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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第二章 更生の英雄譚
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第五話 魔界

 数年もの年月が過ぎ去り、誰の手にも触れられていない村は大きくその姿を変えてしまっていた。そんな中で迷うことなく足を進めれば、ある一点の前で立ち止まった。


 風化した石、そこに刻まれた故人の名。

 かつて、家族だった者が眠る地だ。


「…………」


 無言のまま無機質な土を見下ろして、枯れた涙は流れることもなく……ただ、無機質な心では細波程度の感情も動かない。


 いつから、そうなってしまったのか。

 随分と前からのような気がする。


 墓石を模した粗雑な石の前に跪き、手に持っていた花を置く。

 何の変哲もない、そこら辺に咲いている有象無象の花。しかしそれは、摘んできた少女の瞳に映る哀愁を宿していた。


 こんな村とて薄らと魔法の影響を受けていたせいか、膨大な時間の積み重なった地は思いの外原型を留めている。それでも十代後半で肉体の成長が止まった彼女と比較すれば、大き過ぎる変化でーー


 どれほどの時間が経過しただろうか。ふと背後で人の立つ希薄な気配を感じ取り、閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げる。そうしてゆるりと振り返れば、そこにはいつもの無表情の仮面を映した男が立っていた。


「……例の物は見つかりましたか?」

「どうやら、数年前に俺が持ち出した物が全てだったようだ」


 彼女の問いかけへ端的に答える男が、あるいは、と言葉を続ける。


「何者かが持ち出した可能性も捨てきれぬ」


 そう言うと男は近くの切り株に腰を下ろす。それはかつて義父が薪割りに使っていたものだった。

 しかし今更そんなことを気にしたところで、一体何になると言うのか──


 黙ったまま動かない男を同じく無言で見つめる。恐らく、彼はサティナが気が済むまで待ってくれているのだろう。

 かつて、勝手に着いてくる彼女を振り切ろうとしていた時では分からなかったが……今になって漸く彼を理解し始めた。


 きっと彼は、誰よりも心優しい人だったのだ。

 だからこそ、深い闇の権能をその身に宿しているのだろう。


「死者への感傷は、無駄な感情なのでしょうか?」


 ふとした疑問を男へ投げかける。


 答えなどない質問だ。

 その答えを他者に求めるなど脆弱そのものだ。


 それでも彼の答えを聞きたかった。不死と化すほどの常軌を逸する精神を持ち合わせる彼に──


「死者を想うことが出来るのは生者たる俺達だけだ。しかしそれと同時に、死者に縛られ続けることは愚者の所業」


 いつもそうだ。彼は全てを語ってはくれない。

 ただ、思わせぶりなことだけ口にして終わらせてしまう。


「貴方は……死者に縛られていないのですか?」


 直後、一瞬の間……刹那の間、男の表情が僅かに動いたことをサティナは見逃さなかった。そう、彼もまた死者に思うところがあるのだ。


 きっと、誰だってそうだ。

 拭いきれない過去がある。


「それは、貴方が不死になったことと何か関係が?」


 ジロリと眼帯越しに鋭い視線がサティナを射抜く。身体の芯から底冷えする様な視線が、彼女の全てを見透かしているかのようにどこまでも深く、遠くを見つめていて──しかしそれ以上、彼が言葉を紡ぐことはなく、


「話しを変えましょう。遺跡の魔法陣や貴方の行動の一部に、私の村に伝わる伝承に何か関係があるですか?」

「……貴様は不思議に思ったとこはないか?」


 また違う質問を口にするサティナへ、男は質問で返す。何か違和感は感じなかったのか、と……


「何故、貴様の村に伝わる呪術で俺が呼び出せた?」

「あの呪術には私の細工アレンジも加えられています。純粋オリジナルではありません」

「しかし、この村に伝わるそれを基準ベースとしたのではないのか?」


 そう言われれば、黙り込んでしまう。そんな彼女へ男が言葉を投げかける。


「現に貴様は、召喚時に口にしていた祝詞の意味も、魔法陣の意味も、その殆ど理解していない」

「……貴方は理解しているのですか?」

「ああ、殆どは理解している」


 返す言葉で問いかけるサティナの質問に男が答える。しかし、その答えに引っかかりを覚えて──


「殆ど……?」

「まず、貴様の祝詞で口にした『星』と言う単語」


 そう言うと男は上を指差す。その細い指が示す先にあるのは、夕闇色に染まった空だけだ。


「聖書を読み解き、星が何たるか調べても分かることは夜に見える輝きだと言うことだけだ」


 だが、と男が続ける。


「貴様には見えるか、その星が?」

「…………」


 結局、分からず仕舞いだと、男は言う。

 それもそうだ。存在しない筈のモノをどう理解しろと言うのか。


「だが、確かにあの祝詞は俺を召喚するモノとなり得た。つまるところ、貴様が口にしたそれは真実そのものと言うことだ」


 結果として祝詞は意味を成し、男を呼び出した。それは当時、サティナが口にした不可思議な羅列が真実であったことを意味している。


「昔から聞きたいことがありました。今の話しを聞けば答えに期待などできませんが、祝詞にて語られていたことは真実ですか?」


 男は、無言のままだ。


「創まりの世界を喰らった、とはどう言う意味ですか?」

「知らぬ」


「神々さえも引き摺り堕とし、一柱残らず喰い斃した、とは?」

「それも知らぬ」


「では、不死の再誕者とはどう言う意味ですか? エル=フレイドも言っていた滅びの王とは?」

「そのままの意味だ」


 何一つとしてまともに取り合うつもりのない男へ、僅かに顔を顰める。欲しい答えが全て手に入れたいとまではいかないが、ここまで巻き込まれた彼女にも知る権利はあるだろう。


「火の無い所に煙は立たない、不死に至ってはエル=フレイドの話しでもつい最近のこと故に、知る者も少ないと聞いていますが……」


 鋭く男を見やる。黒い垂れ布状の眼帯、その奥に居座る黒光りする瞳へ向けて──


「遥か太古より貴方は滅びの王と呼ばれてきていたと……それだけのことを、してきたのでしょう?」


「……確かに、滅びの王と呼ばれる所以はある。しかし、貴様がそれを知って何になる?」

「それは……!」


 思わずサティナが言葉を詰まらせる。


 彼が何と呼ばれようと、どうしてそう呼ばれたのか知ったところで、一体彼女の何が変わると言うのか。

 そもそも、それを知ることで得られるモノなのどあるのか。


「とは言ったが、貴様が知っておくべきこともある」


 ゆるりと男が向けた視線の先には、サティナの家族が眠る墓があった。


「貴様等はいつから、これを信仰していた」

「私が知る限りではもう数千年も前からです」

「不死の存在が薄いながも浸透したのは、百数十年前の丁度……いや、それは知らぬことか」


 何を言いたい、そう切り替えそうとして……彼が何を言わんとしているのか理解した。理解、してしまった。


「その顔だと、漸く気が付けたようだな」


 再び視線をサティナへ戻すと、男が言い放つ。


「俺を滅びの王と明記していたことには何ら不思議はない。だが、何故数千年も前から俺を不死と明記されているのは何故だ?」

「……貴方は最初の不死者で、それが発覚したのはたった数百年前……つまり──」

「そうだ。もしかすれば、貴様等の信仰は未来をも謳っているのかも知れぬ」


 目の前が真っ暗になる気持ちだった。眩暈を感じて顔を片手で覆い、しかしそれでも立っていられずに思わずしゃがみ込む。

 もし、それが本当だとすれば──否、尤も彼等不死の存在が浸透したのが少し前だと言うだけであって、人知れずもっと前から存在していたと言えなくもないだろう。


「貴方は、神々を斃して……世界をも喰らう」

「あくまで可能性としての話しだ。何もそれが確定している訳ではない」


 どうやら、今の彼にはその気はない様だ。そもそも、いくら超越したこの男と言えどそれだけの力も持ち合わせていない。


「そして何よりも、神々の存在は今のところ誰にも分かっていない」


 つまるところ、神が存在するかも怪しい。否、もし存在しているとなればサティナ自身の手で奴等を八つ裂きにしてやるつもりだ。


 ──よくも……


 他者を蹂躙する腐った獣──

 それの暴行を許し、罪なき弱者を淘汰するふざけた神──

 大切な者達を奪われて、憎悪のみが募るこの世界を創り出した災厄の権化──


 奴らの存在そのものもが生きとし生けるもの、その全てへ対する冒涜だ。


「もしも、本当に神が存在すると言うのなら……私がこの手で──」

「落ち着け」


 男が手で一度座るように促す。眼帯の下に映る冷たい瞳に見据えられ、大人しく彼の前に座り込む。


「まぁ、よい。多少予定が変わっただけだ」

「……何をなさるつもりですか?」


「俺は魔法の完成を急ぐ。その間貴様には──」











 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆











 剣呑な空気が満ち満ちた通り。すれ違う者達を外套の下から覗く瞳にて一人一人観察する。

 そんな中をすり抜けて、サティナがある建物の中へと足を踏み入れる。椅子や机が並ぶ中を進み、カウンターの前に立った。


 さっと横目で確認したところ、男から聞かされていた通りの光景が目に映る。それなりに並べられた席、そこへ無秩序に腰をかけているのは人型をした人間ではない者達だ。


 ──あれが魔族……


 少女がずっと人間達から受けていた罵倒の言葉。そこに多く混ざる「魔族」と言う単語。

 そのもっともたる存在が今彼女の目の前に座していた。


『俺は魔法の完成を急ぐ。貴様は『魔導王』を殺せ』


 そう告げられて、サティナはこうして魔界にまで送られて来たのだ。


 ──全く。無茶振りが過ぎる……


 魔界に入る方法は幾つか存在し、今回サティナが用いたのは儀式にも近い形式を必要とするもの。高い空間操作と強大な力が必要ではあるが、条件さえ揃えば魔界への来訪が可能になる。

 誰が編み出したのか男は教えてくれなかったものの、そもそもとしてそれを知ったところで何にもならないと、彼女もまたしつこく尋ねることもなかった。


 一応他にも魔界へ行く手段は存在しており、とある大陸に不規則かつ不定期に出現する迷宮ダンジョン の最深部を利用する方法だ。迷宮の最深部は魔界と下界の繋がりが曖昧になっており、十分な技量や力量がないくとも簡単に空間を貫通することが可能なのだ。


 もちろん、条件を十分に満たしているサティナにとっては、態々遠くの大陸まで足を運ぶ方がかえって遠回りになるのだが──


 カウンターに魔族間で扱われる硬貨を置き、適当な酒を頼む。魔界の酒は下界に比べて強いと聞くため、もしかすれば一時とて嫌なことでも忘れるのではないかと立ち寄ったのだが、


 ──やっぱり、ダメか……


 確かに強く、喉が焼けるような感覚が頭蓋にまで響いてくるようだ。しかしいかせん酒が回る感覚はなく、ただ強いだけで味もヒドい。

 それでも頼んだものを残すのも気が引けるだけで、値段の割には量だけはある酒をあおる。


 ──やけに見られてる……


 一人酒をあおるサティナを周囲の目が鋭く睨みつけている。魔族としてはおろか、人間を基準としても小柄の彼女が身の丈に合わないほど大きなグラスで酒をあおる姿は、彼等からしたら異様な光景にも見えるのだろう。


 あいるは──


 ──魔族は種族がら好戦的と聞くけど……

 ──力こそ全て、とまではいかないと思うが、弱者の人権が無いのも事実……


 少なくとも弱者は食い物にされるのがこの社会だ。その点、小柄かつ華奢な身体付きのサティナがこうして堂々と酒の飲んでいるのが気に入らないだろう。

 しかし誰一人として視線を向けているだけで何をしようとしないのは何故だろうか。


 少なくとも殺気をばら撒けば多少は変わるかも知れない。魔族と比較しても圧倒的な場数を踏んだ彼女が本気で殺気を向ければ、彼等とて実力の差を悟ることだろう。

 あるいは周囲の者達を釘付けにするほどの覇気を放ち続けていれば、襲われるどころか誰もが道を開けるに違いない。


 しかし──


 ──神様の癖が移ったのかな……


 サティナは殺気も放つこともなく、覇気も全くない。

 それは彼女を師事する男と同じ風貌である。しかしサティナでは彼ほどの威厳や風格を醸し出すことは出来てなかった。


 故に、ただの脆弱な存在にしか映らない彼女は彼等にとっては目障り以外の何ものでないのだろう。


 だからと言って、


 ──周りを無闇に威嚇しても要らぬ争いを招く……


 何をどうしようとも魔界では交戦を避けることは難しい。それは前もって男から聞いていた情報ではあったものの、サティナとしては魔導王と立ち合うその時まで争いは避けたかった。

 男ほどの化け物であれば、誰もが争いを避けるどころか自ら道を開けるほどの存在であればどれだけ楽だったか。


 ──それこそ魔王クラスじゃないと無理か……


 あんな化け物には到底届かない。そう、改めて自覚するともう一度酒を口に含む。


 直後、サティナの前に巨大な肢体を持つ魔族が立つ、この店の店主だ。それを確認しつつも見て見ぬふりをして再び酒をあおると、


「なぁ、あんた?」


 ──ほら来た……


 面倒事の予感を感じ取って内心ため息を吐く。そうして心底嫌々ながらも声をかけられては無視も出来ないと、そちらへと顔を上げる。


「何かご用ですか?」

「この辺じゃ見ねぇ顔だな」


「もちろん、この辺の者ではありませんから」

「だろうな。その眼、魔人の血統か?」


 ──魔人……?

 ──魔族とはまた違うのか……?


「私の身の内に魔族の血が流れていることは確かですが、魔人と言う存在は存じ上げません」

「一概に魔族と括られちゃいるが、魔族の中にも種族ある。瞳の色彩以外が人間と同じ種族のことだ」


 丁寧にもそう答えてくれる男へこれ幸いと、サティナは質問を口にした。


「私は半魔です」


 半魔とは魔族の血を半分しか持たぬ者を言う。それを口にした途端、周囲の視線がより訝しげなものへ変わった。

 しかしその中でも店主はどこか心得たような顔をすると、


「なるほどな、それじゃ自分の種族名も知らないことは納得いく。だがなぁ、半分とは言えど魔族の血を引いている奴が随分と可憐な目でくれじゃねぇか?」

「それが何か?」


「いいや、俺は気にしねぇが気をつけろ? 魔界ここは弱者に厳しいんだぜ?

 いつ襲われるか分かったもんじゃねぇ。ましてや見てくれがいいんじゃ尚更なぁ」

「大分外見の違う種族もいるようですが?」


 そう言うと店主はゾッとするような笑みを浮かべた。


「殆どは人とそう変わらねぇ姿だろう? それにメスなんてモンは、ぶち込めりゃりゃなんでもいいって奴ばかりだ。その点、テメェのような華奢な奴は都合がいいって訳だ」


 まぁ、脆弱過ぎてぶち込んだ途端に壊れちまうがな。と店主は言うや否やゲラゲラと笑い出し、周囲で聞き耳を立てていた者達もニヤケ始めた。


「まぁ、安心すんな。いくら華奢な見てくれでも曲がりなりに魔族の血ィ引ぃてんだ。そう簡単には壊れやしねぇよ」

「これでも私はまだ経験が無いんです。人間よりは頑丈とは言っても、あまり乱暴にされるとさすがに壊れてしますよ?」


 クックックっと店主は笑いながら厨房へも消えていく。これは彼なりの警告だったのかも知れないが、周りの者達からは冗談で済ませてくれるような気配は感じなかった。


 とは言え、今すぐ襲ってくると言った空気でも無い。恐らくは店の中で揉め事を起こすことで何かしらの、彼にとっての不都合があるのだろう。


 ──何となく察してはいたが、随分と治安が悪い……


 はぁ、とまた一つため息を溢すと残った酒を一気に飲み干した。

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