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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第二章 更生の英雄譚
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第七話 不可視の強襲

 漸く宿を取れたのは日が暮れてからだ。


 陽の光が失われた暗い街を歩き、漸く見つけたのは何の変哲もない宿の様に見えた。中へ入りカウンターに一晩泊まることを伝え、硬貨を渡す。


「奥から二番目の部屋だ。鍵と扉の番号を見ればすぐにわかる」


 それだけ言い、サティナへ鍵を渡した店主が再び台所へ消えていく。その背中を見送るよりも早く二階へ続く階段に足をかけ、直後上から降りてくる魔族を目にする。

 ほぼ反射的に横に避けて道を開けて魔族とすれ違う。と、一瞬魔族の男に睨まれたような気がして、しかし気づかないふりをして上へと登った。


 相手に道を空けることはその相手が自身よりも上に立つ者であると認めたことにもなるが、その辺に関してプライドも、拘りもないサティナには何の関係もないことだ。それ以上に互いに譲らなかったことで生じる面倒事の方が避けたい。

 加えて、魔族達もそれに関して大した拘りがあるようにも見えなかった。中には頑なに避けようとしない者も一定数いるが、大抵の者は相手とぶつからないように避けて行く。


 だが、先程すれ違った者はどうやら自分から道を空けたくないタイプだったのだろう。しかしそれにしても、何故睨まれたのか。

 道を空けたのだから相手からしても言うことはないだろう。


 そんな疑問が脳裏をよぎるも、すぐにどうでもいいことだと頭を切り替えて、明日以降の動きをどうするかと思考を戻す。


 鍵に刻まれたものと同じ数字の部屋、その扉に空いた鍵穴へ差し込み、反時計回りに回す。カチッとした手応えと共に解錠された扉を開け放った。


 ──う~ん、こんなもんか……


 いる程度の手入れはされている様子ではあるが、あまり良質とも言えない内装に頷き、近くの椅子に腰掛ける。一瞬視線を向けた寝具に関しては、もはやただの木の板だ。

 横になれる場所があるだけマシとも言えるだろう。とは言えど、こんな粗雑な部屋ではどう考えも金額との釣り合いが取れていない。


 ──まぁ、誰も文句なんて言う訳ないけど……


 そもそも魔界ではこんなことは珍しくもなく、それぞれの宿屋は大抵の場合、それなりに腕の立つ護衛を雇っている。下手をすれば殺されるのはこちら側なのだ。

 命が惜しければ迂闊なことは口走らない方がいい。何ならここに至るまでに何度か殺人現場にも出会しているのだから。


 人が一人死んでいると言うのに誰もが無関心で、最も酷いものと言えば話しが滑っただけで見せしめに殺された奴もいた。

 無理矢理やらされたとは言えど、ここでは笑いを取るのもまた命懸けなのだろう。


 だからと言って力が全てだと、一つ筋縄でもいかないところがまた厄介なのだが……。

 ましてやこんな現状でもある程度の秩序が機能していることも不思議でならない。それこそ──


 ふと換気のためと空けておいた窓から外を見やる。今や夜の闇に溶けて見えない魔王城、しかしそこら感じる魔王の存在感はいまだ薄れるこもはない。


 ──いや、私にはどうでもいいことか……

 ──それよりも……


 窓際に立ちそこから見える下の光景へ目を向ける。街中を行き交う屈強な魔族達、誰もが背を伸ばし、胸を張っていた。それは己が存在に対して、自信を持っていることの表れなのだろう。


 夜も更け、より一層冷え込む空気を身体に感じながらサティナは窓を閉じた。そうして硬い板の上に横になるも、なかなか眠気が訪れない。

 眠りに付けないのは、決して寝心地が悪いからと言うわけではない……寧ろどんな環境でも寝付けるよう自身で訓練して来た。ここよりも悪環境で睡眠を取らなくてはならないことなどざらにあり、そう言った環境でも寝れなければ健康状態を害し、最悪の場合は命に関わる場合もあるのだ。


 当然、寝ている間に何かあればすぐに起きられる。


 普通の人間あれば眠りは徐々に深くなる。あるいは寝ている間も深くなったり浅くなったりを繰り返していたるだろう。

 しかしサティナの眠りはスッと落ちるように深くなり、覚める時はあっという間に覚める。眠気といった後残りもなく、すぐに頭も身体も動くように今までの苦しい経験が、彼女にそう言ったすべを叩き込むようにして身につけさせたのだ。


 頭の下へ手を差し込み、仰向けになると石張りの天上を見上げる。種族がら人間に比べて少ない睡眠時間で活動できるため、無理に今寝る必要もないが……休める時に休むべきだろう。

 考え事も程ほどに目を閉じて間もなく、すぐに意識が落ち始める。











 目が覚めたのは日の出前。同じ宿内で動く気配はなく、しかし何か嫌な疼きが神経を蝕む。

 何が疼きの原因になっているか分からないが、事が起こりうると言うのであればその前にここを離れることに越したことはないだろう。


 ──予定よりも少し早いが、問題はない……


 そう判断すると音もなく扉を開け放ち、階段を降り始めた。夜明け前にも関わらず、カウンターには昨日の店主とは違う男が立っている。

 その者へ部屋の鍵を渡して宿を後にした。


 外へ出れば、時間帯にも関わらず行き交う人々は意外にも多い。今一度、外套のフードを深く被って歩き出す。

 目指すのは魔王都ディオルド。魔界の吹き溜めとも呼ばれるそこならば、サティナの欲している情報も流れ着いていることだろう。


 本来であれば目立たないためにも馬車で移動する予定ではあったのだが、思った以上にこの辺は物価が高く。それ以上に移動速度が遅すぎた。

 急ぎの旅ではないが、かと言って悠長なことが出来るほどの余裕もない。何よりも馬車そのものの数も多くはないようだ。


 ──その前に、一つ……


 サティナが懐から取り出したのはボロ布に粗雑に描かれた魔界の地図。魔界に来てすぐに購入したものだが、描かれている内容も中々雑であり、何よりも魔王都周辺の情報は殆どない空白だ。


「……もう少しまともなモノを新調しないといけませんね」


 そうして立ち寄ったのは薄暗い色の店だ。日の出前と言うこともあるのだろうが、店内もまた薄暗く店に置かれている品物も見えづらい。──いや、魔族は夜目が効くためにこれぐらいの暗さであっても何も問題なのだろう。


「地図を貰えますか? 出来れば魔王都周辺の地理も詳しく描かれているものを」


 自分で探してもいいのだが、店主に直接聞く方が見落としはなくなるだろう。そんな彼女をカウンターに腰掛けた男が怪訝そうに見上げ、そうして視線をある一点へ向ける。

 そこに置かれている地図の中から、男の視線が指し示すものを手に取ると再びカウンターに置き、


「アンタ、まさか魔王都に行くのか?」

「不思議ですか?」

「いぃや。だが、あまりおススメは出来ないぜ」


 カウンターに金を置き、それを店主が受け取ったことを確認するとその地図を懐へしまう。思いの外いい買い物が出来たことに安堵すると、再び店主に向き直って、


「その理由を聞いても?」

「単純に道中が厳しいってのもあるが、何よりも魔王都に近づくに連れて魔族達ものり好戦的な奴等ばかりになる」


 ゆっくりと男は顔を持ち上げ、サティナの目を見やる。


「アンタ、魔族とは思えねぇほど華奢な見てくれをしてんだな。まぁ、魔王城が見える地域で平然としているところを見れば相当なモンだろけど……」


 男がカウンターに置いていた手、その指を持ち上げるとコツコツと机を叩く。


「あぁアンタ、魔人の一族か。魔王都を目指すのも不思議じゃないな……。彼奴らは魔界で最も力ある種族だ。まぁ、そのせいか数も少ないがな」


 最も力を持つ魔人。その数が少ないこと……それは自然の摂理だ。弱肉強食の世界で、捕食者の数が多かったらどうなるか火を見るより明らかではないか。

 故に力を持ち、圧倒的な長寿である彼等は繁殖力に乏しい。全てに置いて圧倒的な優位アドバンテージを持つ彼等が多ければ、瞬く間に社会の秩序はその機能を失うだろう。それらは自然の摂理としてあまりに合理的で──


「だが、まぁ…魔人でもあそこへ近づくなら気を付けることだな」

「ええ、肝に銘じておきます。有用な情報ありがとうございました」


 カウンターへいくつか硬貨を置くと踵を返す。鈍い光を放つ硬貨は情報料でもあり、そして何より口止め料でもあった。彼女がここへ来たことを他言ないことと無言の圧を感じたのか、男もまた無言でそれを受け取ると再び作業に戻った。


 引き続き手ごろな店を周り最低限の旅支度を整える。基本的には現地調達の彼女だがそれでも買い揃えておいた方がいいものもあった。物価の割には品質が良いとは言い難いが、魔王城の見えない外よりはマシだろう。


 一通りの準備を終えて街を出ようと街道を進んでいると、


「……?」


 直前、すれ違った魔族から違和感を感じて振り返ろうとして……しかし意思的に思いとどまる。相手が視線に敏感であった場合、サティナが振り返ればすぐに気がつかれてしまうためだ。

 意味もなく相手を目で追うなど疑りを入れられても不思議ではない。故に何も気がつかなかった。と、言う体で何の反応を示すこともなく足を動かす。











 ──最悪だ……


 外套を濡らす返り血の臭いに顔を顰め、サティナは足元に転がる屍を蹴り上げる。既にこと切れ、脱力した肉塊が近くの岩に当たると湿った音を立てて潰れた。

 そんな彼女の周囲に魔族や魔物の屍がいる。足の踏み場もないほどの屍を忌々しく睨みつけ、それらを避ける素振りもなく死体の山を踏み込えていく。


 血生臭い外套を脱ぎ捨て、死体の中から可能な限り綺麗なものを剥ぎ取るとそれを見に纏う。体格の大きな魔族が纏うそれは、人間の基準でも小柄なサティナにはかなり大きく……だが、そんなことに文句を付けていても仕方ない。


 大きくため息を吐き、外套の裾を地面に擦りながら歩き出した。


 きっかけはない。ただ、火の粉を払っただけなのだ。それなのに何故、こうまで屍を積み上げる結果になるのか──










 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー












 目の前に続くそれをはたして、道と言って良いのか……。ただ踏み均されただけの地を辿って魔王都へ向けて進む。

 ふと見上げた日は既に高く、これから下がり始める頃合いだろう。日が沈むまでには次の街へと着きたかったサティナは、多少なりとも走るペースを上げる。


 もう少しペースを上げることも出来るが、あまり走ることに集中していては周囲へ向ける意識が散漫ななりかねない。下界よりも遥かに危険なこの地域で警戒が疎かになれば、それこそ命取りになりかねないだろう。


 そんな中で、ふと何となく空気が変わったことを敏感に感じ取る。どことなくねっとりと絡みつくような重々しい空気と、ぬるい風が肌に絡みつくような気がして──


「チッ……!」


 足元が僅かにブレたように見えた直後、小規模の炎が噴き出した。強い光を放つ炎はその規模には見合わない威力を持ち、瞬く間にサティナの左足から肉を引き剥がす。

 即座に跳び退き、着地するまでの数瞬の間に爛れた足を治すが──


「なっ……!?」


 再び足を取られる感触と共に地面が目前に迫る。辛うじて受け身を取ることで頭部を打ち付ける最悪は逃れたが、引っ張られた足に吊られて身体が宙に浮き上がる。


 ──策士だな……


 魔法による地雷を仕掛けた後、こうして原始的な罠まで張っている。地雷を避けようと魔法の探知に意識向ける人の思考を逆手に取った罠に、内心下を巻く。

 だが、所詮は魔法の探知から逃れるために張られた罠。魔法などによる防護が施されていないそれはサティナの術によってあっさりと千切れた。


 そして周囲へ火をばら撒く。その炎につられて魔法は空振りの発動を繰り返して、原始的な罠は焼け落ちる。


 たった数秒もしない内に罠を無力化したものの、このまま火の手が上がれば森が瞬く間に焼け野原となるだろう。

 その直後、森が凍りつき、奥から現れたのは大柄な魔族。黒い外套に身を包み、誰もが油断なくサティナを見つめている。


 ──何故、私を襲う……?

 ──何故、道から外れ、人の少ない場所で罠を張る……?


 尽きぬ疑問が頭を駆け抜ける中。一人の男がフードを外し、サティナと目を合わせた。


「……無駄だとは思いますが、一応聞きましょう。何故、人を襲うのですか?」

「それは人用の罠ではない」


 だが、帰ってきた答えは意外なものだった。そして、どこか腑に落ちる。


 森の奥、道から外れたこんな場所で人を襲うなどあまりに効率が悪い。そもそもとして、一体どれほどの頻度でこんな場所に人が訪れると言うのか。


 ではあれば、何を獲るための罠か。


「魔物用に張ったものだ」

「それで? 私が被害にあった件については? 最悪死んでいたかも知れませんよ?」


 そう、魔物は魔法などに対して敏感だ。下界に比べて魔界は魔法がありふれており、また魔物も多少なりとも魔法に近い力を振るう個体も存在する。

 そんな彼等が魔法に警戒している中で、魔法による地雷に意識を向けされたところをあの罠で獲る策略だっのだろう。


 たが、それにしても──


「人が来るとは思っていなかった。それに貴様が罠にかかり、死んだと言うのであれば運がなかっただけのこと。

 そもそも魔王城の見えるこの地域で、尚且つより危険な森の中を徘徊する者はそれ相応の実力があるか……遅かれ早かれ死ぬ運命にある馬鹿だけだ」


 なるほど、はなっから人に対する何かを考えていた訳ではないようだ。それにしても、何故こうまで他者の生死に無関心なのか。──いや、それがここでは当たり前なのだろう。

 人の命など軽いこの世界で、いちいち自分に関係のない者にまで配慮し、その死に感傷などしていられる筈もあるまい。


「そうですか。あなた方が私に意図して危害を加えるつもりがないのであれば、私からも言うことはありません。

 それでは先を急ぐので、他に何かあれば手短にお願いします」

「それは助かる。互いに要らぬ犠牲は強いたくないものだ」


 それだけ言うとサティナが再び駆け出そうとして、周囲の者達が獲物を手に取り……反射的に身構え、すぐに彼等の敵意が自身へ向いていないことを悟る。


 そうなれば、彼等が武器を取る理由は別にある。


 刹那、風が切るような音共に背筋を悪寒が突き抜ける。死に直面した時のようなうなじのざわめくような感じと、手足から血の気が引くような冷たい感覚。

 動いたのは同時だった。誰もが身を低く伏せると同時にその体の上を何かが吹き抜ける、そんな気がして……更に数瞬遅れて伏せた地面に赤い斑点が増えるのをどこか遠くの景色のように──


「え?」


 まさか、と嫌な予感を拭うように上げた視線の先に映るのは、逃げ遅れた一人の男。その首から上は失われており、頭があった場所からは赤い鮮血が吹き出して数メートルも頭上にある木々の葉を濡らしていた。


「迎え撃て!!」


 咆哮の如く空気を震わすように男の一人が叫ぶ。轟くような太い声に魔族達が弾かれたように動き出し、呆けていたサティナもまたその声に乗じる。

 跳ね起きるようにして張り付いていた地面から跳び上がり、先ほど攻撃が来た方へ向けて手を翳せば、凄まじ衝撃音と共に彼女の前方に並ぶ木々が吹き飛ぶ。


 これもまた『彼』に似た教えだったか。取り敢えず最初の一手は周囲のモノを吹き飛ばす。

 これだけの広範囲を破壊が蹂躙すれば、敵がどこに隠れていようが関係ない。ただ相手を潰すという目的であれば最善にも近い。──そう思うかも知れない。だが、自分自身も、側から見ても賢い方法とは言い難かった。


 敵をピンポイントで攻撃することに対して、これは違う。ただ周囲へ対して破壊をばら撒くだけであり、有限かつ貴重な力を大きく消耗する行為だ。

 継戦能力にも欠ける上、派手な攻撃は自身の視界を奪うことにもなりかねない。


 だが、しかし……相手への情報の一切を持たぬ現状で無駄に頭を働かせても空回りするだけのこと。それぐらいなら、脳筋的発想にも近い殲滅あるのみでも構わないだろう。

 相手が知性ある存在あれば、初手からこんなことをされればたまったものでは無いはずだ。多少なりとも、相手側の余裕を削ることはできる。


 巨大な木々が空高く打ち上がり、大地は大きく抉れた。しかしそれでも尚、手応えはまるでない。


 たが、そして何よりも大きな攻撃を避けた後隙を見せれば──


 ──かかった……


 持ち上げた足を地面へ叩きつければ、地面が陥没するよりも早く、衝撃波が彼女を中心として円状に周囲を薙ぎ払う。

 大きな攻撃後、隙ができたように固まれば本能的に喰らい尽きたくなるものだろう。


 その証拠に──


 ──今度は手応えあり、か……


 何かが引っかかり、吹き飛ぶ気配を感じ取る。しかし依然としてにその姿は見えないまま──


「……貴様っ」


 何よりも周囲に立つ魔族達に対する被害も絶大──にも思えたが、しっかりと加減はしてある。それ故に数人ふらついている者もいるが、誰一人として大した怪我を負った者はいなかった。


「これで先ほどの件は不問、と言うことにしておきましょう」

「チッ」


 この被害をもって、サティナを罠にかけたことを言及しないと伝えれば男は渋々ながら敵意を引いた。


「今の攻撃は手応えがあったようだな」

「ええ。ですが、依然として姿は見えないままです」


 一撃貰ったせいだろうか、一向に攻撃が来ない間に口を挟む。しかしそれも束の間で、


 ──来た……


 やはり、不可視の攻撃が迫る。だが身構えている状態である今、不意を突かれた先程とは違って余裕すら持って避けた。

 敵の攻撃がサティナを捉え損ねれば、間髪入れずに追い討ちをかけ──


 ──外した、か……


 地面を抉るほどの手刀から放たれた斬撃は、やはり何の手応えもなく……それどころか背後に立つ気配に違和感を覚えて、そちらを向けば──


 ──まさか……


 十数人もいた魔族達は既にその数を半分以下に減らしていた。

 まともな手がかりもないまま、こちらは無意味な犠牲を強いている。そのあまりに理不尽な、それでいてありありと浮かび上がるその差が残った者達の心を擦り減らした。


 ──次は自分だ。そんな確信めいた予感が彼等の心に暗い影を落とし、恐怖でもってその判断力を奪わんとする。

 明らかに顔色の悪い彼等を見てサティナもまた危機感を抱く。今は魔族達がいる分、敵意が分散してはいるが、彼等が減ればその分の負担は残った者達へ覆いかぶさるだろう。


 ──早いうちに決着ケリを付けなくては……

 ──時間をかけても不利になるだけだ……


 数瞬の間に削られていく戦力にさしものサティナとて焦りを覚える。とは言いうものの決定的な打開策も未だ見当たらず、当てずっぽうに放つ攻撃にも手応えはないまま──


「……っ!」


 再び鮮血が舞い、その下で新たな屍が地に伏せる。素早く視線を走らせて周囲を確認すれば立っているのは彼女を含めて三人だけだ。

 刹那、未来眼に映り込む自身の姿。腕が刎ねられる可能性の未来が走馬灯のように駆け抜け、反射的に半身となれば、そのすぐ真横の地面が大きく抉れた。


 地に伏せる屍の死体からだが再び大きく損失すると共に、泥に混ざった鮮血が宙を飛び交う。視界を覆うほどの血泥の奥を見ようと目を細め、気がつく。


「……っ」


 既に立っていられるのはサティナ一人だけであり、辛うじて息のあるのは先の男。しかし彼もまた足を半ばから断ち切られており、今や地に突っ伏している。

 自力で治すことは出来ようが、その刹那のうちに首を刎ねられるだろう。


「チッ……、悪運もここまでか──」


 悟ったような言葉と共に彼の首が飛び、またサティナの背筋を冷たい感覚が突き抜けた。身を捻り、不可視の攻撃を避け、また来るそれに身構える。


 ──いや、もういいか……


 既に気を配る相手はいない。──否、初めからいなかった。


 スッと地面と並行に伸ばした手。その内に現れるのは光を濃縮したような十字剣で、その姿が完全顕現するよりも早く、再びそれが迫る。

 未だ未完成のそれを地へ突き立てれば、光が爆ぜた。聖なる光は魔に属するモノ達へ高い特効性を持ち、爆ぜた光が一帯を吹き飛ばす。


 いくら姿形が見えずとも、避ける術はない。


「ふぅー……」


 チリチリと光る十字剣を手に周囲を警戒する。手にした光剣から光が水滴のように滴り、それが地面に当たると同時に白い波紋を作り出して消えていく。


 ──終わったか……


 結局、最後まで正体は分からないまま蒸発した魔物。サッと視線を向ければ、もはや原型も分からないほどに破壊された魔物の屍が無数に散らばっていて……それらを横目に、生き残りがいないかと警戒を強く保ったまま待つ。

 しかし、待てども待てども一向にそれからの攻撃が来ないことを確認すると、手にしていた光剣を消した。


 ふと向けた足元に転がる魔物の屍。もはや肉塊としか言えないそれを八つ当たり気味に蹴り飛ばし、大きく溜め息を吐き出す。

 次に視線を向けたのは魔族達の屍だ。光の爆発……厳密には四方八方に散る無数の光斬を放った影響か、その死体からだは見るも無惨な肉塊と化していた。


 ──こう言う世界なのか……


 どこで死ぬか果てるかのど分かりはしない。

 埋葬すらして貰えない者も多く見てきた。

 ただただ、その例に倣った末路に過ぎないのだ。


 肌を掠るほど、紙一重で繰り返し避けた影響か。無惨に破れ、血を吸い重たくなった外套を脱ぎ捨て、魔族達が羽織っていた外套の中から比較的損失の少ないモノをひったくる。

 多少の汚れなどは魔法で落として羽織るも人間の基準でも小柄なサティナは、種族柄大柄な魔族が羽織っていたそれは明らかに大きかった。


 ──う〜ん。一応、人間の女の平均的な身長はあるのだけど……


 外套の裾、その半分以上を擦っている状態に思わず首を傾げる。

 致し方なく擦っている部分を切り落とすと、屍を踏み越え、先を急いだ。

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