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加藤良介のSF作品

僕はスープン准将

作者: 加藤 良介

 僕は光の渦の中にいた。

 光の渦など見た事はないが、そう感じるものが、そこにはあった。

 その渦は徐々に一つに集結し、何かの形を取るようだった。

 出来の悪いハリウッド映画に付き合わされているようで、僕はうんざりしたが、黙って見ているほかないのが今の状況だ。

 やがて光の集合体から声がした。

 頭の中に直接語り掛けてくるような、気味悪さに僕は耳を押さえた。


 「無駄な事だ。お前はただ聞いているだけでいい」


 光は僕の行動をあざ笑うように話し続けた。


 「お前は死んだ。輪廻の渦により転生する。そこに意味はない」


 僕は言葉の意味を理解することを拒否した。しかし、そんなことは光には興味のない事のようだ。まるで苦情センターの機械音声のように一方的に言いたいことだけを垂れ流すのだ。


 「ただ、受け入れればよいのだ」


 言いたいことが終わったようで、光りは消えていった。

 僕には何も話させないその姿勢に、罵声を一言だけ浴びせて消えていくスレッドのような愚かさを覚えた。

 どうやら僕は死んで、転生するらしい。

 仏の道に詳しい訳ではないが、悟りを開かない限り延々と色々な世界を巡らされる話は本当だったみたいだ。幾分理不尽に思えたが、僕一人だけに押し寄せる理不尽でもないのだろう。

 

 「命なんてそんなものか」


 不思議と悲しくはなかった。僕は自分の物分かりの良さに少し腹を立てた。

 僕の足元から光が立ち上ってきた。どうやら時間が来たらしい。


 「次は猫に生まれ変わりたいな。隼にもあこがれる。虫は嫌だな」


 どこかの誰かが、私は虫になりたいと言っていたが、僕は願い下げだ。でも、一番いやなのは人間かな。人間でなければ、次に死んだときに、この理不尽さを感じずに済むだろう。

 光が僕を包んだ。



 光の次は暗闇だった。

 いや、違うな。光が漏れている。

 てっきり、次の生命体に生まれ変わると思っていたが、まだ続きがあるようだ。

 閻魔大王にでも裁かれるのだろうか。

 今までの人生、善良とは言えないが極悪でもなかったはずだ。もし、裁判になっても嘘だけはつかない様にしよう。舌を抜かれたくはないから。

 そんな、妄想をしていると温かさを感じた。

 覚えのある温もりだ。

 身体を起こすと、そこは寝具の上だった。

 どうりで温かいはずだ。僕は木漏れ日を頼りに辺りを窺う。

 寝室だ。

 見覚えが無いのに、どこに何があるか瞬時に判断できた。

 そして突如として、脳に大量の情報が流れ込んできた。まるで量子コンピュータに接続したように。

 自分の名前、これまでの人生、今の境遇、その全てが、一斉に流れ込んでくる。

 僕は金づちで殴られたような衝撃と頭痛にのたうち回った。


 とても長い時間そうして暴れていたが、その不快さが立ち去る時も一瞬だった。

 どうやら、本当に転生したようだ。しかし、どうして赤ん坊からスタートしないんだ。大きくなった人間に転生なんて。それまでの僕は何処に行ってしまったんだ。

 いや。僕には僕の記憶がある。前世の記憶と転生後の記憶。どちらも僕なんだろうか。それとも、僕は誰か関係ない人の身体を不当に占拠してしまったのだろうか。

 しかし、考えても答えの出ない問題だ。

 僕はこの世界で生きていかなくてはならない。



 僕が転生した世界は未来の世界だった。

 人類は地球を飛び出し、銀河の海を渡りそこで巨大な文化圏を構築している。前世ではお伽話であった、様々な技術が実用化され夢のような景色が広がっている。

 しかし、それらは僕に一切の感銘をもたらさなかった。

 何故ならこの世界は僕が暮らしていた世界とは繋がっていない。全く違う世界線の存在だったからだ。

 結論を言おう。

 僕はゲームの世界に転生したんだ。

 虫よりも人間よりもバカバカしい、この事態に僕は釈迦を恨む気分に陥った。

 このゲームは僕が学生時代にのめり込んだタイトルだった。

 銀河の覇権を争う二つの勢力の内、どちらかに与して銀河を統一する。そんなありふれたタイトルであったけど、当時の僕は熱病にうなされたように没頭したものだ。

 人類全体の支配をもくろむ神聖銀河ローマ帝国とそれに抗う自由連邦共和国との戦争だ。


 ゲームの名は「銀河声優伝説」


 日本中の有名声優たちが銀河の覇権を争う、そんなバカバカしいノリだったが、中身は手の込んだオンラインSFシミュレーションゲーム。

 一部界隈ではカルト的な人気をさらった作品だ。

 当時は僕も相当やりこんで、トップランカーの次ぐらいにはいたものだ。

 そして、僕はその中のキャラクターの一人に転生したんだ。

 これは、生命体と呼んでいいのだろうか、ただのデータに転生したんじゃないのだろうか。

 僕は試しに自分の頬を叩いてみた。力を入れ間違い、激しい衝撃と甲高い音が僕の顔を叩いた。

 ものずごく痛い。

 もう一歩で顎が外れるところだった。

 どうやら痛みを感じるデータらしい。迂闊な事は出来ない。

 僕は立ち上がり据え付けの鏡の前に立った。全身を映す巨大な鏡だった。僅かな光でもはっきりと見える。流石未来の世界。いや、ゲームの世界と言うべきだろうか。

 そこには、前世の僕に負けず劣らずの風采の上がらない男が立っていた。

 僕は、僕を良く知らない。

 確かにこのキャラはゲームに出てきたことは覚えていたが、あまりに能力が低いので使ったことが無いからだ。

 だが、印象はある。

 このキャラはストーリーモードで主役級のキャラに絡んで吹っ飛ばされる、ただのやられ役で、最後は錯乱して洗脳されて鉄砲玉になって死んでいく。

 よって、印象は最悪だ。

 絶望的状況に鏡の前で頭を抱えると、そいつも同じように行動する。なぜならこいつは僕だからだ。


 こいつの名は、いや、僕の名はアンドレア・スープン。

 自由連邦共和国所属、やがて軍人となり、この国に死と災厄をもたらす者だ。



 数日間、僕は現状を受け入れるべく努力した。

 そうは言っても特に何かをした訳ではない。原理不明の浮かんだ車に乗って街をぶらついただけだ。

 そこで暮らしている人々は僕も含めて、生きている人間にしか見えなかった。

 少なくともゲームのように、定型文だけ繰り返す人物には出会えなかった。

 おかしなところはなかった。原理の分からない科学文明と、元居た日本の常識下で白人、黒人、黄色人種が混然と暮らしている事以外には。


 僕は首都星の地方都市で叔母さんと二人暮らしをしていた。

 寂しく陰気な生活だ。

 スープン家は建国から連なる名誉ある一家らしいが、名誉だけで実益は何もない。

 父は軍人だったが、すでに戦死している、母はかなり早い段階で父とは離婚した。もう何年もあっていない。僕は父の兄の家に引き取られ養育されていた。

 叔父も軍人で宇宙艦隊に勤務しているので、家には年に数回帰って来るのみであった。

 叔父叔母夫婦には娘が一人いたが、結婚し遠くの星で暮らしている。

 町はずれの一戸建ては二人暮らしには広すぎる。

 叔母さんは気分屋で癇癪持ちだった。ちょっとしたことにすぐに腹を立て、僕にヒステリックに当たって来る。

 そんなのだから近所に友達もいない。だから孤立して余計にヒステリーになる。なんて分かりやすい悪循環なのだろう。

 まあ。叔母の事は置いておこう。それよりも僕の問題の方が重要だ。

 僕は自室の寝具に寝っ転がって天井を見上げた。

 来月になると僕は軍人の学校。士官学校と言うものに入学しなくてはいけないようだ。自分で受験して合格したのだから喜ばしい事なのだろうが、今の僕にはまったく喜ばしくない。

 それは、死にに行くようなものだからだ。

 戦争で死ぬって言う意味じゃない。

 ゲーム通りにストリーが進むとするならば、僕は最前線に出たりはしない、安全な後方勤務だ。しかも、士官と言われるエリートになれる。

 でも駄目だ。

 ストーリが進むと、最後には錯乱して洗脳されて死んでしまうという未来が待っている。

 冗談じゃない。くだらない転生だったとしても、人生まで下らないんじゃ、今すぐ自殺した方がましだ。

 今から入学を辞退しようか。 

 しかし、その判断も難しい。士官学校に進まなくても、この国には徴兵制度がある。兵隊にされるのは既定路線だろう。最前線で生き残れる自信は欠片も存在しないのだ。

 それに、そんなことになったら叔母さんが発狂する。

 僕の家は建国以来の軍人の家らしく、叔母の父、即ち大叔父は将軍にまで上り詰めた偉い人らしい。リビングには髭面の大叔父の遺影が、ご神体のように祭られている。

 叔母さんは事あるごとに遺影を指し示し、僕に立派な軍人になるように強要してくるのだ。

 士官学校への進学を蹴ったらどうなるかなんて想像もしたくない。


 士官学校には進学しよう。そこで落第しない程度の成績で、後方勤務に回してもらって兵隊の給料の計算でもしてやり過ごそう。

 そのうち、戦争も終わるだろう。

 そこから本気を出そう。

 アンドレアは、僕の事だが、ゲームの中では士官学校を首席で卒業したらしいが、まずはそれを阻止することから始めよう。

 主席になるのには努力がいるが、ならないのには何の努力もいらない。簡単にできることから一つ一つやっていこう。

 僕は目を閉じた。



 士官学校は想像より居心地のいい空間だった。

 上級生の虐めの様な指導には辟易させられたが、数年の我慢だ。

 それに上級生になったら覚えていろよ。

 なにより、士官学校の授業は簡単だった。試験も馬鹿にでも分かるような問題ばかりで、僕はうっかり高得点を取ってしまった。

 教官は褒めてくれたが、同級生からはやっかまれ、上級生には生意気と目を付けられてしまう。

 実にありがたくないご褒美だ。

 軍人の学校だから授業の半分は実地訓練だ。

 重い荷物を背負って延々と歩き回らせたり、宇宙空間に放り投げられたりする。

 やらされることと覚えることは多いが、その分退屈はしなかった。

 僕が特に活躍したのが地上戦闘だった。

 小銃片手に敷地を走り回って射撃ごっこをするのだが、前世での僕の趣味はサバゲーだった。集団戦はともかく、一対一で僕の射撃センスに敵う奴はいなかった。

 無駄に格好をつけて射撃したものだから、教官にはこっぴどく叱られたが、実戦でこんな真似はしない。同期には真似する奴が出るぐらい好評だったけど。

 こんな風に、意外にご機嫌に暮らしていたのだが、突然それは襲い掛かってきたんだ。

 戦術概論のディスカッシュンで、僕は珍しく討論相手に言い負かされそうになる。

 なんとか挽回しようと頭の中で論を捏ね繰り回していると、目の前が暗くなって、そこから先は覚えていない。

 気が付くと医療室の天井の証明が僕を見下ろしていた。

 同期の話によると、討論の最中に泡を吹いてひっくり返ったらしい。

 そして、僕は嫌な事を思い出した。

 アンドレアは、いや、僕は持病持ちだったと。

 転換性ヒステリー症。

 自分の思い通りにいかないことが蓄積されると、ある日前触れなく発症してしまう。主な症状は泡吹いて失神だ。

 なんだか、叔母さんみたいで嫌になる。遺伝病じゃないだろうな。でも、叔母さんとは血は繋がっていないし。

 何より嫌なのが、この病気は誰からも同情されないことだ。

 駄々っ子が、ヒステリーを起こしてひっくり返る病気なのだから、僕だって同情しない。しかし、自分がそうなってしまうと話は違う。

 軍医からうつ病の薬を処方されたが、これはうつ病の一種なのだろうか。一応服用してはみるが、違う気がする。

 そう、これは呪いなんだ。ゲームデザインと言う名の。

 だから、薬もカウンセリングも効かないだろう。

 僕は転生以来最大のうめき声を上げた。 

 転生なんてくそくらえだ。



 僕はとうとう士官学校を卒業した。

 学生生活は思いのほか楽しかったが、持病の発症と言う有難くない現実も同時に僕に突き付けてきた。

 そして、最大のミスを僕は冒してしまった。

 それは、


 「卒業生代表。アンドレア・スープン」


 進行役の呼びかけに答えて立ち上がる。

 そうなんだ。士官学校を首席で卒業してしまったんだ。

 確かに生活が楽しくて、想定より勉強熱心になってしまい成績上位者だったが、要所要所で手を抜いていたし、持病のヒスで色々やらかしたはずなのに。

 しかし、僕の上にいた連中が卒業間際に、女性問題やヘロイキシン麻薬に手を出したのが発覚するなどと、軒並みやらかしてくれやがり、繰り上げ繰り上げで、僕が総代みたいな立場になってしまった。

 ここまで来たら、完全に呪いだ。

 ゲームが意地でも僕を破滅させようとしている。

 不承不承と言う態で卒業証書を受け取る僕に、校長は重々しく頷くのだ。

 何、勝手に分かったような顔をしているのだろうかこの人は。

 僕の絶望を理解している人はここに一人もいないだろう。

 保護者席では叔母さんが人目もはばからず号泣している。

 僕の首席を喜んでくれているのだろうが、その気持ちに寄り添えない自分がいることに、申し訳なくなる。

 これは、本気で破滅回避を考えなくてはいけない。品のない軍歌を歌いながら、そう心に誓った。



 卒業パーティーで僕は一番の人気者だった。

 僕の苦悩は周りの喧騒に吹き飛ばされる。正面、両隣、背後に至るまで人、人、人。

 僕の半径3メートル以内は仲のいい数人の同期以外、みんな女の子だ。

 士官学校首席ともなると将来有望に見えるのだろう。抱き着かんばかりに腕を取り、笑顔で話しかけてくる。

 正直、悪い気分はしない。

 僕だって女の子にちやほやされることを常に夢見ている。

 でも、同時に天邪鬼な性格が頭をもたげてくる。

 君たちの前に立っているのは、ゲームキャラの設定の上に別の人格が乗り移っている、二重人格のヒステリー持ちだと、話したらどんな顔をするだろう。

 暗い想像を楽しんでいると、目の前に同期の一人が立った。


 「スープン候補生」

 「なんでしょうか。グリーンウッド候補生」


 僕の遜った言い草に、その女性は軽く眉をひそめた。

 ヘイゼルグリーンの瞳には強い意志の力が漲り、声も軍人らしい張りがありながらも、女性らしい柔らかさを同時に保っている。

 顔立ちも整い、スタイルも厳しい軍隊生活の割には、出るところは出ているし引っ込むところは引っ込んでいる。

 総じて魅力的な(ひと)と呼んでいいだろう。

 しかし、僕は極力この人とは関わり合わないように心がけていた。

 それこそ、向こうから彼女が歩いてくるのが見えたら、直ちに引き返して別の道を選ぶ勢いだ。

 なぜなら、彼女は転生後初めて遭遇したこのゲームのキャラクターの一人だったからだ。それも、主人公クラスのキャラの妻になる女だ。

 この主人公キャラの当て馬としてアンドレアは破滅するのだ。

 その男の嫁だなんて。僕にとっては歩く燃焼粒子と言っていいほどの危険人物。

 関わり合うつもりは一切ない。

 彼女も、それほど社交的ではなかったし、普段は同期と言うこと以外は無関係の、いい関係を構築できていた。

 しかし、これも呪いの一種なのだろうか、授業や実習でペアを組まされる時は高確率で彼女とのペアであった。

 彼女はゲームの主要キャラらしく全体の能力が高く、中でも記憶力が抜群で、一度覚えたことはめったに忘れない。どういう脳構造をしているのか。

 艦隊指揮のシミュレーション授業では、僕が司令官役、彼女が副官役で教官相手に10連勝などと言う桁違いの戦績を築いたことも有る。

 そういえば彼女、このゲーム最高の副官キャラだったな。この結果も当然か。

 僕の総合成績が良かったのは半分以上彼女の功績だ。忌々しい。

 お蔭で、僕たちは主席と次席という目立つ間柄になってしまった。

 くそう。もしかしたら彼女より低い成績を残したら、呪いの力で彼女も退学になっていたのかもしれない。惜しい事をした。


 「校長がお呼びです」

 「了解しました」


 持っていたグラスを隣の女の子に手渡すと、周りから残念がる声が上がる。

 悪くない、いや、前世を含めても相当いい気分だ。


 「オモテになるのですね。スープン候補生」


 ニヤニヤしている僕に気分を害したのか、グリーンウッド候補生が小馬鹿にしたような面持ちで嫌味を投げかけてきた。


 「おかげさまで」


 僕は普段から極力彼女に嫌われる言動を心掛けている。この時も自然に嫌味を返すことが出来た。

 お互い何処に配属されるか分からないが、このやり取りも今日で最後になるだろう。

 ひとまず、めでたい。



 卒業後、僕は統合作戦本部という軍の親玉みたいな組織に放り込まれた。

 主計局や教育練成局、兵站局など実戦には縁がなさそうな魅力的な部署で構成されている。

 どこでもいいから、配属させてほしい。

 そんな願いが聞き届けられたのか、僕が配属されたのは情報局だった。

 スパイの真似事が出来るのかと心躍らせたが、残念ながら映画のようにはいかない。

 毎日、中立国経由で送られてくる敵国、主に軍関係の動静情報をひたすら分析する毎日だ。しかし、僕は満足だ。ここなら人を殺さなくていいし、自分も死ぬ心配もない。情報局で出世したらゲームとは違う立場になって運命を変えれるだろう。

 毎日、敵国のニュースを見ているのは好奇心も満たせ楽しい業務だ。

 同僚が士官学校首席は参謀将校になるのが普通だがと言うが、僕はそんなものになるつもりはないと、きっぱりと言い切った。

 なぜか強がりと受け取られてしまったようだけど、偽りない本心だ。

 そこは、アンドレアが破滅した部門。正に鬼門。

 鬼が住む家に好んで近づく奴はいない。

 尚の事ここを追い出されるのは好ましくない。使える人間アピールをしなくてはいけない。

 僕は朝早くから夜遅くまで、分析の仕事に精を出した。この仕事の最大の利点は持病のヒステリーを発症する心配が少ないことだ。情報なんてものは、そもそも思い通りにならない物なのだから、理想も現実も無い。ただ、あるがままに分析すればいいんだ。

 持病は自我を通そうとするときに頭をもたげる。

 自分を捨てて、無我の境地で情報を分析しよう。僕はある種の悟りを開いたに違いない。


 新人らしいやる気に満ちた毎日だ。五月病になる暇はなくあっという間に一年がたった。

 その間に階級が一つ上がって僕は中尉になった。

 何か特別功績を上げたわけじゃない。

 士官学校を卒業した士官は、勤務態度に問題が無ければ昇進するのが通例だ。

 そして、自動で繰り上がるのはここまでで、後の出世は運と実力次第となる。

 僕としては、このまま万年中尉でも一向に構わないのだが、周りはそう思っていないようだ。

 まぁ。階級は低いより高いに越したことはないが、破滅を回避するためにも少佐ぐらいに留めておきたいところだ。

 そんなことを考えながら中尉の階級章を受け取った。


 情報分析のレクチャーと実務の毎日だが、基本さえ押さえてしまえば難しくない。

 この仕事に一番必要なのは頭脳より根気だ。

 先任の士官が情報分析は昔の砂金拾いに似ていると言った。

 腰をかがめ金を含んだ泥水を掬い上げてザルを振るう。ほとんどは何も残らない。しかし、ある時光る何かが見える事がある。金だと飛びつくと残念、それはただの黄色い石。また、泥水を振るう。そんな毎日だと。

 僕は金を見慣れていないと、いざ金を掬い上げてもそうと気が付かずに捨ててしまうのでは。と言うと、彼の経験上ただの石を金と思い込むことの方が圧倒的に多いらしい。

 そういうものかと納得した。

 僕は今、分析している敵国軍人の転居の情報の分析結果に過度の期待を持っていたようだ。この情報によると近い内に大規模な侵攻が予想されるのだが、金貨はそうそう転がっていないという事だ。気長にやろう。

 でも、一応、敵国が侵攻してくる可能性が高いと分析を上げておこう。

 間違っても新人なのだから、怒られるぐらいで済むだろう。

 情報分析は奥が深い仕事だ。


 家に帰る機会を逃して自分のブースで次の日を迎えた朝。

 突然、上官の士官に呼び出される。

 戦々恐々の面持ちで出頭すると、本題を話す前に臭いと言われた。

 自分の軍服の匂いを嗅ぐ。鼻がバカになっているのか何も匂わない。そう言えば最後にお風呂に入ったのはいつだっただろうか。

 烏の行水なら何回か。

 

 「これから、宇宙艦隊司令部へ向かう」

 「了解であります。しかし、何をするためでしょうか」


 同じ軍組織だが、実戦部隊の艦隊司令部と裏方の作戦本部は交流が少ない。

 まして、新人の僕が行って何になるのだろう。

 疑問を置き去りにする勢いでふわふわ浮かんでいる車が艦隊司令部に到着した。

 受付に話を通すと案内役の士官が現れた。

 グリーンウッド候補生。いや、中尉だった。

 一年ぶりですね。会いたくはなかったですけど。

 しかし、僕みたいな男の案内役なんて、下働きの典型。

 お互い新人同士大変だなぁ。

 僕は初めて彼女に親しみに近いものを覚えたが、向こうはそうでもないようだ。

 型通りの敬礼の後。


 「臭いです」


 と一言。

 一年ぶりに聞く彼女の言葉は相変わらず辛辣だった。

 嫌われるのは望むところではあるが、流石に不潔と思われるのは傷つく。

 ただでさえ、僕のハートはガラス細工。ナイーブな人間なのだから。こんな場所で失神したくない。


 「そうですか。着替えた方がいいですか」


 もう一度服の匂いを嗅いだ。よく分からないが帰ったら洗濯に出そう。


 「そんな時間はありません。こちらへ」


 返事も聞かずに先導するので大人しく後に続いた。

 エレベータでは距離を取られ、挙句の果てに消臭剤のようなものをスプレーされ、髪を整えるように命じられた。

 その行為に僕のメンタルは危険水位に達しかけたが、みっともないのは事実の様なので文句を言う筋合いでもない。

 結局、洗顔だけの髭面のまま会議室のような場所に放り込まれた。

 そこには、映像でしか見た事のない軍のお偉いさん達が首を並べている。


 「アンドレア・スープン。参りました」


 一番偉い人に敬礼したいが、同じような軍服で誰が一番偉いか分からない。アニメキャラのようにオーラを纏うか、マントのような派手な装いをしてほしい。玉座のような立派な椅子でもいい。

 誰が一番偉いかは軍隊ではとても大事だ。

 それを思えば敵国の将軍の身なりは、けばけばしい程に派手だ。幼稚な格好だと思っていたが、今は少しだけ敵国の兵士が羨ましい。

 とりあえず中央に向かって敬礼する。


 「スープン中尉。貴様の分析結果を報告せよ。詳細にだ」

 

 中佐の階級章を付けた人物が促すと、部屋が暗くなり、中央の三次元モニターに先日提出した分析結果が表示される。

 言われるがままに、たっぷり、こってり小一時間ほど時間をかけて分析結果を話した。

 疑問や情報の脆弱性を指摘されると、持病のヒステリーが発動してしまう可能性が高い為、質問の先回りと予防線を張りまくった分析を展開した。

 のどが痛い。だれか水をくれませんか。

 そう思っていると、目の前に飲み物が差し出された。


 「ありがとうございます」


 必要以上に表情を消したグリーンウッド中尉に礼を言う。

 しかし、任官したてで艦隊司令部付とはエリートだなぁ。やっていることはお茶くみだけど。

 そう言えば、彼女の親父さんは統合作戦本部の偉いさんだ。有能でコネつきともなれば、当然の人事なのかもしれない。

 僕も、というか、アンドレアの爺さんも偉かったらしいけど、死んじまっているからな。

 死人にコネなし。


 「ご苦労。下がってよろしい」


 僕の自慢気な話し方にうんざりしたような中佐殿のありがたいお言葉に従って宇宙艦隊司令部を後にした。

 少し、調子に乗りすぎたかな。

 司令部を出た先にある公園で、お日様の光を浴びながらストレッチをした。こんな時間に屋外にいるのもずいぶんと久しぶりだ。

 職場に引きこもっている奴も、引きこもりの一種なのかもしれない。

 まぁ、とりあえず今日は家に帰ってゆっくりお風呂につかりたい。雲の上のお偉いさん達に囲まれて、流石に疲れた。

 課長に早退したいというと、あっさり許可された。

 役所ってもの案外と自由なものだな。

 僕は官舎の洗濯機に軍服一式を放り込むと、お風呂にダイブした。



 艦隊司令部に呼び出されてから一か月後、僕は勲章をもらった。

 第一級何とかかんとか賞。

 勲章の名前は長すぎて、覚えることを挫折してしまった。

 とにかく凄い事らしい。

 あの分析結果が正確だったのか、はたまたただの偶然か、敵軍の侵攻時期、規模ともに正確に言い当てたらしい。

 宝くじにでも当たった気分だ。

 局長からお褒めの言葉を頂戴し、局員たちから拍手で称えられた。

 うん。これは気分がいい。

 流石、士官学校首席と言われ、繰り上げ繰り上げの事実は何処へやら、鼻が高くなって行くのを感じる。

 よしよし。情報部で成果を上げたんだから、このまま情報部は僕をここに置いてくれるだろう。

 ゲームの呪いも僕が本気で対処すればこんなものだ。

 この勲章は叔母さんに送ろう。きっと喜んで日頃のヒステリーも緩和するに違いない。

 親孝行の一種になればそれで十分だ。

 課長から内々に来年になれば大尉に昇進と言われた。

 こっちは全然嬉しくないよ。

 昇進はいいから勲章をもう一個下さいって気分さ。



                 終わり


                  

最後までお読みいただきありがとうございます。


勢いだけで書きましたので、作品の粗に関してはご容赦ください。m(_ _)m

この短編は、あくまでもパロデイであることをご了承ください。


エッセイからお越しの皆さま、お付き合いいただき誠にありがとうございます。

SF部門からお越しの皆様こんにちは。不遜にも銀英伝の考察文などを投稿しておりますので、興味のある方は是非、お読みください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうのはいいですね なろうだとちょっとデンジャラスに感じますが [気になる点] ストリーと書かれた次の次の行ではストーリとなっているところがあるのですが パロディ作品でこういうのを見る…
[良い点] 面白いパロディでした 彼にもこんな道があったら・・・と思いましたが、フォーク准将の性格上情報部では満足できないでしょうね [一言] 「准将」とありますので、ぜひ大尉で終わらずもう少し続きを…
[良い点] フォークもといスプーンには頑張って欲しいです‼️ 普通でも死亡率たかいですからね。
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