第四話 変わらぬ未来
三歩前を歩く背中を追いかけて、見渡す限り岩だらけの大地を進む。周囲へ視線を向ければ、離れたところで横たわる巨大な影が目に映った。
「気づいている筈ですが、襲っては来ませんね」
「奴らとて無利益な争いはしたく無い。それ以上に、奴らにとって俺たちはそこら辺にいる虫も同然。気まぐれに潰すことはあるかも知れぬが、普通なら興味すら抱かぬどうでもいい存在なのだ」
そんな言葉を聞きながら、サティナは岩の上でピクリとも動かない巨体へ視線を移す。岩のような表皮、そこにびっしりと張り付いた結晶ようなそれは鱗だ。
しかし、殆どの個体の鱗は色褪せた石のような色をしており、サティナが目にしている結晶のような鮮やかな鱗を持つ個体は少ない。
「鱗は個体の強さと、その年齢を表すものの一つだ。より長く生きた者は莫大な能源を体内に内蔵しており、漏れ出した一部が鱗の細部にまで影響を及ぼすことで、あのような紋様を浮かび上がらせているのだ」
サティナの視線に気がついた男が、彼等……竜族の特性を教える。
彼に付き従ってもう数十年経つ。いつもなら無口な男だが、彼女が何かに疑問を持てば端的に答えてくれている。
しかし、あくまで持っている知識をそのまま口にするだけで、何か物事を教えるのが上手いとはお世辞にも言えない。
「結局、手当たり次第探し出した魔法陣は、その尽くが破壊されていましたが、ここもまた──」
そう、聖域とは一つだけでは無い。この大陸の各地に存在しており、そこにそれぞれの魔法陣が施されている。そして、この男の目的はその魔法陣を行使した先にあるのだろう。
故に、こうして遥々と竜達の巣窟にまで足を運んだのだ。
ここまで見つけ出した聖域の魔法陣は明らかに、何者かによって破壊されており、彼女達の動きを先回りしたような動きも目立っていた。
しかし、それでも根気強く手当たり次第聖域を周り、そうして遂にはその中で最も手を付けにくいこの地を選んだのだ。
人族をそれこそ虫を踏み潰すそうな感覚で殺せる竜族。その巣窟に存在する聖域に手をつけることなどそうそう出来はしない。
それこそ、道中で気まぐれに殺され兼ねないのだから。
──とは言え、神様を恐れて殆どの竜達は道を開けてるんだけど……
鱗に輝きを持たぬ個体は、黒髪の男が近づけば限りなく薄いその気配を感じ取って自ら道を開けていた。それほどまでに、彼は異例の存在なのだろう。
道を開けた竜達は数度ほど男を確認し、危害を加えられる気配が無いと見るや否や、その視界から消えるように移動する。そんな個体がいる中で己の力に確固たる自信があるのか、決して道を開けようとしない個体も存在していた。
サティナがその個体を見上げて視線を合わせれば、何か文句があるのか、と言わんばかりの顔をされる。そんなサティナや竜を余所に男は大人しくその巨体を迂回して行く。
そんな彼に倣ってサティナも巨大を迂回し始めれば、満足気に鼻を鳴らした竜が再び首を下ろして昼寝を始めた。
図体だけではなく態度までデカい竜を不思議そうに見やり──
「奴らの中には数年以上も動かない個体など、ざらに存在する。もはやその辺に並ぶ岩とぐらいに考えた方がいいだろう」
彼等が道を塞いでいるからと言ってどうこうするだけ無意味なのだ。例えるなら岩にどけと言っているようなものである。そう、どうしてもどいて欲しければ力ずつで動かす他ないのだ。
そして何よりも、岩をどかすことと単純に迂回すること……どちらがより少ない労力で済むかなど考えるまでもない。
「動かずに食事などはどうするのですか?」
「厳密には解明されていないが、奴らは大気から効率よく能源を得られるのか、食事をすることはない。日光浴もまた、能源の補充に過ぎないと考えられている」
確かなあの巨大を維持する莫大な能源を食事だけで補おうとすれば、周囲の生態系が破壊されかねない。そうならないのも、彼等が食事以外の方法で能源を補充しているからだろう。
しかし、どうすれば大気や日光からそれだけの量の能源を取れるのか──
「貴様等、また天族や魔族も似たようなモノだ
背中越しに語る男の言葉に耳を傾ける。
ここまで話しが続くことは珍しい。いつもなら、無言しか返ってこないことも多いのだ。
「天族は翼がその役目を担っている。莫大な能源の貯蔵庫として、そしてその生成器官として機能している」
「魔族は?」
「魔族は一概に言っても多くの種族がいる。貴様の半身は恐らく魔人だろう。姿形は俺達人間と酷似しており、唯一の違いは独特かつ鮮やかな色彩だ」
そう言われたサティナが無意識に手を瞳に伸ばしていて──
「『魔眼』と呼ばれるソレは天族の翼と同じような機能を持っている。
しかし、奴らの中では我々人間の言う魔眼とは違う『魔眼』持ちと言う存在がいるようだ」
「特殊な『魔眼』持ちは、先天的により強大な個体として生まれ落ちた者だ。いわば、才能と言ったところだろう」
ふと心当たりのある言葉に、サティナが僅かに動揺する。しかし、背中を向けた男にはその動揺は伝わる訳もない、筈で──
「貴様も何かしらの『魔眼』を持っておるのだろう」
しかしそんな考えはあえなく撃沈し、核心を突くことばに思わず言葉を詰まらせる。
ゆるりと振り向いた男が眼帯も道上げ、開眼した片眼にてサティナを見下ろし──
「『千里眼』と、もう一つ……随分と厄介なモノを持っている」
そんな言葉とは裏腹にその瞳には欠片も興味を抱いておらず、無表情のまま再び前を向くと歩き始める。
「貴様の持つ権能は『魔眼』ではなく、『天眼』と呼ばれるモノだ」
何の違いで『魔眼』と『天眼』と呼ばれるのか、そんなことを考えていると──
「もう一つは何だ?」
不意に男が問いかける。
「『未来眼』か? それとも『予言眼』? あるは『蓋然眼』か?」
聞き覚えのない名まで耳にして驚くサティナが思わず聞き返す。
「それは、何が違うのですか?」
「あくまで未来予知の正確性だ。とは言え、厄介なことには変わりない」
暫くの間、沈黙が場を支配する。聞こえるのは岩場に響く竜達の羽音のみだ。
「聞きたいか?」
「え……?」
「その眼を過去に持っていた……哀れな娘の、話しだ」
前例があるらしい。しかし、何となく嫌な終わり方をするような気がしてならない。
しかし、それでも──
「ええ、話して貰えますか」
力強く頷けば、彼は語り始める。
「正確性に関しては、未来が最も高く。次な予言、蓋然と続く。
こうして三段階に分類してはいるものの、厳密にはもっと細かく段階がある」
「あくまでここまでは知っても知らなくてもいい。問題は、より正確な未来眼を持っていることだ。
そもそも未来を視ると言う。強いて言うなら時空すらも越える行為そのものが、本来であれば世界の規律、秩序……その禁忌に触れる行為であり、誰もが挑み敗れた不可能なのだ」
「しかし、何の悪戯か未来視の能力を持った者が稀に生まれる。そんな彼等の目に映るもののは、大抵今現在から見た未来の可能……その一つが視えるに過ぎない。
そして、そんな不完全な未来視の能力ですら思うように扱えなかったと言う」
だが、と男が続く。
「歴史上、確認されているのはたった二人だけ、完全なる未来視の能力を持った者がいた。何をどう足掻こうとも、決して変えることの出来ない『運命』を視る力」
可能性としての未来なら、今行動を起こせば変えることが出来る。何故なら、今の延長線上にある未来だからだ。今が変われば、それに伴って変化する未来なのだ。
しかし、確定した未来はどうだろうか。
──未来を変えようと躍起になった結果の未来なら……?
──では、逆に行動しなければどうだろうか……?
結果は変わらない。未来を視た時から、視た未来の間……その空白をどう変化させようとしても、その結果がその未来であったのならどうだろうか。
そう、もはや確定した未来を視てしまった時点でその過程すらも決められていたのだ。何をしても、何もしなくても未来は変わらない。
何故なら、過程があって未来があるのではなく……未来のために過程があるからだ。
決まった未来になるために、決められてしまった過程がある。故に、未来を視てしまったその時から過程は始まっており、全ての行動も、選択もその未来に繋がるための過程でしかないのだから。
"未来を視てしまった上で、その未来がある"。
「完全なる未来眼の持ち主、その一人は名も残っていない。唯一残っていることは眼にした未来に絶望し、狂気に呑まれた果てに……自害したと言う記録だけだ」
つまるところ、絶望し、狂気に呑まれた果てに自害することは決まっていた。救いのない未来に、どう足掻いても変えることの出来ない未来に絶望して、そして足掻いて、また絶望して──ただ、同じ思考を繰り返した挙句に狂気に呑まれて視た未来の通り、その存在を消してしまった。
そう皮肉にも自身の手で、だ。
「奴にも死因は視えていなかったと言う。しかし、自身が死ぬと言う運命に……否、決定に狂気して自ら命を絶った」
そう、それこそ──
「実に、皮肉な最期だ」
サティナもまた、そう感じていた。
「しかしそれが、禁忌を犯した者への罰なのかも知れぬな」
眼帯越しに男がサティナを見つめる。どこまでも、深い憂いを帯びた視線が彼女を捉えて彼は言葉を紡ぐ。
「貴様は欲しいか、そんな力が?
あらゆる努力を……己が信じ、辿ってきた道を、その悉くを嘲笑う、そんな未来が──?」
そう言い放つ男から、どことなく怒気を感じるのは気のせいだろうか。
いつも通り、無感情を貼り付けた無表情からは覇気も感じられず、こうして目に映していていても尚、気を抜けばすぐに見失いそうになるほどの希薄な気配……否、存在感すらもないのだ。
──それならもう、手遅れか……
私はもう、自分の最期が視えてしまっているのだから……
ふと、走馬灯のように蘇るのは赤黒い刃が胸を貫く光景。赫く赫く瞳に映る自身の姿は、どこか幼く……瞳に映る中の目が深く憂いて──
しかし、不思議と絶望は感じられなかった。
何故なら、それがいつになるのかすらも分からないのだから。
彼女が何を為せたのか、何を遺したのかまでは分からない。それなら、命尽きるその時まで……否、命尽きたその後に遺る意志を──
「どうやら、既に手遅れのようだな」
黙り込む少女を振り返り、男が言い放つ。ハッとしたように顔を上げた彼女を見下ろして、男の無機質な視線が刺さる。
「やはり貴様は──」
何かを言いかけて、すぐな言葉を切ると再び男が歩き出す。
それから数日もの間、無言の時間を過ごして漸く、目的の地が見えて来る。荒廃と化した遺跡のような跡地の中へ迷いなく足を踏み入れ、ソレを探す。
意外なほどあっさりとソレは見つかった。本来であれば、瓦礫の下敷きになっていたり、地下に隠されていたり……時には結界魔法などによって巧妙に隠蔽されていたりとするが、今回はそういったことはない。
しかし、
「ここも、ですか……」
半分近い面積をごっそりと失った魔法陣が目の前に広がる。最早、その機能はとっくな失われており、残っているのは僅かばかりの力の残留。
「なるほど、な」
しかしそんな状況にも関わらず、男のどこか心得たかのような表情からは悲観を感じられない。むしろ、当然の結果であるかのようなその声に違和感が感じられて──
「予定変更だ」
そう言い放つと、踵を返して男が歩き出す。そんな彼の後ろ姿を横目に、半壊した魔法陣を見下ろしていると……
「貴様の村に行く。俺を召喚した魔法陣をもう一度調べる必要がありそうだ」
僅かに目を見開き、しかし同様を悟られ無いように魔法陣から視線を外さずに思考を巡らせる。再び、あの地へ……もう帰ることはないと思っていた故郷に数十年越しとは言えど、こうも早く戻ることになるとは──
「急ぐぞ」
振り返った先には既に男はおらず、しかし彼女の千里眼には遥か先を走る男がはっきりと映っている。そのことを知っているかのように、男はぐんぐんと加速して、瞬く間にその場を動こうとしないサティナから距離を取っていた。
「…………」
無言のまま今一度魔法陣を見やり、そして何の変化もないことを確認すると先を行く男の後を追った。




