〜学年一の美少女に弱みを握られました〜え?恋人になって欲しい?え?拒否権はなしですか?
「ねぇ、これなーーんだ?」
そんな声が静まりきった教室に響き渡る。
その声の主は教壇の上に座る────愛姫優花。
ハーフである事を言わなくても分かるプラチナブランドのさらっとした髪。
雪のように白い肌に作り物と言われても信じられるぐらい均整の取れた顔立ち。
十人にアンケートを取ったら全員声を揃えて、美少女と言うだろう。
愛姫は黒色のカバーが付いたスマホを見せてくる。
何故、彼女が俺のスマホを? しかも……………。
頬を伝ってぽたり、と汗が床に落ちる。
俺は言ってしまえば、いま焦っている。
普段なら別にスマホを取られたぐらいでは焦ったりはしない。ちゃんとロックを付けているから、中身が見られる心配もない。取り返せばいいだけの話だ。
だが、あのスマホは窓から差しこんでくる夕日のせいで見ずらいが、アプリアイコンが並んだ画面が見える。つまり、パスワードが解かれているんだ。
どうやってつけたかはこの際いい。いや、よくはないけど。
それよりも非常にまずい。もしも、あれが、見られていたら………。
取り敢えず、話しはスマホを取り返してからだ。
俺は愛姫に近くまで行く。
「あはは、愛姫さん拾ってくれたの? ありがとうね」
そう言ってスマホを取ろうとするが、躱される。
「いいよ、そんな下手な芝居しなくて。これ返して欲しい?」
「……………そりゃあ、それがないと困るから、返して欲しいかな」
「だから、そんな下手っぴな芝居要らないから。分かってるんでしょ?」
「………」
その言葉だけで分かった。
愛姫は確実にあれを見ている。
俺は、歯を食いしばり、威嚇するように睨みつける。愛姫は怯むどころか、じっっとぱっちりとした鮮やかな青い瞳で見つめ返してくる。
「お前、何がしたい?」
「あ、やっと止めてくれたね。私がお願いしたいのは一つだけだよ」
愛姫は教壇から降りて、俺の真正面に立った。
ふわり、とスカートが浮いてパンツが見えそうになったので、即座に目を逸らす。
「ねえ、"ノワール"ってバラされたくなかったら私の恋人になって。あ、ちなみに拒否権ないからね? 八雲楓くん」
ニコッ、と可愛らしく笑う愛姫。
何時もなら天使のような笑顔と思えるが、今の俺にはそれが悪魔が笑っているようにしか見えなかった。
と言うか、何で恋人なんだ? こんな美少女なら幾らでも相手は居そうだが。
ノワールって言うのは、動画投稿アプリ『Celia』で一、二を争う程の人気の歌い手の名前だ。
そして、何を隠そう、ノワールの正体は俺なのだ。自分で言ってて恥ずかしくなるな。
でも、バラしたければバラせばいい。誰も俺がノワールって信じないからな。
「返事は?」
「バラしたければバラせば言いさ」
「はあ。言ったよね、拒否権ないって」
そう言って、愛姫はポケットからもう一つスマホを取りだしてきた。
「今の会話録音してるからね? 無理矢理奪ったりしたら、変な事をされたって言いふらすからね?」
「………悪魔め」
「ふふ、褒め言葉として受け取っとく。で、返事は?」
俺は学校生活を何事もなく平穏に過ごしたい。ましてや、学校の有名人と関わるなんてもっともだ。
バラされても終わる。
無理矢理奪っても終わる。
どう考えても、俺はこの悪魔から逃げられないらしい。こうなったら、愛姫が飽きるまで付き合うしかないな。
俺は覚悟を決めて、
「分かったよ」
「よろしい」
ニコッ、と嬉しそうな笑みを浮かべる愛姫。
不意にも、ドキッとしてしまう。かわ…………いや、騙されるな、こいつは悪魔だ。
「これから、よろしくね。八雲くん」
「ああ、よろしく」