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After

作者: 未沢静水

 川魚の塩焼き。魚の名前は何だったのだろう。野菜の煮付けやサラダ、キノコの味噌汁。そして、白いご飯。

 久々のご馳走だった。

「申し訳ありません。なんとか食材を集めたのですが……」

 旅館の女将さんの言葉に、私と両親は大きく首を左右に振った。

「いえ、こんな……素晴らしい食事を頂けるとは」

「白いご飯なんか久し振り」

「ちゃんとした野菜が食べられるとは。まだ農家さんがいるんですか?」

「それが……その農家さんの最後の野菜なんです」

 沈黙が漂ったが、私はつとめて明るく言う。

「冷めないうちに頂きましょう」

 それぞれ箸を取って、思い思いに食べ始める。

 暖かい食事は本当に、どのくらい、久し振りなのだろうか。


 国を挙げての大きな国際イベントがあった。

 その前から世界的に蔓延していた病があり、イベントを行えば感染拡大するだろうという予測も出ていた。

 けれど、一部の利益のために、そのイベントは半ば強硬的に開催された。

 予測通りにイベントの最中から感染拡大は起き始めた。

 病原となるウィルスがどんどん変異していき、ほぼどのようなワクチンも薬も効かない、最悪の変異種がこの国全体に広がってしまった。

 世界の対応は早かった。

 まず、飛行機と船を止めた。この国にいた飛行機と船はどこへも出られなくなった。

 そして、この国に来ようとしていた飛行機や船は、別の国へ行かされた。

 この国は島国だから、陸路は無い。

 飛行機と船が止まっただけで、この国は世界的に孤立した。

 すぐにこの国の首相が、政府の特別な飛行機を使い、他の国に援助を申し出に行くと言い出した。それには、たくさんの閣僚がついていくとのことだった。

 この飛行機は飛び立って間もなく撃ち落された。

 撃ち落したのはどこの国かわからないけど、それが世界全ての意向で、正しいことになった。

 首相たちは、とてもとても危険なウィルスを世界にばらまくところだった。それを阻止した。

 それが世界の言い分だった。

 国際的なイベントに来ていた参加者たちや、報道陣もこの国に取り残された。

 やはり、危険なウィルスに感染している可能性が高いからという理由で、この国に置き去りにされた。

 プライベートジェットやクルーザーを持っている金持ちたちが、それを使って脱出を試みたけど、みんな撃ち落されたり沈められたりしたらしい。

 この国は食糧の自給率も悪いし、燃料なども他国に頼っている。

 あっという間に、生活環境は悪くなっていった。


 数日経つと、薬の箱が、パラシュートにぶら下がった箱に入れられて落ちてきた。

 そこには『これは、びょうきをなおす、くすりです』とだけ書かれた紙が付けられていた。

 残っていた政府の閣僚などの偉い人がそれを全部持っていった。そして全員死んだ。

 薬は毒薬だった。

 もう、ここは国でも何でもなくなった。ただの飢えた無法地帯になっていた。

 流通も電気もガスも水道もすべて止まり、自然の無い都市部から人が飢え死にしていった。

 しばらくすると、パラシュートにぶら下がった箱に、薬ではなく食糧が入って落ちてきた。

 力の強い連中がそれを独り占めし、食べて死んだ。

 食べ物には、毒が仕込まれていた。

 もう、世界は何があってもこの国を危険なウィルスごと滅ぼそうとしているのは明らかだった。

 この国に一挙に広がったのは無力感だった。

 元々、激しいデモをしたり何かに逆らったり、そういう生き方を好まない国だったし、自殺率も多い国だったから、世界にも逆らわなかった。

 パラシュートについて落ちてくるのは、毒薬だけになった。

 それを飲んでほとんどの人が死んでいった。老人も大人も子供も等しく。

 自家発電機がある家は、燃料がある限り電気が使えた。できる人はアンテナを手作りし、短い時間ネット接続できるようにする人もいた。しかし、平和な世界から情報を仕入れても、切り離されたこの国にいるだけで、只々虚しいだけだった。

 すでに電話はつながらないと思っていたが、ある日突然かかってきた電話が、旅館の女将さんからだった。

 そういえば、両親の金婚式のお祝いを、そこの旅館でする予定だった。

 

 草が伸び放題で荒れた高速道路を抜け、山間のひなびた温泉郷へ向かった。

 ハイブリッド車だったし、ガソリンは満タンにしてあったのが幸いした。

 温泉街はしんとしていて、もう人の気配はほとんどなかった。

 一か所、湯煙が立っているのが、その旅館だった。

 温泉どころか、風呂に入ったのも久し振りだった。

 両親も、綺麗な姿で死ねると喜んでいた。

 私は複雑な気持ちだった。金婚式になるまで長生きした両親を、結局死なせなければならないことに。

 夕食は、当初の予定よりはかなり下のランクになったものの、食べられることがありがたい。

 女将さんはどれだけ苦労して、この食材を集め、温泉を維持してくれたのだろう。


 女将さんも死ぬつもりだったけど、死ぬ前にもう一度女将として働きたい。そんな気持ちで予約客に電話をかけ続けていたのだという。

 つながらない家がほとんどで、携帯電話などは完全に通じなくなっていたという。

 私は連絡先を家の固定電話にしていて、たまたま運良くつながったらしい。

「お祝いのケーキはご用意できなかったのですけど、これで」

 小麦粉を練って焼いたパンケーキ。はちみつがかかっていた。

 充分すぎるほどの祝いの食事だった。


 朝食まで頂き、もう使い物にならないことはわかっていたけど、お金を払った。

 女将はそれを受け取り、笑顔を見せた。

 女将と数名の従業員に見送られ、最後は家で死にたいという両親のために、もう一度荒れた高速道路を抜けて家に帰った。

 家についたらガソリンはもうほとんど残っていなかった。もうどこにも行けないだろう。

 すぐに薬を飲んで死んだ両親の顔に布をかけ、私は残り少ない燃料で発電機を動かした。手製のアンテナを動かしてネットに接続する。

 世界はこの国のことを忘れたかのように、とても平和に動いている。

 この国を滅ぼす原因となったイベントの主催者たちは、次のイベントで金集めに奔走している。


 ああ、いつだったか聞いたことがある。

 呪いは跳ね返ると呪いをかけた本人に戻ってくるというが、呪いをかけた本人が死ぬと、必ず成就するのだと。

 だったら。

 私は切れかけているネットとの接続、その最後にこう書きこんで、そしてすぐに死んでやる。

 何事も無かったように生きる世界に、解けない呪いをかけてやる。


『滅んでしまえ!』

こうなりませんように。

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