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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第二章 更生の英雄譚
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第二章始話 心を持った神と

 暗い玉座の間、白い松明が唯一の光源。薄暗い空間の奥、巨龍すらも容易に潜り抜けられそうな扉が聳え立つ。


「……ラヴィア……」

「ここに」


 返答と共に現れたのは荘厳な面立ちの魔族。魔人の特徴である色鮮やかな瞳とは裏腹に、その男が持つ瞳は無彩色で……しかし暗がりの中でも彼の眼光は爛々と煌めいて見えた。


「客人だ、誰も近づけるな」

「御意に」


 主の言葉を受けて彼の姿が霧のように消える。そうして間もなく、大扉が一人でに開くようにして開け放たれた。

 巨大な、巨大過ぎる扉は殆ど遠目には動くことなく一人一人が通れるだけの隙間を作って止まる。


「答えは、如何に?」


 水音が響くような透き通る声で、美しい音色とは裏腹に抑揚のない無機質なそれは生身のソレではない。間もなく現れたのは身の毛もよだつような美しい娘だ。


「久しいな、神の娘。しかし、何度問われようとも俺の答えは変わらぬぞ」

「それは、君の出生にあるの?」


 瞬間、男の視線が鋭くなる。並の者であれば意識を保つことすら叶わぬほどの重圧の中、白い少女はヒタヒタと裸足の足で大理石の床を踏みして前へと出た。


「それを知っているのなら、尚のことここへ来る意味が分からぬな」

「君達人間は本当に不思議だ。まるで何か……いや、もっと恐ろしいもの」


 唐突として話し出された内容に黒い男は無言を返す。


「魔族が暴走した時、人間の中に勇者が現れた。彼等は他を寄せ付けない圧倒的な力で迫り来る魔族を跳ね除け、遂には魔族の王の一人を堕とすまでに至った」


 一つ、指を折って少女が云う。それはいひしえの歴史……狂王が魔界に君臨する前、魔界各地に点在する王の一角を落とした人間。


「愚かな者が『血神』の力を奪い、血に飲まれて暴走した時。不死身にも等しい化け物共を狩人が葬り去った」


 かつて神の力を我が物とする愚者がいた。彼等は血に飲まれ、そして狂気の波紋は拡大……不死身にも等しい血族ヴァンパイアが闊歩する地獄絵図が生み出された過去。それを人間の中から生まれた英雄達が、彼等の不死性を上回る暴力を持って壊滅にまで追い込んだ。


「人間は短命故に世代交代が早い。突然変異としてそう言った異質な存在が生まれることは多い」


 そうして彼女がゆっくりと手を伸ばして眼前、玉座に腰掛ける黒い男を指差した。


「そして、君だ」


 男は無言だ。しかし、それがどんな言葉よりも彼女の推理を裏付けるモノとなっていた。


「僕達神や超越者へ対する高い特攻性とその力を略奪する権能。特殊な血統の中、君は特別飛躍した存在として……神やそれに類する化け物を喰らう天敵として生まれた」


 だからこそ、と少女が両の手を広げて巨大な城を指し示すように小さな神体からだ全体を使って表現する。


「君は魔界を支配するにまで至り、遂にはその中心にこれだけの城を築き上げた。君の力を抑制する為に、自身の牢獄として下界よりも強固な魔界に自分を閉じ込めた」


 恐怖と畏怖の象徴として魔界に君臨する狂王の巨城。その実、誰かを傷つけたくないからと彼は強過ぎる自分をソレに封じ込めた。

 恐怖と畏怖の象徴として、圧倒的な暴力で持って彼は魔界を統べた。絶えず争いを繰り返してきた彼等が無意味に誰かを傷付けないように、絶対的支配者として暴力を超えた存在として君臨している。


 神々を喰らうモノとして生まれ落ちてなお、彼はその運命に逆らう為にこうして堅牢な牢獄の中で過ごしているのだろう。


「君は僕の誘いに頷かないのはその力故だ。神は世界にとって必要不可欠な存在で……それを壊してしまわないよう、君は僕達神々を忌避しているように見せて遠ざけた」


 まるで男が抱える苦悩も苦痛も、その心の全てを見透かしたように彼女は云う。どんな憚りごとも偽りも彼女の前には通用しないと──


「貴様に俺が救えるか?」


 その時、男の言葉に怒気が籠ったように聞こえた。神のそれと似て抑揚のない無機質な聲に、それでも堪えきれない貪食の炎が燻っている。


「神は全てに平等である必要がある。不干渉こそ貴様等が我々矮小なる人に与える対等だろう?

 例え貴様に俺を救うだけの力があったとして、それは出来ない。平等を謳う貴様が俺を贔屓するのか?」

「面白いことを言う。確かに僕達神々は誰を贔屓することも、誰を卑下することも出来ない」


 その時、少女の姿が描き消えた。──否、その姿は瞬きの間もなく男の前にあったのだ。


「だから、君が僕を奪えばいい。神々すらも喰い斃す力で、僕を君のモノにしてしまえばいいんだ。

 僕をこの城に埋め込んで、神の力を持って君の力を相殺する。その礎とすること……何を今更、どこに躊躇うことがある?」


 男を見下ろす少女の瞳には貪欲が蠢いていて、何かを欲するその感情は果たして神が持ち得るモノなのだろうか。

 少なくとも男は目の前にいる少女をそうだとは思わなかった。今の今まで血で血を洗い、数多の死戦を繰り返し……そうして神を始めて目にしたあの時。そのどれにも及ばぬ恐怖が彼の心にのし掛かる。


「昔から考えていた」


 魔界で最も恐ろしき存在となる為に考えたことだ。もし彼が恐怖を覚えた時、何が最も恐ろしく感じられるだろうか。──少なくとも死や神では足り得ないと、そう結論付けていた。


「それは間違えだった」


 もしこの世界で最も恐ろしいモノは何かと問われれば迷わず答えるだろう。人の如き心を持つ神こそが、この世で最も恐ろしい存在だ。


「恐怖は確かに存在する」

「…………」


 少女は無言だ。きっと、男の言葉が何を意味しているのかわからなかったのだろう。

 しかし、それでもいい。少なくとも彼女が知ろうが知るまいが変わることではないのだから。


「望み通り、貴様の半身をこの城に埋め込んでやろう。そうしたら、俺と貴様は共謀者だ」

「約束通り、僕は君の神となろう」


 徐に突き出した腕が少女の胸を貫き、彼女の心臓を抉り出す。間もなくそこへと魔法陣を描き、迸る神血が男の体を蝕むの意に介さず、事前に用意していた魔法陣を展開した。

















 それから、どれだけの月日が経っただろうか。皮肉なほどに澄み切った空の下、彼は花園の前に立っていた。

 今や大きく力を失い、魔界の恐怖ではなったこと……それを後悔などしていない。


「おや? 珍しいお客さんだ」


 不意に背後からかけられた声に振り返れば、そこに立つのは白い少女。あの時とまるで変わらぬ姿に思わず目を細め、しかしそれも一瞬のことですぐに仏頂面に戻る。


「ここで待っていれば会えると思っていた」

「随分と待たせてしまったかな?」


 神々が持つ特有の気配を纏いながら、それでも彼女は既にそうではないと肌で感じる。ただそこにいるだけ、息をするだけで世界が震えているようだった筈が……その力を男の手によって略奪されたからか得も言えない圧力は失われている。


「そうでもない」

「ふふっ、優しいんだね」


 あの時、彼は自分の力を封じ込める楔として神の力を利用した。ずっと前から気も遠くなるような年月もの間、どうしても揃わない最後の欠片ピースとして追い求めたモノ。

 神の力を楔として使う奇跡はしかし、終ぞ使うことはないと思っていた。──それをあの日あの時、全てを見透かした神が自ら提案したのだ。


「少し歩かない?」

「ああ」


 先を行く神の少女に並んで男も歩き出す。そんな彼の額には黒い紐が巻かれており、そこから垂れる黒布が顔の上半分を覆っている。


「力を封じ込めてもその瞳は消えなかったんだね」

「これは、また別のようだ」


 視界に映る全てを自壊させる特異な瞳。ただ開眼するだけで景色は色褪せ、空は黒き灰と化して崩れる。


「それじゃ、その瞳も貰おうかな」

「…………」


 眼帯の下、男の瞳がゆるりと少女を見遣る。その表情を目にして、小さな神が愉快そうに笑った。


「その瞳は俗に言う魔眼よりも、僕達神々が持つ神眼に性質が似通って見える。生身の君では持て余すだけだ」

「…………いいだろう」


 神の言葉に男が一言、眼帯を外すとその瞳がゆるりと少女へ向く。あかかがやく瞳の奥、闇十字が浮かび上がる。

 白い花園から黒い火の粉が立ち昇り、景色が瞬く間に色褪せた。


「もっと近くに……」


 手招きする少女に従って男が一歩前へと出る。そうして睫毛の触れそうな距離で少女の瞳を覗き込み……間もなく白光色の奥に闇色の四芒星が現れた。


「これでよし」


 数度瞬きを繰り返し、闇十字を模した四芒星が消えて……遅れて男が顔を離すとすぐに周囲の景色を確認。

 宙に舞う火の粉はその姿を消して、半壊した花園はそのままそれ以上の崩壊は堰き止められていた。遅れて白い少女の手元が光ったかと思えば、それも戻り通りだ。


「君の力は聖域に、その瞳は神の体に封じ込めた。残るのは、それだね」


 そう言って少女が指差すのは男が腰にかけた黒い刀。珍しい諸刃造りの黒刀は残った力を濃縮、顕現したもの。

 僅か力でも使いようだとこうして武具として形を与えたが、どうやら彼の神はその残火も欲している様子だ。


「それも欲しいなぁ」

「…………仕方がない」


 自身の神にそう入れれば断る訳にもいかないのだろう。男は腰から刀を離すと少女へと放り、それを彼女は無造作に掴み取る。


「…………やっぱり、これはやめておく」


 しかし肝心の少女は刀を数秒見下ろして、すぐに首を横に振った。ただどこまで我が儘を聞いてくれるか試しただけで、彼の全てを奪うなどするはずもない。

 白い神が彼の力を封じ込め、その瞳を貰ったのはあくまでも彼が自身の力に蝕まれていたからこそであり、そうでなければ彼女がこれ以上彼から奪うこともない。


「しかし奪えるのはあくまでもその力だけ。君のうちに秘めた闇は、いくら僕でもどうしようもない」


 そう言って少女が指差すのは彼の瞳。特異な眼を奪われて黒光りする瞳が、尚も底なしの闇を宿して少女を見下ろす。


「そういえば聞きたいことがあったんだっけ? 悪いね、僕ばかり話し込んじゃって」

「構わない」


 片方の目を閉じて謝罪の言葉を口にする少女に一つ頷き、そうして漸く男が本題を切り出す。


「光の権化、奇跡の象徴。貴様の腹でドス黒く戸愚呂を巻く闇は俺のものよりも遥かに深い。

 濁り切った憎悪と怨念を微塵も感じさせない振る舞い……見事と言う他ないが、何が貴様をそこまで駆り立てる?」


 直後、少女の顔から笑みの仮面が剥がれ落ちた。現れたのは能面のような無表情で、それは彼がよく知る神々と同じようで非なるもの。

 少なくとも他の神は表情だけではなくその瞳まで無機質であるはずだ。──この少女のように、底無しの闇を宿してなどいない。


「いつから、気がついていた?」

「貴様の噂を耳にした時から」


 初めて彼女に会う前、異質な神がいることは知っていた。どんなものにも例外はつきもので、他とは一線を逸す者がいたとて不思議ではない。


「何故?」


 では、何故彼は気がつけたのだろうか。少なくとも、それは神である彼女にも分からないことだった。


「神は笑わない。それを知らぬほど狂気に呑まれたか?」

「そうか……そうだった、ね。笑って誤魔化すのは人の業で、神の所業じゃない」


 腹の中を探らせない為、心に秘めたるを持つ者ほど笑みの仮面を深く被る。しかしそれは人に限った話しで……心などあるはずもない神がどうして、他者からの印象を気にするだろうか。


「本来、神は心など持たぬ。故に表情は変わらなぬまま、ありもしない心の中を覗かせまいと誤魔化すこともない。

 貴様は人としてはあまりも完璧だ。喜怒哀楽を持ち、表情豊かにそれを表している。しかしそれは貴様が終ぞ持たぬ異物だ」

「心を持つ神は不要と? お前はそう言うのか?」


 雰囲気が変わった。激情を隠すことなく感情をぶつけるような声色で、無表情の中にドス黒い炎を見た。


「いいや、違う」


 一言、彼は神の言葉を否定して前へと出る。力を捨て、その心の瞳を……心の写し鏡であるはずのソレを彼は神に明け渡した。

 己が心を信仰する神へ捧げたのだ。それが、その男が徐に自身の胸へと手をやり……目を見開いた少女の手前、花園の中で黒い男は跪いた。


「貴様こそ我が神。それ以上でも、それ以下でもないのだろう?」

「そうだ、僕は君の神。君が望む限り、僕はその夢を演じよう」


 瞳に罰の印を宿して、白い少女が男を見下ろす。底冷えするような瞳に宿すのは、烈火の如く燃え盛る炎。


「ならば啓示を表し、啓蒙を示してみろ。唯一無二の絶対神、貴様はソレに相応しいか?」

「……いいや、違うね。それは何一つ、変わってなどいない。──僕は優しい世界が欲しい。君もかつて望んだことじゃないか」


 絶対的支配者でありながら、彼の支配の下で確かに争いは確かに減った。故に彼女もまた同じことで、何も出来ない神が、それでも平和を望むことは間違っているのだろうか。


「手始めに神は滅びる。──君は協力してくれるかい? それとも狂気に呑まれた異物を排除するか?」


 跪く男へと今一度、彼女は問いかける。神でありながら何の間違いか、平和を願う心を持った少女が云う。


「忘れたか、狂心を孕む神」


 ゆるりと彼の瞳が少女を見上げる。

 力を失い、瞳心を売った男が言う。


「貴様が言ったことだ」


 かつて彼女が男に言った言葉をそのまま返す。


「俺は神々を喰い尽くし、果てに世界を滅ぼす。貴様も例外ではない」


 目を見開いたのも束の間、妖しくその瞳を細めて少女が嗤う。小さな神体からだに孕む狂気を隠そうともせず……無機質で貼り付けたような笑みな仮面などではなく、それは腹の底から湧き出す激情を表すようだった。


「……そっか……」


 それでもどうしてか、彼女は少しばかり悲しそうに見えた。あるいはそれすらも演技で……否、気にしたところで詮無いこと。──彼女は神らしからぬ心を持った狂神、それでいいじゃないか。


 ──そうでなければ、きっと迷ってしまうから……


「ゆめゆめ忘れるな。俺が必ず、貴様を──」

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