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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第一章 罪の枷と奴隷の鎖
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第十話 冒涜の略奪者

 激しさを増す雨の中、無心で重い馬車を引き続ける。それでも、定期的に思い出すのは後悔しか残らなかったあの瞬間とき

 あの光景が、彼女達の死に様が脳裏をよぎるたびに手に力が篭もる。


 何か他にやりようがあっただろう、と全てが手遅れになった今になって自問自答を繰り返し……しかしそれでも、あの状況下で、あの時知り得ていた情報や知識だけで、違う選択を取れたのだろうか──


 今になって、ああしておけば、こうしておけば、と絶えず後悔が押し寄せるが、冷静な部分が何度繰り返そうとも同じ結果になっていたと語りかけてくる。


 どれだけそうしていただろうか。夜も更けて、雲に月明かりが遮られた森の中では足元も覚束ない。あの時発現した特殊な左眼もいつの間にか失われており、暗視を持ってしても肉眼ではやはり──


 その時だ。何かが空を切る音ともに右肩に衝撃が突き抜ける。


「うぐっ……!」


 痛みよりも強い衝撃によろめく中、視界に映り込んだのは右肩に刺さっている矢だ。疲れ果てていたせいか、普段であれば当たる筈もない攻撃を受けたことで驚愕に目を見開いた直後、間髪入れずに再び矢が迫る。

 足場が悪いことを差し引いても驚くほど鈍い動きで辛うじてそれを躱すが、当然ながら飛んでくる矢は一本ではない。そんな中、全てを捌き切れる筈もなく、膝に矢を受けて身体が足元から崩れて落ちた。


「う、ぁ……」


 立ち上がろうと地面に着いた手に矢が突き刺さると同時に、森の奥から人影が飛び出した。その人影はサティナへ身体ごとぶつかると、そのまま彼女を押し倒す。


「ぐぅっ……!」


 その衝撃で思わず呻くサティナの喉元に冷たい何かが触れる感触が伝わる。朦朧とする視界の中で、自身に突きつけられた剣を確認するよりも早く、


「貴様、魔族だな?」


 サティナの胸に膝をついて彼女の身体を釘付けにした男がそう問いかける。しかし、それに答えるだけの余力も、気力もなく──


「随分と疲弊している様子だが、何があった?」


 弓を構えて出てきた男が、サティナの様子を見るなりそう言い放つ。


「俺の質問が先だ。

 貴様は何者だ? 何の目的があってここに来た!?」


 首の皮一枚を切り裂いて剣が押し込まれる。そんな威圧的な男へサティナが視線を向けると同時に、


「おい、馬車に子供の遺体が……!」


 別の所から馬車の中を確認したのだろう。悲痛感の滲む男の声が木霊すると同時に、サティナを抑えつける男の顔に怒気が滲んだ。


「なるほど、な……!」


 怒りに震える声と共に剣に力が篭りその首を貫こうと……しかし、サティナは素手で刀身を掴むことで剣は動かなかった。


「貴様……!」


 そのことに苛ついた様子の男が更に力を込めた直後、別の男がその腕を掴む。


「何をする!」

「やめろ」

「こいつは、あの子達の仇だぞ! 分かっているのか!?」

「分かっていないのはお前の方だ。何故、子達を殺した奴が丁寧にその遺体を運んでいるんだ?」

「……っ!?」


 そう言われた直後、押し込まれた剣から力が抜ける。


「なんだ、と?」

「そのままの意味だ。子供達の身体には傷を治した跡もあった」


 それに、と男が告げる。


「馬を持たず彼女は人力で馬車を引いていた。恐らく馬と子供達は何かしらの原因で殺されたのだろうな」


 その言葉で黙り込む男へ、弓を持った男が続ける。


「馬車が半壊していることを見るに何者かに襲われたか。彼女は運良く生き残っただけで、こんなに疲弊しているのも襲撃者と争ったことが原因だろうな」


 そう言うと彼はサティナに覆い被さる男を引き剥がすようにその腕を引き、彼もまた渋々ながらサティナの上からどいた。それと同時に弓を持った男がサティナへ近づき、


「とは言え、念の為に身柄を抑えさせて貰うがな」


 サティナの手首を縄で縛り、武器を持っていないかと彼女の身体を確認するとそのまま立たせた。


「俺はこいつを連れて行く」


 サティナを抑えていた男にそう言うと振り返り、再び指示を飛ばす。


「お前達は馬車を持ってこい!」


 その言葉に従い他の者達が動き出す中、やや乱暴に背中を押されて歩かされる。抵抗する素振りも見せず、彼等に従って森の奥を目指した。











 大樹が生い茂る森の中、木々の上に備え付けられた家々を唖然と見つめる。巨大な建物が地上数十メートルも上に備え付けられている光景は圧巻だった。


 しかし、


「おい、あれを見ろ!」

「なんて、むごい……」

「おい! 見ろよ、あの眼……!」

「まさか、魔族か?」

「クソ! 呪われた種がっ!」

「子供達を返せ!」


 しかし、そんなサティナの心境とは裏腹に、彼女へ対して無数の敵意が向けられている。彼方此方で構えられた弓の矢先が彼女を追いかけ、続く馬車を目にした群衆からは悲痛の滲む呻き声が木霊し、怒気を込めてサティナを責める言葉を投げかける者もいた。


 そしてしまいには、石を投げつけられる始末だ。


「穢れた魔族めが!」

「我等の営みを奪った獣!」


 無数の罵倒が飛び交う中、サティナはただ無言で──


「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」

「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」


 しかし、そんな濡れ衣を着せられても、サティナの心はポッカリと穴が空いたように何も感じられず……やかましい群衆の声もどこか遠く、そしてどうでもいいことだった。


 彼女の死を望む声を聞きながら、ただ呆然と幽鬼のように歩き続け、そうして辿り着いたのは建物の一室だ。

 木造りの部屋は異様に広く、膝をついて座らされサティナの目の前に酷く老いた獣人が座っていた。身体の線は細く、弱々しい風貌とは一変してその瞳の奥は決して衰えることのない強い意志を宿している。


「魔族の娘よ」


 その言葉に俯いたサティナがおもてを上げると、力強い瞳が彼女を見つ返している。


「先んじて帰った彼から話しは伺っておる」


 そう言い彼が示す視線の先には、サティナを拘束した弓を持つ男が立っていた。彼は他の者達にサティナを託すと、一足先に里へ戻っていたのだ。


「今は他の者達が周囲の調査が行なっており、その報告が届くまでははっきりとしたことは言えんが……彼、デアルマが言うには子供達を救おうとしてくれたのだな?」


 種族的な偏見も持たず、親身になってくれたその言葉に対して、サティナは頷くことは出来ない。

 彼女の不始末で子供達を死なせたのだ。彼女の行動の結果がこれであり、子供達を殺した悪魔と罵られても返す言葉など持ち合わせていなかった。


「ふむ」


 無言のまま声を発することのないサティナの様子に、困ったように彼は首を傾げる。


「見たところ十代半ばと言ったところか……魔族とは言えど、心の感じ方は我々と同じ……。

 あんなことがあった後では、相当のショックを受けていてもおかしくはないだろう」


 そんなサティナへ対して気を遣ったようにそう言う。年端もいかない少女があれだけの死を垣間見、それどころか共に過ごしてきた子供達が殺されたことで、精神的な負担が大きくかかっていると……そう、気を遣ってくれた。


「こうなっては仕方ない。取り敢えず調査に出た者達の報告を待とう。

 その後でまだ話し合える状態じゃなければ、また明日」


 そう言葉を溢すと、サティナを取り囲む男達へ視線を向けた。


「お前達もいい加減、弓を下げたらどうだ?」

「し、しかし、こいつは魔族ですよっ!」

「彼女の顔が見えんのか? 年端もいかない少女が憔悴しきっているではないか? 身も心も削られて、な」


 鋭い視線で口答えした男を射抜けば、睨まれた彼は大きく狼狽える。


「そう言えば、其方にも同じくらいの娘がいたな? 自分の娘とそう変わらない、無抵抗の少女へ弓を向けてその良心は痛まぬのか?」


「ぐ……」


 悔しげに顔を歪めれば、渋々といった様子で男達が弓を下ろし始めた。


 暫くの間もの時間、誰一人として口を開くことなく過ぎていた時、一人の男が大部屋の中へと飛び込む。そうしてサティナの目の前に座る老人へ近づくと、何かを耳打ちして離れた。


「う~む」


 何を聞いたのか、悩ましげに暫くもの時間を唸っていた老人はふと視線をサティナの方へ向き直す。その瞳の奥にはどこか確信めいた色を宿していて──

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