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「言いたいことあるならはっきり言えばぁ~?」と煽られたので全部言った結果

作者: 燦々SUN

「ふぅ……最新刊も最高だった……」


 昼休みに近くのコンビニまでダッシュし、昼食と一緒に買ってきた漫画を読み終わった俺は、深い満足感と共に本を閉じた。

 ここは俺が部長を務める、漫画研究部の部室。歴代の部員達が持ち寄った、数々の漫画の世界に思う存分浸ることが出来る、我が心のオアシスだ。そう──


「あ、ぶちょー読み終わったぁ? じゃあ貸して~?」


 この女さえ、いなければ。

 俺は、せっかく余韻に浸っているところに無遠慮に割り込んで来た、常にどこか笑っているような声に眉をひそめる。


小山内(おさない)……少しは遠慮してくれないか?」

「えぇ~? 3秒も待ったじゃ~ん。つーか、ぶちょーのキモいニヤケ顔を3秒も耐えただけ褒めて欲しいんですけど~?」


 ニヤニヤと笑いながら対面から手を伸ばしてくるのは、2カ月前に突然この漫画研究部に入部してきた同級生の新入部員。小山内佳音(おさないかのん)だ。

 毛先にパーマをかけられた明るい茶髪にバッチリ決められた化粧。制服は先生に見つかったら間違いなく怒られるレベルで着崩され、スカート丈なんて限界に挑戦してるとしか思えないくらい短い。そして耳には当然のようにピアス。


 ギャルだ。まごうことなきギャルだ。

 なんというか、そのいろんな意味で戦闘力が高い見た目に、俺はそれ以上何も言えずに無言で漫画を差し出す。


「へへっ、どうも~」


 嬉しそうに漫画を受け取り、パイプ椅子の上で堂々と足を組み替える彼女に、俺は気まずい気持ちで視線を逸らす。


 彼女が入部して来た時、俺たち部員一同はまず驚き、次に正直淡い期待をした。

 これはもしや、オタサーの姫というやつなのではないかと。もしかしたら世に聞く“オタクに優しいギャル”なるものが、我が部にも降臨したのではないかと。淡い期待をして……見事に打ち砕かれた。


 蓋を開けてみれば、彼女はただの“オタクにも容赦ないギャル”だった。

 いや、別に悪い奴ではないのだ。たぶん。こうして嬉しそうに漫画を読んでいる姿を見るに、決して冷やかしで入部した訳ではなく、本当に漫画が好きなのは間違いない。目覚めたのは最近らしいが、本人もオタクを公言しているので同志と言えるだろう。

 ただ……俺達みたいな陰キャオタクとは、決定的にノリが違うだけで。


「うぅっわ、ヤッバ。ちょ~激熱展開じゃん!」


 例えば、これだ。

 彼女は漫画を読みながらも、思った感想をそのまま口に出してしまう。

 漫画は静かに読む派の俺達からすると、ちょっと考えられないことだ。だが、注意しても一時的に治るだけですぐ元に戻ってしまうので、きっと本人も無意識なのだろう。


 彼女のこういった部分は普段からだ。普段から、キモいものはきっぱりキモいと言うし、ナイものはナイとはっきり言う。ケラケラと笑いながら。

 本人もきっと悪気はないのだが……そんな彼女の容赦のない言葉は、陰キャオタクの繊細な心を地味にえぐった。結果、俺以外の部員は全員、放課後部室に立ち寄らなくなってしまった。

 俺はというと、部長としての責任感と……まあその、個人的な感情から未だに毎日部室に来ているが。


(まったく、分かっているのか?)


 俺以外の部員が顔を出さなくなったというのに、特に気にした様子のない小山内。その能天気な顔を、俺はつい非難がましく見てしまう。

 すると、その視線に気付いたのか、不意に顔を上げた小山内とバッチリ目が合ってしまった。すかさず視線を逸らした俺だったが、視界の端で小山内がにやーっとした笑みを浮かべるのが分かってげんなりする。

 すると案の定、小山内が漫画を置いてこちらに声を掛けてきた。


「なになに? どしたんぶちょー? そんなに熱い目でアタシを見て」

「いや、別に……」

「なになに~? 気になるじゃ~ん」


 そうは言われても、俺は彼女とは違うのだ。そう簡単に、思ったことを口に出したり出来ない。彼女が漫画を読みながら感想を言うのを注意するのだって、かなりの勇気が必要だったんだ。


「ホント、なんでもないから……」


 顔を背けながらそう言う俺だったが、小山内はしつこい。


「目を逸らしながら言われても説得力ないんですけどぉ~? やましいことないなら、こっち向いて言いなってぇ」


 小山内の煽るような言い方に、俺は軽くムッとしながら振り返る。まったく、どうしてこいつはこういう言い方しか出来ないのか。

 こちらの不満が伝わったのか、小山内はますます愉快そうに笑いながら、これ見よがしに足を組み替え、椅子の背に肘を乗せた。


「ほらほら~、言いたいことあるならはっきり言えばぁ~?」


 その言葉に……俺の頭の中で、何かが切れた。


「脚を、揃えろ! さっきからパンツがチラチラ見えてんだよ!!」

「ぇ、うぇ?」


 俺が立ち上がってズビシッと小山内のスカートを指差しながら吠えると、小山内は目をぱちぱちとさせながら面食らった表情を浮かべる。


「お前にとっては大したことないことで見られたからってどってことないのかもしれないけどなぁ! 俺にとっちゃ大したことなんだよ! 分かったら脚を、揃えろ!!」

「あ、は、はい」

「あと襟元ぉ! 無駄に着崩してるせいでボタンの隙間からブラが覗いてんだよ! そっちも直せ!!」

「う、うん」

「そもそも! 俺みたいな女子に縁のない陰キャはなぁ! 女子に普通に話し掛けられただけで『え、こ、こいつ俺に気があるんじゃね?』とか勘違いしちゃうものなんだよ! お前みたいに可愛い女子に笑いかけられようもんならもう好きだよ! 好きになっちゃうんだよ! 悲しいことになぁ!!」

「え、かわ? 好き? え、え?」

「加えてそこにパンチラやらブラチラやらされようもんなら、『こいつ、誘ってんのか? 告ったらワンチャンいけんじゃね?』とか思っちゃうんだよ! 胸が躍ると同時に『でも、どうせ他の男にも見せてんだろうな……』とかキモい独占欲が湧いてなんか落ち込んじゃうんだよ! どうだキモいだろ! でもそんなキモい感情湧いてんのもお前の無防備さのせいなんだから少しは反省して欲しいんですけどそこんところどうなんですかねぇ!?」

「あ、うん……なんかごめん」


 思う存分言いたいことをぶちまけて、ゼイゼイと荒く息を吐く。小山内はというと、脚を揃えて両手でスカートを押さえたまま、肩を縮こまらせて椅子に座っている。なんというか、“ちょーん”という効果音が付きそうなくらい小さく縮こまっていた。


「あ、その……アタシ、今日は帰るね?」

「……ああ」


 そして、視線を彷徨わせながら鞄を手に取ると、そそくさと部室を出て行ってしまう。

 その背中を見送り、俺は倒れ込むように椅子に座ると、深々と溜息を吐いた。


「……なんか、とんでもないことを言った気がする」


 口が動くままに一気にまくし立てたので、自分でも何を言ったか少し曖昧だ。なんだか言わなくてもいい余計なことを言った気もするが、本能が「深く思い出すべきではない」と警告を発していたので、あえて掘り返すことはしない。


「まあ、なんか……スッキリしたな」


 たまには言いたいことを言ってみるもんだ。

 これで、小山内も多少は自分の身なりを気にしてくれるようになるといいんだが……



* * * * * * *



 ……と、思っていたのに。


「ふふ~ん、ねぇぶちょー? どうよこれ」

「ブフッ!?」


 翌日の放課後。俺が部室に入るや否や、何を思ったか小山内が前かがみになってブラを見せつけてきやがった。


「新しい見せブラ買ったんだけど、何か言いたいこと──」

「女の子が、みだりに素肌を見せるんじゃありません!!」


 後ろ手に扉を閉めながら、俺は叫ぶ。


「何が言いたいかと言えばそりゃありがとうございますだけどさぁ!? 大変お似合いですよ素晴らしいですよありがとうございます!! でも、そういうことされると胸躍ると同時に落ち込むって言ったよなぁ! 俺言ったよなぁ!?」

「ぁ、うん……ふむぅ~ん」

「……なにその表情」


 肩を掴んで無理矢理上体を起こさせながら叫ぶと、小山内は何やら嬉しそうな笑みを隠すように口元をもにょもにょさせた。


「ん……じゃあまたね」

「え? おう……」


 そしていそいそと襟元を直すと、さっさと部室を出て行ってしまった。


「……なんだったんだ?」


 小山内の行動の意味不明さに、俺は首を傾げる。

 だが、小山内の不可解な行動はこれで終わりではなかった。

 それからも、事ある毎に……


「ぶちょー、童貞を殺す服ってのを買ってみたんだけど。これどーよ。何か言いたいこと──」

「殺す気か! 危うく死にかけたわあざと可愛すぎて昇天し掛かったわ! って、誰か童貞じゃボケェ! 童貞ですけども!!」


「ぶちょー? これ、この前買った水着なんだけど、何か言い──」

「ビキニとは大変よくお分かりですね素晴らしい美脚と谷間をありがとうございます! でも、まず! 部室で、水着を着るなぁ!」


「あ、ぶちょー。これ今度の文化祭で着るメイド服。どう? きっちりガーターも着けてんよ? 何か──」

「スカートをまくり上げるんじゃありません!! ありがとうございます! 黒ガーターを生でお目に掛かれるとは思いませんでしたありがとうございます! ただ個人的には白もアリかと思うわけですがありがとうございます!」


 ……小山内はたびたび俺を煽るようなことをしでかし、その度に俺は全力で叫んだ。そして、その度に小山内はなんだか嬉しそうな満足そうな笑みを浮かべ、俺はその表情にドキッとさせられた。

 そんなやりとりを、何回か続けたある日……


「……おう、小山内」

「ん、どーもー」


 部室に入ると、何やらいつもと違う雰囲気の小山内が、頬杖を突いてぼーっと窓の外を眺めていた。

 その常にない態度に少し警戒しつつ、その正面の席に座ると、小山内がのっそりとこちらを向いて言う。


「ぶちょー」

「……なんだよ」

「アタシさ、転校するかもしんない」

「は……?」


 その言葉は、あまりにも予想外で……俺はただ、呆然とするしかなかった。


「いや、まだ本決まりじゃないんだけどさ……アタシのおばーちゃんが、ちょっと体調崩してて……誰かがお世話しないといけないし、もしかしたら家族で向こうに引っ越すことになるかも……」

「……」

「いや、お父さんは卒業までこっちにいてもいいって言ってくれてるんだけど、やっぱ一人暮らしって大変だし、お母さんだけにおばーちゃんのお世話任せるのもなんかなーって感じだし……」


 視線を彷徨わせながらごにょごにょと言うと、小山内はどこか切ない目でこちらを見てきた。


「ねぇ、ぶちょー……」

「……なんだ?」

「アタシに、何か言いたいことない?」

「……」

「言いたいことあるなら……はっきり言って」


 ……もう、覚悟を決めるべきなのかもしれない。

 今までは、勢い任せに言ってきた。勢い任せに言って、それっきり流してきた。

 だけど、こればっかりは……これだけは、勢い任せではなく、きっちり腰を据えて言わなければいけない。そんな気がした。


「小山内……」


 俺は、居住まいを正して小山内の目を真っ直ぐに見返すと、その手を握って告げた。


「行くな。ここに……俺と、一緒にいてくれ」

「……!」

「好きだ……俺と付き合ってくれ!」


 俺の告白に、小山内は大きく目を見開き……


「へへ、おっけぇ」


 そう言って、はにかむような笑顔を見せてくれた。

 その最高の笑顔に、俺の胸の中で感情が爆発した。気付けば俺は、小山内の手を両手で握って自分の願望をまくし立てていた。


「もちろん結婚を前提としたお付き合いで頼む。大学卒業後に社会人3年目辺りで結婚するのが理想だな。俺は親の会社を継ぐから出来ればお前には家庭に入って欲しいがそこはまあ要相談で。子供は最終的には12人くらい欲しい。干支を子供達でコンプリート出来たら最高だがどう思う?」

「え、あ、はい? ……頑張ります?」


 微妙にのけ反って目をぱちぱちとさせながら、ぎこちなく頷く小山内。

 そうして、俺達はめでたく付き合うことになった。

「ん? え? 干支をコンプリートってことは……12年連続で1人ずつ!? …………頑張ろ」


※なお、拒否るという選択肢はない模様

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― 新着の感想 ―
一番割食ったのが関係ない部員たちってゆーね
ケッ! 結局リア充かよ、大爆発して成層圏まで飛んで行けぇっ!! で、ギャルちゃんはその後ひとり暮らし?
[一言] え、くっそ良いんだが!? やんちゃなお気に召すままギャルが主人公の怒涛の本音でシュンってなってるのかわええ。本音で語り合える関係になったしこのまま円満にいきそうで僕は幸せです。助かりました
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