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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第一章 罪の枷と奴隷の鎖
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第六話 越えた先で

 国境が近づいている。兵を避けるため道なき道を馬車が進んでいた。

 今現在、二国は冷戦状態ではあるものの互いに剣呑が雰囲気を醸して出しており、いつ武力行使に出ても不思議ではなかった。そんな二国間で自由に出入りできる筈もなく、下手すれば国境を越えようとするのは両国の兵によって殺処分されかねない。


 ──それでも、引き返すという選択肢はないんだけど……


 子供達は何としても故郷に帰りたい。

 サティナはあの男と合流する必要がある。


 利害は一致しており、そのために国境を超えることは必然。


 赤い双眸で油断なく周囲を見渡す。周囲は木々が少なく馬車を走らせる上では問題ないが、その代わりに視界を遮ってくれるモノがない。

 何とか光を屈折させて周囲の景色に溶け込めるように工夫はした上で、馬車の通った跡も消しているが、それでも警戒を怠ることは出来ない。


 ──一歩違えば、待っているのは"良くても"死だ……

 ──普通に考えれば敵国から人目を忍んでは入ってくる人間は拷問まがいの扱いを受ける……


「気を抜けない」


 そう言う少女の横では手綱を握るエナが心配そうに周りを見渡していた。












 それからどれだけの時間を要しただろうか。既に空は暗くなり始めており、周囲の景色も見えづらくなっていた。しかしそれでも馬達は足を止めることはなく、酷使をしている自覚はあるものの子供達を寝かしつけてこのまま夜通し進むことにしている。


「一番心配な所だけど、ここからは日が暮れる」


 向こう側も彼等の姿を捉えるのは難しいだろう。馬の方も進みが悪くなり始めているが、彼女が的確に指示を出すことで大して遅れることもなく夜の闇を振り払って突き進む。

 暫く進むうちに遠くに明かりが見えてきたそれは、間違いなく街明かりだ。だが、そこに入るつもりはない。


「もう少し内側の街へ行こう」


 ここは国境近くだ。パスポートも持たない彼女達ではすぐに隣国から来た流れ者だと怪しまれてしまう。万が一のことを考えるとやはりリスクを負う必要はないだろう。

 とは言えど、必ずしもパスポートが必要と言うわけではない。あくまで身分を証明するものがあればスムーズに街中に入れると言うだけで国民の中では、特に田舎の村人などはやはり身分証を持っていないことが多い。

 当然彼等も、何かしらの理由で人里の多い街に降りてくることもある。その上、彼等は最寄の街の門番をしている兵と顔馴染みであることが多いため、基本的には顔パスで通っているだけだ。


 しかしサティナ達はそう言う訳にもいかず、国境付近の街で突然現れては疑われるのは道理だ。

 それならば、もっと内側に入ってただの旅人だと思われるようにすればいい。あくまで旅の一行であり、冷戦状態にある国の者ではないと振る舞うのだ。


 意外にも国境付近はセキュリティが固いが、内側の街はそうではない。流れ者も多く、そう言った者達を全ての街で片っ端から調べているのではやはりキリがないのだ。


 金に物を言わせて旅に必要なモノは多めに買い揃えてある。更にはこの国には何度か単身で来ており、こちら側の硬貨もそれなりにあるのだ。

 流石にこの国を硬貨を持っていないとなれば怪しまれるだろう……その上、隣国の硬化を大量に持っていれば確信犯だ。しかしその問題も事前に解決してある。


「問題は、馬達がどこまで行けるか? 明日の夜には休憩を挟んだ方がいいかな」


 まだまだ旅の道は長く、ここで馬達を潰す訳にはいかない。今はこんな状況であるからに多少の無理を強いているが、安全な区域まで出たら休ませる必要があるだろう。


 日が明ける直前、エナが眠たげに目を擦りながらサティナの横に腰を下ろした。そんな彼女に一瞬だけ視線を向けたものの、すぐに前を向き、


「明日の夜は馬を休めるために野宿するけど、大丈夫かな?」

「何も問題ありません。私達はサティナ様の案に従います」


 相も変わらないそんなエナへサティナは笑みを浮かべると、彼女に剣を持たせる。


「こんな状態じゃ特にやることもないし、少しだけ君に生きる術を教えようか」


 そう言うと、不思議そうに剣に視線を落とす少女へ言葉を放つ。


「何事も他人ひとに委ねるるだけではダメだ。自分で物事を考え、判断しなくてはならない。例え周りにいる人間が自分よりも遥かに優秀であったとして、彼等に従っていれば全ては成功すると分かっていても……それは敷かれたレールの上を、用意された道を進んでいるだけ──」


 優しげな視線を向ける彼女の目をじっと見つめて、エナがその言葉の先に耳を傾ける。


「君自身の手で未来は切り拓く必要がある。茨の道でも自力で切り拓くことが出来ないのなら、君はいつまで経っても道なき世界に囚われたままの奴隷で終わってしまう」


「何を解決する能力も持たないまま、流されるままの奴隷では永遠に自由になれない。折角君を檻の中に縛る枷が外れたんだから、空の下に出ないと損だよ」


 そう言うサティナをどこか眩しそうに見つめて、しかしやや陰りのある顔はどこかすぐれない。


「ですが、私は分からないんです。この先、何が起こるかも想像出来なくて……あの時解放されても、貴方様無しではここまで来ようとも思えませんでした……」


 それもそうだ。何の知識もない彼女が子供達を連れて旅を出来る筈もない。しかし、


「私もそうだった。何も分からず、ただ彼に着いて回っていただけ……その中で盗んで来たんだ。彼の技術を見よう見真似で覚え、考え方が少しは見えるようになって……でも、何もわからないまま──」


 悲しげな顔でそう答える彼女の横顔は憂いを帯びていて、しかしそれ以上に美しく。


「結局、私も変わらないまま……あの夜から何も変われていない。力も、技術も、知識も身につけたのに……結局、あの日に囚われているんだ」


 乾いた笑いを浮かべて、少女を見つめるサティナが言う。

 彼女はずっと囚われているのだ、あの日の恨みを、憎悪を、後悔を忘れられずに……ずっと八つ当たりをする様に罪人狩りなどしてきた。


 今も思い出すのはあの時の男の言葉。

 彼女を罵り、その弱い心の核心を突いた鋭い言葉の刃を、彼女は否定することが出来なかった。


 ──漸く、わかったよ……

 ──私の心は、ずっとあの日に置き去っていたんだ……


 ──何で、気がつくのにこんな時間がかかったんだろう……

 ──どうして今になって気がついてしまったのだろう……


 憎むことでずっとあの夜に囚われてきた。

 恨むことでずっとあの日に縛られてきた。


 あの日の後悔が忘れられず──

 あの日の怒りが忘れられず──


 それを紛らわせるように、同じ獣を狩ってきた。


「でも、ダメだったんだ。だから、ね……君達は過去に縛られずに未来を見ないと……。私の言葉なんて参考程度に聞き流して、自分がしたようにする方がよっぽどいい」


 哀愁の色が濃く滲んだその赤瞳は、朝焼けに染まってひどく綺麗に映った。


「はい……今は無理かもしれませんか、いつかそんな風に生きていけるようにします」


 憂いを帯びた笑みの下、満足げに頷くと再び黙り込んで彼女は前を見据える。そんな彼女に倣って前を見れば、既に日が明るく周囲を照らしていた。










 どれぐらいそうしていただろうか。同じような景色が後ろに流れて行くのをどこか遠く感じながら、警戒を緩めないサティナの横で膝の上にのせた剣を撫でる。

 別段良く出来た剣ではないが、それでも護身用としては充分に機能するだけの性能は備わっていた。


 一度も剣を持ったことがない彼女からすれば、ソレの正しい扱いはわからない。それでも、これが自分の命を守るモノであることはよく理解している。しかしそれでも暫くの間、満足な食事も取れずに痩せ細った身体では満足に握ることもできない。


 ──でも、私が……


 自分しかいない。サティナの言葉を受けて、こうして凶器を手にして前の街での出来事のようにサティナが動けない時、子供達を守れるのら自分しかいなのだ。


 ──私がしっかりしないと……


 未だ不安に塗り潰された心を拭えない。しかし、確かに彼女は覚悟を決めていた。

 それは暗い闇に塗り潰された空に浮かぶ、たった一つの星の如く、弱々しくも小さいながら確かにそこに存在していた。


 それからどれほどの時間が過ぎただろうか。既に空は暗くなり、エナの目では周囲がよく見えなくなっている。それでも馬車は明かり一つない中を突き進む。


「それじゃ、この辺で休もうか。そろそろ馬達も限界だと思うから」


 そんな声と共に馬車が止まった。この休息の目的は馬を休めることであり、食事に関しては日が沈む前に馬車内で既に済ませていたため、特別やることもなかった。

 更には子供達は馬車の中で既に寝ついている。そのため、焚き火などの夜営準備をすることもなく、エナも荷台に移動して空いたスペースに横になって寝ればいい。


 しかし、


「あの、サティナ様?」

「どうしたの?」


 荷台へ移動しようとするエナの横、いっこうに動こうとしない彼女に声をかける。


「サティナ様は寝ないのですか?」

「私は見張りをしているから」

「もう何日も寝てないですよね? それではお体に障ります」

「エナも薄々気付いていると思うけど、私は人間じゃないから多少の無理をしても融通が聞くんだよ」

「でも、限界はありますよ。魔法による肉体的能力の向上も、誤魔化しにしかならないと聞きますし……」


 確かにその通りだ。いくら頑丈とは言えど、ずっと眠らずにい続けることは不可能。魔法によって眠気を誤魔化し、身体強化によって地力を補強しても所詮はその場凌ぎにしかならない。


 限界は必ずくるのだ。


 しかしこれは命に直結することであり、エナに見張りを頼めるほど世界は優しくない。


「大丈夫。君達を送り届けたらしっかりと休むから」

「それがいつになると思っているのですか? その前に必ず限界がくる筈です」


 尚も食い下がるエナへサティナが優しげな視線を向けると、ゆっくりと首を横に振る。


「これが最善なんだよ」


 諭すように言い放たれたその言葉を聞き、さすがのエナもこれ以上何かを言うことも出来ずに黙り込む。


「私は大丈夫だから、ね」


「……はい」


 腑に落ちないと言うような表情をしながらも、大人しく従って荷台で横になる。そうして間もなく意識が遠ざかり、薄れゆく意識の中でまた一日が終わるのだと実感した。


 そう、何も出来ないまま──










 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆











「久しいなザリズ。また面倒事か?」


 太い鉄格子の中、ギラついた目が男を見つめる。理性的な口調とは裏腹に、その瞳には狂気的な色を宿していた。


「その言いようではまるで、私がここに訪れる度に面倒ごとを運んで来ているようではありませんか」

「実際そうだろう。貴様等は何か手に余ることがある度に、俺と言う暴力を連れ出す」

「確かに、私達は隠密を得意とした暗殺集団ですから。正面切った戦闘も可能とは言えど、それはやはり最終手段なのですよ」


 わかるでしょう、とも言わんばかりのザリズに檻の中の男がため息をつき、僅かに身じろぎをすれば鎖が擦れていやに大きな音が木霊した。


「それで、貴様の持ち込んだ厄介ごとは俺一人で解決できるのか?」

「残念ながら、雲行きが怪しいのですよ。上からの命令である以上、命を賭してでも遂行するのが我々ですが、ただの無駄死にでは話になりません」


「……何が言いたい?」


 勿体ぶった言い方に苛立ちを抑えながら、単刀直入に要件を話すように言い放つ。そんな男へザリズがゾッとするような笑みを向けると──


「『勇者』を連れて行きます。貴方には奴の制止力になってもらうつもりですから」

「バカな!? あの被験体はまだ実用の段階に至っていない筈だ! 出力を落として安定性を重視した俺ですらこの扱いだぞ!?」


 それなのに、と訴える男を横目にザリズは指を立てた。


「だからこその貴方なのです。一応アレとて戦闘時なので血に酔って理性を失わなければ、我々の指示を大人しく聞くぐらいの知性も、理性もあります」

「それで? 戦場に連れ出して理性のタカが外れたら俺に対処しろと?」

「まぁ、厳密には鎮静剤を打ってもらうだけですけどね。薬が効き始めるまで暫くかかりますが、人里離れた場所なら被害も出ませんし、誰かに見つかられることもないでしょう」


 そう言うザリズに男が渋い表情を浮かべる。やはり男は前向きにその考えを肯定することが出来ないようだ。


「して、どうするつもりだ? 奴は理性のタカが外れれば誰彼構わず襲い掛かる。もし標的へ攻撃せずに明後日の方向に襲い掛かったら?」

「問題ありません。何故なら標的の性格上、他者へ危害が加わるくらないなら、その身を盾にする節があるので……」

「それは不確かな情報だろうが! そんなことの為にリスクを負う必要があるのか!?」


 どこまでもふざけた男に声を荒げるも、やはり奴の飄々とした態度は崩れず……


「ええ、もちろんです。それに──」


 そのあとに告げられた言葉に、男は目を見開くと同時に暫く俯く。そうして暫くボソボソと何かを呟けば、おもむろに顔を上げ──


「わかった、貴様の思惑に乗ってやる。しかし、責任は負わぬぞ」

「ええ、それで構いません」


 ゾッと底冷えするような表情を浮かべるとザリズは男に背を向け、薄暗く無機質な通路の奥に消えていった。

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