた顔を持ち上げれば既に男の姿はなく、少し離れた場所で傍観するしか無かった少女が心配そうに駆け寄ってくる。


「安心してください。私は大丈夫ですから」

「でも……」

「ふふっ、大丈夫です。彼はただ物分かりの悪いお馬鹿さんを諭していただけですから」


 柔らかく笑うサティナはまるで憑き物が落ちようで、あれは長く魔界で緊張状態にあった彼女へ対する労いでもあったのだろう。


「私もいい加減大人にならないといけませんね」


 取り落とした錆剣を拾い上げると少女を連れ、男の助言に従って移動を始める。


「彼の言う通り、この辺りに身を隠していおいた方が安全だと思いますが、どうしてもあちら側に戻りたいですか?」


 彼女がどうしてと言うのであれば、無理強いすることはできない。力強くで抑え込むことも出来るが、納得も出来ない者へそんな強行を取ったところで意味などない。


「まずは生き残って、そして皆に会いたい」


 胸に抱えた銃を力強く握りしめて、少女がそう言う。覚悟の決まった彼女にサティナは微笑みかけた。


「では、まずは身を隠せる場所を探さなくてはなりませんね」

「それなら──」


 と、少女が同年代の子供達と遊んでいたと言う場所にサティナを連れて行く。そうして彼女に見せたのは子供ながらも、しかし森の土の中に巧妙に隠された空間だった。

 そこまで広いとは言えないが、魔法を使わずに隠されているため力の残滓を探知するような方法は使えず、それこそ草の根を分けるような探し方をしなければ見つかることはないだろう。


「ここでいいと言うなら私は構いませんが……」


 と言うよりは、これ以上に良い場所が見つかる保証もない。現状を考えれば出来すぎた隠れ家だろう。


「わ、私はここで大丈夫だから……えーっと、」

「そう言えば名乗っていませんでしたね。私はサティナです」


「あっ! えっと、私はロマリア……。わ、私は大丈夫だから。お姉さんは自分のことに集中して欲しいの」


 自分の身は自分で守ると、そう言うロマリアに眼を見開く。


「必ず迎えに来ます」


 そう約束を残すと、サティナは飛び出すように駆け出した。そんな彼女を背中を不安そうに見送り、そして中へと戻るとロマリアは声を殺して泣く。

 今まで泣く余裕すらなく、漸く冷静に現状を把握できる時間が出来た今、皮肉にも彼女には考えると言うことが出来るようになってしまった。


 ついさっきまでの、年端もいかない子供にとってはあまりに酷い仕打ちを思い出す。仲間が死に、いつ自分の番が来るのかと怯えて、今後の動きを考えようにも嫌な想像がついて回る。


「大丈夫。大丈夫……」


 何とか自分にそう言い聞かせた。多少なりの木の実程度とは言え、食べる物はある。

 水もすぐ近くの水源から皆んなで引いていたため、枯れることもない。


 サティナの帰りを待つほど長くは居られるか分からないが、外が落ち着くまで生き延びられればそれでいい。

 幼いながらも魔王の恐ろしさ、その畏敬の念は強く理解しており、彼女が生きて帰る可能性が少ないこともまた分かっていた。


 故にサティナの帰りを待つのではなく、ここからは自力で生きていかなくてはならないのだ。

 魔王の言葉を無視すれば、命はなく……かと言って従っても命の保証はない。


 もし互いに生き延びられれば、どこかで会えるだろうか。


 そんなことを考えながら、少女は壁にもたれかかって嗚咽を堪える。とめどなく溢れる激情に戸惑いながら、それでも頭の冷静な部分が考えを巡らせていた。


「必ず、生き延びる」


 誰かともなく溢した言葉は力強く、少女の決死の覚悟が滲んでいた。

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