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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第一章 罪の枷と奴隷の鎖
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第五話 次なる一手

 次々に男達が部屋に入ってくる。そんな彼等はサティナへ視線を向けることもなく、一瞬だけ彼女の姿を目にして確実に死んだものだと判断すると歓喜の声を上げる。


「まったく脅かしやがって、とは言え所詮は人間だな。馬鹿力もこうなっては役に立たない」

「まったくだ。最初こそは驚いたが、こんなもんだとは拍子抜けだな」


 サティナへ罵倒を浴びさせて今後のことを話し合う彼等がふと違和感に気がつく。


「おい、どうした?」


 その違和感の原因にいち早く気がついた男が、魚のように口をパクパクさせて固まる。そんな男の視線に気がついた別の男が、辛うじて声を出す。


「お、おい。なんでアイツ、立ったままなんだ?」


 そう。胸を貫かれ、首を射抜かれ、血を大量に流しているにも関わらず、その少女は二の足で立っていたのだ。その姿はまるで幽鬼のようで──


 男の狼狽える声を聞いて次々に少女へ視線を向ける。そうして直立する彼女を目の当たりにして、誰もが数歩後ずさった。


「そ、そんな……」

「ば、化け物だ……」


 そして何よりも目を引くのは、彼女が左手に持つソレだ。そしてそんな少女の背後、彼女の胸を貫いた筈の男は今床で寝ていて……そう、決して彼は安心感からあんな状態になっている訳ではない。その証拠に彼の首から上が、何故から少女の手の中にあって──


「う、嘘だ……。そんな……」


 空いた右手がゆっくりと持ち上がり、その首に刺さる矢を引き抜く。返しが付いた矢を何の躊躇いもなく力ずくで引き抜けば、更に激しく血が噴き出した。

 そうして少女ら引き抜いた矢を床に放ると、返しにベッタリと張り付いた肉が床に当たると共に湿った音を立てる。それがまた、静寂が支配する部屋の中でいやに大きく木霊した。


「どうやら、思ったよりもこの身体は頑丈みたいだ」


 どこか他人ごとのようにそう呟けば、既に矢によって傷ついた喉が治っている。そうして腕を背中側に回すと自身に突き刺さる剣を悠然と引き抜いて見せた。


「さて、これは邪魔だね」


 徐に眼帯を外せば、その下に見えたモノを目の当たりにして男達が声にならない悲鳴をあげる。

 彼等を見据えるのは独特で鮮やかな色彩。赤く妖麗な輝きを持つソレは彼等の知識にあるものと酷似していたのだから……


「魔族……!」


 そうして漸く彼等の中で辻褄が合う。


 勝てない。

 胸を刺しても死なない。

 喉を貫かれてと平然としている。

 あれだの血を流しても顔色一つ変わらない。


 人間じゃない……その通りだ。この少女は魔族だったのだ、それも恐らく上位に位置する魔人。

 そう気がついた時には既に全てが終わっていた。広い大部屋には無数の屍が横たわり、自分が足を失ったことに気がつくのには数秒もの時間を要した。


「さて、貴方には聞いておかないといけないことがある」


 黄金比を体現したが如く、こんな状態でも思わず眼を奪われる程に美しい顔がすぐ近くにある。身の毛もよだつような美しさを持つ彼女を見つめ返して、その鮮やかな眼に意識が吸い込まれるのを感じた。

 赤い瞳の奥に映る地獄の光景が、彼女の辿ってきた道そのものだ。目を逸らすことも出来ずに、人形のようになった男はただ少女の質問に黙々と答えることしか出来なかった。











 翌朝、恐る恐ると言った様子で部屋の扉をノックして、朝食の準備が出来たことを知らせるのはこの宿の主人だ。

 彼は昨日の出来事を知っている様子だった……否、あの男達を手引きしたのは恐らくこの男なのだろう。


 ──まぁ、間違いなく脅されて従っていただけだと思うけど……


 どうやらあの男達は国の兵士だったようだ。そんな彼等は罪人つみびと狩りをしていたサティナの情報を聞き入れ、その特徴に当てはまる彼女を殺しに来たのだと言う。

 国の貴族にすら何十人とその手にかけて来たのだ。このままではいつか刺客を送られるとは思っていたが、まさかこのタイミングだとは運が悪い。そう思いながらも、今後こんなことがある可能性が十二分にあることを肝に銘じておく。


「あ、あの……昨日はよく眠れましたか?」

「ええ、お陰様で」


 眼帯越しに視線を向けた男に、何事もなかったかのように笑顔を向ける。そんな彼女に対して男も引き攣った笑みを浮かべると、部屋を出て下に戻って行った。


 あれから部屋や壁は一度魔法で治しておいた。男達の死体は致し方ないので全部街の外に捨てて来ている。彼女一人であれば街を見つからないように出入りすることは造作もないことだ。


「さてと、今日は隣街でエナ達と合流しないと」


 今になってツケが回ってきたことに内心ため息をつく。それでもやることは変わらないと、下の食堂へ向かった。


 食堂はなんと彼女一人だけで、気配から察してはいたがどうやら兵達によってこの宿は人払いされていたようだ。一応、食事の方も警戒していたが毒を盛られている様子はない。


 ──昨日の晩御飯には盛られていたんだけど……


 どうやら今日まで生きているとは思っていなかったのだろう。


 簡単に食事を済ませるとサティナは街を出て街道を駆けてきた。間もなく隣り街だ、馬は先ほどの街で売っ払って今は単身。馬車に関しては既に見られているので刺客達の死体と一緒に粉々に破壊して、街の外にばら撒いた。単純シンプルな方法であるが、他の刺客達にそれらの有無を探る術はない。

 加えて、今現在に於いて隠密行動が必要な彼女にとって馬など足手まといでしかない。それでもやはり十人もの人間を運ぶなら馬や馬車は必要不可欠であり、隣り街に着いたまた手に入れる必要がありそうだった。


 街の堀を取り囲む堀も、見上げるほど高い壁を跳躍一つで飛び越える。そうして民間の屋根を渡ること暫く、漸くそれが見えてきた。


「あ、あんた!?」


 見覚えのある馬車の前に姿を表すと上に乗っていた男が目を見開く。


「約束通り無事彼女達を送り届けてくれたのですね。それではこちらも約束通り……」


 何気ない笑みを浮かべると、金貨の入った袋を男へ渡す。それを受け取りながらも、男は未だ戸惑った様子のなまま、


「サティナ様、ご無事だっのですね」


 と、そこでサティナの声を聞いたのかエナが馬車が飛び降りて彼女の横まで走って来た。


「うん、まぁ……なんとか?」


 胸を貫かれて喉を射抜かれたのを無事だとは言い難いが、それでも今は傷ひとつ残さずに完治している上に、彼女達に余計な心配をさせる訳にはいかないためにしっかりと頷く。

 そんな彼女の様子にエナは首を傾げたが、幼い子供達がサティナの足に捕まったの見てエナは改めて胸を撫で下ろしている様子だった。


 サティナとしても自身が死ぬなどとは毛頭思っていなかったが、さすがにあの瞬間では死を直感する他なかった。


「何があったが分からないが、無事でなによりだな」

「ええ。無理なお願いを聞いてくださり、ありがとうございました」

「まぁ、報酬は貰っているからな。それじゃ、俺はこの辺で」


 そう言うと男は再び馬車を走らせて消えていった。そんな彼の姿が見えなくなるまで見送ると、サティナが再びエナの方に向き直る。


「さてと、それじゃまずは馬と馬車を手に入れないといけないけど……」


 さすがに十人以上の大所帯で動き回るのは目立って仕方ない上に、動きが制限されてしまう。


「まずは宿を借りてそこでエナと他の子供達は待機貰おうかな。リオには引き続き私と一緒に物資調達に付き合って貰うよ」

「はい、わかりました」


 まだ日が高くなる前に宿を抑えると、リオ以外の子供を置いて一度外に出る。先んずは物資を積むための馬車とそれを引く馬を手に入れると、そこに前の街で失った物資や今後必要になるであろう物を買い揃える。

 何事もなくスムーズに一通りの事を終えると、再び宿に戻り年長者二人であるリオとエナに今後の方針を話し始めた。


「まずはこの街……理想を言ってしまうと前の街で何泊かの休息を挟みたかったけど、面倒な相手に目をつけられてしまってね。だから、明日か明後日にはこの街を出ようと思う」


 そう提案するサティナだが、その辺の知識をまったく持たない彼等がどうこう意見出来る筈もなく、取り敢えず首を縦に降ることしか出来なかった。


「あの、目を付けられた、と言いましたが何があったんですか?」


 子供ながらの好奇心か、それとも今後の方針に関わることだから聞いておくべきと判断したのか、エナがそう問いかけた。


「君達が見てきた通り、私は多くの人間を手にかけてきた。その中に貴族がいたために恨みを買ってこうして追われることになった」


 完全にサティナの責任であるが、それを知っていても奴隷であった彼等が彼女を責めることはできない。


「貴族、とはなんですか?」

「簡単に言うと偉い人だね。君達も奴隷のままなら貴族に売られていたと思うよ」


 さも当たり前のように彼等が向かうであろう最悪の未来を突き付けられて二人が言葉を失う。

 それもその筈だ。自身が売られる先をこうも何事もないように話されても現実味がないどころか、恐怖でしかない。


「まぁ、もう過ぎた話しだね。それよりも今後の方針だけど……」


 過ぎたことは仕方ない、それを踏まえた上で先を見据える。そう前置きをすると今後の方針を詳しく話して聞かせた。

 終始分からないそうに首を傾げる二人ではあったが、それでも何も話さずに連れ回すよりかは多少不安を取り除くことができるだろう。













 翌朝、今日も今日とて子供達が自然に起きるのを待ったのちに朝食を取り、彼等を馬車に乗せる。そうして荷物の最終点検を終えると、満足気に頷いた。


「それじゃ、ここからはまた気を引き締めていこう」


 その言葉を合図に一行は街を出た。











 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆












「何があった?」


 幾人の人間が長い年月踏み続けたことで滑らかにならされ、僅かに光沢のある床。そんな何の変哲もない床を見下ろして、一人の男がぼやく。


「何も、なかった……と言うしかないですね」


 確かに何もなかった。何の変哲もない宿の一室だ。そんな光景を見て乾いた笑いを浮かべるもう一人の男。

 そんな彼の言葉を無視して振り返り、そこに立つ店主へ鋭い視線を向けた。その視線を受けて店主の男がビクリと震え上がる。


「一昨日の夜は手筈通りおこなったのだろう?

「は、はい!」

「それで? そのあとは何事もなかったのか?」

「い、一度だけ凄く大きな音が……」


 なんとか絞る出すように告げられたその答えを聞いて、男が悩まし気に顔を顰めた。そうして再び部屋の中へ視線を戻すが、やはり何も無く──


「白髪の女、目撃情報はそれなりにありますね。街に入る時は貧相なガキを連れていたと、その際女は眼帯をしていたともあります。

 何よりも街に入る際に兵が目撃した馬車ですが、不思議なことに特徴が一致する馬車はその晩から誰も見ていないそうです。まるでその女と共に忽然と消えたかのように……」


 などと男が手に持った紙を次々めくり聞かれてもいない情報を口にしていく。


「更に言ってしまえば、街から出たと言う情報は兵からも聞いておりません。短期間ですが、調べれば調べるほど辻褄が合いませんね……」


 困ったようにそう告げる男の言葉に静かに耳を傾け、そうして低く頷く。


「国境を越えるつもりか?」

「ええ、間違いなく。恐らく今日にも向こう側に行っていると思われます」

「急ぐぞ」

「彼等の回収は?」

「間違いなく消されている。回収は不可能だ」

「兵の選別はいかがないさますか?」

「少数精鋭で固めろ。他は問わん」

「了解」


 言うや否、部屋を後にする。そんな男の後を薄い笑いを浮かべる男が資料を脇に抱えたまま追いかけた。


 ──面白くなってきましたね……

 ──力があれば誰でも構わないのは助かりますが……

 ──いや、今後のことを考えると実験も兼ねて彼等を動かしますか……


 薄ら寒い笑みの下、今後の方針を嬉々として頭の中で描いていく。その先の未来を想像すらせずに──

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