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8. それでは、ご厚意に甘えまして

少し埃っぽい、英語科資料室で、俺は昼食をとっている。


臨時講師というのは、他の先生方に比べて暇なので、ばたばたと昼食を過ごす同僚と食事するのは少し抵抗があるのだ。「今日、何コマですか?…2コマだけ?良いなぁ」とか、「先生、時給にしたら医者レベルですからねぇ」とか、職員室の先生方にチクチク嫌味を言われるのも避けたいところだ。


英語科資料室は、現在では物置と化しているため、少し埃っぽいが、企業で営業周りをしていた頃は、煙草臭い営業車の中でパンをかじるのが昼食だったわけで、その頃と比べたら快適そのものである。


「せんせの昼ごはん、しっそだねぇ」

「はぁ、あまりお昼はきちんと食べる習慣がなくてですね…」

先生センセ、不衛生……いえ、不健康ですよ?」

「そうですよ、ちゃんと食べなきゃ。」


予定していたボッチ飯ではなく、女子高生に囲まれて、昼食を過ごしていた。


「皆さんのお弁当は、しっかりしてますね。」

「うーん、うちは妹がね、優秀で」

「私は、母の、おせっかい、ですね」

「私は、一応自分で…」

「ほぉ、流石さすが鈴木せんp…鈴木さん!」


篠崎さんのお弁当は可愛らしい雰囲気、シェリーさんのは上品な感じ、鈴木さんのは家庭的なきっちりしたお弁当だった。中学までと違い、高校になると「給食」の時間がなくなり、昼休みは長い自由時間になるので、確かにどこで食べようと自由なのだが、なぜこのメンバーで食事しているのかというと、


*****


2-B の授業終わり、教室を出ようとしたところで、篠崎さんに声をかけられた。


「せんせー、今日の午後、3年生の授業でしょ?お昼、どうするの??」

「ああ、お昼、そうか、人間には昼食の時間があるんでしたね…」

「???」

「あ、いえ…そうですね、コンビニで何か買って、適当なところで――」

「そうですかぁー、我らがまっしーにボッチ飯させる訳にはいきませんなぁ…ね、いいんちょ?」


篠崎さんは、昨日から何か勘違いをしていて、かたくなに俺と鈴木さんの仲を取り持とうとしているようだ。急に呼ばれた鈴木さんも困っているようだ。


「あ、いや、大丈夫ですよ、普段も一人ですから」

「ええー」


それに、出勤二日目から女子生徒を集めて(集めてないけど)、昼飯を食べてる新任教師ってどうなんだろう。同僚からも不信に思われるのではないだろうか。


「まっしー、午後、3-A でしょ?」

「はい、そうですけど、」


なんで知ってるんだろう。あと、まっしーというのはたぶん名前の真代ましろからとったあだ名だ。ちなみに、前職の同僚からのあだ名は……やめておこう、あまり良い思い出じゃない。


「あっこはねぇ、ちょっとねぇ…やばめなクラスだからね…アドバイスしたげようと思ったんだけどなぁ。」

「え、そうなんですか?」

「ふむ。聞きたくないかな、まっしー」

「…それは、ぜひ」

「んじゃ、お昼!そうだな、資料室でいーい?」

「わかりました、お願いします」


倫理観など、実益じつえきの前には無力である。というか、別に生徒と校内で食事することは、悪いことじゃないし。すると、動向を見守っていたらしいシェリーさんが、近くまで駆け寄って、


先生センセ、臭い…Non, 水臭い、です!私も、入れてください。」

「ええ、もちろん、よろしければ。」

「むむ、ここで差を付けようと思ったのに……ま、いっか、面白そうだし。」


ということで、4人で昼食の約束をしたのだった。

そういえば、鈴木さん、一言も話してないけど、良いんだよね?

教室を出る際に、篠崎さんが鈴木さんに怒られているのが見えた。ほんと、嫌だったら、無理しなくて良いんですからね。


*****


そんな訳で、華の女子高生ともぐもぐタイムな訳だが、


「まっしーも、お弁当作ってくれるヒトがいたら良いのにねぇ」


篠崎さんが、俺と鈴木さんをチラチラ交互に見ながらそう言った。確かに、鈴木さんくらい立派なお弁当を毎日食べられるのは、健康に良いかもしれない。毎日買い食いになると、コストパフォーマンスが悪いし…そうだ。


「…波那に頼めば作ってくれるかも―――」

「は・な??」


思い付きを独りごちたつもりだったが、鈴木さんにぴくりと反応されて驚く。意外と鈴木さん、よくわからないところで沸点が低いというか、ときたま急に機嫌を損ねてしまうので参ってしまう。


「えー、なにそれだれそれー、まっしー、彼女いたの!?」

「あ、いや、違いますよ、波那は―――」

「じゃ、私が先生センセのお弁当、準備します!」


シェリーさんが申し出る。と、益々鈴木さんは機嫌を損ねているようで…この二人はライバル関係なんだろうか。


「そんな、大丈夫ですよ。午後まで授業があるのは、金曜だけですし。」


うん、さすがに教え子にお弁当をもらう教師はマズいよな。


「それに、お母さんにもご迷惑じゃ、」

「違います、先生センセには、私の手作りです。料理、練習したいですが、不味いご飯嫌なので、私が作るの、先生センセの分だけです。ギニーピッグです!」


ギニーピッグ?…ああ、モルモットか。そんなカジュアルに実験台に…でも、「生徒の成長を促す」という大義名分で言えば、そういうことなら有りな気がしてきた。下手に拒否しても、シェリーさん、結構頑固なところがあるし。


「そ、それじゃ、来週の金曜日だけ、お試しでお願いしましょうかね」

「はい!了解です!世話がやけますね!」


「腕が鳴りますね!」みたいな勢いで言われる。シェリーさんの毒舌は、本当に日本語を間違えて覚えているだけなんじゃないだろうか。シェリーさんは「では、お先に、もすぐ、予鈴ですから」と僕らを残して退室した。心なしか上機嫌に見える。モルモットが見付かって良かったですね。確かに、友人や家族に失敗作を振る舞ってしまうより、プライドも傷つかない丁度良い距離感なのかもしれない。


難局を乗り切って、ふうと息を吐くと、鈴木さんは忌々しげな表情を浮かべていた。あの、だからなんで怒ってるんですか…

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