第二話 超越者
夜が更ける頃には周囲の景色は一変していた。異様に巨大な大樹が聳え立ち、地面には薄く水が張っている。
水面に波紋を立て、しかし水音一つ立てずにサティナが闇の中を駆け抜ける。その間も頭を駆け抜ける走馬灯が、ここ一年間かけて日に日に失われていった記憶を甦らせていく。
瞬く間に身体の感覚が変わり、更に速度が上がる。目に映る世界も、満ちた静寂も、自分の中で変化していくのを鮮明に感じ取っていた。
間もなく、森から飛び出した彼女の眼に飛び込んだ光景に思わず足を止めた。
──信じられない──
目の前の光景を表せるのはこの言葉だけだろう。
到底信じられない、信じ難い光景が広がっていたのだ。
聖域の入り口……風化し綻びた遺跡の前に立つのはあの男。無造作に切り払われた白髪が夜風に揺れ……否、今まで白髪だと思っていたそれは月明かりの下、白銀の輝きを放っている。ゆるりとサティナを見据えるのは記憶にある蒼ではなく、月明かりの如く青白い瞳だ。
「堕天の追放者」
不意に放たれた言葉に思わず耳を疑った。天界の者以外では知り得ない筈の単語……それを目の前の男が放ったのだ。
「天魔の娘、貴女は紛れもなく危険な存在です」
一年前とは打って変わって理性的な口調で語りかけるそんな彼の言葉に声も失って、
「彼の『滅びの王』に並ぶ危険性を秘めています」
──滅びの王……?
「まさか、神様……」
気を抜ければ思考を放棄しそうになる頭を意識的に働かせて、サティナはこの男に数多の疑問を抱いた。
──あの時、確かに死んだ筈なのに……
──何故、彼を知っているのか……
──それ以上に、どうして自分の過去を知っているのか……
そして何より、サティナが危険とはどう言う意味なのか──
「何も不思議なことではありません。ただ、危険な芽は早いうちに摘み取る必要がある、と言うだけのことです」
ゆっくりと男が足を前に出す。どれほどの長い月日をそうして過ごしていたのか、うっすらと身体の表面に張り付いた薄石がパキパキと剥がれ落ちる……と、同時に男の腕がブレたと思った瞬間、悟った。大地が裂けた、と錯覚するほどの強大な斬撃……眼にも映らない不可視の攻撃が自身の命を刈り取ると、そして今の彼女には防ぐだけの能力はないと否応でも実感する。
その直後だった。
世界に閃光が走った。
白い光が大地を照らし、不協和音の混ざる雷鳴が轟く。
天地が揺れる中、彼の者はその姿を見せしめる。
暗い闇の中で、尚も深く浮かび上がる漆黒の髪。
冷たい風に靡くのは、振袖のある黒いロングコート。
その背中に刻まれているのは白一色の十字剣。
「『初代勇者』エル=フレイド。去ね、ここは貴様の出る幕ではない」
まるで、深淵の底から発せられたように重く、深い響きを持つ無機質な聲が木霊する。
「『潰滅の狂王』、『滅びの王』におかれましてはご機嫌麗しく。叶うならば、どうか今回の件におかれましては目を瞑って頂きたく存じます」
「くだらんな。よもや、勇者とまで謳われた男が随分と腑抜けたものだ」
洗練された動きで一度は黒髪の男に頭を下げるも、確固たる意思を持ってその言葉を突っぱねる。そんな彼の態度に黒髪の男は眉一つ動かすことなく。
「確かに今となっては私達は互いに、舞台に立つには役不足。しかし、盤上の全てを覆す可能性の持つ存在を見逃す理由にはなり得ません」
断固として引く意思はないと言い放つレド。しかし、黒髪の男は変わらず悠然と──
「正しく貴様の言う通りだ。今の俺達では役不足、故に後継を求めることがそんなに不思議か?」
サティナには彼が何を言っているのか理解出来なかったが、レドはそうではないようだ。僅かに驚愕の表情を見せると、一瞬にして剣呑な空気が張り詰めた。
「なるほど、彼女が貴方様の……
確かに、適任かも知れませんね」
一つ息を吐き出すとどこか心得たかのように、納得したかのようにそう頷く。しかし次の瞬間には、底冷えするような眼差しを黒髪の男へと向けた。
「それならば、今ここで貴方様含め──」
手に持った聖剣が青白い月光を放つ。最早、話し合いなど求めていないと臨戦態勢に入る彼の様子を、しかし黒髪の男は──
「何故、そう死に急ぐ──」
直後、男の首元に剣先が触れていた。眼にも止まらなぬ速さで放たれた神速の刺突が、皮一枚を切り裂けずに止められていたのだ。
青白い月光が肌を焼くことも意に介さず、悠然と佇む男が眼帯越しにレドへ視線を向ける。
「衰えたな」
そんな声と共に彼の腕がブレる。直後、レドの身体がくの字に曲がり、しかし身体の前に運ばれた聖剣にて攻撃を防いだ様子だ。それでも衝撃は彼の身体を突き抜けて背後に立つ遺跡の一角を大きく抉った。
「とうに全盛を過ぎた身で何故挑む?」
その言葉に思わず、サティナは耳を疑った。彼女では到底届かない高みに立つ男ですから、今となっては全盛期に比べて大きく衰えていると……その事実が信じ難かった。
「それは貴方様とて同じでしょう? 故に、後継を欲したのではないでしょうか?」
「ほう……」
まさかだった。そう、まさか黒髪の男ですらも全盛期を過ぎていると言うのだ。
あり得ない、そう言い切れる。そうでなくては、異常だ。
「では、試してみるか?」
直後、男の姿が霞む。刹那、瞬きの間も無く姿を現した男がレドへ手刀を放つ。サティナのそれとは比較にならないほどに完成された手刀を剣の腹で受け止め……そうして金色の火花が散る中で男の蹴りがレドの胴を捉えた。
塵芥の如く、軽々と吹き飛んだ細身が遺跡を突き破って聖域の奥に消える。視界から二者が消えたことにより金縛りが解け、サティナは身体の向きを変えると、聖域の奥へと……その先にあると言われる座標を目指して駆け出した。
巨大な遺跡に満ちた淡い紫色の光。光源の見当たらない聖域で、しかし淡く光が満ちるその中で二つの影が再び激突した。
レドの腕がブレたと思った瞬間には、白銀の軌跡が男の首を捉え……しかし、残像のように消えた男が次の瞬間にはレドの背後に現れる。お返しだ、と言わんばかりの手刀は黒炎を纏い白い光が残光を引いて軌跡を浮かび上がらせた。
いつの間にか二振りの聖剣を持ったレドが手刀を防ぐと同時に、空いた剣を薙ぐ。
白銀の残光が硬いものに防がれるけたたましい音と共に、爆ぜた……直後には、闇色の斬撃が光を切り裂き、あとを追って現れた男が刀を振り下ろす。
辛うじてそれを防いだ姿勢のまま、二者が固まる。
世界に穴が空いたような発覚さえ覚えるほど深く、立体感のない闇色の刀。それはサティナとて目にしたのは二度目だ。そう、自分に向けられていたあの時が一度目で──
直後、レドの足元から黒結晶の槍が突き出す。それを跳び退いて躱すも、結晶もろとも切り裂く黒い閃光が横薙ぎに走ればレドの胴へ喰らいつく──一瞬遅れてズルッと崩れた身体へ聖剣の一振りを突き立て、縫い止める。剣を楔に繋ぎ止めた状態の半死で、尚も聖剣を振り翳し……振り下ろす。
極光がレドの前方に立つ全てを飲み込み、咀嚼する。光の牙に触れたモノが噛み砕かれ、塵と化す中で雷鳴が轟いた。
不協和音の混ざる雷鳴。
白い光を輪郭に纏う暗黒の雷。
万物万象を無へと還す滅びの権能。
黒電が走れば、空間さえをも滅ぼし、その軌跡上に稲妻状の裂け目を現せる。
黒い火の粉と黒き灰が舞い散る中、男が悠然と歩を刻む。眼帯の失われて顕になった黒光りする無機質な瞳へ静かにレドを映す。
「なかなか、どうして……」
バチバチと身体に黒電を這わせ、男が呟く。
「所詮は、貴様もまた遺物に過ぎぬのだ……。
にも拘らず……何故、ここに立つ?」
白き光を放つ黒炎を纏う彼の右腕は、肌も肉も剥がれ落ち、黒い骨だけが露出して残っていた。そうして無造作に細い指骨が地面に刺さったままの闇色の刀を引き抜けば、ゆるりと構え──刀の刀身が伸びる。
身の丈ほどにまで伸びた刀身を一度身体と並行に、地面と垂直に持ち上げると、スッと下ろして自然体に構えた。
「今や朽ちた身とは言えど、私は勇者です。世界を混沌から遠ざけることこそが、我が責務……!」
倣うように聖剣を構えるレドの姿へ男が顔を顰めたように、見えた。
「……くだらん」
しかし、そんな彼の決死の覚悟を取るに足らぬものと、男は吐き捨てた。黒光りする無機質だった筈の瞳から、初めて感情らしさが滲み出していた。
どこまでも深い闇を宿した瞳が、映る男を強く見据えている。耐性のない者であればたちまちに精神異常をきたす魔の視線……それをレドは真っ向から睨み返していて──
「貴様の瞳はとうの昔から濁っていたが、今となってはもはや何も視えてはおらぬ」
スッと目を細めると同時に右腕の黒炎が消え、代わりに剥き出しだった骨が肉の下に隠れる。
瞬く間に再生した腕をそのままに──
「昔からお尋ねしたいことがありました」
構えを解くことなく、しかしどこか遠くへ想いを馳せるようにしみじみとレドが言う。
「貴方様の眼には、この世界が如何に視えているのですか?」
ゆっくり視線が男から離れ、見つめられる先はただ暗闇だけが存在する夜空だ。どこまでも、深い憂いを帯びた視線を向けて、彼は言葉をこぼす。
「昔から、初めてお逢いした時から、貴方様の眼はいつも透明で、無機質で……底知れない闇を宿していました。
しかし、永く観ていれば私も気がつきます。貴方様は、何に対してそんな過度な復讐心を抱いているのですか?」
瞬間、空気が変わる。核心を得た言葉に対して、男が纏う空気を変えたのだ。重く絡みつく空間で、男が牙を剥いたような気がした。
「ほう、これはまた……貴様へ対する評価を改めざるを得ぬな。どうやらただの節穴ではなかったようだ」
関心したように言い放つ言葉とは裏腹に、さっきまで覇気の一切無かった男が露骨に敵意を剥き出す。
「答えは頂けないのですか?」
だが、自身が評価されたことよりもその答えを気にするレド。そんな彼に対して男は──
「貴様には視えぬか? この世界が尊大に踏ん反り返っている様が──」
何を言っているのか理解出来ない。それはレドも同じようで怪訝そうに顔を顰める。
しかしそれよりも男から感じるのは初めて見る怒気……あの無機質な瞳に復讐の炎を滾らせて、男が言い放つ。
しかし、それ以上の答え合わせはしてくれない様子なのか、無言で刀を構える男からは再び覇気が消え失せた。
それでも一つだけ、分かることがある。彼は間違いなくこの世界を滅ぼすだろう。
不条理と理不尽が支配するこの世界を、彼は滅ぼす。いつか、いつの日か……在るモノ全てを虚無の彼方へと葬り去ることだろう。
そんな怪人へ向けてより一層警戒心を高めたレドが剣を引き絞る。
そして──予備動作もなく動き出した怪人を、白銀が撃ち抜く。夜の空を銀色に照らし、破壊を内蔵する極光が男を飲み込む……しかし、その中心に見えるのは黒い影。
損傷し、消失した部位からは黒炎が立ち上り、触れたモノは例え光であろうとも、その悉くが燼滅され、黒き灰へ化す。
黒鉄色の骨から噴き出す黒炎が勢いを失うと同時に、失われていた肉や肌が再び元の姿に戻り──
──なるほど……
──身の内に内蔵している滅びが肉体の損傷と共に吹き出し、周囲に滞留する破壊すらをも滅しているのか……
そして、一時的に噴き出した滅びがその勢いを失うと同時にして肉体を再生させている、と──
……そして何よりも──
閃光の如く加速したレドの聖剣が怪人の首を捉え……刹那、滑り込ませた怪人の左腕がその斬光を受け止めていた。
傷口から溢れる黒炎が聖剣を舐め、そこから伝わる手応えから──
──やはり、あの黒い骨は切れない……
スッと男が足を持ち上げる。一瞬、目にした不可解な疑問を抱くも、次の瞬間には全本能が警告を鳴らす。
反射的に跳び退くと同時に地面を踏み抜くように足が下される。と、同時に無数の黒結晶が四方八方へと槍のように突き出した。
あと数瞬反応が遅れていれば、瞬く間に切り刻まれていただろう。
ガラスが砕けるような音を立てて崩れ始めた黒結晶の中で、怪人が再び動き出す。傲慢などほ緩慢な動きで、だが攻撃しようとは思えないほど洗練された歩法で近づく。
迎撃せんと瞬く白銀の光が壁となり……刹那、光すらも止まって見えるほど疾く怪人がレドの前に姿を現す。と、同時に遅れて光壁に穴が空き──
音も無く、極光と暗闇が爆ぜた。
鬩ぎ合う力が均衡を崩せば、勢力の勝る底無しの闇が光を喰らい始め……その直前、白銀が閃き、闇が払われた。
自らが切り開いた光の道を駆け抜けてレドが剣を突き出せば、白銀の切先が吸い込まれるようにして怪人の胸を捉え──
「ガフッ……!?」
肌一枚、貫いて聖剣が止まる。血を吐き出し、剣を突き出した姿勢のまま視線を下げれば──
「……っ!」
視界に捉えたのは自身の胸を貫く黒結晶の槍。異様に太いそれは胸を貫き、背中から飛び出している。当然、心臓など跡形も無く潰されて……直後、黒き槍が枝分かれする様にしてレドの体内から無数に突き出した。
体を内側から食い破られ、血肉が飛び散り、押し出された骨が肉を突き破って露出し、四肢は千切れて弾け飛ぶ。
悪趣味なオブジェのように、見せしめの為の磔のように……レドの体が遂に力を失い、だらりと垂れ下がった腕から光を失った剣が溢れ落ちた。
虚ろげな瞳は遂に力なく、半分ほど閉じた瞼のしたから細く見える闇色の瞳孔は開いたまま……
「……終いとしよう」
そんな彼の亡骸をどことなく遠くに見つめ、無造作に大太刀を振り上げると力無く垂れ下がった首目掛けて振り下ろした。
鈍い音を立てて男の首が落ちたことを確認すると、怪人は大太刀を元の長さに戻して鞘に納める。そうして振り返りれば、サティナが走り去った先へ視線を向け──
「……ほう」
不意に訪れる違和感に従って振り返れば、どこか合点がいったような声を出す。そんな彼の視線の先にあるのは、未だ尚黒結晶に身体を内側から食い破られたまま残るレドの首無しの胴体だ。
ゆっくりと落ちた頭が擡げ、切断された断面へと伸びていくそれを確認するよりも速く、抜き放った刀にて宙に浮かび上がった首を刺し貫かんと突き出して──しかしその首へ切っ先が届く直前、闇色の刀は粉々に砕かれて、それを握っていた右腕が弾けた。
黒鉄色の骨が露出する腕と、その腕が持つ刀身半ばで折れた刀へ不可解そうに視線を向けると──
「それは祝福か? それとも、呪いか?」
ゆるりと自身の腕から外した視線を向ける先には、五体満足で立つレドの姿がある。黄金の瞳にはより一層強い光を宿して、そんな彼から溢れ出る力は桁違いに膨れ上がっていた。
ゆっくりと伸ばした腕。その手の中に現れたのは白金の光を纏う大聖剣……かつて、多くの魔族を退けて見せた時代。全盛期の彼が振るっていた、星剣。
刀身からは白金の光が炎のように揺らめいて、幾星霜もの時を越えて再び己が力を振るう悦びに、恍惚としているようにも見えた。
──刹那、光が消えるように何の前触れもなくレドがその姿を掻き消す。
閃光すら置き去りにして怪人の首へ吸い込まれる刃を、しかし男は黒炎を纏う骨手にて受け止めた。
どう言う訳か怪人の手を切り裂くことは叶わず、刀身を鷲掴みにされたレドは動きを止める。
至近距離で睨み合う両者の間で、鬩ぎ合う剣と素手。黒炎が引いていき、再び肉体を再生した怪人の手の中で星剣の刃は骨に達したまま……貫かれた傷口からは黒炎が漏れ出して、白銀の刀身を舐めている。
「……何故だと、思う?」
均衡状態が続く中、徐に黒髪の男が口を開いた。突如として投げかけられる質問の意図が掴めないレドは、ただ無言を返すだけで──
「何故、俺達は選ばれた?」
「私がそれの答えを知っていると?」
何を言っているのか理解できない。
選ばれるとはどう言う意味か……?
そして何より、"俺達"とは……?
「ああ、そうだったな。俺達の成すことは変わらぬ」
傷口から黒炎が噴き出し、再生した肉体を燼滅すれば、露出した黒骨が星剣を強く握りしめた。
締まる手の中で大剣聖がミシミシと音を立て、亀裂が走る。その規格外の能力にさしものレドですら、僅かに目を見開いた。
「何も変わらぬこと」
男がポツリポツリと言葉を溢す。誰ともなく、まるで独り言のように囁かれる言葉は無機質な音を奏でて──
「腐った世界に溢れた呪い。その受け皿に選ばれるのも、仕方ないことなのだろう」
直後、星剣が弾けた。飛び散る破片が綺羅星のように輝いて……しかし直後、宙に舞い散る破片はそれぞれ引かれ合うようにして元の位置へ戻ると、瞬きの間もなく万全の姿を現した。
閃光が走るよりも速く、レドの身体が後方へと吹き飛ばさる。
彼を突き飛ばした男の右腕が再び肉を得、その手中に闇色の刀を顕現した。しかし今度のそれは先程のモノは大きく変わり、立体感の掴めない闇色の刀からは影が立ち昇り、細長く伸びた影はユラユラと揺れていた。
身の丈もある刀身を持つ大太刀を下げると、同時にして無数の光欠片が無数の流れ星のように男へと迫る。散弾のように隙間なく迫るそれは、男の周囲で黒電が走ると同時にして姿を消した。
チカチカと白黒に点滅する火の粉が残る中、二本の刃が互いに迫り……レドが首を傾ければ皮一枚を切り裂いて躱す。と、同刻にして男の肩を白銀が貫く。
「……終わりです」
確信した声が響く中、男の内側から無数の閃光か突き出す。それは先程、男がレドにして見せたものと酷似しており、内側から全身に無数の風穴を開けられた男の身体が、力なく崩れ落ちる。
脱力した身体が地に伏せる直前、無数の棘が天を目掛けて突き出せば、半死の彼を持ち上げて天に掲げた。
全身を貫かれ、天に掲げられる男。力なく半開きになった目の奥から、無機質な瞳がレドを見下ろしている。
先程は傷口からは吹き出していた黒炎も何故だかその姿を消し、今となっては鮮血が棘槍を伝ってその根元に血溜まりを作り出していた。
「自身の身をも焦がすほどの獄炎。全盛期ならいざ知らずとも、今となってはそう何度も使えるものでもないはずです」
そう言うレドの言葉通り、男の身体から黒炎が噴き出す気配もなく……何度となく肉体の再生を繰り返したせいで力尽きたのか、新たに出来た傷を治す素振りもなかった。
そんな彼に背を向けると、レドは聖域の奥へと悠然と歩き始めた。そう、サティナが消えた先を目指して──




